08 鬼道法律相談所
08 鬼道法律相談所
とある日曜日。俺は鎮治さんに呼び出され、鬼羅商会の本部に顔を出していた。
というのも、魔女っ子である俺と鬼羅商会の正式な共闘が決定したらしい。そこで、具体的な作戦の説明や、幹部への顔見せとして鎮治さんに呼び出されたのだ。
本部では大勢の男たちに出迎えられた。そして、早々に作戦の内容を説明される。
と言っても、複雑な話ではない。単に鬼羅商会が命会橋を巡回し、得南渡の企みを察知した時、俺に連絡をするというだけのこと。連絡は、専用の無線ベルを使うという。通話などは行えず、緊急事態を知らせる音が鳴るだけの代物。昔流行ったポケベルというものに似ているが、それよりも機能が悪い。ベルを持った瞬間、ともえとポケベルでやり取りした頃を思い出す。懐かしさに頬が緩んだ。
他にも、鬼羅商会の組員が命会橋のどこを、どのように巡回するのか説明も受けた。覚えておけば、鬼羅商会との連携も取りやすい。なので、各地の組員の詰め所も教えてもらう。そして、機会があれば顔を出してくれ、と鎮治さんに頼まれた。
そして今。俺は、詰め所の一つである鬼道法律相談所に向かって歩いていた。
鬼道法律相談所とは、鬼羅商会の顧問弁護士が開いている法律事務所だ。元々は偉い弁護士の先生が発足した事務所で、分社のような扱いでもある。この事務所の存在が、偉い先生が後見人となっている証にもなっている。
数ある詰め所の中でも、鬼道法律相談所は特に重要な場所と言える。鬼羅商会の頭脳とも言える人間が詰め寄る場所なのだ。経済、政治、土地利権に至るまで。あらゆるインテリ業務を行っているのが鬼道法律相談所なのだ。
俺は今まで鬼羅商会の世話になっていながら、挨拶にも行ったことがない。なので鬼羅商会の共闘を機に、お伺いしようと考えたのだ。
立地的にも、鬼道法律相談所は東命会橋の東側にある。中命会橋の鬼羅商会本部から近い。ついでにお伺いするにも都合のいい距離だった。
俺は自転車を漕ぎ、ゆっくりと進む。さほど急ぐ必要もない。辺りを見回しながら、商店街の様子を眺める。活気がある、とは言い難い。しかしシャッター街には程遠く、どこも客入りがある。ほどほどの賑わい、といった様子。寂しさと安心を心が同時に抱き、奇妙な気分になる。
そんなところに、見慣れた物体の姿が目に入る。
宙に浮く毛の生えた生き物。猫のような頭と手足の無い胴体。紛れもなく妖精の姿。
それが、なんと三つも浮いている。内一つはよく見知った妖精、ほんまぐろ。もう一つが、先日知り合ったばかりの妖精、にぼし。
だが、もう一つの妖精には見覚えが無かった。他の妖精より毛深く、表情が読めない。頭の上にも何も乗っていない。にぼしの煮干し、ほんまぐろの山葵のようなものが無い。
「ほんまぐろ。何をしてるんだ、こんなところで」
俺はほんまぐろに声をかけた。
「おう、圭吾か!」
ほんまぐろは俺に気付くと、ふわふわ飛んで近寄ってくる。俺は自転車を停めてほんまぐろの近くで降りる。他の妖精二匹も、ほんまぐろに付いて俺に近づいてきた。
「珍しいな、お前が他の妖精と一緒にいるとは」
「なんじゃ圭吾。妖精が某以外にも存在すると知っておったのか」
俺の言葉に驚くほんまぐろ。これに、にぼしが答える。
「このあいだ、居酒屋で圭吾さんとお会いしたんだな」
「そうじゃったか! いやあ、某の親友たるにぼしと圭吾が知り合いじゃったとは。良い話じゃ」
楽しそうにフラフラ飛び回るほんまぐろ。この言葉をにぼしがどんな気持ちで受け取っているか。想像すると胃が痛くなりそうだ。
「で、こちらの妖精は? 俺は初対面だと思うんだが」
俺は話を逸らす目的もあって、毛深い妖精の方に話題を振る。
「ああ、こやつか。こやつは某の後輩で、けだまという奴じゃ」
「オレ、ケダマ。ヨロシク」
喋り方の堅い妖精だった。見た目のもこもこ感からは想像のつかない口調。
「よろしく、けだま君。俺は魔女っ子の松原圭吾だ。圭吾、と気軽に呼んでくれ」
