15 人と亜人
「ダ、ダークエルフゥ!? 何ですかそれ、初めて見ました!」
たまたまレダさんが外套のフードを取っていたので何気なく覗いたら、予想通りの美人さんだった訳だけどそれ以上に気になったのが耳の長さ。てっきり帽子のつばだと思っていたら、まさか耳だったなんてそりゃもうギョッとしたよ本当。
それでレダさんに聞いてみたら「ダークエルフなんだから当然でしょ」ってむしろ何馬鹿な事言ってんの? みたいな目で見られる始末。私にとっちゃ空想上の生き物だっての。
「まさかあんた、亜人を知らないの!?」
「……はい」
これにはあの寡黙なディドさんですら目を丸くしていた。……止めて、お願いだからそんな哀れんだ目でこっちを見ないで。
「何処の田舎から来たのか知らないけどさ、あんたの両親はそんな常識も教えないで何してたんだい……」
「何って、遺跡の事とか」
「そりゃまた、英才教育でいらっしゃること」
「良いじゃないですか私の事は……それより亜人について教えてくださいよ」
「そうだね、旅の知恵以前に常識を知っとかないと。まず亜人の中には大別して私みたいなエルフ族──」
「──ダークエルフ族では無いんですか?」
「根っこは同じさ、単にエルフ族の中にエルフとダークエルフが居るってだけ。で、話を戻すけどディドもゴレム族っていう亜人だよ」
「え、そうだったんですか!? てっきり人一倍大きい人だと思ってました」
「それがゴレム族の特徴だからな」
「でも何でゴレムって言うんですか? ゴレムって多分ゴーレムの事ですよね、私の中では土の人形ってイメージがあるんですけど」
「ほう、亜人の事は知らない癖にゴーレムの事は知ってるんだな」
あ……やっば。余計な詮索されたく無いんだけどなぁ。
「あ……はい。昔読んだ本にそんな事が書いてあったような気がして」
「なら亜人の事を知ってても良いと思うが、まぁ良い。エルマの言う通り俺の遥か昔の祖先は人工的に作られた魔法生物、ゴーレムとヒトが掛け合わさった結果らしい」
「私詳しく無いんですけど、ゴーレムってその……赤ちゃん作れるんですか?」
「む……俺に言われてもな」
「ちょっと、何二人して顔赤くしてんのさ。ガキじゃあるまいしヤッたから出来たに決まってんでしょ」
わ~おド直球。この人美人なのに発言がいちいちエグい気がする。
「ヤッたって……出来るものなんですか? そもそも何でそんな風に考えたのか分からないんですけど」
「そりゃあんたにゃ理解出来なくても、昔の人間は魔法生物に欲情したんだろ。魔法生物を作れるなら、生殖機能を作れたっておかしくない。いや、やってる事は頭おかしいけどね」
え~……まぁ相手の人間が男女どっちか知らないけどさ、エロスの力って本当に底知れないわ。
「ま……まぁゴレム族は分かりました。じゃあエルフ族も何かあったりするんですか?」
「エルフ族の始まりはねぇ、妖精族って言うこれまた別の種族とヒトの血が混ざった結果だって言われてるね」
「妖精ってあれですよね、これ位の大きさの……」
人差し指と親指を大きく広げて見せると、レダさんも「もうちょっと大きいけどまぁそんなもんだね」と頷く。いやいや、マジ? 百歩譲ってゴーレムと云々はまだ分かるけど、このサイズと人って……どうやっても無理でしょ。
「どうやったら出来るのって顔してるね」
「え、あ、まぁ……」
「さっきのゴーレムと一緒さ。ヤりたくなったからあれこれ試したんだろ、そしたら出来ちゃったってだけ」
簡単に言うなぁ。どっちの性別がどうだったか到底分からないけど、このサイズ差は如何ともし難いでしょ。まだ戦国時代のロリコンおじさんの方がマシに感じる。
「ま、祖先の話はさておいてだ。ゴレム族、エルフ族、妖精族と来て最後に獣人族がいる。例えばあの町の給仕とかね」
「あの町の給仕って、もしかして猫耳をつけたウエイトレスさんの事ですか!?」
「あんた……もしかして飾りを付けてると思ってたの? 道理でおかしいと思ったよ。何であの宿で獣人を見てる筈なのに亜人の事を知らないのかってさ」
確かに……よくよく思い返せば作り物にしてはやけにリアルだったし、そもそも動いてた。成る程、飾りじゃなくて自前の本物だったんだ、あれ。
「まぁ初めて見たんならそんなもんって事にしとくよ。で、獣人にはさっきも言ったネコの特徴を持った奴、イヌやウサギ、トリに果てはトカゲだのムシだの色々いるのさ。それをみんなひっくるめて獣人族って訳。理解出来た?」
「はい。でも……」
これはどう考えてもおかしいよね!? まだサイズ差があっても人とヒトなら出来るかもだけど、これもう人ですら無いじゃん。
「言いたい事は分かるよ。どうやって出来たかってんでしょ?」
「……はい」
