三話
そのまま天ヶ原さんに連れられて学校を後にすること幾分。帰宅経路とは真反対の駅の周辺にきた。学校帰りの学生や、営業であろうスーツを着た人。それから革ジャンを着て金髪のいかにも柄と頭が悪そうな人で賑わっている。
「あのぅ……これから一体どちらへ向かわれるのでしょうか?」
「…………」
俺が聞いてみるが彼女からの返答はない。
くそ、なんなんだこの子は。怖いじゃんかよ。なんか喋れよ。怖過ぎて敬語使っちゃったんじゃんかよ。
こっそり逃げだそうか? いや、そんなことしたら明日学校でどんな酷い目に遭わされるか分からないし。ここは大人しくついていった方が賢明か。
そんなこんなで到着したのは大手ハンバーガーチェーン店だ。どうやらここが目的地らしい。
俺は彼女の後にくっついて入店自動ドアが開くと軽快な入店音が俺達を迎えた。
彼女がレジカウンターへ向かい、何か注文をボソボソと呟く。そして俺に道を開けた。
これは俺も何か注文したほうがいいんだろう。だけどハンバーガーなんて小学生のとき以来で何を頼んだらいいか分からない。
カウンターにあるメニュー表を見てみると『クォーターダブルチーズハンバーガー』だったり『野菜ざくざく肉モリモリ特大ビックハンバーガー』だったり最近のライトノベルのタイトルばりに長いメニューがずらりと並んでおり、どれを頼もうか迷う。
「お客様。ご注文はお決まりでしょうか?」
俺が中々注文を言わないので痺れを切らしたのか店員が接客スマイルを保ちつつも何処か苛立った雰囲気で聞いてきた。
「そ、それじゃあハンバーガーを一つ」
「ハンバーガーですね?単品でよろしかったですか?今ならセットがお安いのですが」
「じゃ、じゃあセットで」
「セットはポテト、フライドチキンどちらになさいますか?あ、ドリンクもこちらからお選び下さい」
「ひぇ……ぽ、ポテトとコーラで」
「かしこまりました。ではお隣に並んでお待ち下さい」
ふぅ……やっと終わった。注文を選ぶのも一苦労だな。しかも俺ハンバーガーだけでよかったのにセットも注文しなきゃいけなくなった。これって一種の詐欺なんじゃないの? 老人の家に行って押し売りするセールスと同じ手法なんじゃないの?
なんだか凄い損した気分になりながらもハンバーガーが出来たようなのでトレイを受け取る。
天ヶ原さんはその間、俺を待っていてくれていたようでこちらをジィーッと見つめていた。そんなに見つめられたら怖いんだけど。
「お、お待たせ。じゃあ座ろうか」
俺が気の利かせた台詞を言うが彼女から言葉が返って来ることはなく、スタスタと空いている席に向かう。俺も黙ってついていく。
彼女が席に座ったので、俺も対面する形で席につく。が、そこから何か会話に発展もしないので俺はハンバーガーの包みを開けカブリつく。うん、普通。これと言って感想はない。
そのまま無言でハンバーガーとポテトを食べてからコーラを飲む。彼女はまだ一口も食べていない。本当何がしたいんだこの子は。
チラリと彼女の方を向いて見るが相変わらずこちらを見てくるだけ。ちくしょう。何この拷問。その内俺天ヶ原さんの視線で殺されそうなんだけど。
いや、あれか。こういう時って男から話題を振るもんなのか? 確か女子中学生が好きそうなネットニュースでそう書いてあった気がする。
「あ、あの」
「携帯のキーホルダー」
「はひっ?」
俺が意を決して話そうとしたとき、彼女と声が被ってしまった。喋れるならもっと前に喋ってもらいたかったが。
「ああ、キーホルダーね。これ親戚に作ってもらったんだよ」
俺は制服のポケットから携帯を取り出して彼女にキーホルダーを見せる。
すると彼女は細く綺麗な瞳をまん丸にして驚いている様子。まぁ、これ格好良いからな。そんな顔にもなるだろう。
「これってあなただけの物? 他にはないの?」
「ん? ああそうだよ。特注だからね」
そう言うと彼女は俯き、肩をフルフルと震わせる。
そして。
「じゃあやっぱり貴方様がルシフェール様だったんですね!」
「はい?」
え?今なんて? なんで彼女がルシフェールを知ってるの?
