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魔女っ子おじさん、日常を往く!  作者: 日浦あやせ
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07  新たな妖精

07  新たな妖精




 ある夜のこと。俺は仕事を終え、久々にシゲと共に飲みに行く。シゲはボロを動かしている為、なかなか早上がりする機会が無い。

 今日は珍しく、ボロで作る製品の納品数が少なく、かなり早い段階で明日の仕事に手を付けていた。十分仕事を先回しで済ませることが出来たため、今日は早上がりが出来たというわけだ。

 ちなみに、翌日分まである程度進めておくのは基本業務だ。本社の送ってくる工程通りに仕事をしていると、ボロの調子が悪くなった瞬間に先方へ謝罪参りに行かなければならなくなる。それはまずいので、普段から先回しで作業をしておくのだ。そうすると、ボロが不調でも製品の箱詰め作業は進められる。

 久々に二人で早上がりだから、俺たちは商店街へ向かった。居酒屋で飲むのは何ヶ月ぶりだろうか。

 適当に見当たった居酒屋に入る。流行ってはいないらしく、客は少ない。

 ともかく席につき、メニューに目を通す。

「瓶でいいか?」

「あい」

 俺が尋ねると、シゲは頷き、料理の方を物色し始める。俺もとりあえずは瓶ビールにしておく。まずは一本ずつ、二本を頼むことにしよう。

 シゲと共にメニューを眺める。唐揚げ、なんこつ揚げ、焼き鳥が気になるが、どうもメニューの写真だと美味しそうに見えない。

 続いて野菜の天ぷら、鱈の天ぷらが目に留まる。天ぷらは家でも最近は食べてないな、と考え、注文を決める。

「シゲは決まったか?」

「あい」

 確認を取ると、シゲは頷いて応える。

「すいません!」

 俺は声を上げ、手を挙げて店員を呼ぶ。すると、見えないところに座っていたらしい年老いた女性が姿を見せる。頼りない足取りで近寄ってくる。

「はい。お決まりかねえ?」

「瓶ビールを二本。それと、野菜の天ぷらと鱈の天ぷら」

「あとレバニラ、お願いします」

「はいよ。天ぷらちょっと時間かかるよ、大丈夫?」

「ビールでやってるんで大丈夫ですよ」

「お嬢ちゃん、成人してる?」

 言われてようやく気付く。確かに、今の俺は未成年にしか見えないだろう。

「はい。免許見せましょうか?」

「ええよええよ、そんなもん」

 俺が鞄を探る素振りを見せると、老いた女性は手を振って遠慮した。そのまま引き返していく。

 この居酒屋は厨房が見える位置にある。ちょうどカウンター席の向こう側が調理場、という構造。店主らしい料理人の男は、注文を老婆から聞き取ることなく、すでに調理を始めていた。

 厨房に目を向けているうちに、老婆が戻ってきた。二本のビール瓶。その口の部分にグラスを被せ、同時に手に持って来る。

「あい、瓶ビール二本ね」

 早速ビールが提供されてくる。栓抜きは済まされている。俺とシゲは自分でグラスに注ぎ、言葉も交わさずに乾杯を交わす。

 仕事上がりの、特に一口目のビールはやはり美味い。染みるようなビールの味と香りに、疲れが溶けて消えてしまうような気分だ。

「っあぁ。おつかれさん、シゲ」

「いえ」

 俺はグラス全部を、シゲはグラス半分を一度に飲み干した。



 俺とシゲは飲みながら、仕事の愚痴を零しあう。ほとんどは俺が話してばかりだが、時折シゲも相槌をうちつつ、自分の考えを口にする。

 主な話題の矛先は本社の人間だ。備品に金を使うことを渋っている。例えば工場にある椅子はどれも錆びついたパイプ椅子。いつ折れてもおかしくない状態。実際、この間も椅子が壊れてパートのおばちゃんが怪我をした。

 それでも本社は、工場で使われている椅子を新しく買ってくれはしない。怪我人が出たという話を通しても無駄だった。むしろこちらの不注意とされ、仕事は立ってやるのが基本だ、と余計なルールの念押しまでされてしまう。

