その9,朝日のちアサヒ
もぞもぞ
もぞもぞもぞ
久しぶりにゆっくりと眠れた気がする。
布団に包まれたこの感覚。まだ目覚めたくない。
目覚ましもかけずに寝たんだな…。
仕事、今日は休みだったか。
いや、確か異世界に飛ばされちまったんだ。
仕事に行くよりマシかもしれん。
二度寝しちまえ。
むにゅ。
ふむむ、柔らかい。(むにゅ)
いい匂いがする。金木犀の香り。
そして柔らかい。マシュマロ。(むにゅむにゅ)
こんなでかいマシュマロは業スーですらお見かけしないぞ。
懐かしい感触。(むにゅむにゅむにゅ)
?!
この俺の手に包まれているのは!
マシュマロおっぱい!(モミモミ)
夢で終わらないでこの時間。この感触。
目を開ければ「現実」が全てを奪い去っていきそうだ。
「ヤキトリ様、痛いよ…」
はっ!つい夢中になって揉みしだいてしまった!
しかしこれはシェロちゃんのおっぱい?!
「ごごごごごめん!つい!!ってかなんで隣で寝てんの!?」
「本当は椅子で寝ようと思ったんだけど、ヤキトリ様すぐに寝息を立てちゃったから…可愛いなって思ったら一緒に寝たくなっちゃって」
可愛い…その言葉そっくりそのままお返ししますよ!
目の前で本物のエルフの女の子が横になっている。
しかも同じ布団で一緒に。
いじらしく髪をクルクルと人差し指に絡ませながら
「朝ごはん、食べようか」
と微笑みながら囁く。
これは紛う事なき新婚生活。誰がなんと言おうと新婚生活なのだ。ごめんね、昔の俺。
「よし、じゃあ朝ごはんを食べに、街まで行こう。それにお昼と晩ご飯の材料も買ってこよう」
そう言って身体を起こす。
ヒールのエンチャントは成功したようだ。
頭の先からつま先までスッキリしている。
「シェロちゃんも起きよ…う?!」
布団をめくると、スリップ姿のシェロちゃんの上半身が露わになる。
「すまんが服を着てくれんか…わしには力が強すぎる」
つい "地下で石と暮らしてきた爺さん" みたいな話し方になる。
「どうしたの?急に地下で石と暮らしてきたお爺さんみたいな話し方になって…?」
いいんだ、気にしなくていいんだよ…。早く服を…。
ベッドの端に座ったシェロちゃんがスリップを脱ぐ。
袖に手を通し、すぽっと服から首を出す。
タイトな裾が胸で一時停止、引っ張るとぷるんと上下した。
目をつぶり、深呼吸。今見た光景を反芻する。
こら!何をしてるんだ、変態じゃないか、この変態!俺の変態!変質者!
「あまり、じっと見ないでね」
この俺の溢れ出るムッツリパワーに感づいてしまったか、さすがエルフの子。流石だ(違う)
俺は着替えがない上、このまま寝てしまったからもう準備はオーケーだ!!オーケーじゃない!せめて着替えたい!
風呂に入りたい!
街に行ったら服も買わなければな。
☆☆
街に着くと相変わらずの人、人、人だ。
黒山の人だかりとまではいかないが、それでもたくさんの人で賑わっている。
冒険者たちにとっての中継地点になっているんだろう。
昨日は居なかった竜人族も見かける。
「どこか良い食べ物屋さんはないかい?」
本当ならサンドイッチにコーヒーでもと思ったが、この街ではカチカチのパンしか見ていない。
コーヒーもあるかどうか。
この世界では食べ物があまり恵まれていないようで屋台なんかだと何かよくわからない肉を焼いてたりするが、店先に並んでいる肉、といえば干し肉のようなものばかりだ。
だが、野菜や果物は充実している。
「この街で一番の、オススメのご飯屋さんがあるよ!」
そう言うとシェロちゃんが俺の手を引っ張り、走り出す。
人々の間をすり抜け、木造二階建ての建物の前に着く。
以前は何が書いてあるのかすら分からなかったが、いまならわかる。
飯処 鶏政
名前からして美味い焼き鳥が食えそうだ。
ビールもあれば最高だし、毎晩通えそうだ。
木の扉を開くとガヤガヤと賑やかな声が迎える。
右手にカウンター、左手にはテーブル席が3つ。
奥にも部屋があるようだな。
カウンターも埋まっていて、一番手前のテーブル席以外は満席だ。空いている席に向かい合って座る。
シェロちゃんが手を挙げ、大きく振りながら店員に呼びかける。
「すいませーん!フェルニルの串焼きとオレンジソース焼きを2つずつ!!」
フェルニル、聞いたことのない生き物の名前だ。
カエルとかヤモリみたいなのだったら嫌だなぁ。
辺りのテーブルを見渡しても、一見、そういうのを食べてる奴は…居ないな。
「フェルニルはどんな生き物なのかな?俺の故郷にはそんな名前の生き物は棲んでなくてさ」
「フェルニルは鳥の仲間だよー、この辺りだと1番食べてる鳥かな?」
フムン、鶏みたいな存在なのかしらん。
他のテーブルやカウンターを見渡して見るとみんなワイルドなステーキや唐揚げのようなものを食べている。この時間からよく食うな。
飲み物は…ビールだ。メニューにビールがある。
ガタッ
「すいません!ビール!ビールを下さい!」
ビールという文字を発見し、つい立ち上がって大声を出してしまった。
サラリーマンじゃないしな、朝からビール、最高だ!無職万歳!朝からビールが飲めるぞ!
