11 世界へ羽ばたけ
月日が経つのは早いもので、私がエルマになってから五年が過ぎた。二月初めの誕生日も過ぎ、雪は降らないしても厳寒の冬を耐え今は五月を迎えたばかり。そう、私がエルマになってからも丁度五年を迎えたのである。
「さぁて、最後の確認をしよっかね」
ランタン良しロープ良し着替え良し、それに最低限の医療用具やら調理器具も良し、あと細々したあれやこれやも良し。最後にお金と……銃と短剣も良し。
この日の為に拵えた特製のバックパックに荷物を片っ端からぶち込んだあと、銃を肩のホルスターに収める。このホルスター、当然既製品なんてある筈も無くお母さんに作ってもらった私のお気に入りで、変な奴に目を付けられたり盗まれたりしないよう敢えて腰じゃ無く肩にすっぽり収まるようにしている。断じてカッコいいからなどという浮ついた理由ではない。
腰にはお父さんから譲ってもらった思い出深いあの短剣が。何だかんだ最後までお父さんを守り抜いた優秀なお守りとして、私も守ってね。そしてお母さんのお下がりである外套を羽織ればいよいよ完璧だ。
「あぁ、よ……こいしょっと……!」
おっさんくさい掛け声をつい上げてしまうけどこればかりは仕方無い。私もこの五年で体力を付けたとはいえ、これからの旅路はとにかく長くなるだろう。その為の荷物なら我慢我慢。
最後の確認を終えて自室から出ると、リビングの方ではお父さんとお母さんがソワソワした様子で私が出て来るのを待ってたらしく、扉を開けた途端二人の視線がこっちを向いた。
「おぉエルマ、見違えたな。立派な異物鑑定士に見えるぞ」
「もうお父さん気が早過ぎ。それは私の名が売れてからにしてよね」
「エルマ……ついに発つんだね」
「……うん、お母さん。心配かけるかもだけど安心して。すぐに私の名が聞こえてくるようになるから」
お母さんが抱き着いて来たので私も返す。傍から見れば最後の挨拶に見えるかもだけど、無論そんなつもりは私の中に一欠けらも無い。世界一の異物鑑定士になってお金を稼ぐのはあくまで二番。一番は両親を安心して養う為。私が喪われたら絶対に叶わないんだからそこは気を付けなきゃね。
「じゃあ、行ってきます。お父さん、お母さん」
「あぁ元気でな。もし苦しくなったらいつでも帰って来いよ」
「分かってるよ。お父さんも無茶しないでよね」
「……っとそうだ、エルマちょっと待ってて」
「うん? うん分かった」
何やらハッとした様子でお母さんがリビングの奥にある戸棚を漁り始めると、何かを大事そうに抱えて持って来た。
「エルマ、これを持って行きな」
「これは、封筒?」
それは両手大の青い封筒で、同じ物が三つ。お手紙を書いて出してねって事かな?
「封筒には間違い無いけど、ただの封筒じゃ無いよ。風の封筒って言ってね、これ自体に魔法が掛かっているのさ。使い方も簡単で書いた手紙を封筒の中に入れたら、届けたい人とか場所をイメージして空に投げると、飛んで行ってくれるって代物さ」
へぇ~それはまた便利な物じゃん。郵便屋さん要らずだね。
「ただ、飛ばす為のマナは自前の物を使うし、一回きりの使い捨て。何より結構値の張る物だから……せめて半年とか一年に一回位は手紙をくれると嬉しいよ」
「うん分かった。いっぱい稼いでいっぱい送るからね、期待して」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
背負ったバックパックを降ろすのが正直面倒くさかったのでお母さんに入れてもらい、では改めて。
「じゃあもう一回……コホン、行ってきます、お父さん、お母さん」
「おぅ」
「元気でね」
玄関の扉が閉じるその時まで二人は手を振ってくれていた。笑っていたけどどこか寂しそうな表情に、私も後ろ髪を引かれるような思いだったけどそんな簡単にホームシックになる訳にはいかない。
「よぉし、頑張るぞぉっ」
熱くなった目頭をゴシゴシと擦り、家に背を向け、最初の一歩を踏み出す。さぁてまずは町を目指そう。
という事で世界一の異物鑑定士を目指す旅が始まったんだけど、その実具体的に何をどうするかは決まっていない。ただ、一応目的地というかゴール地点は決めているので、そこを目指しながら各地の遺跡を転々としていく感じになるんだろう。多分。
「あ~ぁ、ついに森から出ちゃった。初めて出たけどうわぁ……凄い風景」
集落を含めた森は少し小高くなっており、抜けた先には広大な草原が見渡す限り広がっていた。何処を見ても草原ばかりで、雄大さも感じるけどあまりにも何も無さ過ぎて一抹の不安を覚えてしまう。
「はいはいさっさと行くよ、せめて日没までに町に着かなきゃいけないんだからね」
誰に向けてる訳でも無い独り言を呟きながら、どんどん丘を下って行く。一人になると独り言が増えるって何か聞いた事あるけど……多分マジだね。身を以て感じてるし。
ともかくぶつくさ言いながらも丘を降りると分かれ道が。でも有り難い事にご丁寧に看板が立ってる。えぇと何々? 左がアルヴの森で、右がラフェンの町。ふむふむじゃあ右だね。どんどん行くよ~!
