十話
人間、感動的な光景やシーンに目の当たりすると頭が真っ白になり、言葉が出なくなるというが今の天ヶ原さんが正にその通りで普段の俺なら「ああ。これが萌え豚のいう尊いってことなのか」とかくだらないことを思うのだろうがそうではなかった。それだけ、彼女は美しくて綺麗だった。
「どうしました? 私何か変なこと言いましたか?」
俺が反応を示さないので天ヶ原さんから聞いてくる。
「う、うん。なんでもないよ。ただ嬉しくてさ。こんなこと初めて言われたから」
「そうでしたか。ふふっ私の思いが少しでもルシフェール様に伝わって嬉しいです」
何処か恥ずかしそうにはにかんだ。その笑顔も可愛い。俺は彼女につられる形で笑った。きっと俺の笑顔は汚い。
こうして人に思いを告げられるのは初めてで正直どうしていいか分からないが、今はこの微熱を帯びた頬の温かさを楽しむとしよう。
そんなことを考えていると天ヶ原さんが先程床に落としたハートTシャツを拾い直して。
「さぁ。私の気持ちが伝わったことですし。これで両思いになれましたね。じゃあ早速これ着ましょう!さぁっ!」
ジリジリと寄ってきて服を俺の胸に押さえつける。いや、気持ちは十分伝わったけどさぁ。まだこの服は恥ずかしいよな。
どうしたものかと考えていると伊集院さんが戻ってきて。
「二人とも凄いぴったりな服見つけたよっ! 見てこれ。黒いシャツの背中に白い翼がプリントされてるんだ。堕天使にぴったりじゃないかい?」
鼻息荒く興奮気味にそう言ってくる。確かに堕天使っぽくて格好いい。これ買おうかな。
すると天ヶ原さんが。
「いえ結構です。私達これ買うんで」
天ヶ原さんがハートTシャツを伊集院さんにみせつける。
「え? それでいいのかい? こっちの方が格好いいと思うんだけど」
「はい。これ買います! 勿論二着とも!」
天ヶ原さんが俺の腕にくっついてそう言った。
「買ってくれるのは嬉しいんだけど。本当にいいのかい?」
「これでいいんです!」
「僕はルシファー君に聞いてるんだけど……」
伊集院さんが俺の方を見てくる。天ヶ原さんも俺の顔をジーっと見つめているのが見なくても分かった。
複数人に見られることが滅多にないので緊張するんだけど。
ちらりと天ヶ原さんを見てみると子犬が餌を待っているように瞳をキラキラと輝かせていた。
「……はい。このTシャツにします」
「やったぁ! ルシフェール様大好きっ!」
俺の胸に顔をうずくめてすりすりと顔をすり合わせる天ヶ原さん。
「じゃあその服二着ね。袋に入れるかい? それとも着てく?」
「着てきます! さぁルシフェール様更衣室で一緒に着替えましょう。狭い更衣室で身を寄せ合いながらヌギヌギしましょうね。それともぉ私が色々ヌキヌキしてあげましょうか?」
「いや。普通に一人で着替えるから」
いつもの調子に戻った天ヶ原さんがいつものように下ネタをぶっこんでくる。先程の美しさは何処へ行ったんだろうな。まぁ可愛いのは変わんないけど。
「……なんだか君たちのラブラブっぷりと初々しさみたらおじさん元気出てきたよ! 二人ともまた店に遊びにきてね」
会計を済ませると伊集院さんはそう言って店のロゴが入った缶バッチをくれた。
俺達は店を後にしてショッピングモールを再び歩き出す。Tシャツの片割れハートマークがゆらゆら揺れて、時々くっつき、大きな一つのマークになっていた。