「ヤキトリ様、ビールが好きなの?苦くてあんまり好きじゃなーい」
シェロちゃんは口を尖らせてそう言うと、カウンターの向こうに目をやる。
カウンターの奥は厨房になっているようで、白煙がもくもくと上がっている。
この匂い、焼き鳥屋の匂いだ。
シェロちゃんと談笑しながらしばらく待っていると、大きめの皿が2つ運ばれてきた。
「お待ちどうさま。串焼きとオレンジソース焼き、それぞれ2人前ね」
配膳していたのは灰色の肌に尖った耳の巨乳で綺麗な女性。
背格好はエルフ族に似ているが、肌の色が違う。
「エルフに似ているけど、彼女はオークだよ。エルフは魔力が強くて、オークは腕力や技術に秀でているんだよ」
多分、俺の視線の先に気がついたんだろう。
シェロちゃんが解説してくれる。胸元を見てたんだがな。
色んな種族がいるが、仲良くしているんだ、きっと。もしかすると、この世界には差別などはないのかしら。
視線をテーブルの上に戻す。運ばれてきた料理は湯気を立て、見るからに美味そうだ。
串焼き、これは焼き鳥と言って過言ではないぞ!
一口大に切られた肉を串に刺し、それを直火で焼いたものだと思う。
居酒屋なんかで出てくる焼き鳥よりは大きめに切ってあり、一人前で3本、かなりボリュームがありそうだ。
オレンジ焼きのほうは熱された鉄板に乗って出てきた。何かソースのようなものがかかっていて、見た目は照り焼き風。ガーリックの匂いにほんのりと柑橘系の香りがする。
串焼きの串をつまみ、端から1つ食う。噛み締める。
すると中から肉汁が飛び出してくるのだが、鶏肉よりは固めの食感。
味は野性味のある、濃い鳥の味だ。
噛むほどに美味い。たまらず一瞬で全て平らげてしまった。
オレンジ焼きはナイフで一口大に切る。
切り口から肉汁が溢れ、強い肉とガーリックの香りが漂う。口に運ぶと、柑橘系の色々な果物や野菜を煮詰めたであろうソースとガーリックが、肉の臭みを和らげる。
オークのお姉ちゃんが両手いっぱいにジョッキを持ち、ゆさゆさと胸を揺らして歩いてくる。
「こちらもお待ちどうさん!」
俺たちのテーブルの前に来ると、ドン、とテーブルになみなみとビールが注がれたジョッキが置き、またゆさゆさぷりぷりと戻っていく。
思わず生唾を飲み(ビールに!)おもむろにジョッキを取る。
あの日、帰り道で飲めなかったビールが目の前にあるのだ。
まさに夢にまで見たビール。
キンキンに冷えたビールを一気に注ぎ込むのだ。ガソリンだ。俺のガソリンだ。今日はハイオク満タンといこうじゃないか。
「それじゃ、俺の、俺たちのこれからの人生に!乾杯!!」
串焼き、いや焼き鳥を1口。スゥパァ↑ドゥルァァァィ↓!
ゴクッゴクッゴクッゴクッ
これは!
「うーん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ぬるい!!」
なんでや!!
ここまで読んでいただきありがとうございます。拙い文章ではありますが、評価、感想など頂けたら励みになりますのでよろしくお願いします!