「ウルセエ、オレニ指図スンナ!」
堅い口調に加え、性格にも難がある様子だった。
「けだまはヤンチャで個性的な妖精じゃからの。多少言うことに問題があるかもしれんが、まあ愛嬌だと思って大目に見て欲しいのじゃ」
「愛嬌か。君が言うと意義深く聞こえる言葉だな」
俺はほんまぐろに嫌味を言いつつ、けだまの表情を伺う。といっても、毛深くて何も読み取れはしない。対話は困難そうだ。
「ナンダ、文句アルノカ? ヤルカ?」
「何故喧嘩腰になる」
「機嫌次第デコウナル、ユルシテ」
「まあ、本気でないなら買いもしないが」
「ダガオマエノ生命ハスデニ俺ノモノダ」
「どういうことだ」
「トコロデ花瓶ッテ良イト思イマセンカ?」
「はぁ。まあ、花を差すには便利とは思うが。急に花瓶がどうしたんだ」
「知ルカ、コロスゾ!」
対話どころか、けだまの言葉がどういう基準で飛んでくるものかも理解できない。一方的に、無茶苦茶な言葉ばかりぶつけられている感覚だ。正直、相手をしていてつらい。
「おいほんまぐろ」
「なんじゃ」
「けだま君は、いつもこんな感じなのか?」
「そうじゃ。今日は新しい友達が出来て機嫌が良いらしいのじゃ」
「友達が俺のことを指しているなら、勘違いだと伝えてくれないか」
「それぐらい自分で伝えるのじゃ! いい歳して甘えるな!」
ほんまぐろは助け舟を出してくれない様子。俺は深くため息を零す。
にぼしの方にも視線を送るが、首を横に振って拒否。どうやらにぼしにもけだまの相手は困難らしい。
「ドウシタ圭吾。気分ガワルイノカ?」
俺の様子を気遣ったのか、けだまが近寄ってくる。
「まあな。原因は察してくれ」
「生理カ」
「失礼だね君は。一応、魔女っ子にそういうものは来ないと聞いている。実際、俺も経験が無いよ」
「アー、ムカツク」
「そうか、良かったよ」
真剣に相手をする気も失せてくる。適当なことを言って返しても、けだま相手なら問題無いような気さえする。言葉を選んだところで、返事は意味不明に違いないのだから。
「じゃあ、俺は用事があるので失礼するよ」
早々に話を切り上げる。これ以上、けだまの相手をしているのは辛い。
「どうしたのじゃ、日曜日に仕事か?」
「いいや。鬼羅商会と正式な共闘が決まってな。その挨拶回りだ」
「ほう」
ほんまぐろが、いかにも興味を示したような声を漏らす。猫のような面の皮からさえ伝わるほどの、嫌な笑み。
「某らもついていくのじゃ!」
ほんまぐろは言って、俺の頭の上に飛んで着地する。
「ほら、にぼしとけだまも乗るのじゃ!」
ほんまぐろに促され、二匹は自転車に乗ってくる。けだまは後部の荷台に。にぼしは前部の荷物カゴに。にぼしだけ、自転車に乗り込む際、申し訳なさそうに頭を下げた。彼にも色々あるのだろう。面倒事の責任はほんまぐろにだけ追求することにした。
「おいほんまぐろ」
「なんじゃ」
「何かしでかしたら、晩飯は無いと思えよ」
「わかったのじゃ!」
自信満々に宣言するほんまぐろ。恐らく、俺の心配事など何も理解していないだろう。俺は深い溜め息を吐きつつ、自転車に乗った。
鬼道法律相談所に着くと、俺はすぐに鬼羅商会との共闘の件で伺ったことを受付で伝えた。すると、応接室に通される。
数分ほど待っていると、一人の青年が部屋に入ってくる。
「お待たせしました、圭吾さん。お話は伺っています」
青年は言いながら、右手を差し出して握手を求めてくる。
「いえいえ。こちらが勝手にお伺いしたんですから、お気になさらないでください」
俺も右手を伸ばし、握手を交わす。
「私はこの鬼道法律相談所の代表で、鬼羅商会の顧問弁護士も務めています。鬼道静間という者です」
言うと青年、静間はスーツの胸ポケットから名刺を取り出し、俺に差し出してくる。
「ああ、これはどうも」
受け取り、俺も名刺を差し出そうとして、気付く。今日はそういった準備をしていない。服装は娘のお下がり。荷物は財布などを入れた小さい鞄のみ。名刺の準備など一切していない。
