13 旅は道連れ情けは如何に
まだ初日とはいえ結構疲れていたらしく、お粗末なベッドでも存外快眠出来たけど、予定よりもちょっと寝過ごしちゃった。まぁ慌てても仕方無いし遅めの朝食兼早めの昼食を摂ってから、市場で当面の保存食を買う事に。
家で準備しても良かったんだけど結局この町には寄るつもりだったし、なら少しでも軽い方が良いよねって事で今買い出しを済ませたって訳。
「よ~し、食材の買い出しも済んだし荷物も纏めたし、出るとしますか」
バックパックに食材を詰め込んでいよいよ準備は万端。さぁて行きましょうか。
「ニャハ~? お客さん出ちゃうの~? もっとゆっくりしてけば良いのに~」
今日も今日とてリアルな猫耳と尻尾を身に付け、キャラ作りも完璧なウエイトレスさんが近付いてきてくれた。
「はい、お世話になりました」
「折角の金づる……ゲフンゲフン、大切なお客様だけど仕方無いか~。また近くに来たら寄ってね~」
う~んこの……まぁこれもキャラ作りという事にしようそうしよう。手を振って見送ってくれたウエイトレスさんにお辞儀をした後、昨日の入り口と反対側の場所へと向かったんだけど……あの見覚えのある背格好、まさか。
「おぉ昨日の嬢ちゃんか。どうだった? 宿は。良い場所だったろ」
やっぱり、昨日の番兵さんか。悪い人じゃ無いんだけど、なんかやだ。
「まぁ……悪くは無かったですけど、受付のおじさんは嫌いです」
「そりゃなんでまた」
「あの人事ある毎に私を子供扱いしてムカつく」
「どっからどう見たってガキだろ?」
……やっぱムカつく。
「違う! 私はもう二十歳の大人なんだから!」
そりゃ五年もあったのに背は殆ど変わらなかったし胸もまな板に小皿を乗っけたような慎ましさだけど……とにかく子供扱いされるのはムカつく。にも関わらずこの番兵さん目を丸くして、驚き過ぎでしょうが。
「どっからどう見てもガキだがなぁ」
「ならそっちだって私から見ればおじさんもおじさんだっての」
「あぁん!? 俺ぁお前と十歳しか違わねぇよ」
「はん、やっぱりおじさんじゃん。十歳も違えば十分だし!」
「うっせぇクソガキ、さっさと行きやがれ!」
「言われなくてもそうするし!」
「おい!」
「何よ!」
「旅の無事を祈ってるぜ」
「……フン、なら初めからそう言ってよ。ありがと、そっちもお仕事頑張ってね」
なんか毒気抜かれちゃった。結局良い人なんだか悪い人なんだか。ま、嫌いじゃないけどさ。さぁて英気を養った事だし、気合入れて行こう。こっから先は果てしなく長いんだから。
「気合を入れて出たけど……前も後ろもな~んにも無し。その内私発狂するんじゃないのこれ……」
いくら雄大で綺麗な草原でも四六時中見てればそりゃ飽きる。もう少し我慢していようと思ったけど、あれでも出すかぁ。
「えぇと、これか」
バックパックの脇に丸めて差してあった羊皮紙を取り出し、広げながらまじまじと見つめる。
「お父さんには悪いけど、やっぱり新品の地図は見やすくて良いわ」
お父さんから古い地図を貰っていたんだけど、年季が入り過ぎたせいか正直かすれて見辛かったので町で新品を買っちゃった。結構値は張ったけど必要経費だから文句は言いっこなし。
「う~んと……あの町がラフェンの町で、ここら一帯がウェスタ大草原……で、今から行こうとしてるのが」
「ねぇあんた」
「あったあった、これが中央都市セントネルズ。遠いなぁ……歩いて行ったらどれ位掛かるんだろ」
「ちょっとあんた」
「これなら馬車とかそういうの探した方が良かったかなぁ。少しでも節約して道すがら遺跡探索でもと思ったけど……甘かったかも」
「おいってば! いつまで無視してんのさ!」
「わぷっ!?」
歩いていた先に突然柔らかなお饅頭が現れ、そのまま顔から突っ込んでしまった。……チッ、無視してればどっか行くと思ったのに、一体誰なのよ全く。
「一体誰ですか……ってあれ、確か昨日の……?」
よくよく声を思い返してみると、何となく見た覚えがある風体と聞き覚えのある声。昨日は若干薄暗かったから分からなかったけど、外套を羽織っていても滲み出る身体のラインは間違い無く女性のそれで、フードの中から覗かせているちょっと濃いめの黒い肌と銀色の髪は女の私でもドキッとする。フードがやけに膨らんでいるのは、あれか、帽子のつば的な。
「おや覚えててくれたんだね、お姉さん嬉しいよ」
「はあ……それで何か御用でしょうか」
「いやなにね、昨日後ろのそいつと話し合ったんだけどさ。うら若き乙女が一人旅なんて危険じゃないかと心配で心配で……それでこうして追って来たって寸法さ」
後ろを見ると……おぉう本当に居た。相変わらず無口だけど会釈はしてくれる。それにしても……でかい、大きい。お父さんよりも大きい生き物、前の一つ目熊位だと思ってたけど……世界は広いねぇ。
「心配してくれたのは嬉しいですけど、お構いなく。見ず知らずの人にそんなご迷惑を掛ける訳にはいきませんので」
「いやいや気にする事無いよ。こう見えてもあたしらは結構長く旅をやってるし、各地を転々としながら異物収集もしてんだ。先輩として色々教えられると思うんだけどねぇ。どうだい一緒に、損は無いと思うけど」
はっきり言ってさぁ、怪しいんだよね。心配だから付いてきて一緒に行こうだなんてさ、はいそうですかなんて言うと思ってんの?
