その94.ねこのこ
グランウッドの空に、柔らかな朝陽が差し込む。
「よし、今日は市場の日だ。張り切っていこう!」
ヤキトリは張り切って声を上げた。シェロちゃんが昨日から準備していた焼き菓子を、小さな木箱に丁寧に詰めていく。
その横で、ドワーフのギンは酒の匂いを漂わせながら金属細工の陳列をしていた。
「ふん、今日は新作の釘抜きハンマーが目玉だぞ。持ち手は桜の木、握り心地は最高だ」
市場はグランウッド建国から初めての試み。グランウッドに住む異種族たちがそれぞれの特技を持ち寄って、暮らしの中に「ちょっとした楽しさ」を生み出す場所。
人やゴブリン、オークにサハギンなど、髪や肌の色、種族の違いを気にすることなく街には溢れている。
もちろんこの街だからというのもある。そもそもここではそういう文化があったから。
しかし、塀を隔てた帝国側では亜人、つまりヒト種以外はヒトならず、と迫害や差別の対象だった。
単なる迷信と思い込み。差別なんてものはそんな『大したことのない』ものから始まる。
『ゴブリンは小賢しくて臭い』
『ドワーフは野蛮』
『オークは乱暴者』
『獣人は泥棒』
ゴブリンだってヒト種と何の違いもない生活をしている。ただ、その非力さから奴隷として扱われた歴史があり、また、未だ奴隷として囚われている者もいる。その『奴隷としての記憶』が、そう思わせているだけなのだ。
ドワーフやオークも奴隷としての歴史がある。
体力と腕力があるからと、建築現場などの力仕事を押し付けられていた。しかしそれでも、そういう仕事が苦でもなく、それがヒトに出来ない仕事なら仕方ないとも思っていた。
そういう姿を見て、感謝するでもなく、野蛮だ、と決めつけていただけなのだ。
そんな迫害を受けてきた種族たちが日々安心して暮らせるのは、グランウッドのその性質からだと思う。
貧しさや出自、未来への絶望。
トレジャーハントで一発逆転を願う者。
亜人とのハーフであるというだけで社会に認められなかった者。
日々変わらぬ暮らしを変えようと考えた者。
いわば社会から疎外感を感じ『ならず者』として世界に飛び出した冒険者たちが交わる場所、冒険の途中に立ち寄るオアシス。そしてこの場所で、己の存在を改めて肯定することが出来るのだ。
だが、その楽しいはずの街、朝には、ちょっとしたトラブルもつきものだった。
「…お、おい! 魚が、魚がない!!」
サハギンのカレイが叫びながら走ってきた。
「さっきまで馬車に積んであった魚が、ぜんぶ、空っぽに!」
「盗難か!? いや、まさか…」
ヤキトリたちは慌てて搬入口へと向かう。
現場には、魚の匂いが残る空の木箱と、無理やり壊された留め金の残骸。
近くの藪には、小さな足跡――だが人間ではない。猫のような肉球、けれど明らかに獣人のものだった。
「こりゃ、獣人族の痕跡だな」
ギンが眉をひそめる。
「獣人…族?」
「まあ、猫かそれに近い……あいつらの中にゃ群れず、狩りと盗みで生きる奴らもいる。だが最近、この辺りに流れてきたって噂もある」
ヤキトリは考えた。市場ができれば、当然、物も人も集まる。そうすれば、いい意味でも悪い意味でも「目立つ」街になってしまう。
「魚を取り戻すのは後回し。まずは市場を回さなきゃ。シェロちゃん、大丈夫?」
シェロは額に汗を浮かべ、慣れない手つきで接客をしていた。子供たちが並び、大人たちも「おっ、新作か?」と手を伸ばす。
「ヤキトリさんっ、もう無理ですっ、手が足りません……!」
「了解、ここは俺が! ほらほら、焼き菓子は一人三つまで、並んでくださーい!」
ヤキトリが即席で列整理を始め、器用に釣り銭を計算し、慌ててカレイが皿洗いに回る。
「チームワークって、すごいねぇ」
シェロちゃんがぽつりとつぶやいた。
太陽が頂点に上った午後、ひと段落ついたところで、ヤキトリは再び荷馬車の現場を見に行った。すると、木の陰に一匹の影がじっと座っているのを見つける。
「お前か、魚を持っていったのは」
「ち、違う。あたしは、持って、行ってない…おいしそう、だから、見てただけ」
細い声。見ると、それは確かに猫のような耳を持つ少女――獣人の子どもだった。
着ているものはボロボロ、目にはうっすらと涙。
「お腹、減ってたんだな?」
「…うん。けど、お母さんは、人のもの、を、盗んじゃだめって。だから、ぬすんでない、の」
ヤキトリはしばらく黙ってから、残っていた干し肉を一つ差し出した。
「名前は?」
「リィ……リィ、って呼ばれてた」
「なら、リィ。もしよかったら、手伝ってくれ。働けば、ごはんもある。屋根も、ある」
猫耳の少女は、恐る恐る頷いた。
「どろぼう、って、たたかない?」
「叩くわけないだろ」
「くさい、って、けらない?」
「蹴りません」
「たまに、おいも、2こ、たべても、いいですか?」
「芋だけじゃなくて好きなもん食えよ」
「もうふ、つかっても、いいですか?」
「ちゃんと布団で寝なさい」
「あたし、の、おようふく、ありますか?」
「あそこにいるオカマに作ってもらいなさい」
一通り聞きたいことを聞いたんだろう、リィは指さした先にいるジェシーの元に走っていった。
その日の夜、グランウッドの空には花火が打ち上がった。
大成功とは言い切れない市場だったが、笑顔はあった。混乱もあったが、誰もが「次はもっと良くしよう」と思えた。
シェロが寄ってくる。
「ヤキトリ様、あの子、大丈夫かなぁ?」
「ん、まあ、見てられなかったしな。あと、ちょっと気になることもあったしな」
「気になること?」
ヤキトリは懐から、一枚の紙切れを取り出す。
あのリィのポケットに入っていた、古びた地図の断片。
そこには見たこともない遺跡の図――そして古代文字。
「なんだか、面倒な予感がしてきた」




