十二話
時刻は午後六時を回り、俺達は家に帰ることにした。
今日は色々あって疲れた。デートというものはここまで疲れるのだろうか。もしそうならこんなことを平気で週一でやっているリア充には頭が上がらないな。お前らの心臓は馬並みかよ。それか毛でも生えてんの?
だけど、この疲労感が何故か心地いいと感じている自分もいる。それだけ楽しかったってことだろう。
「ルシフェール様。すいません。ちょっとおトイレに……」
天ヶ原さんが申し訳なさそうにそう言ってくる。俺もトイレがしたかったので丁度いい。二人でいくことにした。
一階にあるトイレにそれぞれが行って、俺は用を足した。手を洗う際にふと鏡を見てみるとそこに映っていたのはバカップルが着るような服を身に着けている自分だった。
きっと前までの自分では考えられないよな。可愛い女の子とこうして同じ服を着て、腕を繋ぎあってショッピングモールを歩くなんて。でも鏡が何でも映す道具であるかぎり今映っているのは全て真実で夢ではない。試しに頬を引っ張ってみたが痛い。超痛い。強く引っ張り過ぎた。
夢ではないとなるとこれは全て現実な訳で。そう考えると自然と顔が緩んだ。
いかんいかん。まだデートは終わってないぞ。家に帰るまでがデートだからな。最後まで表情筋を引き締めないと。
俺は両頬を叩き気合を入れ直す。ちょっと強く叩きすぎた。痛ぇ。
トイレから出ると天ヶ原さんはまだのようで俺はトイレから少し歩いたところで待つことにした。
待ち時間暇だからツイッターでも見ようと思い、携帯を開くと数件のメッセージが来ている。一つ目は夏美からのようだ。内容は『お兄ちゃん。大丈夫? 生きてる?』とのこと。
大丈夫。お兄ちゃんは今日もここにいますっと。全く心配性な妹だな。帰りにプリンでも買ってあげよう。
他のメッセージを確認すると全てちやちゃん、天ヶ原さんからだ。
なんだろうと思いツイッターを開いてみるとダイレクトメッセージで写真が沢山送られていた。
どれも俺の横顔のアップばかりなんだけど。しかしたまに天ヶ原さんがピースして写っていて可愛い。保存して携帯の待ち受けにしよう。流石に気持ち悪いか?
自分がニヤニヤしているのが分かったので手で隠しながら携帯を覗いていると、突然携帯画面に影が出来る。なんだろうと見上げてみるとそこにいたのは先程フードコートで絡んできた男女二人組みだった。
「おい。連れの女はどうした?」
男が今にも殴りかかってきそうな剣幕で聞いてくる。
「今ちょっとトイレにいってるんですけど……」
「そうか。ならお前でいいわ。ちょっと面貸せ」
「だから。今トイレ行ってるんで俺待ってるんですけど」
「いいからついて来いって言ってんの」
男が俺の襟を掴みぐいぐいと引っ張ってくる。俺は抵抗したものの力及ばず。リードで引っ張られる子犬のようにショッピングモールを後にした。
連れてこられたのは駅前にあるビルとビルとの谷間にある狭い路地だ。
外はすっかり日が暮れて夕焼け空が綺麗だなぁ、とか考えている場合ではなかった。これやばいんじゃないの?
「……お前らさっきはよくも馬鹿にしてくれたな。こうして人がいない場所だったらいくらぶん殴ってもいいよぁ?」
男は指をポキポキと鳴らしジリジリと俺の方へ詰め寄る。
「あ、あの……一目がないからってぶん殴るのは駄目だと思うんですけど……」
俺は少しづつ後退しなんとかこの場を治める方法を考える。金を渡すか? いやでも今日のデートで使ちゃったし。なら謝る? なんで? 俺悪い事してないのに。
だったら戦うしかあるまい。俺は堕天使ルシフェールだ。こんなチンケな男に負けるわけないだろう。
よし。そうと決まれば。
「おい。小童よ。これ以上近づくと俺の漆黒の力でお前を地獄送りにするぞ」
俺は声を作り、自信ありげな表情で言った。言ったのだが。
「ああ? 何言ってんのか全然分かんねぇ。とりあえずぶん殴るからお前」
ですよねぇ。下賎な輩には崇高なルシフェール様の言葉は分からなかったか。いや、なに考えてんの俺。しっかり現実を受け止めろよ。
まずは逃げよう。確か駅前に交番があるはずだ。そこに駆け込めば流石に追ってはこないだろう。しかし、どうやって逃げる?
路地は一方通行。前方には男。その後ろに女が見張りのためか立っている。俺の五十メートルのタイムは七秒五十六、とても振り切れるとは思えない。
じゃあ携帯で百十番に通報するか? いや、電話もかける余裕なんかない。
これはあれだ。よく漫画である絶体絶命のピンチというやつだ。こういう場合主人公が覚醒もしくは新たな力に目覚めて敵を倒したりするのだがこれは非常にも現実世界。そんなことはありえない。勿論ルシフェールの力を使っても勝てない。
完全に詰んだ。ふえぇ……私これからどうなっちゃうの? 答えはフルボッコにされるでしたー。ってこんなこと思ってる余裕ないだろ!
殴られまいと必死に震える足を引きずって後退するも壁にぶつかる。もう逃げ場はない。
「……歯ぁくいしばれやぁ」
男が右腕を大きく振り上げる。俺は最後の抵抗としてギュっと瞼を閉じた。父ちゃん母ちゃんいままでありがとう。夏美、お兄ちゃん大丈夫じゃなかった。ごめんな。
そして、天ヶ原さん。どうか俺が殴られているうちに帰ってくれ。俺は君を守れないからせめて時間は稼ぐから。
今日は本当に楽しかった。いままでの人生が今日のためにあったんじゃなかったと思うほどに楽しかった。こんな俺を好きになってくれて、こんな俺に好きだと言ってくれてありがとう。
また会えるのならデートのお礼にこの前買った十字架のピアスをあげよう。買ったのはいいけど耳たぶに穴を開けるのが怖くてそのままにしてたんだよなぁ。だって自分の体に穴空けるんだよ? 無理無理、絶対出来ない。世の女性はもっと親から貰った体を大切にした方がいいと思う。
後は……後は特にないな。うん。つか俺の独白長くないか? 後半とかグタグタになってるし。やるなら一思いにやってくれよ。ほら、小さいころ歯医者で乳歯抜いてもらった時とかも時間かけるより一気に抜いたほうが楽だし注射もそうでしょ?
俺は怖いので少しだけ目を開いて確認してみる。すると目の前に広がっていた光景は……。
「はひっ?」
俺の口からなんとも言えない疑問符がでた。
男は俺の眼下で泡を吹いて倒れているのだ。そして代わりに立っていたのが……。
「ルシフェール様っ! ご無事でしたかっ!?」
「あ、天ヶ原さん?」
何故かそこにいたのは天ヶ原さんだった。なにこれ、もう訳分かんないんだけど。




