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その11,ダブルブレスト

 昨日はシェロちゃんばかりが目立っていたが、今はそんなこともなくなった。

 かえって俺の方が目立って仕方がない。

 こんなことなら髭も剃って髪も整えて、服も靴もバッチリキメて来れば良かったぜ。

 カミソリも着替えも無いけどな!!


 せめてまともな着替えが欲しい。


 そう思いながら歩いていると、目の前には、ワーグ洋品店。(と、書いてあるよ!)


 煉瓦造りの2階建て、1階のドアの横には窓があり、お洒落な服やベルト、鞄が飾ってある。服は綺麗な狼の刺繍がしてあって、見たことのない布地だ。よし、普段着ならこの店で充分揃いそうだな。


 ゆっくりとドアを開けると店内は薄暗い。

 小さなランプが天井から等間隔に3つ、それが二列に並び、全部で6つ吊り下げられている。


 オレンジ色の柔らかい明かりが大柄な狼族を照らしだす。

 


「いらっしゃい…」


 店の奥の闇の中、その狼人はランプに近い顔以外良く見えない。


「一体どんな御用?」

 狼人の唸り声のような太く低い声が響く。


 まるで地の底から震えるような声だ。


「えっと、着替えに困ってたんだけど、飾ってある服も刺繍が綺麗だったし鞄もすっごいお洒落だったからさ、気になって入ってみたんだ」


 俺が口を開くなり、狼人は小刻みに震えだす。

『ヴヴヴヴヴヴゥゥゥゥボヴォォォォォォオッンッ!』

 ビリビリと空間を切り裂くような狼の遠吠え。


「ひぃっゴメンなさい!!」

 すかさず何故か土下座しようとする俺。

 遠吠えにやられたのか、呆気に取られて目を白黒させているシェロちゃん。




「ふぇ〜ん!アタシ、そんなこと言われたの初めてなのよゥ!」

 床に膝をついている俺に抱きつき、大粒の涙を流す狼…え?男?女?


「「え?」」

 シェロちゃんも腰が抜けてヘナヘナと膝をつき、お互いの顔を見合わせる。


「クゥーン!しかもアタシのそんな初めてがBランクの旦那だなんて!」

 ぺたりと床に座り込み、涙を流しながらすりすりと俺の胸に顔を擦り付ける。

 というか語弊のある言い方はやめろ。


 2mをゆうに超えたその狼族、名はジェシー(本名ジョッシュ)。

 性別は男らしいが「心は純真無垢な乙女よ(はーと)(本人談)」らしい。

 数種存在する狼族の中でも、より大きく、より強く、優しき種族の巨狼族(ワーグぞく)なのだそうだ。


 出身の村で1番の心の優しさ(と腕っ節)と言われたジョッシュ(曰くジェシーと呼んで!)は村の助けになればと刺繍や服などを売っていたが、それをあまり快く思わない奴もいたらしい。


 そんなわけでこの街に辿り着き、店を持つまでになったそうだ。


「そ、それでジョッシy…ジェシー、何点か俺に合うサイズのものを見繕って欲しいんだ。他の店も見たんだけど、どうも趣味に合わないし、何より鎧に剣なんて柄じゃない」


「そうよねぇ!分かる!分かるワ!!

どうもこの街の趣味って、無骨で、野暮で、つまり、そう、ダサいのョ!」


 ジェシーが俺の肩を掴みガクガクと揺らす。首がムチウチになる!

「やめ…っやめ…首っ…取れる…っ」


「あらヤダ!ごめんなさい!アタシったら興奮しちゃって」


 目の前に星が飛んでみえる。

 脳震盪を起こしたに違いない。


 そんなことはどうでもいい、とにかく服を売ってくれ。


 まだ少しフラフラするが、ジェシーの肩に手を置き、よっこいしょと立ち上がる。


 薄暗い店内に目も慣れ、改めて売り場を確認する。


 俺が着ている服も、この街では一般的な物のようで、荒い手触りのポロシャツ風だったが、この店の服は一味違う。


 ハンガーバーに並んだ服を一枚一枚、その感触を確かめながら見る。


 その中で気になった一枚を取ってみる。

 ベストのようになっていて肩から先は無く、ボタンは隠しボタン、サイドは革紐の編み上げだ。

 細かく織られた布で手触りも柔らかく、それでいて厚みもある。この世界に来てから、初めてみる形の服だ。買うわ。色違いで。


 同じ生地で出来ている長袖のTシャツもある。ロンTだ。これも買おう。買うわ。これも色違いで数枚。


 ふと店の奥、カウンターの隣に目がいく。

 一際目立っていたのはライトアップだけのせいじゃない。

 俺が、俺の世界で好んで着ていたものに似ていたからだ。

 思わず走り寄る。

 ロングトレンチコートだ、ダブルブレストの。


 動物の毛で作られた、黒いトレンチコート。


「これは…売り物だよね?」


「もちろん買うという人がいれば、だけど。

巨狼(ワーグ)の毛で作られたモノよ。すンごい量の毛を叩いて伸ばしてを繰り返して。

そうやって作った布で出来てるからとても貴重なの。

巨狼(ワーグ)の毛で出来た布は刃物を一切通さないから、服にするのも大変なのよ。

だから布自体がとても高価だし、服となれば、ね」


 ジェシーが『だからディスプレイみたいなものなのよ』と大袈裟に両手を広げてみせる。



「もし、買う、と言ったら?」


 ジェシーは目を瞑ると、うーんと唸りながら顎に手を添え悩む。


 暫し悩んだあと、俺の顔の前で手のひらを開く。


「金貨50枚。旦那がアタシの店で買ったっていうだけで、

アタシにとっては値段がつけられない程の名誉なことだワ。

タダってのは流石に無理だけど…どうかしら?」


 金貨50枚。日本円にして、えーと、金貨一枚あたり10,000円と考えて…50万!!


 もともといくらなんだよ!怖ェー!


「俺は、Bランクだぜ?俺の分とシェロちゃんの分、2着もらおう」



「「「エエエーーーッ」」」


 ジェシーとシェロちゃんの叫び声で、店の周りに人だかりを作るのにも、そんなに時間はかからなかったのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。拙い文章ではありますが、評価、感想など頂けたら励みになりますのでよろしくお願いします!

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