その12,路地裏
頭痛がする。
自分で言っておいてなんなんだけど、50金貨のトレンチコート2着で100金貨。手持ちの金額ではとても払えない。
だって借りたお金そのままの金額だもん。
つまり、ギルドの依頼を受けて、働きに出る時が来たのだ。とりあえず金が貯まるまで待ってくれるってさ。
そして先ほど、セミオーダーで作ってもらえることになり、俺とシェロちゃんの採寸をしてきた。
店を出ると沢山の人だかり、それはもう大変な騒ぎになっていた。
「うちの店も見てってくれ!」
「ウチにもいいの揃ってるよ!」
これじゃあ来る時と変わらん!いや、来るときより騒ぎは大きくなっている。
違うのは、行きは握手でニコニコ。帰りは腕を引っ張られて悲鳴をあげてる事だ。
「とりあえず一旦どこかの店に入ってやり過ごそう!」
シェロちゃんの手を引いて走る。
「きゃっ」
足がもつれたシェロちゃんをさっと抱きかかえ、薄暗い路地を曲がり、魔書店、と書かれた店のドアを開く。
「いらっしゃいませ…あら旦那」
グラマラスで可愛らしい女性店員が出迎える。
黒いワンピースの袖、胸元、裾、胸元、あと胸元にはレースが施されていてけしからん。実にけしからん胸元、いや魔書店だ。
もう魔書になりたい。いや、常連になりたい。
外の喧騒とは違って落ち着いた雰囲気にほっと息をつく。
「ハァハァ、ごめん、ちょっと走ってきたもんで、落ち着かせて」
抱きかかえていたシェロちゃんを壁際の長椅子にそっと下ろし、並んで座る。
「ここは街の外れの、誰も知らない魔書店よ。魔法を求める者なら誰でも歓迎するわ」
あまり抑揚のない、細く高い、小さいがよく通る声。
「貴方がここに来た時に、お渡ししようと思っていたものがあるの」
やっぱり他の店と同じく、名を売ろうとかそういうことかな。ちょっとうんざりしてきたぞ。
「あら、私の店はそんなに下劣じゃなくてよ?」
「「へ?」」
シェロちゃんはなんのことやらさっぱり。
俺は、心の声が漏れてしまったか、とびっくり。
「私は魔族。サキュバスなの。貴方の考えていることは手に取るように分かるわ」
サキュバスと聞いてシェロちゃんが警戒。
俺の腕を抱き、不安そうにしている。マシュマロが頭に浮かぶがそれどころではない。サキュバスって精気を死ぬまで吸い尽くすとかそんなんじゃなかったか?
「そんなに心配しなくて大丈夫よ。いつかここに貴方が来ると思って用意していたものがあるの。魔書よ」
そう言うと何もない宙を掴み、その手から漏れる煙のような、シュルシュルと音を立てる小さな竜巻の風の中から一冊の魔書を取り出した。
「これは上位魔法の『重力魔法』。今まで誰もこの魔法を制御することは出来なかった。でも貴方なら、と思ったの」
でも…お高いんでしょう?
おれはやれやれと言った感じで両手を広げて首を横に振る。
金も無いしなぁ。そんな大層な魔書なら今は買えないな。
「あら、お渡しするって言ったでしょう?
もし貴方も制御出来ないなら、開いても何も起きない。
見返りは何も要らないわ。
ただ、この魔法がどんな魔法か知りたいだけ。
誰も使えもしない高価な魔書を500年も持ってたのよ?
どんな魔法かしか、興味はないわ」
なるほど、500年間、数えきれない人がこの店に来て、
数えきれない人がこの魔書を手に取ったんだろう。
それでも扱う事が出来る者が現れなかったってことか。
いいじゃない、やってやろうじゃないの。
「よし、あんたが夢見たこの魔法、俺が見せてやるよ」
左手を出し、サキュバスから魔書を受け取る。
おもむろにページを開く。
が、うんともすんとも言わない。
はじめのページ数枚の端が、パリパリになっている。
中学生の春、河川敷で拾ったあの本を思い出す…。
なんでやねん、違う違う、これは、血糊だ、な。長い年月、この魔書を巡り争った証なのだ。
血糊でパリパリにくっついた端を静かに剥がす。
ペリ、ペリ。
ペリペリ。
すると魔書から眩い光が勢いよく溢れ、全てを包む。
『グラビティ』
脳内が書き換えられていく感覚。
老若男女、色々な種族、勇者、魔族。
あらゆる者の手に渡り、あらゆる者がこの本を開く。
しかし誰一人としてこの魔法を目覚めさせる事が出来なかった。
情報量が多くて脳が処理しきれない。
500年分の、この魔書の歴史が流れ込んでくる。
眩しい光の中で、ブラックアウト。
ここまで読んでいただきありがとうございます。拙い文章ではありますが、評価、感想など頂けたら励みになりますのでよろしくお願いします!