「そんな事言われても困ります。どうか気にしないでお先にどうぞ」
私が足を止めると、二人も止めた。……ハァ、穏便にはいかないかもなぁ。
「どうしても、駄目かい?」
「えぇ、どうしても駄目ですね」
このお姉さん、顔は笑っているけど目が笑ってないよ……こっわ。……とぉ!?
「ちょっといきなり何するんですか!?」
「あら、世の中の厳しさを教えてあげようと思ってね。ほらあたしって優しいから、さぁ!」
ひぇぇ、この人正気!? いきなり顔を狙うなんて何処に優しさが欠片でもあんのよ! えぇい仕方無い、あっちがその気ならこっちだって抜くしか無い!
「こん、のぉ!」
ホルスターから銃を抜いた瞬間、お姉さんの短剣と銃口がぶつかり火花が散る。貴重な異物を傷物にすんな!
「おっと何だいそりゃ? 筒があるって事は煙草のパイプ? 流石一人旅しようってんだから随分と余裕があるじゃないか」
やっぱり銃を知らないか。こっちとしては都合が良いけど……殺しは嫌。どうにかしないと。
「よっ、ほっ、はっ!」
「おお? 何か動きが良くなった。こりゃ面白い」
そんな理由で刃物を振り回すなっつ~の! 辛うじて避けてるけど刃の煌めきがすんごく怖い! というか死ぬ! えぇい、ここだぁ!
バァァン……!
「何だい今の音は……っ、いってぇぇ! てめぇ何しやがった!」
お姉さんが短剣を振りかぶった所を、肩に一発かすめるように撃ったけど……成功して良かったぁ。さて、と。
「動かないでください」
「その筒であたしをどうにか出来ると思ってんの!?」
「思ってます。今は肩にしてあげましたけど、もし頭に当たったらどうなるか試してみますか?」
敢えて必要以上に近付かない、この手の輩って近付くと何されるか分かったもんじゃ無いし。銃が何か分からなくても、余程頭がイカレて無い限り危険だって分かる筈。……さぁどう動く?
今まで感じた事の無い緊張感、一つ目熊の時もかなり緊張はしたけどこれはまたちょっと違う。人との命のやりとり。正直頭が変になりそうだったけど、後ろから足音が近付いて来る。多分あの大男だと思うけど……やっぱり助けに入るよね、普通。
「そっちの人も動かないでください、動いたら……ってちょっと!?」
私の言う事を信じていないのか、大男は全く足を止める素振りをせずに前を過ぎ去る。普通無視しないでしょ!? 呆気に取られている私を尻目に、大男はお姉さんの前に立ち射線を塞いだ。……もう本当、勘弁してよ。
「すまない。信じてもらえないだろうがこうなる予定では無かった」
「……はい?」
予想とは裏腹に大男は深々と頭を下げた。あれ、てっきり助けに入ったと思ったら違うの? ……いやいや騙されるな、これは敵を欺く為の罠かも。注意しないと。
「言ってる意味が分かりません」
「だろうな。いきなり剣を向けられたらどんな馬鹿でも警戒するに決まっている。……どうする? レダ、お前のせいで非常に面倒になったぞ」
「あたしとしては傷の治療をして欲しいんだけどねぇ」
「馬鹿かお前。こうなったのは誰のせいだと思っている、自分で何とかしろ。あとお前が居るとこの子も警戒するからどっかに行ってろ、許可するまで近付くな」
「チッ、冷たいねぇ。はいはい分かったよ、説得はあんたに任せた」
そう告げた後お姉さんは不愉快そうに離れて行き、遠くに見える一本の木の下で治療を始めた。草原の中では無く、敢えて見える範囲に移動したのは私の警戒心を解く為? それに説得って何さ。あぁもう旅も始まったばかりなのにこんな訳の分からない連中に絡まれるなんてついて無いなぁ。