 さすがに今回の件は腹が立った。なので、社長や他の役職の人間を巻き込み、上の圧力で椅子の買い替えを押し通す作戦でいくことにした。

「今回ばっかりはなぁ。本当に許せねえって思ったんだよ。分かるだろシゲ?」

「あい、分かります」

「あいつら工場の人間を人間と思ってないからなぁ。書類通してもダメ。談判してもダメ。しょうがねえから今度は社長まで巻き込んで圧かけてこう、って事になってな。昨日ちょうど本社で社長と会ったから、喫煙室で話し込んだよ」

「社長にも談判したんすか」

「いやいや。まだそこまでじゃなくてな。まずは椅子がボロくて、こないだも怪我した人が出て困ってるってな。その話だけだよ。いきなり抱き込もうとするのもな、嫌らしくて失敗するかもだろ?」

「あい」

 俺とシゲはいつもこんな調子で会話をする。

 この後も、本社の人間の愚痴ばかりで話を続けた。椅子の話から流れて、今度はシゲも巻き込まれたトラブルの話に。

「で、結局な。あとで調べて分かったんだけどな。あのボロにありえねえ数の発注があったのって、結局営業のミスらしいんだわ。予定も確認しないで、発注受けたってことらしくてな。それを誤魔化して、こっちの出した生産計画表が間違ってるとか言い出して、何を言ってんだて話なんだよ。シゲもそう思うだろ?」

 俺が言うと、シゲは深く頷いて応える。

「ほんますよ。学生の子に夜勤頼んで、二十四時間ずっとボロが動いてるとか。いつお釈迦になるかもしれんのに、冗談じゃなかったす」

「なあ。ボロが壊れたら困るのは本社の奴らなのになぁ。俺らが頑張らされるのもなんか変な話なんだよな」

「ほんますね。あいつらがボロ動かしゃいいんすよ」

「ダメだよあいつら。偉そうに機械いじくって、調子悪くして帰ってくんだから。仕事も学生バイトより遅いしさあ。冗談じゃねえや」

「ほんましょうもないすよね」

「ああ、しょうもない」

 頷きあい、俺とシゲは同時にビールを飲む。既にシゲは二本目、俺は五本目のビールを開けている。魔女っ子になって以来、酔いにかなり強くなってしまった。ついつい酒を水のように飲んでしまう。今も随分飲んでいるが、ほろ酔い程度で気分もいい。

 そんなタイミングで、不意に俺へ声が掛かる。

「君、魔女っ子なんだな?」

 ふと、声のした方を見る。なんと、ほんまぐろにそっくりの生命体が宙に浮いていた。頭の上ににぼしっぽい物体を乗せている。毛の色がほんまぐろとは微妙に異なる。そして目付きが眠そうに見えるほど細い。それがほんまぐろとの数少ない差異で、他はまるで一緒。

