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四話

 俺の名はルシフェール。神に仇なす大罪を犯し地獄に堕とされた漆黒の翼と気高き心を持ち合わせる存在。

 

 そんな俺がいるここは小野家のリビング。そこでなにをしているかと言うと。

 

 「あああああああああっ!」

 

 俺はクッションに頭を突っ込み思い切り叫んでいました。

 

 本能と理性の決戦は結局どっちもつかずで俺が選択したのは逃げるという行為だ。

 

 逃げるというのは言葉のニュアンス的に負け犬だとか、愚かだとかそんなイメージしかない。

 しかし、逃げるが勝ち。逃げるは恥だが役に立つ。穴に入るくらいだったら逃げたい。等々様々な名言があり、一概にそうとは言えないだろ?

 

 だから俺のとった行動は誘いに答える答えないから逃げ出した訳ではないのだ。保留というか。あれだ、どちらか一つしか選べないのなら俺はどっちも捨てるとかそんな格好いいことだから。そうだ。そうに違いない。そう思いたい。

 

 でもさっきから妙に心臓がバクバクしてるし、なんだろう。この気持ちは。心が叫びたがってる? 兎に角モヤモヤしていて叫ばすにはいられないのだ。もう一回叫んでおこう。

 

 「あああああああああっ!」

 

 「…………なにしてんの? 兄ちゃん」

 

 俺の妹。小野 夏美が道端でウンコ踏んづけたような顔でソファーに倒れこんでいる俺を見てくる。

 

 夏美は俺の一個下で中学三年生。部活の陸上の帰りなのか、部活で支給されている学校名が刺繍されたジャンパーに学校指定の短パン姿。スポーツバッグを肩から斜めにかけていて、その走るのに邪魔そうな胸を強調させている。

 

 「俺は今猛烈に叫びたい気分なんだよ」

 

 「そう。全然意味分かんないけど大変そうだね」

 

 しれっとそんな感想を一言。そしてそれ以上はなにも言わないで自室がある二階へと上がっていったあの子ちょっと塩対応過ぎるとは思いません? ソファーで一人叫んでいる兄貴がいたら普通心配とかするでしょ? するよね?

 

 昔は俺にべったりで泣き虫だった筈なのにいつからこうなってしまったのか。これが反抗期ってやつか。

 

 そんな素っ気なかったら男が寄り付かないぞ。まぁ兄としては嬉しいのだけれど。でも俺は知っている。夏美はあんな感じだがしっかり者で面倒見がよく、俺以外には優しいことを。あれだ。漫画でよくある同姓にモテる女の子キャラみたいなもんだ。実際夏美が風邪で学校休んだ時なんか同じ部活の後輩の女の子がお見舞いと称しスポーツドリンクとか栄養ドリンクを持ってきたこともあったしバレンタインデーの時も気合の入ったデコレーションがされている大きなハート型のチョコレートとラブレターを貰っているのを知っている。何故って全て俺が玄関で受け取っていたから。そしてスポーツドリンクもチョコも全部俺が食べた。ラブレターは鼻をかんで捨てたら凄い怒られた。

 

 そんな妹のこととほろ苦いバレンタインのことを考えていると携帯が通知を知らせる音が鳴る。誰からだろうか。また変なアカウントからフォローでもされたのだろうか。

 

 気だるげにソファーから起き上がろうとしたが身体が重くて動かないので腕だけを伸ばしテーブルに置いてあった携帯を取る。確認してみるとちやちゃんもとい天ヶ原さんからメッセージが送られてきた。

 

 『今日はごめんなさい。私本物のルシフェール様に会えたのが嬉しすぎてテンションがおかしくなちゃったので……。嫌われちゃったかな』

 

 俺は一旦携帯を置いて深呼吸をした。さてどう返信を返そうか。

 

 俺も会えたのは嬉しかった。でもびっくりしたのも本当だ。だってまさかクラスメートだとは思わなかったし、あんなこと言われるなんて誰でもビビるよな。

 

 でも嫌いになったかって言われるとそうでもない。俺のことをずっと慕ってくれたちやちゃんを簡単に嫌いになれはしない。そしてやっと出会えたのだ。これから先きっと俺達は何かある。確証のない確信がある。

 

 だから俺はこう返信した。

 

 『案ずるな。俺の可愛い眷属よ。俺の使い魔はお前しかいないのだから』

 

 我ながら会心の文が出来た。ポチ、送信っと。

 

 すると携帯の時計の分が変わる前に返信がきて。

 

 『もうっ! ルシフェール様大好き! また明日学校で会いましょうね!』

 

 「うぇへへっ」

 

 大好きだって。もうそんなこと言われたら俺も大好きになるだろ。

 

 脳内でそれだけが反響する。

 

 大好き、大好き、大好き。

 

 「あおおおおおおんっ!」

 

 俺はこの胸の高鳴りを堪えきれず犬が遠吠えするように叫んだ。

 

 これが叫ばすにはいられるか! 女の子から大好きなんか言われるのは生まれて初めてだ!

