九話
俺達は街中にあるショッピングモールへとやってきた。ここは大都会にあるものと比べて規模はやや劣るものの店舗は充実しており、一日歩いても飽きは来ない場所だ。
「着きましたね。今日はお洋服を買いにきたんですよね? 早速行きましょうかっ!」
俺達はエスカレーターに乗って二階へと上がった。そこには洋服屋が数店並んでいる。しかも中々お洒落な店構えだ。俺の私服と言えば大体大手チェーン店の安い服ばかりなのでこういう所に来るのは場違いな気がしてならない。大丈夫かな? 俺浮いてないかな? いや。大丈夫だよね。服装は無難に黒で統一してきたし、指なしグローブもお洒落だよね?
「どうしましたか?顔色が少し変ですけど……」
「大丈夫だ。問題ない」
天ヶ原さんが心配そうに俺を見つめる。
そうだ。考えてみれば俺はお洒落な天ヶ原さんと一緒じゃあないか。俺はチラリと天ヶ原さんを横目で見る。
白を基調としてツバがピンク色のキャップに白い肩出しTシャツ。ピンクのショートパンツに踝まで丈があるスニーカー。ボーイッシュな格好が彼女のショートカットとマッチし似合っている。そしてTシャツからチラ見えする鎖骨とスベスベな肩。そしてスラリと伸びた脚が綺麗で何処となくセクシーさを表現している。
こんなお洒落な女の子の隣を歩いている、しかも腕を組んでいるのだから逆説的に俺もお洒落だということだ。クリスマスケーキの飾りのサンタとトナカイだって大して美味くないのにケーキに乗っているだけで美味しそうに見えるでしょ? それと同じ原理だ。
そんなことを考えているとお洒落な女子大生二人組みとすれ違う。そして俺達とすれ違った後で。
「今の男の方超ダサくない? 地味だし何か変な手袋してたし」
「私もそれ思った。何あの中二臭い手袋。一緒に歩いている女の子可哀想だよねー」
俺に聞こえているとは知らずにクスクスと笑いながらそんなことを話していた……どうやら俺はケーキの飾りのサンタにはなれず、ケーキに止まったハエだったようだ。ちくしょう。泣いていい?
「ルシフェール様? 益々顔色が悪くなってるんですけど。何処かで休憩しましょうか?」
「だ、大丈夫だよ。多分……」
天ヶ原さんの優しさが今は悲しくなる。マジで涙出そうなんですけど。
「そうですか……あっ! 見て下さいっ! このお店なんかいいんじゃないですか? ルシフェール様のイメージにぴったりですよぉ」
立ち止まったそこにあったのは店頭の両端に骸骨の模型が置いてありツタの葉が店そこらに絡まっているいかにも中二心を擽られる店だった。
こんな店ショッピングモールにあってもお客が全然こないと思うのだが。まぁ俺としては好都合だしとりあえず入店することにした。
店の中は演出のためか暗く、天井からぶら下がっている白熱灯のオレンジ色の光が仄かに照らす程度だ。うん。このダークな雰囲気がいいね。申し分ない。
俺は店の雰囲気に満足しながらも店内をキョロキョロ眺める。ドクロがプリントされているTシャツやら龍が描かれているポロシャツが綺麗に畳んで陳列されていおり、その他十字架のネックレス、お土産屋さんでよく売っている刀のキーホルダーなどチュウニズムを高める商品ばかり並んでいる。
なにより凄いと思ったのは俺達の後ろに立っている人形だ。身長は俺より高くて口元に顔が見えない白髪の長髪。そして生気の感じない唇には大きな金色のリングが付いている。胸のロゴに描かれているピエロがすげぇ怖い。
そんな人形の視線を感じながらも俺達は服を選んでいく。
すると。
「……やぁ」
何処からか声が聞こえてきた。
「ん? 天ヶ原さんなんか言った?」
「いえ。私は何も言ってませんよぉ」
おかしいな。確かに聞こえたのだが。聞き間違い。幻聴。もしくは誰かが脳内から直接語りかけてきたか?
