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その2,マシュマロ

 ピリッとした肌寒さを感じ、目を覚ます。


 未だはっきりとしない微睡(まどろみ)を残したまま寝返りを打ち、冷えた腕をさする。

 埃っぽい、固い床に横になっている。飲みすぎてまた玄関で寝ちまったか。


 ぼんやりと『宙を泳ぐたい焼きの群れ』も『目の前に迫る電車』も『煎餅布団』も夢でよかった、などと思う。きっと『なろう小説』の読みすぎであんな夢も見たんだろうな…。


 暗闇に目が慣れてくると、俺はどうやら誰かの家かなにか、建物の中にいるようだった。というか自分の部屋ではないことに驚く。あの坂の上の、俺の部屋。狭くとも我が城。


 外は暗く、夜のようだ。身につけていた腕時計はなく、時間まではわからない。

 少し目が慣れてきたせいか窓から差す月明かりで部屋の様子がわかる。


 窓際に置かれた木製のテーブル、二脚の椅子。


 奥の部屋にはベッドがある。だれかが寝ている様子はない。

 天井からはランプが下がっているようだが、使えるかどうかはこの暗さでは判断できそうにもないな。


 起き上がり、恐る恐る外を覗くと、何もない平原だ。地平線が続く。

 家の近くには川があるようで、かすかに水のせせらぎが聞こえる。


 そしてその地平線の先に、ポツポツと街の灯りだろうか。起きたら様子を見に行ってみよう。


 とりあえず、今日は何もできないだろう。まだ眠気の中に居る。


 椅子に座り、少し眠ろう。


☆☆


 鳥のさえずりで目を覚ます。

 まだ辺りは薄暗いが、朝日が昇りはじめ、自分がとんでもないところで寝ていたことがわかる。


 ドアのヒンジは外れ傾き、


 窓の格子は腐ってしまって外れ、


 天井は蜘蛛の巣だらけ、


 床も土埃まみれ。


 机には人の形がありギョッとしたが、なんてことはない、昨日埃まみれのところに突っ伏して寝ていた"俺"だ。

 部屋どころかおれ自身も埃まみれになっているので払い落とすが、かえって埃が舞ってしまう。


 窓のない窓を開け、冷えた空気を入れ換気する。


 ベッドも有るといえば有るが、足が折れているのか斜めになってしまっているし、とても寝られそうにない。無論、布団なんてものはない。ベッドがある、ってだけ。


 廃墟だ。

 いつからか人が住むことをやめてしまった、人が住むことを前提とした建物。

 つまり、人が住むことが前提で、人が住んでいないのならば人が住むべきであって、今のところの有力候補は俺が単独無投票で当確だ。もちろん持ち主が現れれば交渉して雨風くらいは凌ぎたい。


 これは掃除から始めないといけないな。どのくらいここに留まるかは分からないが、一晩過ごした礼というか、ここがどんな所かも分からない不安なうちは、もしかしたら今晩以降も世話になるかもしれないからな。


 とは言え道具がないことには掃除も出来ない。

まずは道具を作ってできる所から綺麗にしていこう。

今のところ、この世界で何が出来るかわからないからな。


 しかし今のこの状況、困っていると言える。

困った時に使えと言っていた巾着袋。


 柔らかい革紐を解き、中を覗いてみる。

真っ暗だ。奥が見えない。いや、底がない。


 だがあのすこやかロリータ様が寄越した物だ、害はないだろう。(とも言い切れないか、俺が死んだのはあいつのせいだった)