 

 ああ、すっごい。すっごい気持ちいい。これが女の子から好意を持たれるイケメンの気持ちか。

こんな気持ちにいつもあいつらは浸っているのか。悔しい。でも今なら許せちゃう。

 

 さてもう一回叫んでおこう。

 

 「あおおおおおおんっ!」

 

 「…………だからお兄ちゃんなにしてんのって」

 

 自室から降りてきた夏美が今度は道端で干からびている大量のミミズを見るような目で俺を見る。

 

 「これはあれだ。赤ちゃんの産声と同じだから。俺たった今生まれ変わったんだ」

 

 「どうでもいいけど叫ぶのも程ほどにしておいてね。ご近所さんにも迷惑がかかるかもだから」

 

 「あ、はい……」

 

 妹に優しく叱られる兄。……とりあえず悔しいからもう一回叫んでおこう。

 


          ×   ×   × 

 


 翌日の朝。学校まで自転車を漕ぎながら登校する。

 

 今日の天気は晴れ。穏やかな春の朝日と風が心地よく自転車を漕ぐたびに俺を包み込む風がなんとも爽快だ。

 

 きっと気分がいいのは天気のせいだけではない。学校にいけば天ヶ原さんに会える。ちやちゃんに会えるのだ。それが楽しみで仕方がない。

 

 まず学校で会ったら何されるんだろう。きっと彼女のことだから急に抱きついたりしてきたりするんだろうか。なにそのラブコメ的展開、楽しすぎるだろ。

 

 でも学校だし? みんなの目もあるし? 流石にそれは恥ずかしいかなぁなんて思ったりもするが逆に今まで俺の存在なんか気づかない空気としか思っていない奴らの視線を浴びるのも悪くはない。あんな美少女に抱きつかれて羨ましがられるに違いないだろう。そしてクラス中から非難の嵐に遭い俺は彼女を引き剥がしてからこう呟くんだ。

 

 

 「やれやれ、とんだ一日のスタートだな」

 

 

 

 くぅ! 格好いい! 完全に俺ラブコメ系主人公じゃん! 顔は微妙の癖にクールぶってて妙に女にモテるやつじゃん!

 

 そうと決まれば演じるのみ。今日の俺はルシフェールではなくラブコメ主人公だ。ふぅ……風がやけに鬱陶しいな。

 

 そんな感じで学校につき俺は内心ウキウキしているのを抑えてなるべく無表情を作る。昇降口でクールに上靴に履き替えそのまま教室まで行く。

 

 教室の前までたどり着いた。このドアの向こうには天ヶ原さんが待機していて、俺がドアを開くのを飼い主を待っている犬のように待ちわびているのだろう。ふふっ可愛い眷族よ待っていろ。ご主人様が今から行くからな。

 

 俺は一つ深呼吸をしてから引き戸に手をかけ、ドアを開ける。さぁ、お待ちかねの俺様登場だ!

 

 「…………」

 

 ドアを開け俺の瞳が映し出しているのはいつもと変わらない教室の風景。あれ? おかしいな? この先の展開はドアを開けた瞬間抱きつかれる筈じゃあ……。

 

 俺は辺りをキョロキョロと見渡す。談笑しているリア充男女。教室の隅に密集してコソコソ話しているオタクグループ。資料整理している真面目委員長。そして教室の中央で気だるげに携帯を弄っている天ヶ原さんがいる。

 

 携帯弄っているから俺が来たことに気づいていないだけか? そうだよな。そうに違いない。

 

 俺はそのまま自分の席に向かい、教科書やらを机にしまってから天ヶ原さんの方を向いて。

 

 「お、おはよう」

 

 消え入りそうな声で挨拶をした。思えば入学式の自己紹介以来に教室で声を発したかもしれない。度々気持ち悪い声を出していたかもしれないが。

 

 これで流石に気がつくだろう。きっとあの機嫌が悪そうな表情を一変して俺に飛びついてくるに決まっている。

 

 ほら。早くこいよ。俺は準備出来てるぞ!

 

 が、しかし。

 

 「…………」

 

 天ヶ原さんは俺の方を振り向きもせず、携帯の画面と睨めっこを続けている。

 

 あれれー? おかしいぞぉ? もしかして俺の声が小さすぎて聞こえなかったとかかな?

 

 ならばもう一度声をかけるのみだ。

 

 「きょ、今日は、その、いい天気だね」

 

 先程より大きな声をだして俺は話しかける。

 

 これは聞こえただろ? しかも話題を振ったんだ。必ず返答してくる。絶対に。

 

 「…………」

 

 しかし、いくら待っても天ヶ原さんからは返答は返ってこない。まるで俺の存在自体気がつかないように。

 

 あれ?あれれー? 

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