「どうしたんだな。変な顔してこっちを見ないで欲しいんだな」

 その生命体が言うので、俺は表情を取り繕う。

「君は、ほんまぐろの知り合いか何かか?」

「そうなんだな。僕の名前はにぼし。ほんまぐろと同じ、魔女っ子を求めて探し歩く妖精なんだな」

 納得のいく説明だ。ほんまぐろと同様の妖精であれば、奇妙な外見の一致も理解できる。また、俺を見て魔女っ子と気づいた点もだ。

「君は見たところ、魔女っ子のようなんだな。なるほど、ほんまぐろと知り合いってことは、ほんまぐろと契約して魔女っ子になったということなんだな?」

「まあ、そんな感じだ。契約というか、強制だったがな」

 俺が言うと、びくりとにぼしが身体を震わせる。

「ほんまぐろは、まさか意思確認もせずに契約したんだな?」

「そうだな。事後確認は法的に認められんだろうし」

「はぁ、本当に申し訳ないんだな。あいつクソだから、ルールとか守れないんだな」

 にぼしの口からクソという言い方が出たことに驚く。だが、内容には心の底から同意する。あの妖精は正直ダメだ。社会でやっていけない素質を持っている。

「ほんまぐろとは親しいのか?」

「いやいや! 仕事が一緒なだけなんだな! ほんまぐろも僕も、魔女っ子を探しにこの街へ来た妖精というだけで、仲良しではないんだな!」

 にぼしは首を横に振って否定。ここまで嫌われるのは、ある意味才能だろう。

「どうだ、一緒に飲んでいかないか」

 俺は言って、ビールのグラスをゆらゆらと揺らす。

「ほんまぐろの愚痴に付き合ってくれる奴は少ないからな」

「それなら、おつきあいするんだな」

 にぼしは俺の提案に乗る。テーブルの上までふわふわ漂ってきて、縁の方に腰をかける。

「あの、圭吾さん」

 シゲが俺とにぼしを交互に見ながら声を上げる。訊きたいことがあるのだろう。それを察し、俺の方から口を開く。

「俺が魔女っ子になった話はしただろう? その時に、俺は妖精のほんまぐろと知り合いになったんだ。で、こいつも妖精。にぼしというらしくて、ほんまぐろが共通の知人というわけだ」

「なるほど」

 シゲも納得した様子。



 その後、俺はにぼしの分のビールも頼んだ。三人で飲みつつ、ほんまぐろの愚痴を語り合う。シゲはほんまぐろと面識が無いのだが、俺とにぼしの語る内容には楽しんでくれているようだった。

 何しろ、ほんまぐろの酷さは格別だ。話に出せば、誰もが共感できるだろう。

「こないだもウチの冷蔵庫の、俺がツマミに残しといたハム全部食いやがって。悪びれもしないんだぞあいつ」

「あ~、それは嫌っすね」

 俺の話に、シゲは笑みを浮かべつつ同意する。

「ウチのオカンも、よく勝手に俺の買ったもん食べるんすよ」

「そういうのはなぁ。けっこう、積み重なってくると効くよなぁ」

 俺とシゲは頷きあう。

「妖精の国でも、ほんまぐろはあんな感じだったのか?」

 俺はにぼしに話を振る。

「そのとおりなんだな。僕らの仕事には、けっこうしっかりしたマニュアルがあるんだな。けど、ほんまぐろはいつもマニュアルを無視して自分のやり方でやろうとするんだな。中には破るとまずいルールもあるのに、あいつはお構い無しなんだな。自分が楽な方にばかり考えるし、楽なやり方をする為にルールを破るんだな」

「本当にあいつダメなやつだな」

「全くなんだな」

 俺とにぼしは頷き合う。シゲはそれを見て苦笑する。

「でも、自分らもマニュアルとか守ってないすよね」

「そりゃあ、本社のマニュアルじゃあ仕事終わらんからな。でも守らなきゃいけないとこは守ってるぞ」

「いや、分かってます」

 俺の反論にシゲは困ったような表情を浮かべる。

「君たちもマニュアルを無視するタイプなんだな? それは良くないんだな!」

 にぼしは俺の話を聞いて怒っている様子。だが、俺もこればっかりは譲れない。

「いや、にぼし君。妖精のマニュアルがどの程度のものなのかは知らないが、こっちのマニュアルはてんで駄目でね。ほんまぐろみたいな奴らが作ったマニュアルだと思ってくれていい」

「なんと、それは酷いんだな」

 ほんまぐろを引き合いに出せば、あっさり交渉に勝てる。共通の敵はこういう時ばかり都合が良い。

「現場の状況も知らないのに、やってほしい作業をとんでもない時間配分で突っ込んだマニュアルだからな。あの指示どおりに作業をすれば、倍の従業員が必要になる」

「なんと、それはお気の毒なんだな」

 俺の説得で、にぼしも納得してくれた様子。会話の区切りにビールを嗜む。グラスを咥え、宙に浮き、体勢ごと傾ける。

 手の無い生き物だから、コップからはどうしてもこう飲むことになってしまう。ストローを用意してやりたいところ。だが、にぼし自身がこの飲み方に慣れている様子なので、何も言われない限りは自由にさせておく。

「ぷはぁ~、やっぱりビールは良いんだな。香りがたまらないんだな」

「おっ、妖精の国にもビールはあるのか」

「あるんだな。でも、ほとんどが盗品なんだな。妖精が正規のビールを飲むには、人間の世界で人間に恵んでもらうしかないんだな」

「そうだったのか。今日は遠慮なく飲んでいいぞ。ほんまぐろを悪く言う仲間が出来て気分がいい」

「お言葉にあまえるんだな」

 言って、にぼしはまたグラスに口をつける。妖精の国のビールが盗品だ、という事実には驚いた。だが、にぼしはそういう物に手を出さない性格だろう、とも思っていた。故に、にぼし相手には妙な安心感がある。盗品ビールを飲んでいたのかもしれない、と疑う気さえ起きなかった。