しまったな、と思いながら、俺は受け取った名刺に目を通す。名前は鬼道静間。字を見て、ようやく気付く。
「あの、静間さん。鬼道という名字は」
「はい、お気づき頂けましたか。鬼道鎮治は私の祖父なんです」
「鎮治さんのお孫さんですか」
弁護士のお孫さんがいらっしゃるとは、聞いていなかった。驚きと同時に感心もする。見るからに静間君は若い。なのに鬼羅商会の顧問弁護士まで務め、祖父の鎮治さんに孝行している。立派な孫がいて、鎮治さんも鼻が高いだろう。
「立ち話もなんですから、座りませんか?」
「ああ、そうですね」
俺は静間君の提案に従い、握手のために上げた腰をソファに下ろす。続いて、静間君も向かい側のソファに座る。俺の方のソファには三匹の妖精が自由にごろごろ寝ているが、今は互いにこれらを無視していた。
「以前から、圭吾さんのことは祖父から伺っておりました。なんだか、不思議な感じがしますね。今日初めてお会いしたのに、妙に親しみを覚えてしまいます。失礼のないように意識はしているつもりなのですが」
「いやいや、こちらこそ。歓迎頂いて嬉しく思っていますよ。しかも、鎮治さんのお孫さんが、こんな立派なお仕事をしていらしたとは」
「いえいえ、立派だなんて。自分なんか、まだまだ祖父の足元にも及びません。日々精進といったところですね」
「いやいやいや。静間君の若さで、こんなに孝行している男はそう見ませんよ。あまり謙遜なさらないで下さい」
「あはは、ありがとうございます。なんだか、お褒めいただいてばかりで。こちらからも何かお返しできればよいのですが」
「それはお気になさらず。今日伺ったのも、鬼羅商会と私の共闘の件で、挨拶だけでもと思ってのことですから。そう構えられてしまっては、こちらも申し訳なく思ってしまいます」
「そうですか、ではお言葉に甘えて。本題に入りましょうか」
言うと、急に静間君の表情が引き締まる。
「せっかくお越し頂いたのですから、今回の共闘の件について、詳しいお話をできれば、と思いまして。それでわざわざ、応接室でお待ち頂いたわけです」
「なるほど」
納得のいく理由だった。それに、鬼道法律相談所では鬼羅商会のインテリ方面のバックアップもしている。本部の会議で聞けなかった話も聞けるだろう。
「では、まずこの事務所でどういう仕事を担当しているか、大雑把に把握して頂きたいと思います」
言って、静間君は用意していたらしい資料を持ち出し、説明を始めた。
およそ一時間半、俺は静間君から詳しい話を聞いていた。共闘に関する話から、そもそも鬼道法律相談所が担っている役割についてまで。
この事務所は、近年台頭してきたインテリ系ヤクザへの対抗策として設立されたらしい。元々鬼羅商会にはインテリ派の人間が少なく、幹部さえ高卒以下が殆どを占める。
その為、インテリ方面に強い組員を増やし、かつ旧態依然とした本部の組員との衝突を避けるため、鬼道法律相談所という場所が作られた。
目論見は成功した。今では金融経済に関わる業務の殆どを、この事務所で担っているとのこと。また、利権絡みの複雑な案件も、具体的な計略を描くのはここ。法律相談所とは名ばかりの、立派な経済ヤクザだ。
そのような特徴もあって、鬼道法律相談所は共闘においても特別な役割を担っている。
得南渡が直接抗争で勝負を仕掛けてくるなら、問題は少ない。なぜなら、魔女っ子の俺が武力鎮圧可能だからだ。しかし、経済絡みで攻め込まれるとそうはいかない。得南渡の息のかかった会社が命会橋に入り込む。鬼羅商会絡みの企業への攻撃。利権奪い、潰し。単純に考えても多様な攻撃が考えられる。
そこで、鬼道法律相談所の出番というわけだ。命会橋の状況を監視し、得南渡の水面下の動向を探る。命会橋の経済圏を守りつつ、得南渡の尻尾を掴む。重要な役割だ。
