その4,マシュマロ再び
フムン、なんということだ。
アホな子ことシェロちゃんが貸してくれたのは金貨100枚。
日本円にして100万円だ…。
どうやら純金というわけではないようだが、100枚ともなるとさすがに重たい。
だが四次元巾着に入れると、なんということでしょう。全く重たくないではありませんか。
『使い道もないんだ〜』などと言っていたが見ず知らずの、それも出会ったばかりで素性も知らないオッサンに貸しすぎでしょ、俺が返すの大変じゃん。返すのが大変になった時に『借りるときは調子エエこというて返すときは鬼呼ばわりでっかぁぁぁぁ?!』とか豹変するとかやめてよね。
それに、条件は「一緒に住むこと」。
突飛過ぎる条件だし、一緒に住むということはつまり同棲だし、つまり結婚なのでは?(バカ)
そもそも物語の初めに出会う少女と同じ家に住むとかって何?大体大きな山場を越えて
『パーティも大所帯になってきたし、俺たちの家を買おうと思うんだ!』
みたいな展開があって初めてそこでひとつ屋根の下で共同生活をするでしょうよ、
それまでに野営で
『キ、キミも、眠れないことあるのね?』
『昨日の戦いが忘れられなくてさ、人って簡単に死んじゃうんだね・・・』
『べ、別にあんたのことを励ましに来たわけじゃないんだからね!』
『じゃあその2人分のホットミルクはどう説明するつもりだい?』
『も、もう!知らない!ばか!』
『テント、落としちゃってごめん』
『べ、別にあんたのことなんかなんとも思ってないから、へ、平気だわ!この線のこっち側に来たら承知しないんだから!』
『ま、今日は疲れただろうから先に寝てて。僕は外で番をしてるから』
『ま!待ちなさいよ!…さ、寂しいから少し隣に居て面白い話でもしなさいよ!』
『さ、寒いから、く、くっついて寝てもいい?』
とか、そういうのがさぁ、あるじゃない。
「でもシェロちゃんだって、今住んでいるところはどうするんだ?わざわざこんなところにこんな奴と住む必要もないだろう」
「実は今のお家も直さないといけないくらい酷いの…それに…この村には決まりというか、伝統というか…」
もじもじとうつむき加減で手の指と指を合わせ、人差し指だけクルクルしている。
「《アポなしで夜明け前に相手の家に行って出会えた者は結婚する》っていうことになってて、つまり、その、要するにー、ふつつか者ですがよろしくお願いします!!!」
なるほど、夜明け前の逢瀬で運命を決めるのか。ふんふん、なかなかロマンチックな伝統があるんだなこの村には、ふつつか者か、いやいやシェロちゃんと結婚する奴は幸せだな、マシュマロがふわふわしてて…。
って俺かー?!地域的にアホなの?ここは?
「いやおかしいっしょ?!こんな知らないオッサンにおっぱ…貞操を委ねてはダメだ!!しかもそもそもココ俺の家じゃないじゃんね?!そしてギリ夜明けでは?!」
顔を真っ赤にして全否定する俺に、シェロちゃんが今にも泣きそうな顔で見上げてくる。
そりゃそうだ、勇気を出して告白(?)したのに全否定だもんな。
小刻みに震え、涙を堪えているように見える。マシュマロも揺れている。縦に横にリズミカル。
「ごめん、いや、そういうつもりじゃないんだ、なんというか、おっぱい、違う、おたぱいをまだ知らないんだ。もしかしたら俺は物凄くおっぱイヤなヤツかもしれないよ」
「じゃあ!お互いを知るためにお試し同棲しよ!もしかしたら、200年待ってた運命の旦那様かもしれないじゃない?!」
ふわっと俺に飛びつき、笑顔で抱きしめてくる。
やっぱアホの子だ。
いい匂い、金木犀の香り。
柔らかなマシュマロ。
年の差が半端ないけど、なんだか守ってやらないといけない気持ちだ。
夢なら覚めないでくれ。
☆☆
噂はたちまち広がった。
『アホに捕まった更にアホな奴がいる』
『アホのシェロが何処ぞの馬の骨と結婚した』と。
どっから広まるんだ、今さっきのことだぞ。それに多分、噂しているお前らもアホ候補だからな?
まぁそんなことは気にしていても仕方ない。まずは当面の生活費を稼ぐ為にも、ギルドに登録して日銭を稼がねば。
傾いたドアを開けると、眼前には見渡す限りの草原が広がっていた。
遠くには夜に灯りが見えた街がある。結構遠い。しんどい。
サワサワと風の音。
微かに川のせせらぎの音。
草を風が撫でると、キラキラと金色の粉のようなものが舞う。
「シェロちゃん、あの金色の粉みたいなのなんだろ?」
「ふぇっ?!」
目を丸くして一歩後ずさり、スッと左腕に抱きついてくる。
「あれはね!風の精霊だよ!びっくり!ヤキトリ様には風の加護があるんだね!」
そう、俺は風のフレンズなんだね!すっごーい!
なるほど、つまり俺は『風属性』というわけか。
修行すれば風の魔法が使えたりするのかな。
「私も風の加護なんだよ!やっぱり運命の人なのでわ!?」
風の加護は特別なのかしら。
「風のスキルで街までひとっ飛び!二人ならきっともっと早く行けるね!」
そう言うと俺の両手を握り、眼を瞑るシェロちゃん。
マシュマロが無重力状態になり、続けてフワッと2人の身体が浮きはじめる。
心許無くてシェロちゃんの手を強く握り返す。
「大丈夫だよ」
シェロちゃんの声と同時に、金木犀の香りが一段と強くなり、遠くに見えた街がまるで拡大鏡を通したように大きくなっていく。
「さっ、着いたよ。ここが私たちの街、グランウッド」
木の塀に囲まれ、中央には大木が立っている。
立っている場所から見える街の人はと言うと様々な種族が歩いている。
シェロちゃんと同じエルフのような人々。美男美女揃いで、ちょっと嫉妬する。
一回り小さいのはドワーフかな。見た目は子供のようだが男性は隆々とした筋肉ともっさりと蓄えた髭、女性はグラマラス。きっとセオリーに則って職人種族なんだろうな。
緑色の小さい奴らはきっとゴブリンだ。
漫画や小説だとゴブリンは人を襲ったりとかってイメージあったけど、ここではそんなこともないようだ。お店をやっていたり仲良く話したりして。
もちろん人もいる。
人族は皆、いかにも冒険者というナリをしている。革や鉄で出来た鎧に剣を身につけ、所謂パーティだろう、数人ごとに固まっている。俺は友達が居なかったから羨ましい。いやそんなことはない。なんでチームを組んで仕事をせねばならんのだ。俺はそういう仕事はもうしないと決めた。今決めた。決まった。
そんなこんなでキョロキョロしているとドワーフ風の女性が話しかけてきた。
「シェロちゃんと一緒に居るということは、あんたが噂のアホ…旦那だね!」
アホの子のシェロちゃんと結婚した男は、やはりよっぽどのアホに違いない。そんな話で盛り上がっているらしい。
シェロちゃんは街では知らない人は居ない、ということだ。
アホだから有名なのかな。大丈夫かしら。
ここまで読んでいただきありがとうございます。拙い文章ではありますが、評価、感想など頂けたら励みになりますのでよろしくお願いします!