12 その出会いは偶然か必然か
ギシギシと軋む階段を上がってから一部屋一部屋扉の番号と鍵をにらめっこしていたら、何だかんだ一番奥まで行く事に。ちょっぴり遠いけどむしろ有り難い、変な連中の部屋に挟まれたら面倒くさいし。
中は、うん、まぁこんなもんか。人一人がやっとの埃臭いベッドが一つと椅子が一脚あるだけ。別に屋根の下で寝られれば文句は無いよ。あのおっさん以外。
さて、荷物も置いた事だしご飯でも~って思ってたんだけど、見れば見る程人が多いなぁ。上から見てるから余計にそう感じる。どこか座れたら御の字なんだけど、どうかなぁ。
「これは、ちょっと駄目かなぁ」
何処のテーブルも人、人、人。どんちゃん騒ぎのバカ騒ぎ。良くもまぁあんなに騒げるもんよねぇ、大人ってつくづく不思議。私も一応大人だけど。それはそうとどうしよう、仕方無いから外に出ようかなぁ?
「おやさっきのお客さん、どうかした?」
「あ、さっきのウエイトレスさん。実はご飯を食べようかなって思ってたんですけど座れそうも無いし、外に出ようかなって思ってたんです」
「むむ、そりゃいけないね~。折角お金を落として……ゲフンゲフン、可愛らしいお客さんが夜出歩くもんじゃないよ~」
おっと、意外と口が悪い系の人かな?
「もし相席で良かったら適当にあたしが頼んであげるけどどうする~?」
「えぇ……あれと相席はちょっと……」
首を傾げながら騒いでいる連中に目を向けると、ウエイトレスさんも「そうだよね~あれはあたしも無理かな~」と頷いている。
「なら空くまで待ってもらうしか……うん? ちょっとここで待っててもらえる~?」
「あ、はい。大丈夫です」
ウエイトレスさんはそのまま人混みをすり抜け、消えていく。はてどうしたんだろうと思ったのも束の間、すぐに戻って来た。
「ニャハハ~お待たせ~。君運が良かったね、隅っこの席が丁度空いたよ~」
「本当ですか? じゃあお願いします」
「はいは~い、一名様ごあんな~い」
そこは上から見ていた時丁度死角になっていた場所で、言われた通り隅っこだから微妙に暗いけど私としちゃこっちの方が有り難い。絡まれ無さそうだし。
「じゃあここね~。あとお願いなんだけど、見ての通り混んでるからもしかしたら相席を頼むかも~。なるべく普通っぽいのを選ぶからその時はお願い~」
「はい分かりました」
「ありがと~。じゃあ注文はどうする~?」
「う~ん、どうしよっかな……」
テーブルの上に置いてあったメニューを見ても、何が何やら正直良く分からない。まぁ適当な焼き物と、あぁ折角だしこれも頼んでみようかな。
「じゃあパンと適当にお肉の焼き物、それとエール? っていうのお願いします」
「は~い。お肉はちょっと値が張るけど良いのが入ってるよ~、それにする~?」
折角だし……初日位は景気付けに良い物食べても罰は当たらないよね。
「じゃあそれで」
「はいは~い。でも飲み物は本当にエールで良いの~? お酒だってちゃんと分かってる~?」
「分かってますよ、大丈夫です」
「ん~なら良いけど~。じゃあちょっと待っててね~」
やっぱり子供だって思われてるよね、リアクション的に。まぁそれはさておき、この世界でお酒って初めてなんだよね。お父さん曰く未成年云々って考えは無いみたいだけど、子供の頃から酒好きになるのは良くないって事で子供にお酒は飲ませないのが慣習になっているみたい。
「お待ちど~さま~、先にエール持って来たよ~」
「あ、はい。ありがとうございます」
ふむふむ木製のジョッキか。私の知るジョッキはガラスばかりだからすんごい新鮮。いやぁワクワクするなぁ、どれ一口……うぇ!?
「まっずぅい……」
飲めなくは無いんだけど、私の中ではビールの印象が強すぎてそのギャップがきつ過ぎる。慣れたら大丈夫なんだろうけど、今の私にはちょっと……
「ありゃ~、そうなると思ったよ~。お客さんにはちょっと早かったかもね~。もし駄目なら果実を絞った飲み物があるから、それ持って来ようか~?」
「すみません、それでお願いします……」
「良いよ~無理して飲まない方が良いからね~」
笑みを零しながらウエイトレスさんはエールを下げ、その足で代わりの飲み物を持って来てくれた。
「は~い、これなら子供でも大丈夫だよ~」
あ、やっぱり子供だと思われてたんですね。というかさっきのエールが決定的になっちゃったんだろうなぁ。それはそうと、見た目はちょっと白く濁っていて酸っぱい感じの匂いがする。どれ、お味の方は……うん……!