俺は全ての話を聞き終え、一つ息を吐く。静間君はもっと細かく具体的な話もしてくれたのだが、俺の頭では理解しきれなかった。概要だけは何とか把握したが、それも完全とは言い難い。
「どうでしょう、圭吾さん。ここまでの話を踏まえて、何かご意見などは」
「いや、もう頭が一杯ですよ。今日はこれ以上、難しい話が入りそうにないですね」
「あはは。それでは、一度休憩としましょうか」
「助かります」
俺はソファに背中を預け、楽な姿勢をとる。そして、静間君が今日の話をした意味を考える。
ようするに、これは重要度の駆け引きだ。街で抗争に入り浸り、ドンパチをするべきか。それとも、得南渡の水面下の動きに牽制をかけるべきか。俺という武力は、同時に両方へ投入することはできない。
だからこそ、俺自身に優先順位を理解させようというのだ。得南渡の経済絡みの攻撃の脅威を知れば、自然と直接抗争の優先度は低くなる。武闘派の計略では防戦一方になるだろうが、静間君の計略なら攻めに転じることもできる。得南渡の動きを探るうちに、叩くべき本丸にも辿り着くだろう。そこで魔女っ子の力を使えるなら、圧倒的に有利だ。
今、静間君はその保証を欲しているのだろう。俺という武力を投入できるという確信を求めているのだ。その為の、事情や状況の外堀から埋めるような説明というわけだ。
俺と静間君が、休憩がてら他愛ない雑談を楽しんでいる時だった。
「静間さん! 大変です!」
不意に、応接室の扉が開く。慌てた様子の男が一人。応接室に入り込み、声を張り上げる。
「得南渡の奴らが、カチコミに来てます!」
「何だと!」
静間君は驚き、立ち上がる。俺もソファで休んでいる場合ではない。すぐに腰を上げ、拳を握る。
「のう、圭吾」
これまで大人しくしていたほんまぐろが俺に呼びかけてくる。
「分かっている。レリメイション」
俺は例の文言を呟く。すると、俺の身体を光が包み、魔女っ子の正規の衣装に姿が変化する。手には手甲。普段通りの臨戦態勢。
「静間君。協力させてくれるな?」
「はい。当然、前線に立って頂きたいと」
「遠慮が無いね」
「非常事態ですから。合理的にものを言いますよ」
「助かるよ」
俺は言うと、応接室から素早く出ていく。
一階の出入り口は、バリケードで封鎖されていて使えなかった。なので、二回の窓を開いて外に飛び降りる。得南渡の人間らしい男たちが群がる中へ着地する。
見ると、男たちは誰もが同じ形の銃を携帯していた。普通の銃とは違い、子供のおもちゃのようにも見えるデザイン。色こそ黒いが、鮮やかに彩色すれば少年向けの玩具売場に置いていても違和感がない。それに、水鉄砲のようなタンクが銃身の上部に付属している。普通の拳銃ではない様子。
「おう、魔女っ子の嬢ちゃん、でてきたんかいワレ!」
男たちの中の誰かが声を上げる。
「律儀な性格でね。事務所前を掃除して帰ろうかと思っている」
「減らず口を。おどれコレが見えへんのかい!」
声を張り上げ、男の一人が銃を掲げ、俺に見せつける。
「おもちゃがどうした。ウキウキが止まらないのか?」
「じゃあかしゃあ! こいつはなぁ、得南渡の対魔女っ子新兵器、みそしるハジキじゃあァ!」
男は堂々と、わけの分からないことを大声で宣言する。
「すまない、もう一回言ってくれ」
俺は自分の耳を疑う。味噌汁、と言ってるように聞こえた。
「新兵器、みそしるハジキっちゅうとるんじゃボケ!」
信じられないが、真実のようだ。俺は確かに、味噌汁という言葉を聞き取った。それがハジキという言葉に並んでいる。ハジキとは銃のことだから、察するに味噌汁の銃という意味だろう。
余計にわけが分からず、俺は頭を抱える。
「あぁ、何だ。俺はトシなのかもしれん。お前たちの言うことについていけない」
「何を言うとるんじゃい魔女っ子が」
「みそしるハジキというのは、つまりどういう武器なんだ?」
「味噌汁を撃つハジキじゃ。そんなん考えりゃ分かるやろ!」
分かってしまったからこそ、俺は戸惑っている。
