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君の忘れ物

作者: 日高 春

 

 隣の部屋から聞こえるアラームの音で今日も目を覚ます。静寂に包まれながら、ぼんやりした頭で窓の外を眺めた。

 去年、一昨年は大雨が降っていたが、今年は小雨が降っている程度だった。

 もしかしたら晴れるかもしれないと思い少し嬉しくなった。


 二回目のアラームの音が聞こえた。軽く窓を開け、半身乗り出すようにベランダへ出た。

 そして、慣れない煙草に火をつける。ほのかに香る甘い香り。

 毎日嫌というほどこの香りに包まれていたのに、三年前からは年に一回だけになっていた。


 三回目のアラームの音は長く続かない。隣人は、毎朝三回目のアラームで目を覚ますからだ。

 ここから約十分間隣の部屋からは騒がしい音が聞こえる。そして、扉が閉まる音と同時に再び静寂に包まれる。

 その約十分間の喧騒は嫌いではなかった。とても静かになった今の世界で、隣の部屋から聞こえるその喧騒はどこか懐かしい気持ちにさせてくれるからだ。


 いつもの時間に準備が終わり、いつもの時間に家を出る。そして、いつもと反対方面に向かう電車に乗る。電車の中は今日も相変わらず人で溢れていた。

 目的の駅に着く頃には少しずつ雨も止み、まだ曇り空ではあるが順調に天気は晴れに向かっていた。

 君がよく行っていた駅からすぐの花屋で、今年もピンクのカーネーションを買って君の元へと向かった。


 一年振りだというのに何も変わっていない君にピンクのカーネーションを渡してすぐに来た道に戻る。あまり長居しすぎると、帰れなくなると自分でわかっていたので、何かを考える暇も与えない為だ。

 すると、太陽が少し顔を出し二人でそれを眺めた。

 それと同時に帰り道を急いだ。


 自宅に向かう電車に乗る頃には空も晴れていた。朝の天気からは考えられないぐらいの快晴だ。

 どこかへ出かける時に意見が分かれたら、その時の天気で行き先を決めていた事が懐かしかった。雨なら君、晴れなら私の行きたい所へと行った。


 煙草の香り、隣の部屋の喧騒や街のお店。

 この世界の至るところに君の忘れ物がある。

 本当に忘れ物が多い人だなと、可笑しくなって三年ぶりの笑みを浮かべていた。

 君の香りに包まれながら、煙草の灰の様に空を舞う。


 今日は私の行きたい所へ行く日だ。

 君の一番の忘れ物を届けに、君の世界へ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・短い文章の中に五感を意識した表現があるところ。 ・時間経過、天候の変化が自然かつ、物語上意味を持っているところ。 ・君と過ごしたいつも。君がいなくなったいつも。同じ言葉でも時間軸が分かり…
[良い点] 淡々とした語り口から主人公の喪失感が伝わってくる。 [気になる点] ラスト。 語り手がこの世界から自主的に去ろうとしているようで……不安。 [一言] はじめまして。 新着活動報告から来まし…
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