「はぁ、本当にほんまぐろという奴はクソ妖精なんだな。あんなやつと同じことだけはしたくないんだな」

 ビールから口を話すと、にぼしは呟く。

「ほんまぐろは多分、交渉とか説明責任とか、そういう手間の掛かる話から逃げたかったんだな。それで圭吾さんと強制契約したんだな。でも、そんなの妖精の恥なんだな。僕はちゃんと、相応しい人物を見極めて、その上で交渉をして契約したいんだな」

 にぼしは心底、ほんまぐろのことを嫌っている様子だった。俺は気持ちに同情し、笑みを浮かべる。

 そして、ふと気付く。話の節々で、にぼしはシゲの方を見ている。眠そうな細い目では分かりづらいが、確かに首を動かし、横目でシゲを見ていた。この行為とその意味を、俺は気付いていないことにした。黙ってビールを飲む。もう一本、新しい瓶が欲しいところ。

「すいません、ビールもう一本!」

 俺は声を張り上げた。



 やがて話すことも無くなり、俺とシゲ、そしてにぼしは解散した。代金はほとんど俺が持った。シゲには二千円だけ出させて帰す。

 シゲの家は工場からも、商店街からも遠くない位置にある。なので、ここから徒歩で帰るのはさほど苦でもないだろう。普段は車出勤だが、今日は車を工場に残して退勤してきた。もちろん、居酒屋でアルコールを飲むのが分かっていたからだ。

 にぼしはビールの礼と、ほんまぐろの悪口を言うと、夜の闇の中へと飛んで行き、姿を消した。俺は一人になり、家路につく。ゆっくりと我が家を目指して歩いていく。

 我が家は徒歩だと工場から遠い位置にある。なので、今でも通勤には自転車を使っている。黒いママチャリだ。魔女っ子になってすぐに買ったもので、ともえに『ベンツ』と名付けられている。