困惑に頭を抱えたままでいると、上空からほんまぐろが落ちてくる。それを追って、にぼしとけだまの二匹も落下。ほんまぐろだけが俺の頭に乗り、他の二匹は俺の肩近くに浮いて静止。
「圭吾! とっととやっつけるのじゃ! 得南渡のクズなど何百人いても皆殺しにしてかまわんのじゃ!」
「ソウダ、コロセ!」
ほんまぐろとけだまは興奮している様子。一方で、にぼしだけは気まずそうに見を縮こまらせている。
「こ、殺すのはやりすぎなんだな」
「何を言うのじゃにぼし! 殺す方が簡単じゃろ!」
「テンキヨホウハ雨。血ガ降ルゼ」
「け、圭吾さんはそんなことしないんだな!」
「もちろんだ、穏便に済ます」
俺は言って、素早く魔法のカードをドローする。ライトニングのカード。味噌汁で武装した程度の相手なら、人数が多くてもこれで十分だ。
「おどりゃあ何を調子こいとんじゃあ!」
得南渡の男たちの一人が怒りの声を上げる。同時に、みそしるハジキが一斉に発砲される。次々と噴射される味噌汁。俺はこれの軌道を先読みし、素早い動きで回避する。
「本当に味噌汁を撃ったのか! 食べ物を粗末にするな!」
俺は男たちを叱る。少女の姿をした相手にみそしるをぶっ掛ける集団というのも、ヤクザとは違った趣旨で道を外れているように思える。脅威どころか、呆れさえ感じていた。
だが、妖精三匹は違うようだ。俺の視界の隅で慌てて飛び回り、騒ぎ出す。
「みっ、みそしるじゃ! ヤバいのじゃ!」
「危ないんだな! 死んじゃうかもなんだな!」
「ミソシルコワイ!」
ほんまぐろとけだまはともかく、にぼしまで騒いでいる。味噌汁と妖精に、何か深い関係がある様子。
「どうしたお前たち。みそしるに怯える理由でもあるのか?」
「あたりまえじゃろ!」
ほんまぐろは、キレ気味に返答してくる。
「逆に聞くのじゃ! お主、魔女っ子のくせしてみそしるが怖くないのか!」
「怖いわけあるか。味噌と水だぞ。ご家庭のお供じゃないか」
「それとこれとは訳がちがうんだな!」
にぼしまで俺の常識を否定する。どうやら、本当に味噌汁は何か危険なものらしい。
「待て、妖精たち。まず説明責任を果たせ」
「説明とは、何のことじゃ」
本気で俺の要求を理解できていない様子のほんまぐろ。人と妖精の相互理解は遠い。
「ほんまぐろ。多分、みそしるについてのことなんだな」
にぼしの助け舟が出る。これでほんまぐろは気付き、納得したように頷き、語る。
「圭吾よ。みそしるとは、魔女っ子の魔法的な守りの力を貫通する破魔の物質なのじゃ。正確には味噌が妖精の国では破魔糊とも呼ばれ、恐れられておるのじゃ。そして、破魔糊を塗布した物体に破壊の意思を宿すことで、魔女っ子の魔法的なパワーをぶち破る力を発揮するのじゃ!」
「あぁ、つまりあの水鉄砲は痛い、というわけか」
「痛いじゃ済まないんだな」
俺の認識に、にぼしが訂正を加える。
「魔女っ子の肉体は大部分が魔法の力で構成されているんだな。これを貫通されるとなれば、普通の人間よりも脆いんだな。おもちゃの水鉄砲でも打ち身になるはずなんだな」
「なるほど。俺の想像以上に危険というわけか」
俺にもようやく、妖精たちの焦りの意味が理解できる。
「ようやっと分かったようじゃのお!」
得南渡の男たちの中から、声が上がる。
「おどれを狙っとるハジキは、ただの水鉄砲やない。コンクリに痕付けるような水圧でみそしる撃てるんや。魔女っ子の身体が無事で済むと思うなよ!」
「なるほど、それはいいことを聞いた」
俺は手早くカードをドロー。プラズマのカードを引く。
「いくぞ、プラズマッ!」
魔法を発動すると、光が俺の周囲を舞う。途端に荷電粒子のバリアが展開される。チリチリと空気を焼くような音がする。
「これで水鉄砲は届かないぞ」
「いかんのじゃ圭吾!」
ほんまぐろの警告の声。何が、と問うより先に、みそしるの射撃が一斉に俺を襲う。荷電粒子のバリアに意識を集中。高圧噴水の衝撃に耐える為だ。