「こっちだよ」
「ひえわっ!」
不意に後ろから両手を肩に乗せられ体ビクつく。ついでに変な声でちまったよ。
慌てて後ろを振り向いてみるとそこには先ほどの人形が俺に色が薄い唇を上げて笑っていた。
「……今日は来てくれてありがとう。僕はここの店の店主やってる伊集院って言うんだ。よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします……」
俺はビビりながらもとりあえず挨拶をした。
「うん。よろしく。こっちの可愛いお嬢さんもね」
伊集院さんは隣の天ヶ原さんにも挨拶をする。天ヶ原さんは俺の腕をギュウっと掴んでから。
「……よろしくです」
元気がなさそうに挨拶をする天ヶ原さん。どうしたんだろう? 彼女も怖かったのだろうか。
すると、背伸びをしながら俺の耳に顔を近づけて。
「……なんですか。この人。いきなりルシフェール様の肩なんか触っちゃって。ルシフェール様に触れていいのは私だけのはずなのに」
プクーっと頬を膨らませながら伊集院さんを睨んでいる。……別に誰が触ってもいいんだけど。
「ねぇ君たちは今日何しにきたの?」
そんな天ヶ原さんを無視して伊集院さんは俺達にそう尋ねてきた。
「えっと。今日は服を買いにきたんですけど」
「そうですよぉ。ルシフェール様に似合う素敵なお洋服を探しにきたんですぅ」
「る、ルシフェール? ゲームの話?」
「違います! 私のお隣にいるお方がルシフェール様! 漆黒の翼を持誇り高い堕天使なんですっ!」
声高々に俺の自己紹介を代弁してくれる天ヶ原さん。少し恥ずかしいが悪い気はしない。
伊集院さんは細く尖った顎に手をやって暫し考え込んでから。
「ルシフェール……堕天使……ああっ! ルシファーのことか。そういうことなら任せて。堕天使にぴったりな服僕も探すよ」
「いえ、結構です。ルシフェール様のお洋服はこの眷属である私が探すので」
「そんなぁ。僕にも選ばせてくれてもいいじゃないか。この店人来なくて暇だし」
「駄目です! 貴方みたいな軽率にルシフェール様の気高いお体に触れる人なんて絶対駄目!」
べーっと舌を出して天ヶ原さんは伊集院の提案を拒否した。そこまで敵視しなくてもいいと思うんだけど。
「ルシフェール様もそう思いますよね? 私さえいればそれでいいですよね? ねぇ? だって私はルシフェール様の眷属で運命の赤い糸で結ばれた同士なんですから」
俺の腕から胴体へと抱きつき、上目使いで見つめてくる。どことなく瞳のトーンが暗いんだけど、それは照明のせいですよね?
「いやでも、伊集院さんはここの店主だし。きっといい服探してくれると思うよ? それに三人で探した方が効率いいでしょ?」
俺は抱きつく天ヶ原さんをなだめるようにそう言った。
天ヶ原さんは納得のいかないムッとした顔で俺を見つめてくる。そして暫く自分の中で考え込んだようでハァーっと息を漏らした。その吐息が甘かったのは内緒。
「……分かりました。ルシフェール様がそうおっしゃるなら」
俺から離れた天ヶ原さんは伊集院さんにビシっと指を指すと。
「今回だけ特別にお洋服を選ばせてあげますからね。感謝して下さい」
「やったぁ。じゃあルシファーに似合う服頑張って探すよ」
表情は髪に隠れて見えなかったがそれでも嬉しそうな声音で伊集院さんは服を選びに行った。
その背中を見つめた後、天ヶ原さんはもう一度俺の腕に抱きついてきて。
「さぁルシフェール様。邪魔者もいなくなったし。二人きりでゆっくりお洋服探しましょうね」
「う、うん。そうだね」
そのまま天ヶ原さんに連れられて俺達は服を選びに行く。
「あ、これなんかどうですか?」
天ヶ原さんは目に留まった服をハンガーごと取って俺に見せてくる。白いTシャツの半分に大きなハートマークが半分だけプリントされていた。
「これは?」