「ルシフェール様! 私です! ちやですよ! ちや!」
「え?ちやってあの……」
「そうです! 私がルシフェール様の眷属。ちやです!」
天ヶ原さんはマスクを外し、目をキラキラと輝かせながら前のめりになってそんなことを言ってくる。なんだよ、マスク外しても美人じゃないか。ってことはどうでもよくて。ちや? マジで? 俺のこと大好きでいつもツイッターでリプくれたり生放送でコメント書いてくれるあのちやちゃん?
「えっと……」
「私達、やっと会えましたね! 感激です!」
天ヶ原さんは席から立ち上がり俺の隣に座りなおす。そして俺の腕を掴みながら顔を胸にうずくめる。
俺は一体何からツッコめばいいんだろうか。まず近い。超近いよ。こんなに女の子が近いのは妹が幼稚園生の時以来かも。
そして、彼女がちやちゃん? 確かに名前が同じだけどこんな偶然ありえるのか? 同じ学校でしかも席が隣だなんて。
いつか会ってみたいとは思っていたけどこうも早く実現するなんてありえるのか?
「えへへぇ。ルシフェール様」
しかし、この温もり、この感触。まさしく本物だ。つまり今俺に起こっていることは現実な訳で。
「ほ、ほひっ」
俺から声にならない気持ち悪い音が漏れた。
つまりは俺達は確率の壁を乗り越えてこうして出会えたということだ。運命の赤い糸で結ばれた恋人のように、劇的に突然に。
なんという偶然、なんという運命。ああ、神よ。貴方様に感謝と敬意を。俺堕天使だけど。
「私ずっと会いたかったんです。中学生のときに存在をしってから憧れで。少しでも近づけるように、気づかれるように髪の毛だって染めましたし。マスクでキャラ作りもしましたし」
「あれ? それって確か地毛じゃなかったの?」
「ああ、それは嘘ついてなんとか誤魔化しました」
あざとく舌をペロッと出してウィンクする天ヶ原さん。
注目されたいが為に生配信やツイッターで活動してきた俺にとって誰かの憧れの的になれたのは嬉しい。それも美少女だから尚嬉しい。だけど学校に嘘ついてまでやるか普通。
俺のちやちゃん像はもっと清楚で可憐な女の子だったんだが。
なんだか先程は嬉しかった筈なのに今俺の中でそれが不信感に変わっていくのを感じる。
そんな中彼女は唐突に。
「ルシフェール様。この後ご予定はありますか?」
予定か。もう早いところ家に帰りたいのだがそんなことを言ってしまえばがっかりさせてしまうだろうし。
「い、いやぁ特にないけれど」
俺がそう言うと彼女はウフフと不敵な笑みを浮かべる。なんだか嫌な予感がするんだが。
「じゃあ。私とイイ所行きません?」
不意に彼女の手が俺の太ももに乗っかる。そしてその手は螺旋を描くようにグルグル扇情的に撫で始めた。
「イイ所とはなんでしょうか?」
俺は全くもって彼女が言うイイ所の場所が分からないので素直に聞いてみた。まぁ。女の子が俺の太ももを撫でながら言ういい場所とはアレな場所なんだろうと期待もなくはない。だからちょっと敬語になってしまった。
だけれども百を超えるアニメや漫画を読み漁った俺は次の展開も予想済みだ。きっと行ってみたら案外普通のゲーセンやカラオケだったりして俺がガッカリ顔をし、女の子が『あれれー? もしかして何か変なこと期待しちゃった?』ってなるパターンだ。間違いない。
果たして俺の予想は当たるのであろうか。
天ヶ原さんは俺の耳に顔を近づけて、その色は薄いが艶のある唇でそっと呟いた。
「ホテル。いきましょう」
「ふへっ?」
思わず気持ちが悪い疑問符が口から零れた。
俺の予想は見事に外れ。俺のサブカルチャーから学んだ知識は全て役立たずだということが証明した。もうオタク卒業しよう。
とかこんなくだらないこと考えている場合ではなかった。ホテル? マジで? それってビジネスとかカプセルとかじゃなくてラブが頭につくホテルのことですか?
俺、小野 秋人は童貞である。それどころか人生において会話した異性は母ちゃんと妹を除いてコンビニのバイトの子くらいでそんな唐突にホテル行こうと誘われても返す言葉が浮かばない。
と、いうか。彼女は本気で俺とホテルになんか行こうと思っているのだろうか? こんな冴えないチェリーボーイと? 普通ありえるか?
これは恐らくドッキリというやつできっとクラスの連中が何処かで隠し撮りしながらクスクスと笑っているのだろう。そうに違いない。恐らく俺がこっそり中二活動しているのがバレてそれをネタにあいつにドッキリ仕掛けてやろうぜとかいうノリなんだろ? 天ヶ原さんだって内心「うわっガチで焦ってんじゃんきもーい(笑)」とか思ってるんだろ?