しかし、想像以上の衝撃がバリアを襲う。味噌汁が一発着弾する度、荷電粒子が悲鳴のようにバリバリと音を上げつつ歪む。
「何っ!」
俺は前方に両手を翳し、さらに意識を集中。荷電粒子のバリアに魔女っ子の魔法の力を注ぎ込む。壊れないでくれ、と縋るような気持ちになる。
味噌汁の集中砲火はすぐに止む。束の間の安堵。同時に、意識が散漫したことで荷電粒子のバリアも弾けて消える。
「どうや魔女っ子ぉ。これが対魔女っ子兵器の威力じゃあ!」
得南渡の男が声を張って自慢する。これに、俺はつい舌打ちをしてしまう。
確かに、味噌汁の脅威は俺の想像を超えていた。まさか、カードから放った魔法にさえ強烈な効果を発揮するとは。自身の想定の甘さを猛省する。
同時に、手加減をしている場合ではないと気付く。今まで使ったことの無い魔法も駆使して、この場を乗り切らなければならない。
「手加減と油断の大安売りは終了だ」
俺は言って、一枚のカードをドローする。日頃、ほんまぐろとの会話の折に覚えた知識は多い。魔女っ子に関する様々な情報。その一つが、俺の持つ魔法のカードについての知識。
今ドローしたカードは、この場を制圧するのにうってつけの魔法だ。
「ブラインドッ!」
俺はカードの名を呼んだ。途端、『ブラインド』のカードは光の粒になって消える。同時に、俺の手の中に真っ黒な霧が生まれる。
この黒い霧を、俺は正面に向かって放つ。手を横に大きく振ると、膨大な量の霧が辺りを吹き抜ける。得南渡の男たちを、一人残らず包み込む。
「なんじゃこりゃあ!」
「目が見えん、音も聞こえへんやないか!」
「ハジキはどこじゃあ! 持っとる感覚もせえへんぞ!」
騒ぎが始まる。得南渡の男たちは叫び声を口々に上げる。だが、恐らくこの喧騒も彼らには届いていない。
俺の放ったブラインドの魔法は、相手の知覚能力を混乱させる魔法だ。この黒い霧に触れた者は、五感全てが狂ってしまう。視覚を奪われ、音や触覚まで狂っているのだ。俺に向けて、正確な発砲をすることは不可能だろう。
霧はすぐに晴れる。すると、得南渡の男たちが無造作に暴れる様子が見て取れた。危険を承知しているのか、味噌汁を撃つ様子は無い。高圧水流で同士討ちとなるのを避けているのだろう。
俺は素早く、次のカードをドローする。水晶から現れたカードには『スパーク』の文字。
「スパークッ!」
声と同時に、カードは光の粒に弾ける。これがそのまま宙に漂い、放電を始める。これを俺は意識を集中することで、自分の掌の上に集める。
この魔法は、簡単に言うと放電現象を発生させる魔法だ。対象物に目掛け、スタンガンのような電撃を浴びせることができる。威力は十分に調整可能な為、冬場の静電気程度から、即死級の感電まで自由自在。
俺は素早く移動し、得南渡の男たちに近づく。一人ずつ、確実に放電で沈黙させていく。同時に銃も破壊していく。味噌汁と思って侮る気は失せた。一つでも残すのは危険な武器だ。
数分もあれば、得南渡の男たちは全滅していた。誰もが気を失うか、痺れと痛みにもがくような状態。
「意識のある奴は聞け。今日は生きて帰してやる。次の手加減を期待している奴だけ、また命会橋に来い」
俺の言葉に、男たちはぞろぞろと立ち上がる。意識の無い仲間を担ぎ、ふらつく足取りで逃げていく。当然、脅しの言葉は所詮脅し。本当に奴らを殺す気など無い。だが、これで少しでも平穏が約束されるなら。
彼らが俺の悪評を流してくれることを期待しよう。
騒動も治まり、俺は鬼道法律相談所の応接室で休憩させてもらっていた。すぐに帰っても良かったのだが、静間君が気を利かせ、お茶を用意してくれた。
断るのも礼儀に反する。俺はソファに座り、口触りの良い焼き物の湯呑みで緑茶を飲んだ。
お茶を半分ほど飲んだところで、静間君が応接室に戻ってくる。
「失礼しました。色々、事後処理の指示があったもので」
入り口を塞ぐバリケードの撤去や、抗争が起こった事を本部に報告、等。静間君のやるべき仕事は、いくらでも考えつく。