「ふふっそしてこの服をルシフェール様が着てですね。私がこれを着ると……」
天ヶ原さんがもう一着ハンガーから手に取る。それは先程のハートマークの片方がプリントされているTシャツだ。
「これを繋ぎ合わせるとなんとハートマークが出来るんですよぉ。私達にぴったりじゃあないですかぁ。これ買っちゃいましょうよぉ」
「えぇ……でもなぁ」
俺はルシフェールに合う服を探しにきたわけで、こんなケツ振り五歳児のアニメで出てくるようなバカップルが着るような服はなぁ……。
「いいじゃないですかぁ。ラブラブカップルに見えますよぉ」
「それが恥ずかしいんだけど。第一俺達カップルじゃないでしょ」
「えっ?」
俺がそういうと天ヶ原さんは鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして手に持っていた服をその場に落とす。
「私達もうお付き合いしてるんじゃないんですか? このままお付き合いを続けて、高校卒業したら結婚して。子供を沢山作って……」
「いや、話が跳躍しすぎでしょっ!」
思わずツッコミを入れる。
すると天ヶ原さんは俺の方に駆け寄ってきて。
「ルシフェール様には私しかいませんよね? だって私ずっと貴方のこと好きで好きで大好きなんですから。ルシフェール様も私のことが大好きですよね?……もしかして。他の女に言い寄られてるんですか? 誰ですか、そのメス豚は。同じクラスの菊池ですか? 委員長の國生さんですか? それとも妹の夏美ちゃん? 誰なんですか? ねぇ?」
可愛い目を思い切り見開いて問い詰めてくる。すっげぇ怖い。
俺はギリシア神話に出てくるメドューサに見つめられ、石にでもされたようにその場から動けず、声も出せなくなった。
それでも何か言わなくてはと思い、必死で喉を動かして。
「だ、誰も言い寄って来てなんかないから。あはは……」
何とか声を振り絞り、そう言い返す。すると彼女は胸を撫で下ろして一息ついた。
「なんだぁびっくりさせないで下さいよぉもう……そうですよね。ルシフェール様は私だけの物ですから。誰にも渡したりしない。絶対に……」
天ヶ原さんはにこやかに笑った後、どこか覚悟を決めたような表情で言った。
重い、愛が重いよ。これ指定重量オーバーしてるんだけど。俺そんなの持ったら腰抜けるんだけど。
けどここで俺にある疑問が浮かんだ。なんで彼女は俺、ルシフェールのことが好きなんだろう。天ヶ原さんがルシフェールのことを好きなのは十分理解したが理由を聞いたことがなかった。
まぁ理由なんて簡単に教えて貰えることではないことくらい分かっているが。
「あのさ。天ヶ原さんはどうして俺……ルシフェールのことがそんなに好きなの?」
俺は思い切って聞いてみることにした。彼女がそこまで好きになる理由が知りたかったから。
天ヶ原さんは俺の急な質問に戸惑いを見せる。が、「そうですね」と前置きをして顔を俯かせて胸に手を当てながら。
「偶然だったんです。たまたま生配信をみかけて、お顔を見て声を聴いて胸がドキドキしちゃって。これが恋なんだなぁって。つまりは一目ぼれしちゃいました」
天ヶ原さんは一歩前に足を踏み込み、俯いたまま俺の目の前に立つ。そして俺の服の胸部分をキュっと掴んだ。心臓を優しく撫でられたようなそんな感触がして、胸の鼓動が跳ね上がる。
「それからもっと知りたい。仲良くなりたいと思って生配信のときにコメントしたり、ツイッターでメッセージ送ったりしました。ルシフェール様はいつもお返事くれてすっごく嬉しかった。けどそれだけじゃあ物足りなくなって。直接お話したり手を繋いだり。もっと近くでルシフェール様を感じたくなりました。そしたら……」
天ヶ原さんは顔を上げて俺を見る。その表情は今までに見たことない穏やかで優しい顔をしていた。
そして。
「こうして私達。出会えたんですよ」