「あ~……良い天気だねぇ」
幾つかの白い雲が浮かぶ青い空は、森の中で見上げていたそれと違ってとても広く感じ、草原を吹き抜ける風も何処か爽やかに、しかし遮る物が無いせいか強く感じる。まさかこの歳にもなってこんな事で感動するとは夢にも思ってなかったよ。
……それにしても外套の中でジャラジャラ音立ててるこれ、無駄に重いなぁ。まぁ旅費に文句言っても仕方無いんだけどさ。
「これが一ゴルでこれが一シル、これが一カパに半割りだの四分割りだの……」
財布代わりの袋から適当に硬貨を取り出し、親指で弾いてはキャッチ。無くしたら勿体無いけど暇だしね。しっかし何でこの世界のお金は全部四角い硬貨なのよ。それも百カパで一シル、百シルで一ゴル、さらに50と25の価値がある半割りと四分割り。合理的かもしれないけどその分量が嵩むから重たくてしょうがない。何せこの袋の中に二十ゴル分のお金が入ってるからね。これだけで結構な荷物になっちゃう。
広がる世界を肌で感じながら、草原を割って作られた道をどんどん進んで行く。のは良いんだけど陽はどんどん傾き、町の明かりが見え始めた頃にはすっかり地平の影に隠れてしまった。
「……この長さを一日で行き来とか……お父さんの方が化け物なんじゃないの」
予想以上の長い道のりをお父さんに八つ当たりする事で僅かばかりに溜飲を下げた私は、根性でラストスパートをかけた。正直すんごい後悔したけど……ともかく到着したしさっさと宿探そっと。取り敢えずあの番兵さんらしき人に聞いてみよっかな。
「あの~すみません。宿ってどの辺りにありますか?」
「ん~? 宿、ねぇ。確かあったような無かったような」
何言ってんだコイツ、夜も始まったばかりなのに寝惚けてんの? と思っていたら何やら腕を伸ばして手をニギニギしてる。……あぁそう言う事。
「はい、これで良いですか?」
「イヒヒ悪いな。こんなしょぼくれた町じゃ番兵だけで食ってくのもキツイからな、こうして旅の人にご協力頂いてるのさ」
けっちくさい小遣い稼ぎなんかしないで欲しいんですけど。お陰で貴重な一シルを使う羽目になっちゃったじゃん。……ハァ、手痛い授業料だこと。
「それで宿は何処? 無いって言ったら怒るからね」
「そんなに怖い顔しなさんな。こういうのは各宿の斡旋も兼ねてんだ。だから番兵に言われてここに来たって言えばまけてくれるさ」
「ほんとぉ? じゃあその宿教えてよ」
「あぁ、この大通りをまっすぐ行ったら大きな井戸がある。そこを左に曲がってちょっと行った所にアオクラ亭ってのがある。行ってみな」
「は~い、ありがとね」
「おぅ。旅の無事を祈ってるぜ」
まぁ悪い人じゃ無かったと思う、うん。そういう事にしておこう。ともかくまずは宿だよ宿。えぇと、大きな井戸ってあれか。で、そこから左曲がるとあるって聞いたけど……もしかしてあれかな? 電飾は勿論のぼり旗も無いから、一軒一軒建物にくっついてる看板を見なきゃいけないのは手間だなぁ。
「ア、オ、ク、ラ亭、これだよね」
外見は普通よりちょっと痛んだ感じの民宿って感じ? まぁボロさはどうでも良いか。どうせ今日だけだし。
「ごめんくださ~い」
扉を開けてみると中には意外と人が多く、いろんな人がテーブルを囲んでご飯やら何やらで盛り上がっている。多分酒場的なものだと思うんだけど……美味しそう。
「ハァイ、どうかした?」
「あ、その今日一泊したいんですけど」
「はいは~い、ならそっちが受付だよ~」
「ありがとうございます」
「は~いごゆっくり~」
びっくりしたぁ……まさか猫耳尻尾のウエイトレスさんが居るとは思わなかった。しっかしピョコピョコ動いてるしモフモフだし、随分とリアルに作ってあって凄い。それはそうと部屋の確保しなきゃ、え~と、あの階段の近くのあの人かな?
「あの、宿泊の受付ってここですか?」
「あぁそうだ。嬢ちゃん一人かい? 親はどうした?」
……イラ
「私一人ですっ。それより入り口の番兵さんに紹介されて来たんですけど」
「そうかそうか、なら一泊五シルの所四シルにまけとくぜ。何泊するんだ?」
「今の所一泊だけです。それと……この辺りにお風呂屋さんって無いですか?」
「お風呂? あぁ湯屋か、残念だがこの町には無いな。どうしてもってんなら井戸から水を汲んで火にかけるしかない」
「そうですか……」
まぁあんまり期待はしてなかったけど、いざ無いって言われるとショック。仕方無い、タオルで拭くだけにしとこ。
「ま、嬢ちゃんみたいなちんちくりんが素っ裸で湯浴みしても襲われたりしないだろうから安心しなよ」
……超腹立つぅ。
「はいお金! さっさと鍵ください!」
「おっとうっかり、ほらこれだ。ごゆっくり」
結果的にお得になったかもだけど何かムカつく! なにあの禿げたおっさん、頭の中ピンク色なんじゃないの! あぁもう、さっさと荷物置いてご飯食べて気でも紛らわさなきゃ。