16 遺跡は何の為に
「おいレダ、いつまで寝てるつもりだ。出来たぞ」
「んあぁ……待ちくたびれてウトウトしちゃったよ」
野兎はディドさんが随分慣れた手つきで捌き、あっという間にお肉へと変貌した。正直途中はグロ過ぎて目を背けていたけど、今となっては良く見るお肉のそれと何ら変わらないし、むしろ美味しそう。
「ディドさん、こんな感じで良いですか?」
「それで良い、あとはかまどの火に直接当てないように刺していってくれ」
ディドさんが土の魔法で作ったなんちゃってかまどの周りに、枝を串に見立てて肉を刺しかまどの周囲に配置する。まさかこんな所でバーベキューをするなんて夢にも思わなかった。
魔法で調整された火は常に一定に燃え続け、時折吹く風を受けても僅かに揺らめくだけ。そんな火の熱を受けているお肉達はじんわりと焼き色が付き、油がじゅわじゅわと滴り落ちる。……うはぁ、美味しそう。
「昨日も思ったけど、エルマって案外食いしん坊だよね」
「えっそんな事無いと思いますけど」
「涎、垂れてるけど」
レダさんは自身の口に指を指しながら苦笑している。……いつの間に涎を垂らしていたんだ私。
「ほら、多分焼けたと思うが一応食って確認してくれ」
「ありがとうございます」
う~ん、じゅうじゅうと焼けた音にこの匂い……たまんないね! ではでは一口……ふむ、野生の肉だから臭いかと思ったけど思ったより気にならないかも。中までしっかり火が入ってるし、いやぁ美味美味。
「うん、美味しいです」
「なら良かった。ほらレダ」
「はいよ」
焼いたお肉を黙々と食べてはまた串に刺して焼く。それを三回くらい繰り返した辺りで、ふとレダさんが私に話しかけてきた。
「そういえばあんた、ディドからも聞いてると思うけど運が良かったねぇ」
「何でですか?」
「そりゃあれさ。あたし達が奴隷商と繋がってるような悪もんだったら、どっかの娼婦街行きとまでは行かないにしても一生ご主人様の言いなりになってただろうからねぇ。あたしらが善人で本当に良かったよ」
……どの口が言ってんだか。確かに結果だけみればそうかもだけど、危うく死ぬかと思ったっての。
「おやどうしたんだい? そんなどの口で言ってんだみたいな渋い顔しちゃって」
この人読心術でも出来んのって位バシバシ当てて来るの何でなの? 驚きを通り越して正直ドン引きなんですけど。
「ま、助けたお礼といっちゃなんだけど明日この近くにある遺跡に向かおうと思ってるから、お手並み拝見といこうじゃないか」
助けたお礼っていうのが非常に引っ掛かるけど、あの遺跡以外の場所は初めてだからそっちの方が興味深々。でも、何処をどう見ても草原ばっかで遺跡なんかありそうに見えないんだけどな。まぁ行けば分かるか、それよりも一つ気になる事が出来たし。
「そもそもレダさん達は私が嘘を付いてるんじゃないかって思わなかったんですか?」
「鑑定士の事かい?」
「そうです。鑑定士って貴重なんですよね? なら自分で言うのも何ですけどこんな場所に居ないのでは」
レダさんは串の肉を豪快に食い千切った後、串をプラプラと揺らしながら「まず一番の理由は貴重だからこそさ。大抵の鑑定士は国が抱えてるかどっかの金持ちの持ちもんか、フリーでやってくにしてもデカい後ろ盾が無いと厳しい。そんな奴があんな場末の店でベラベラ喋るって事は余程の目立ちたがりの馬鹿か世間知らずだけど、どっちにしても本物の可能性が高いって訳さ」と咀嚼混じりに答えた。
確かに命を狙われる程貴重な人材なら、普通は隠すに決まってる。あんな馬鹿騒ぎしてる連中でごった返している所じゃ無くて、せめてもっと安全が確保出来るような状況で明かすのが賢い。だからこそ、多分お父さんは一度たりとも私を町に連れていきたく無かったのかもしれない。まぁそんな重要な事なら最初に教えてくれるだろうから、考え過ぎだろうけど。あれ、ちょっと待って。って事は私って──
「──余程の馬鹿か世間知らずって事!?」
「どっちもかもしれないねぇ」
ニヤニヤと愉悦そうに笑うレダさんに、視線を逸らしているけど明らかに笑いを堪えているディドさん。……うあぁぁぁ、自分で墓穴掘ってたんじゃんかよぉ……
「まぁまぁ、そのお陰でこうして素晴らしい出会いがあった訳だし? 喜んでも良いんだよ? エルマ」
項垂れる私の頭をペシペシと叩くレダさんに恨めしい視線を向けながら「もし私の言ってた事が嘘だったどうするんですか」と問いかけると、一時顎を撫でて考え込んだ後「その時は一杯食わされたって笑い飛ばしてやるさ。その後は、分かんないけどね」と串で私の頬をツンツン突いた。
当然嘘じゃ無いけど、もし嘘だったら絶対首跳ね飛ばすつもりだよこの人……
その後、特に気にするでも無い二人はさっさと外套にくるまり、荷物を枕がわりにしながら寝息を立て始めた。……私が逃げ出すとか、襲うとか思って無いのかな。いや、そんな事をする度胸が無いって思われてるだけか。実際そうだし。
