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五話


 そのまま授業が始まり、気がつけば昼休みになってしまった。

 

 その後も何度か話しかけてみたが彼女からの返事は返ってくることなく、五度目のトライで俺の心は完全に折れた。

 

 なのでいつも通りこうして机に突っ伏している訳だが。

 

 くそう! 一体何が起きたんだ。俺はラブコメの主人公なんじゃなかったのか? どうして寝たふりなんてしているんだ? やはり俺の青春ラブコメは間違っていたのか?

 

 しかも浮かれすぎてうっかり弁当を忘れてきた。最悪だ。お腹と心が減ってテンションだだ下がりマックスだ。

 

 自然と俺の顔が濡れるのを感じる。これは決して涙なんかじゃない。お腹が空き過ぎて涎が垂れているだけだ。涙にしろ涎にしろどの道汚いのだが。

 

 もういっそのこと窓から飛び降りて死んでやろうと思っていた矢先のこと。

 

 コトっ。

 

 机になにかが置かれる音がした。なんだろう。誰かが俺の机に座ったのだろうか。それとも自殺用にナイフでも置いてくれたか?

 

 その正体を確認する為に起きる振りをしようと思ったところで俺の携帯から音が鳴った。

 

 ゲームの通知音かなと思いながら確認して見る。すると俺の携帯の画面に映っているのはちやちゃんからのメッセージだった。

 

 『今日ルシフェール様の為にお弁当作ってきたんです。よかったら食べて下さい///』

 

 俺は起きる振りなんか忘れてガバっと起きる。机の端に置かれていたのはピンクのハート柄の包みに包まれている弁当箱だった。

 

 ちやちゃんまじ天使。俺は堕天使だけど。

 

 俺は心の中で彼女に祈りのポーズを捧げながら弁当を開ける。メインの米は鮭フレークでハート型になっており、おかずは卵焼きに野菜炒め、から揚げなど、定番を押さえつつもバランスがとれた献立になっている。しかも俺の好きなものばかりだ。

 

 俺は早速から揚げを一口。さて、お味の方は……。

 

 「う、美味い……」

 

 思わず口からそう漏れた。

 

 弁当を作ってから時間が経っているはずなのに衣はサクサクで肉はジューシー。恐らくニンニクペーストを使っているのか、噛んだ時に広がるパンチのあるニンニクの香りが食欲を引き立てる。

 

 これだけ美味いから揚げを今まで食べたことがあるだろうか。それだけ美味かった。料理屋の娘かなにかなのだろうか。

 

 その後も弁当を食べ進めるがどれも絶品ばかりで箸が止まらない。母親には悪いがこんなものを食べてしまったら今までの弁当では満足が出来なくなるな。

 

 あっという間に完食し、余韻に浸っているとまた携帯が音を立てる。

 

 『どうでしたか?お口に合えば嬉しいです』

 

 ちやちゃんからそんなメッセージが来る。俺は携帯のキーボードをぬるぬる動かしながら。

 

 『うむ。美味であった。魔力も補充出来る最高の一品であったぞ』

 

 そう返信をすると秒単位で。

 

 『やったぁ。めちゃめちゃ嬉しいですぅ。これから毎日作ってきますね!』

 

 これこれ、これだよ俺が望んでいたラブコメってのは! 俺はこれから毎日こんなに美味しい弁当を食べられるなんて嬉しすぎて顔がニヤけてしまう。

 

 これあれでしょ? 愛妻弁当ってやつでしょ? すっげぇ! 凄すぎてすっげぇしか言えない。

 

 俺は椅子に座りながらニコニコしていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。午後は音楽なので移動しなくてはいけない。面倒くさいな。昼休み後にある移動授業は廊下に人がいっぱいいて嫌なんだよ。複数で歩くことがリア充達には当たり前のことだから俺が一人で歩いていると「あ、あいつ一人だ。まじぼっちだわ(笑)」見たいな目で見られるから。

 

 もう少し弁当の余韻に浸りたいところだったがクラスの奴らは皆移動しているし、行かなくてはならない。

 

 教科書を準備して椅子から立ち上がる。その時、俺のブレザーの裾が引かれ体勢が崩れた。

 

 何処かに裾を引っ掛けたのだろうか? 確認してみると女の子の小さな手が裾を掴んでいる。

 

 「……やっと二人きりになれましたね。ルシフェール様」

 

 天ヶ原さんがマスクを外してニッコリ笑顔で俺に話しかけてくる。

 

 「あ、うん。そうだね」

 

 俺はどう言葉を返せばいいか分からなかったがとりあえず無難な言葉を選んだ。

 