「美味しい。ちょっと酸っぱいけどお陰で飲みやすい気がする」
「ニャッフフゥン。でしょ~? ここからちょっと行った先に大きい農園があるんだけど、そこの特産なの~。じゃあ料理はもうちょっと待っててね~」
ヒラヒラと手を振って去って行くウエイトレスさんに、私も手を振り返す。中身はちょっとがめついかもだけど、うん、良い人だった。
そんなこんなでフルーツジュースをちびちび飲みながら待っていると、おやおや何やら鼻と耳を刺激する心地良い匂いと音が近付いて来た。
「は~い、お待ちど~さま~。特産ウェスタ牛のステーキだよ~」
木の皿に乗せられたお肉は、もう一目見て分かる。これは……ヤバい。ナイフで切ってみるとより確信できる。これは、ヤバい。
「では一口……ん、う~ん……おいっしい! 何これ柔らか~」
今までお肉と言ったら固い干し肉ばかりで、ごく稀にお父さんが良いお肉を買って来てくれたけどこれはそれ以上。柔らかくて肉汁が溢れ出て、とにかく美味しい。
「でっしょお~? あたしたちの薄給じゃ滅多に食べられない物だからね~。もし足りなかったらどんどん注文してよ~?」
これもしかして……べらぼうにお高いのでは? ……良いや、今は気にしないでこのお肉を堪能しよう。私は雑念を振り払い無我夢中で一気に食らいつき、気が付いた時にはお代わりを頼んでいた。……頼んじゃった。
食欲に負けたとはいえ流石にちょっと後悔しながら待っていると、あのウエイトレスさんが少し申し訳無さそうに近付いて来た。何だろう、もしかしてお肉の在庫でも切れた?
「お客さんごめんね~、申し訳無いんだけど相席お願い~」
あぁそういえばそんな事言ってたね。正直、他の人が座るのって好きじゃ無いんだけど、お世話になっちゃったし仕方無い、か。
「はい大丈夫です」
「ありがと~、注文の品もすぐに持ってくるからね~。お~い、そこのお二人さ~ん、ここで相席出来るよ~」
ウエイトレスさんが大きく手を振りながら相席の相手を呼ぶと、外套を被っていて良く分からないけど多分女性が一人、それにお父さんよりも大きい、多分男性だと思う人が一人席に近付いて来た。
「やぁ一人の所悪いねぇ、邪魔するつもりは無いから気にしないでおくれよ」
「あ、はい、大丈夫です。お気になさらず」
うん、予想通り声は女性だ。男性の方も無口だけど会釈はしてくれたし、多分変な人達じゃないと思う。ただ男性の方な何というか窮屈そうに椅子に座ってるけど。
「は~い、お客さんお待ちど~さま~。あとこっちのお客さんもエールね~」
「あ、はい」
「はいよ」
よっぽど喉が渇いていたのか、それともお酒好きなのか、二人はエールを一気に飲み干しお代わりを注文している。すご……私じゃとてもじゃ無いけど真似出来ないよ。ま、今はお酒なんかよりお肉ですよお肉。
「ん~……!」
いくら食べても美味しい。んだけど二人の視線が痛い。お高いっぽいし分かるっちゃ分かるけど、あんまり見られると食べ辛いんですけど。
「嬢ちゃんそれウェスタ牛だろ? 随分羽振りが良いんだね。親御さんが見えないようだけどどうしたんだい?」
またそれか……無視しても良いけど、相席してて変な空気も嫌だし……質問位は答えてあげよう。
「実は今日から独り立ちして旅を始めたんです」
「アッハハそりゃ失礼。という事は景気付けって感じかい」
「えぇそんな感じです」
「良いねぇ、いくら過酷でも心にゆとりが無くちゃやってけないからね。ところでどうしてわざわざ一人旅をしてるんだい? 何か目的でもあるんだろ?」
「はい。立派な異物鑑定士になりたいと思って旅に出る事を決めました」
「異物鑑定士……?」
うん? このお姉さんの方はともかく、一言も口を開かない大男の方も一瞬ピクッて反応したような気がしたけど……気のせい?
「異物収集家じゃなくてかい?」
「えぇ異物鑑定士です」
「……へぇ、そりゃまた立派な夢だね。頑張んなよ」
「はい、ありがとうございます」
何だ、笑われるのかと思ったけど良い人じゃん。心配して損した。その後は早々と食べ終わったのも相まって大した会話は無く、一足先にテーブルを立った。
「あ、ウエイトレスさんお会計をお願いしたいんですけど」
「は~い。えぇと九番テーブルは~……はい、これ持ってさっきの受付に行ってね~」
うげぇ、またあのセクハラおじさんに顔合わせなきゃいけないのか。面倒くさいなぁ……と思ってもどうにかなる訳でも無し、仕方無くおじさんのくだらない話を受け流しながらお会計を済ませましたよっと。ちなみにお会計は占めて約四シル。……たっかぁい、一日分の宿泊代とほぼ同じとか……まぁ美味しかったら良いや。もう寝よっと。