あ~ぁ、何だか変に疲れちゃったし私も寝よう。……寝れるかどうか分かんないけど。ちなみに私達の周囲はディドさんの魔法によって土の壁が形成され、寝込みを襲われる心配が多少軽減されている。まぁ結局四方だけなのでその気になれば壁を上って入れる訳だけど無いよりマシだろう。……私一人だったらどう過ごしていたのか、恐ろしくて冷や汗ものだよ。
「エルマ、随分と足取りが重いけどどうかしたかい? もしかして緊張して眠れなかったとか?」
朝、残っていたお肉の残りを胃に収めた私達は遺跡へと向かうべく歩き始めていた。でも私はレダさんの言う通り変に緊張して中々寝付けなかった。初めての野宿ってのも大きいだろうけど、やっぱり縛られて何処かに売り飛ばされるんじゃみたいな考えが浮かんじゃって、二人が気になってどうにもならなかったのが大きいと思う。
「ま、いざってなったらディドが担いでくれるさ。ねぇ?」
「任せろ。エルマみたいに小さかったら物の数に入らん」
遠回しに小さいって言わないでよ。とは言うものの、楽が出来るなら一考の余地あり、かな? まぁ心情的にあんまりお世話になりたく無いから頑張るけどさ。
それから街道沿いを暫く歩いた所で、突然先導のレダさんが左側の草原を掻き分けて行っちゃった。……えぇ、この中行かなきゃ駄目なの? 正直今の気分で行きたく無い。と私が躊躇っていると、急に身体が宙へと浮いた。
「しっかりつかまってろよ」
ディドさんに高々と持ち上げられた私は、そのままバックパックの上に乗せられた。おぉこれは快適、だけどビックリするからせめて一言位欲しいものよね、こう見えて一応淑女なんですから。
普段なら絶対に有り得ない高さの目線はとても新鮮で、淀んだ気分も結構吹き飛んでいく。キョロキョロと辺りを見渡していると、前方の草原に不自然な隙間が空いていた。あれが入り口?
「あれ、結局ディドが担いで来たのか」
「あぁ。エルマが草原に入ったら何処に行ったか分からなくなるしな」
「そりゃそうだ。さぁてさてさて、この遺跡は多分他の同業者に漁られた後だろうけど、こっちには鑑定士サマが居るんだ。気張って探すよ!」
これはまた気合の入っていらっしゃる事。私の人の事言えないけどね、どんな状況であれ未知に触れるのはどうしても心が躍るってものよ。
「それにしても、私の知る遺跡とは随分違いますね。私が見たのは石造りだったのに」
各々がランタンを準備し終えて早々と中に入ってみると、天然の洞窟に人の手を加えたような、そんな印象を受ける通路が延々と続いている。例えるなら昔の隧道、いや防空壕の方が正しいかも? ……それにしても後ろのディドさん、随分と窮屈そう。本人は慣れてるって言ってたけど、身体が大きいってのも考えものね。
「遺跡なんて入るたんびに中が違うもんさ。エルマの言う石造りだとか、ここみたいに梁があるだけとか、それこそ不思議な素材で囲まれた遺跡があるって話もあるからねぇ」
「入る度に……仮に近くにあってもですか?」
「あぁそうさ。洞窟の遺跡の隣が不思議な塊で出来た遺跡なんて珍しい話でも無いしねぇ」
ふむむ、普通遺跡ってその土地毎に共通点がある筈なんだけど、話を聞く限りじゃそもそも時代すら合ってないように感じる。異物もそうだけど……この遺跡ってそもそも何なんだろう?
「ディドさん達って異物収集をやり始めて結構経つんですか?」
「ん? あぁそれなりにな。どうかしたか?」
「いえ、異物もそうなんですけどそもそも遺跡って何なのかなって」
「う~む、いざ改めて問われると困るな。俺達よりも遥か昔の代からあるって言われてるし、俺もガキの頃から特に考えるでもなく接していたから、あるのが普通としか。その手の事は俺よりもレダの方が詳しいぞ」
「えっ!? そうなんですか!?」
「何だいその反応は、あたしが詳しいのがそんなにおかしい?」
だって、ねぇ? 異物イコールお金にしか見て無さそうだし。正直こんなおちゃらけている人が遺跡に造詣が深いとは思えないって。そんな雰囲気を察したのかはともかく、レダさんはあっさり流してくれた。
「そもそもエルマは異物の事をどう思ってる?」
「う~ん、不思議な物だなぁって」
「そうだね。だから常識では考えられない異常な物、略して異物って呼ばれるようになった訳だ。でも正体は今も研究されてるけど未だ仮説の域を出ていないのさ」
「例えばどんなものがあるんですか?」
「良く言われてるのは過去の人間が遺跡も含めて遺したって説があるね。成る程確かに大昔に色々な人種が居たとすれば意匠の違う遺跡が出たり、多種の言語が記された異物の本が出てきてもまぁ分かる。けどね、もし仮に過去の人間が遺した物なら何故後世に継がれなかった?」
確かに私の知る歴史の中でも継承されなかった知識等々はあるけど、大抵人のエゴに因る所が大きいと思う。そもそも、異物はそんな次元で済ませられる代物じゃない。とすると過去に私の世界の住人がここに居た? ならもうちょっと近代化されていてもおかしくないのに。う~ん、分からん。
「可能性としては……一度文明がリセットされたとか……?」
「うん、有り得るね。でもあたしの仮説はもっと単純だ」
「それは……?」
「ずばり異世界に繋がっていると思うんだよね」