 そのベンツを、俺は手押しながら歩く。すぐに商店街は抜ける。住宅街に入ると、人の声も喧騒も無くなる。自分の足音とベンツの車輪の軋む音だけが響くようになる。

 そんなところに、大声で怒鳴る男性の声が響いてくる。

「おどりゃあゴラ! もっぺんゆうてみいボケェ!」

 口の悪さから言って、チンピラの類だろう。絡まれている人間には同情する。

「な~に調子づいとんのじゃ! 人間のヤクザ風情が某にでかい口を聞くなっちゅうもんなのじゃ!」

 聞き覚えのある声。俺は途端に、同情する気を無くした。

 声のする方に近寄り、様子を伺う。どうやら一人の男が、謎の生命体、妖精のほんまぐろに絡んでいるらしかった。

「おっ、圭吾か! 頼む、こいつ得南渡のヤクザなのじゃ! 殺せ!」

「君ねえ。すぐ殺すよう指示するのは問題があると思うぞ」

 俺に気付いたほんまぐろが声を上げたが、俺は迷うことなく拒絶する。

「なんやワレ、この毛玉のツレかい、エエ?」

 得南渡の男も俺に気付き、声を荒げる。

「いや、知り合いだが俺もこいつに恨みがある」

「どういうこっちゃ!」

「好きにしてくれると助かるってことだ」

「ほんじゃあ毛玉ァ! 歯ぁ食いしばれよゴラァ!」

 得南渡の男は拳を振り上げ、ほんまぐろを威嚇する。

「ひえぇっ!」

 ほんまぐろは情けない声を上げながら、空を飛んで上空に逃げていく。当然、得南渡の男の拳は届かない高さ。

「オイ、降りてこんかい! 卑怯やろうがァ!」

「やかましいのじゃ! 降りたら殴られるじゃろ! 卑怯じゃろうが殴られたくないのじゃ! そもそも卑怯と言うなら、お主が手足を使って某を攻撃するのも卑怯なのじゃ!」

「うっさいわ殺すぞボケェ! はよう降りてこいやァ!」

 得南渡の男の怒声を浴びても、ほんまぐろは降りてこない。むしろ、煽るように空をフラフラ飛び回る。俺は呆れてため息を吐き、ほんまぐろに呼びかける。

「おいほんまぐろ。降りてきたらどうだ」

「何をいうとるんじゃ! 圭吾には関係ないじゃろ!」

「助けろと言ったのはお前だろう。ここはお前が降りてきてケジメを付けるのが手っ取り早い」

「なんで某がケジメをつけなきゃいかんのじゃ! ちょっとよそ見して飛んでたら肩にぶつかっただけなのじゃ! 悪いのは避けられんかった得南渡の方なのじゃ!」

 語るに落ちていた。話を聞けば聞くほど、ほんまぐろを助けてやる気が失せていく。

「もう知らん。後は好きにしろ。自分の世話ぐらい自分で見ろ」

 言って、俺はその場を立ち去ろうと歩きだす。

「待つのじゃ!」

 だが、ほんまぐろが呼び止める。

「某もこのまま逃げ帰ってもよいのじゃ。しかし、どうせなら得南渡の人間なぞ懲らしめてやった方が良いと思わんか?」

 確かに、得南渡の人間は叩くべきだ。命会橋から、一人でも余所者のヤクザは追い出したい。だが今日の場合は別だ。問題自体、ほんまぐろが起こしたもの。俺がここで割って入るのも不義理な話。

「だから、それを自分でやるんだ。いいな?」

 俺は少しだけ考えた後、ほんまぐろの提案を拒否。自主性を促す。

「妖精が人間に直接危害を加えてはいかんのじゃ! 各種資格の免停になって給与が下がるのじゃ! それだけは避けねばならんのじゃ!」

「なら、尚更決着を付ける方法は一つだけだろう」

 俺は言うと、自転車を停める。そしてほんまぐろに向けて飛び上がる。空中でほんまぐろを鷲掴みにして、着地。

「な、何のつもりじゃ圭吾」

「安心しろ仇は討ってやる」

 俺はほんまぐろを、得南渡の男の方へと投げる。

「おう、嬢ちゃん! 助かったわ!」

 得南渡の男は、投げ飛ばされたほんまぐろを掴んで受け取る。身体をしっかり握られ、ほんまぐろは逃げることが出来ない。

「や、やめるのじゃ! 某は殴っても美味しくないのじゃ!」

「ケジメに味もなんぼもあるかいボケァ!」

 得南渡の男は怒りに任せ、拳を振り上げる。

「まあ待て!」

 俺は慌てて、得南渡の男の手を抑えにかかった。拳はほんまぐろに振り下ろされる前に止まる。

「なんや嬢ちゃん。今さら邪魔するんかい、エエ?」

「いいや。やはりやり過ぎは良くないと思っただけだ」

 俺は言って、男の様子を再確認する。随分と興奮しているらしい。ほんまぐろを一発殴って終わり、とはいかなそうにも見える。肩にぶつかっただけにしては、拳一発でも十分過ぎる。だが男の様子から察するに、一発で済むようには思えない。

