その73,バンビ
丸一日俺は寝床に引きこもり、どう戦うかを考えていた。
考えも纏まらず、寝ることもままならずだったが、疲れだけはベッドでしっかりと養うことが出来た。
日も昇り、ふと用を思い出して外に出る。
もしもの事を考え、鞘に収めた剣と革袋を腰につけ、トレンチコートを纏う。
外では既にワイバーン態の雪風が待機していて、その頭を撫でてやる。
雪風も「任せておくのだ」と言いながら、静かに休んでいた。
草原を抜け街を歩いていると、先日までの賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
多くの店先は閉じられ、入り口には硬く鍵が掛けられている。
ある者たちは街から出ていき、またある者たちは俺たちを信じて力を貸してくれた。
食料を売っている店々は「こんな時は売り物にならないから」と無料で提供してくれた。
帝国から制圧部隊が送り込まれると聞けば、逃げ出すのも当然だろう。
それなのに、街で生活するほとんどの人は信じて留まった。
信じてくれた人たちの想いに報いるためにも、ここは正念場だな。
ギルドの周りにいつもたむろしている冒険者たちの姿も今はない。
巻き込まれてはたまらないとでも思ったんだろう。
ま、それはそれで良いさ。
ギルドの重い扉を開く。今日はいつもよりも重く感じるな。
人が居ないせいか、煙で視界が白くなることもなく、いつもよりも部屋が広く見える。
そんな広いギルドのバーカウンターに、初めて会った時と同じようにバールが座っていた。
「待たせたな」
その声に気づいたかどうか、または入ってきた時にはもう気づいていたのかもしれないが、こちらには目線一つ寄こさずに口を開いた。
「偵察に出している白狐によれば、今日にも帝国の奴らが到着するようだ」
バールはそう言うと空いたグラスを傾け、氷をカラン、と鳴らした。
「マジかよ、思ったより早かったな」
バールの隣に座り「同じものを」とうさ耳バニーガールちゃんに声を掛ける。
うさ耳バニーガールちゃんは手早くシェーカーを振り、グラスに注ぐ。
「はい、お待たせしました」
お茶だった。
「ふむ…ところで、相手の数や装備は?やはりドラゴンに乗って来ているのか?」
緊張で乾いた喉にお茶を注いで潤す。
「ああ、数は飛竜騎士が20。竜騎士団が80。合わせて100。小さな街だと侮っているのかもしれないな。とはいえ竜騎士団は少数精鋭と聞く。油断は出来ないぜ」
グラスの中で氷を転がしているが、それお茶だからな。
相手が交渉の余地があるのならば救いもあるかもしれないが、無碍に攻めて来るようなら容赦はしない。
こっちも街の人たちやエルフのみんなが居るからな。
「街や宿舎にはバリアみたいなもんが掛けてある。あとは相手の出方次第だろ。やるってんならやるし、話の通じる相手ならまた考えるさ」
グラスを空にすると、まるでそれを合図にしたかのように、外が騒がしい。
怒号や悲鳴、轟音が響く。
「始まった!奴ら有無を言わさず攻めて来やがった!」
バールは鎧のベルトを締め直し、俺もコートの襟を正してボタンを閉める。
ギルドの戸が勢いよく開き、エルフの男が走って寄ってきた。
「ヤキトリ様!奴ら頭上から、ドラゴンが、火を吹いて!街はヤキトリ様の魔法で守られてますが、森も草原も、このままじゃ焼け野原です!!」
「落ち着け、今奴らを追っ払ってくる。あんたはここにいろ」
慌てふためくエルフの肩を軽く叩き、ギルドを後にする。
外に出ると、ドーム状に『ディフレクト』が効果を発揮しているのが視界に入る。
空を舞う飛竜騎士とやらのドラゴンが火を吹いていた。
攻撃は当たらないとはいえ、街の中まで降りてこられたら厄介だ。
「行くぞ、バール」
「ああ!」
風の加護の力で加速、一気に寝床までたどり着く。
外ではワイバーン態の雪風がまだかまだかと待ちわびていた。
「雪風、空の竜騎士を墜としてこい、ただし、街の外にしろ」
「わかったのだ。空は任せるのだ!」
雪風がが羽ばたくと辺り一面に強い風が吹き、草や枝、砂埃が舞い上がる。
雪風が空へと飛び立つと、それに気づいた竜騎士たちが方向を変える。
その向こうには少し遅れて竜騎士団が地響きとともに土を舞い上げながら向かって来た。
「『リテラシー』『ディフレクト』『ヒール』『リペア』『エンチャント』」
バールにも魔法をかけ、攻撃を『読』んで『避け』て、『回復』を付加。
魔力が枯渇しそうだ。
目の前に広がる光景、迫り来る大勢の竜騎士に身体が震える。
手に持つ剣がカチャカチャと鳴り、力が入らない。
「なんだヤキトリ、震えてんのか?生まれたての子鹿ちゃんか」
「ばかやろう、そんなんじゃねえよ、アレだよアレ!武者震い!」
よく漫画や映画で見たことのある新米兵士みたいな震え方と格好に、自分自身笑えてきた。
「生まれたての子鹿ちゃん、か。たしかにそうだな」
バール一言で緊張していた糸が緩み、剣を持つ手に力が入る。
「今度こそ行くぜ、バール」
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