 なんだ、急に話しかけてきて。朝は俺のことを無視してたのに。けどメッセージでやり取りもしたしお弁当まで作ってきてくれたし。何がしたいのか分からない。

 

 「ごめんなさい。私人前だと話せなくて。周りが他人とかなら大丈夫なんですけど教室内だと緊張しちゃって……朝挨拶して下さってすっごく嬉しかったです。その……無視したみたいで怒ってますよね?」

 

 成る程、そういうことね。まぁ俺も彼女の気持ちも分からないでもない。クラスで一人ぼっちの奴らが急に話し出したら変な噂とか出来るかもしれないし。

 

 「いいよ。気にしないで。あ、弁当ありがとうね。すげぇ美味かったよ!」

 

 俺は感想を言ってから弁当箱を彼女に返した。受け取った天ヶ原さんは嬉しそうに笑ってから。

 

 「よかったぁ。お口に合わなかったらどうしようかと思ったんですよぉ」

 

 ほっと一息ついて胸を撫で下ろす。天ヶ原さん。

 

 「まじで美味かったから! から揚げとか特に美味かった! なんかコツとかあるの?」

 

 「コツ……ですか。そうですね。片栗粉と小麦粉の分量とか揚げる油の熱とか後は……」

 

 顎に人差し指を添えて思い出すようにコツを教えてくれる天ヶ原さん。そして一拍間を置いてから。

 

 「後は隠し味の愛情ですっ!」

 

 舌をペロッと出して恥じらいが混じった顔で笑う天ヶ原さん。

 

 なにその仕草。可愛い。超可愛い。

 

 へぇ、そうなんだとか相槌を入れようと思ったがあまりの可愛さに声が出ず、餌を欲しがる金魚のように口をパクパク開くことしか出来なかった。

 

 「ん?どうかしましたか?」

 

 俺が変な顔をしていると不思議に思ったのか顔を覗かせてくる。それに伴って顔を近づける天ヶ原さん。彼女の綺麗な顔立ちと着崩したブレザーのシャツから見える白い透き通った肌とチラ見えする鎖骨が俺の脳内を激しく揺さぶった。

 

 「おっふ。だだだ大丈夫だ。問題ない」

 

 喉を捻り出して声を出し、近づいてくる彼女を手で制した。これ以上はヤバい。心臓が爆発しそうだ。

 

 「ふふっルシフェール様ってば面白いですね」

 

 「あはは……」

 

 天ヶ原さんの笑い声と俺の乾いた笑いが教室に広がる。緊張からガチガチになって格好悪いことこの上ないがこうして天ヶ原さんと話が出来て嬉しい。

 

 やはりこの子はいい子なんだ。ハンバーガーショップで襲われかけたがそれはきっと彼女なりのジョークだったに違いない。

 

 だってこんなにいい子が生ハメなんちゃらこんちゃらなんて言う筈ないでしょ。

 

 そんなことを考えていると。

 

 「ルシフェール様……なんだかこの教室暑くないですかぁ?」

 

 おもむろにそんなことを言い出してブレザーを脱ぎだす。そしてシャツ一枚姿になったかと思うと俺に身をそっと預けた。

 

 天ヶ原さんの金色の髪が俺の鼻先に当たりくすぐったい。つか凄い良い匂いがするんですけど。シャンプー何使ってんのかな?

 

 いや、今はそんなことどうでもよくてだな。

 

 「あの、どうしたの?具合でも悪い?」

 

 「いえ、そんなんじゃないんですぅ。身体がルシフェール様とお話してたら身体が火照っちゃって。子宮の奥からジンジン来る感じでぇ。……ねぇルシフェール様。ここでシましょうよ」

 

 ぎゅうっと俺の背中に腕を伸ばして抱きついてきた。ちょっと色々当たってますよ。もしもーし。

 

 「シちゃいましょ。音楽なんかサボって私だけに特別授業して下さい」

 

 「ここじゃあ流石にまずいって」

 

 「大丈夫ですよぉ。誰も来たりしませんって。それとも私みたいにがっつくビッチみたいな女の子は嫌いですか? 大丈夫です。私処女なんで。初めては大好きなルシフェール様に捧げようって思ってたんです。この先ルシフェール様以外に抱かれる気はないですけど」

 

 「いや。そういうことじゃなくてね?」

 

 なんとか説得しようと思ったが駄目だ。完全に発情スイッチ入ってるよ。

 

 とにかく何とかしてこの場から逃げなくては。ヘタしたら退学とかありえるから。

 

 「ほ、ほら。もう急がないと。今日の音楽はリコーダーだよ。楽しいよ?」

 

 「リコーダーですか。ルシフェール様の太くて大きいアルトリコーダーで私の法螺貝と愛のデュエットを演奏するんですよねぇ」

 

 なんでそうなるんだよ。おかしいだろ。例えが完全に男子中学生だよ!