くそっ! ふざけやがってっ! 俺の純真を弄びやがって。許さんぞ。
だったら俺も彼女を思い切り恥ずかしがらせてやる! 幾らビッチだって下ネタに怯まない女の子はいないだろう。くそ恥ずかしい下ネタ連発してやるからな。
「どうです?一緒に行きましょうよ」
俺が復讐しようとも知らずにまだホテルに誘おうとする彼女。ふん。余裕こいていられるのも今のうちだからな! 今からとてつもない下ネタの爆弾をお前に投下してやる!
「ああ。いいだろう。今宵はベッドの上で乱れ、咲き狂って貰おうか」
俺か声を低く出し、いつも配信しているときのルシフェール声で彼女に囁いた。
どうだ、イケボでこんな下ネタ言われたら流石に恥ずかしがってネタばらしするだろう。
さぁ! 天ヶ原 茅耶よ! 汝の答えは!?
「やったぁ! じゃあ朝まで本番生ハメいちゃいちゃ恋人ガチ種付けセックスしましょうね!」
「うん。まぁ俺も酷い下ネタ言ったし。これに懲りたらもうドッキリなんて……って今なんて言った?」
「だからぁ。朝まで本番生ハメいちゃいちゃ恋人ガチ種付けセックスですよぉ」
まさか俺の数億倍凄い下ネタで返されるとは思ってなかった。
おい、女子高生が言っていい台詞じゃないでしょそれ。完全にAVのタイトルだよ。
しかも彼女はネタでそんな頭の悪いことを言ってるんじゃない。本気だ。目を見れば分かる。エッチな漫画の女の子だったら絶対に目がハートマークになっているような蕩けた瞳だ。
その目を見て俺は確信した。これはドッキリなんかではない。ここまで来ればドッキリの方がまだマシなようにも思えてくる。
「ルシフェール様。子供はソロモン七十二柱出来るくらい作りましょうね。私頑張ります!」
俺の腕から腰へと腕を回しぎゅうっと抱きついてくる天ヶ原さん。女の子特有の柔らかい身体つきだと人肌の体温。そして激しい主張はないがそれでもしっかりと存在感のある胸の感触が一気に俺の触覚器官を刺激し、身体中を駆け巡る。
心臓がどんどん加速していってせわしなく全身に血液を送り続ける。耳まで真っ赤になるのが鏡を見なくても分かり、鼓動の音で鼓膜がどうにかなりそうだ。
「ねぇ。早くホテル行きましょ。もう身体が火照っちゃってクラクラしそうです。それともぉ、今ここで一発キメときますか?」
息を荒げて、甘く、暖かい吐息が俺の耳にかかる。天ヶ原さんはブレザーのリボンを解いて胸元のシャツを摘み、スカートの裾をあげてきめ細かい白肌をチラ見せして俺を誘ってくる。
「いやぁ。流石にここはまずいんじゃないのかなぁ」
俺は最早淫魔と化した天ヶ原さんの誘惑には負けず、冷静に言葉を返した。
「ふふっ大丈夫ですよぉ。だってここ死角になってますから誰にも見えませんって」
確かにこの席はカウンターから目の届かないところに位置しているし、他の客に注意すればことを運べそうな場所だ。そこで俺はふと思い出した。この席を選んだのは彼女だと。もしかして初めからこれが狙いだったのか?
俺は。俺は一体どうすればいいのだ。
俺だって一人の男の子だ。こんな可愛い女の子。しかも俺に憧れを抱いている子に行為を求められて嬉しくない筈がない。でも、だけれどもだ。ルシフェール的に考えてどうだ? 仮にも彼女は俺のファン。そんな子に手を出すのは格好悪くないか? しかもそんなスキャンダルが誰かに知られてネットに書かれでもすれば炎上間違いなしだ。まぁ俺は人気度も認知度もないのだけれど。
そして何より、こんな簡単に行為をしていいのかって話だ。もっとこう大事にするもんでしょ、こういうことって。愛し合った仲じゃないといけない気がするのだ。そりゃあ天ヶ原さんだって俺のこと好きみたいだし、俺もちやちゃんには少なからず好意を持っていた。だけど、お互いまだ顔が分かっただけだ。もっとお互いのことを理解しあって本当に好きになってからだと俺は思った。
だけど正直、ヤリたい。これには理由なんかなく、本能がそれを求めているのだ。
本能と理性。動物と人間。そんな葛藤が頭の中で繰り広げられる。
そして俺が導いた答えは。
「あ、あの。俺用事あるんで帰りましゅ」