「ご苦労さん、静間君。ひとまず、ここの組員に怪我人も出なかったようで良かったよ」
「本当にありがとうございます。あの規模で特攻なんかかけられたら、ウチの事務所じゃ歯が立ちませんでしたよ。圭吾さんがいてくれて助かりました」
「いや、恐らく奴らは俺を狙ってきたんだ。むしろ、俺が迷惑をかけた形になる。本当に申し訳ない」
「いえいえ、そう仰らずに。何にせよ、無事に済んだのは圭吾さんのお力あってこそです。本当にありがとうございます」
静間君の感謝の言葉を受けて、俺は面目ないと思った。結果的に怪我人は出なかった。だが、俺は油断していた。確かに魔女っ子の力を過信していた。そのせいで、いくら常識外れとはいえ、味噌汁を相手に油断してしまった。本来あってはならない事態だった。
「どうなさったんですか。体調が優れないとか?」
静間君が、俺の様子を気にして声を掛けてくれる。
「いや。自分の甘さを痛感していたところだ」
俺は首を横に振り、本音を口にする。
「やはり、俺にはまだ覚悟が足りないようだ。鎮治さんに言われたとおり、俺は俺の覇荒登をしっかり持つ必要があるらしい」
「覇荒登ですか。そうですか、祖父が」
静間君は驚きを顔に浮かべる。そして、何かを納得したように頷き、俺に声をかける。
「圭吾さん。実は僕も、同じなんですよ」
「同じ、とは」
「はい。覇荒登のことです」
静間君は、真剣な様子で、けれど落ち着いて話を切り出す。
「僕も、覇荒登というものをよく知りたいと思っているんです。僕は常々、祖父の力になりたいと考えています。ですが、祖父がいつも語る覇荒登というものがよく分からない。意味は理解できても、自分の体感として、心に根付いていない。だから、自分の力は祖父の役に立つほどのステージにない、未熟者だと感じているんです」
未熟者、という表現に共感する。自分もまた、同じ気持ちだった。覇荒登を知らぬがためのミス。不注意。そして油断。全てが、俺の未熟さそのものだ。
「なるほど。確かに、俺と静間君は似ているね」
俺も不思議な共感を覚え、笑みを零しながら言う。静間君は嬉しそうに、照れるように笑いつつ言う。
「それにしても、不思議ですね。圭吾さんとは、多分本当なら親子ほど歳が離れてるのに。こんなところで気が合うなんて。ちょっと安心というか、気兼ねする壁が一つ無くなったような気分です」
「そうか。俺も少し心強いし、静間君と会えて良かったよ。共に覇荒登を求むる仲間として、今後共よろしく」
「ええ。よろしくお願いします」
俺と静間君は互いに手を伸ばし、握手をする。今日二度目の握手だが、一度目とは異なる手応えを感じた。
その後、俺はお茶を一杯飲み干すと、雑談もそこそこに相談所を後にした。居座り続けると、いつまでも気を使わせてしまう。俺は妖精を連れて応接室を出た。
ただ、けだまだけは俺について来なかった。応接室の内装が気に入ったとかで、居座るつもりになっていた。確かに応接室だけあって、内装や調度品はどれも上等なものを使っているように見える。妖精にとっては見慣れぬ世界。興味が沸くのも仕方ないのかもしれない。
そんなけだまを、静間君はあっさりと受け入れてくれた。
「猫を飼うようなものと思えば、なんてことないですよ」
そう言って、けだまの世話まで約束してくれた。正直言うと、とても助かる。
恐らく、静間君は今後のことを考えていたのだろう。妖精についての知識は、今後の役に立つに違いない。それはつまり、得南渡との抗争に有利に働くということで、鬼羅商会の為であり、鎮治さんの為にもなる。
と、俺は何となく、静間君の考えていることが分かるような気がした。
お読み頂き、有難うございます。今回のお話、いかがでしたでしょうか。
ブックマーク、評価、感想等頂ければ、筆者の励みになります。時により、筆が早くなる効果が得られるかもしれません。
どうぞ宜しくおねがいします。