 恐る恐る、試しに手を入れてみると、少しごわついた厚めの布が入っているのがわかる。


 なるほど、これを使えと言うわけか。

袋に入っていたのは言うなればA4サイズの分厚いフェルト布だった。


 出来ればハンディ掃除機なんかだったら楽だったんだが。

コンセントもなさそうだし、そう言うわけにもいかないんだろう。


 それに雑巾で拭き掃除をするにしても、水が必要だ。

幸い、持ち手のついた桶はあった。穴は開いてなさそうだ。水を汲んでこよう。

近くの川の様子を見て、魚でも居るんなら釣りも良いかもしれない。


 この廃墟は誰も住まなくなって随分と経つようだった。

管理している人がいるんだろうか?もし住むなら許可とか家賃とか必要だろうし、そうなると収入も必要だろう。


 一宿の恩だ、掃除だけでもして、近くの住民に聞いてみるのが先か。


☆☆



「こっこっ…こんにちは、誰か…いるの?」

 ドアの外から女の子の声がする。


「えっ、はい、どうぞ、と言っても俺の家じゃないが」

 建て付けが悪くなって斜めになったドアを開けると、金色の長い髪、青い瞳、長く尖った耳の、まるでエルフのような女の子が立っていた。


「あ、あの、こんにちは、はじめまして、わっわたしはシェロって言います!」

 全く、この世界は平和なのか。それともこの子がアホなのか。

 俺が変質者だったらどうするんだ。


 背丈は俺よりも20〜30センチほど低く、上目遣いで見上げてくる。


 薄いペラペラの布で出来た服、ぱっくりと開いた胸元、全くけしからん。いや、危険だ。おい気をつけろ!どこに変質者が隠れているか分からん。けしからん谷間だ。きっと変質者ならこの子の視線などお構いなしにこのけしからん胸元に釘付けになるだろう。そんな変質者と言っても過言ではない、いや過言なんだ、俺は正常だ。


 アホの子は俺の仮住まい、俺が掃除した家を見て目を丸くした。

「おじいちゃんのおうち、こんなに綺麗になってる!」


 アホがこの家の関係者だったのか。

 そりゃ自分の管理している廃墟……空き家に人影があれば確認するのは当たり前だ。それにしても玄関から単独で声掛けはいかんでしょ。こんなペラペラの布で。


 とはいえ、俺にはまず寝泊りする場所が必要だ。右も左もわからない所で雨風が凌げないのは大変ツラい。このアホを見る限りは比較的安全といえるのかもしれないが。いや、アホがアホなだけかもしれない。


「アh・・・えーと、シェロちゃんだったか、申し訳ないんだが、しばらくこの家を借りることは出来ないだろうか」


 この数ヶ月、使い倒してきた伝家の宝刀とも言えるお辞儀だ。いやそんな大したもんじゃないが、俺には今はこれしか出来ない。

「全然いいよ!おじいちゃんが死んじゃってから、もう200年も誰も住んでないんだもん。今更誰かが住んだところで、文句を言う人なんていないよ!ていうか逆に住んで!わたしもここに住みたい!」


 やっぱりアホな子だ。

このアホにだけ許可を得ても駄目だろう。親御さんの許可も得てきちんと家賃を払って住まないと。


「あのさ、ちなみにお父さんとお母さんは今日家にいるかい?親御さんにもこの家のことをきちんと聞かないといけないと思うんだ。使っていない場所でも借りるとなれば家賃も払わないといけないし」

 俺はアホでもわかる様にゆっくりと話したつもりだった。


「ヤチン?よくわからないけど、お父さんもお母さんも居ないよ、病気で死んじゃったんだ…」


 悪いことを聞いてしまった。このアホはきっと、何日も、何ヶ月かもわからない、そんな長い日々を一人で過ごしていたんだ。


「お父さんは100年前、お母さんは後を追うように80年前に流行病で死んじゃったんだ」


 そうか、80年前にお母さんまで…


「って、シェロちゃんさん何歳なんだよ!」


 ツッコミを入れた手が跳ね返ってくる。



 マシュマロ。ブラックアウト。


ここまで読んでいただきありがとうございます。拙い文章ではありますが、評価、感想など頂けたら励みになりますのでよろしくお願いします!

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異世界タクシー 〜行き先は異世界ですか?〜
こちらも連載中です。宜しくお願いします。
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