 

 「もう音楽室行こう。本当に遅れちゃうし」

 

 「え?イクってもうイキそうなんですか? それなら私の中に」

 

 「そういうことじゃないからね!?」

 

 俺は抱きついている天ヶ原さんを引き剥がし音楽室へ向かおうとする。

 

 向かおうと思ったのだが。振り返ると彼女はショボンと俺を眺めていたので。

 

 「分かった。分かりました。一緒に行くよ。準備して」

 

 「そうですよね。イク時は一緒の方が気持ちいいですもんね」

 

 「だからそういうことじゃないって!」

 

 俺の悲痛な叫びが教室に木霊し、それと同時に始業のチャイムが鳴り響いた。

 

         ×   ×   ×   

 

 「あーあ。疲れた」

 

 風呂上り、俺は自室のベッドに腰を下ろし、冷蔵庫から持ってきたコーラの蓋を開けた。

 

 今日は疲れた。朝の清々しい気分は何処へ行ったのやら。

 

 音楽の授業には遅刻し、遅れて教室に入ると一斉にクラスメートの視線を浴びて恥ずかしかった。しかもボソボソと小声で「誰? 違うクラスの奴?」とか聞こえてくるし。お前と同じクラスの小野君だよ。

 

 席についた後、リコーダーを吹いているときに天ヶ原さんのことが気になって全然上手く弾けなかった。時折彼女の下ネタ発言を思い出して何回リコーダーの音程を外したことか。その度に目だってクラスの奴らから「今音外したやつ誰? あんなのクラスにいたっけ?」という声が耳に入ってくるし。だから同じクラスの小野君、小野秋人だよ。

 

 あの後、天ヶ原さんは話しかけてくることはなかったが、授業中も彼女から視線を感じて集中出来なかった。

 

 天ヶ原さんは確かに可愛い。どこからどう見ても美少女でしかも料理の腕もピカイチだ。おまけに俺のことが好き。胸の大きさは置いておいて、男子が望む理想の女子像だろう。

 

 だけど、だけどもだ。ちょっとエッチすぎません? あんなガツガツこられたら流石にちょっとなぁ。

 

 もし俺が性欲むき出しの男であったのなら素直にこの状況を楽しめるのであろうが俺は至って普通の人間。お店や教室で行為をする勇気なんてない。そもそも女性と手を繋いだことさえないまである。考えただけで手汗が止まらなくなる。

 

 俺は手汗を掛け布団で拭ってからルシフェールに変身するためにカツラを被った。今日は金曜日。週に一度の生配信の日だ。しかも今日は十三日の金曜日。中二活動をするにはもってこいの日だろう。

 

 携帯を鏡代わりにしてカラーコンタクトをはめる。画面に映っているのは冴えない顔をした男子高校生だ。しかし、俺は今から堕天使へと変貌し今日もリスナー達からきゃーきゃー言われるのだ。リスナーの大半は初見の人と天ヶ原さんしかいないが。

 

 それにしても俺の顔はなんとも冴えない。もっとイケメンに生まれたかったなぁ。天ヶ原さんはこんな俺の顔を好きになったのだろうか。いや、違う。俺の滲み出る圧倒的カリスマ性に心を惹かれたのだ。顔なんて所詮名刺代わりでしかない。問題は中身だろ。でもやっぱイケメンになりたい。

 

 そう考えながらコンタクトを入れているとふと頭の中で天ヶ原さんの顔が過ぎった。今頃俺の配信を楽しみに待っているのだろう。どんな顔で待っているのだろうか。ドキドキしているのだろうか。

 

 携帯の画面越しに映っている俺は彼女にどう見えているのか。彼女が画面越しでどんな顔をして眺めているのか。なんだか携帯の画面に映っている俺が段々と天ヶ原さんに見えてくる。

 

 これから先俺と彼女はどんな関係になるのだろうか。もしかしたらこのまま付き合っちゃったりして。

 

 そして日が沈む岬の天辺とかで二人向き合ってから「ルシフェール様。私に契約の口付けを交わして下さい」とか言っちゃたりとか?

 

 「ふひひっ……痛ってぇ!」

 

 変なことを考えていたらコンタクトをズレて付けてしまい眼球に激痛が走った。

 

 この妄想は止めておこう。感動的シーン過ぎて涙出てきた。


 俺は滲み出る涙をティッシュで拭き取り、もう一度コンタクトを付け直した。

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