筒抜けってのもなんか見透かされてる感があって、負けた気分になるけど気になるものはなるんだから仕方無い。
「その昔の研究者はこう考えた。ヒトと動物を掛け合わせたらより人類は発展出来るのでは無いかってね。そして今では禁忌となって失われた研究を実践した」
「今はそういう研究って禁忌なんですか?」
「そうさ、たかがヒトが全く新しい生物を作り出すなんざ傲慢も良いとこ、まるで神にでもなったかのような思い上がりだよ。それでも当時の欲深いヒトは無視しちまった。失敗しては命を消費する実験を繰り返し、そして創られた人工生物達の子孫が今の獣人になる。って話だけど実際はどうだか、案外動物にも欲情したのかもよ?」
人が大真面目に話を聞いてたのに、最後で台無しだよ。この人って本当に何処まで真に受けて良いのか分かんない。
「とまぁ、亜人の事をべらべらと喋ったけど大体分かった?」
「はい。勉強になりました」
「うんうん、そうだろそうだろ? だからそんなに距離を取らなくても良いんだけどねぇ」
「それとこれとは話が別です」
「あらまぁ、折角エルマの事を思って親切にしたのに、お姉さん悲しい。悲し過ぎて傷口も痛いよぉ」
オヨヨと泣くような真似をし始めるレダさんに、私はともかくディドさんも慣れっこなのか呆れた様子で溜め息を吐いている。やれやれ、とんだお調子者ですこと。と、冷ややかな視線を送りつけていると、一瞬レダさんの耳がピクピクと動き、突然草原の方へ視線を向けた。
「ディド、弓」
「ほらよ」
その一言だけでディドさんも何か察したのか、聞き返す事も無く背負っていた弓と矢筒をレダさんに渡した。
「あの、え?」
「良いから黙ってしゃがみな」
言われるままに皆でしゃがみ込むと、レダさんは息を整え弓を引き絞る。私もそっちの方を凝視したけど、何が居るのかまるで見えない。何度も首を動かしながら確認していたその時──
──カヒュッ!
放たれた矢は草原の中を真っすぐ飛んでいった。でも私には当たったのかどうか、それすら分からないでいると、レダさんが上機嫌な様子で草原の中を掻き分けて行った。
「ディドさん、何が居たんですか?」
「俺も分からん。エルフ族ってのはあの見た目通り耳が特別良くてな、多分何かしらの獲物を見つけたんだろう」
私がへぇっと感心していると、ガサゴソと大きい音を立てながらレダさんが戻って来た。その手にはなんと矢を首筋に受けて絶命したと思われる野兎が。
「これで晩飯の心配はしないで済むわ」
「……? 保存食は食べないんですか?」
「平時はこうして獲物を狩るんだよ、いつでも狩れる訳じゃ無いからね。なるべく保存食は温存する、そうしないといざって時食うもんが無くなってそのまま死ぬよ。覚えときな」
うむむ。確かに食料は持ち運べる量に限りがあるし、そう都合良く補給出来るとも限らない。ならなるべく自然の物を獲って食べた方がリスク軽減にも繋がる、か。変な人だけどためになる。
「さぁて、獲物も取れた事だしちょっと早いけど野営の準備でもするかねぇ」
「そうですね。陽がある内にやった方が手間も掛かりませんし」
「そういうこった。じゃあもうちょっと進んだ先にある木の所で今日は終いにしよう。ほれディド、これ持って」
「あぁ」
レダさんが弓と矢筒、それに野兎をディドさんに渡した所で本日の休憩ポイントへと向かった。そういえば私って野宿初めてなんだけど、大丈夫だよね?
「じゃあディド、あとはよろしく~」
休憩ポイントに着いた途端、背負っていた荷物を置いたレダさんは木の下で寝転がった。……手伝ってくれないんだ。
「ディドさん、レダさんが寝ちゃいましたけど良いんですか?」
「いつもの事だ。あいつが狩りで俺が調理、分担してるだけだ」
この図体で調理担当とは正直意外。人は見た目によらないってこういう事なんかね。
「私も手伝います。何かありますか?」
「そうだな、適当に燃えそうな物を集めてくれ。枝でも良いし刈った草でも良い」
「はい」
言われた通り枝でも集めようかと思ったけど、一本突っ立ってるだけの木じゃそこまで落ちておらず、腰に付けていたお守り代わりの短剣で草を刈り始めた。まさかお父さんも草刈りに使うだなんて思ってないだろうなぁ。
「集めて来ました~」
「あぁ……随分と集めて来たな」
そう? 確かに両腕で抱える位は持って来たけどこんなもんじゃない?
「お肉を焼くなら多い方が良いかなって思ったんですけど」
「確かにそうだが、最初に種火さえ点けばあとは魔法でどうとでもなる。まぁ燃料が多いならその分マナも消費しなくて助かる」
あ、魔法の事すっかり忘れてた。しっかしフォローも忘れないなんてディドさんって大人だ。そこで寝てるえっちなお姉さんとは訳が違うよ本当。