「身動きできない相手をリンチにするのは、ケジメにしてもやり過ぎかと思ってな」

「なんや、邪魔するっちゅうわけかい!」

「それはケジメの拳は一発で済まないという宣言と捉えていいんだな?」

「好きにせえやゴラァ!」

 得南渡の男は俺に向けて前蹴りを放ってくる。俺はその場から飛び退く。

「レリメイション!」

 即座に、俺は魔女っ子の力を発揮。杖代わりの手甲を呼び出して装着し、身構える。

「圭吾ォ! はやくこの得南渡のクズを殺すのじゃあっ!」

 態度の改まらないほんまぐろの声。俺はついため息を漏らす。

「全く、あのままリンチされても良かったんじゃないかと思うよ。お前のその性格が矯正できるならな」

「何を言うか! 某に欠点なぞあんま無いのじゃ! それより早く魔法で決着をつけろ!」

 ほんまぐろの指示に従うのは癪に触る。だが、魔女っ子の魔法の力で脅しをかけるのは有効な手段だ。怪我人を出さずに済むかもしれない。

 俺は早速、手甲の水晶部分からカードをドローする。水晶から光が現れ、俺の手の中でカードを形作る。何も考えず引いたカードには『ファイア』という文字が書かれていた。

「そのカードはファイアのカードじゃ! 炎を生み出し、自在に操る魔法が使えるのじゃ!」

「危険なカードだな」

 と、文句を言いつつも、俺はカードを使用する。

「いくぞ、ファイア!」

 カードの名を呼ぶと、カードの力が解放される。カードは溶け崩れるように炎へ変化し、俺の身体の周りを駆け巡る。

 そして、俺は手を前に差し出す。掌を上に向けた状態。そこに、炎が集まる。巨大な火球が生まれ、それは徐々に成長し、辺りを赤く照らす。

「黒焦げになりたい時は言ってくれ。手伝ってやる」

 俺は得南渡の男を睨みながら言った。すると、得南渡の男は驚きに震えながら後ずさりをする。

「な、何の仕掛けやこれは」

「自然現象だ。魔法というらしいが」

「じゃあ、おどれがあの噂の魔女っ子かい!」

「そうなる」

 俺の肯定と同時に、得南渡の男の表情が固く強張る。

「だっ、誰が相手してられるか! 覚えとけアホンダラァ!」

 捨て台詞を吐きながら、得南渡の男はこの場を走り去っていく。当然、ほんまぐろも解放される。俺は念じ、火球に消滅するよう祈った。すると火球は立ちどころに小さくなり、最後に火の粉を散らして消えた。

「無事か、ほんまぐろ」

 俺はほんまぐろの身を案じ、開放され宙に漂うほんまぐろに近づいていく。そして声を掛ける。すると、ほんまぐろはぷるぷる震え始める。何事か、と思っていると、急に声を張り上げる。

「貴様のせいじゃ圭吾!」

 理解が追いつかない。俺はほんまぐろの言葉の意味を察しようと、頭を働かせる。

「貴様の帰りが遅いから、某がともえ殿に頼まれて様子を見に来てやったのじゃ! それなのに一時は某を見捨て、挙句得南渡は取り逃がした。こんな失態、許されると思うななのじゃ!」

 まくし立てられるほどに、俺の中で後悔が育っていく。こいつは本当に、あのままリンチされていた方が良かったかもしれない。性格を矯正するチャンスだった。少なくとも、こんなうるさい話をする元気は残らなかっただろう。

 俺は黙って、自分の通勤鞄の中身を探り始める。ちょうど、私物整理に使っていた荷造り用のビニール紐が入っている。数日前に仕事場へ持ち込み、それ以来入れっぱなしの荷物だ。

 俺はビニール紐を引っ張り出すと、程よい長さで切る。

「何をしておるのじゃ」

 ほんまぐろが俺の動作を気にして、手元を覗き込んでくる。その頭を、俺はがしりと掴んだ。

「やっ、やめるのじゃ! 痛いじゃろ!」

「まあそう言うな」

 俺は言いながら、ほんまぐろを押さえつける。そのままほんまぐろの身体を紐で縛り付ける。

「なんじゃこれは! 某をペットにでもしたつもりか!」

 ほんまぐろの問いには答えない。俺はビニール紐の端を、近くの電柱に縛り付ける。ほんまぐろが電柱に縛り付けられる格好になる。

「じゃあな、ほんまぐろ。俺は先に帰る。ともえも心配しているらしいからな」

「待て圭吾。妖精を電柱に縛り付けて帰る魔女っ子があるか? 今なら許してやるのじゃ。解け」

 この期に及んで、反省の色一つみせないほんまぐろ。態度もでかいまま。呆れを通り越して、疲れてきた。俺は項垂れ、肩が重くなるのを感じた。

「安心しろ、明日の朝にはここを通る」

「不安になったわ! はよ解くのじゃアホ圭吾!」

「アホだからな。何をすればいいか分からん。この件は持ち帰って検討させてもらう」

「某も持ち帰れ! ほ~ど~け~っ!」

 ほんまぐろが必死になるほど、この懲罰は良い判断だった、と心底思える。俺は少しだけ気分を良くして、家路に戻り、帰宅を急いだ。ほんまぐろのわめく声は、すぐに遠くになって聞こえなくなった。

お読み頂き、有難うございます。今回のお話、いかがでしたでしょうか。


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どうぞ宜しくおねがいします。

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