その57,寝ぐらへ
グランウッドに来い。
突然の申し出に、甲冑を着たエルフが目を丸くしていた。
「いや、しかし、我々が移住するにもそれなりの費用もかかりましょう。だからこそ、廃村などで生活していたのです」
「つまり、それだけフットワークがいい。見たところ村人は20数人といったところだろ?ちょうど今、農場とその従業員の住む所を建設している。あんたらは安心して住むところと仕事を得られる、俺は従業員と新しい事業を得られる」
「しかし、あのようなことがあった以上、甘えるわけには…」
あのようなこと。村に入る前にこの村のオーク2人組にボコボコに殴られたことだな。
「いや、それは別にして、俺にとっても損はない。どちらかというとお願いしたい。そしてこの菓子も俺の方で売らせてくれないか?」
甲冑エルフはテーブルについている俺の向かいで、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます…この流浪の生活に、終止符を打つ日が来るとは。しかし、村の者達の手前、一度お伺いしたい。ヤキトリ様を信用していない訳ではありませんが、やはり二つ返事とは行きませんからな」
そりゃそうだ。いくら流浪の民とはいえ、好きで移動しているわけじゃないだろう。
住んでいた土地を追われ、転々としているんだ。
「いつかは快適な定住の地を」と、それを追い求めて流浪しているんだ。
「勿論だ。もし移住してくれるのならば、この村の人々みんなが暮らせるように計画を変更する。明後日また迎えに来るから、その時に改めて答えを聞かせてくれ」
目の前のテーブルの上に置かれた皿には、まだクッキーが残っていた。
それを一つつまみ、口の中に放り入れる。
「こんなに美味い菓子が作れるんだ。最高の菓子だ。俺が保証する。だから、生活のことはあまり心配しないでくれ」
カップの中の紅茶を空にすると、エルフ、リョーコがポットから注いでくれる。
「ヤキトリ様、貴方のようなお方に褒められるなんて光栄です。助けて頂いた上に生活の場まで考えて下さるとは…わたしの知っている“男達“とは全然違います」
「こらリョーコ、そこいらの男とお比べするとは失礼だぞ!申し訳ございません。ヤキトリ様、明後日は街までお供致しますので、何のおもてなしも出来ませんが、本日はこちらでお休み下さい」
甲冑エルフが再び頭を下げ、「ではごゆっくり」と踵を返す。
「まぁ待て。今日はここらで一旦帰るとするよ。計画の変更を伝えてこないといけないからな。善は急げと言うだろ。良い返事を待ってるぜ」
腰を浮かせながら椅子を引き、立ち上がる。
「しかしここからグランウッドまでは一昼夜かかります!」
甲冑エルフが両手を広げ、説得にかかる。
「いや、今夜には戻るさ。なんといっても俺はランクBだからな。じゃ、また迎えに来るからよろしく頼む」
「『グラビティ』」
自分自身に『グラビティ』をかけると、少しふわふわと身体が浮かび上がる。
その場で地面を蹴りジャンプすると、森と村を俯瞰できる程の高さに飛び上がった。
風の加護でそのまま斜め下に向かって推進力を付ける。
こうすれば落ちることなく前に進む。
風の力を強め、後ろに倒れないように前傾姿勢をとる。
まるでスキージャンプみたいだ。
段々と速度を上げると、村と森が離れていく。
しばらく空を進むと、グランウッドが見えてくる。
あたりは薄暗くなってきていて、街の灯りに安心する。
『グラビティ』と風の加護を使い帰ってきたからか、魔力を垂れ流し過ぎたようだ。
今日は何処にも寄らずに寝ぐらに戻って、もうベッドに入ろう。
焼き鳥の夢でも見られれば良いな。
グランウッドの街が近づき、空気が変わるのを感じる。
人の生活する匂い。
街から出る様々な生活臭というか。臭くはないけど。
風を緩め、寝ぐらの手前でスピードを落としていく。
風の方向を下向きにし、ゆっくりと下降する。
寝ぐらの前、柔らかな草の上に降り立ち、長く深呼吸する。
深くグランウッドの空気を吸い込むと、少し離れていたくらいなのにもかかわらず、ひどく懐かしい。
色んなことがありすぎて、もう何年もこの世界にいるようだ。
少し疲れてきたのも事実。
菓子の村に迎えに行くのは明後日だし、明日は少し遅めに起きよう。
そのくらいバチも当たらんだろ。
寝ぐらに入るドアのノブを回し、暗い部屋に入る。
着の身着のまま、ベッドに入った。
暖かい。疲れた。
ブラックアウト。
ここまで読んでいただきありがとうございます。拙い文章ではありますが、評価、感想など頂けたら励みになりますのでよろしくお願いします!




