12 さらなる味方
12 さらなる味方
本社での会議を終え、俺はタクシーで命会橋に帰る。命会橋まで続く一本の大きな国道を進みながら、町並み、景色を眺めて時間を過ごす。
この辺りは、命会橋の中でも東命会橋と言われる地域だ。命会橋の西側にあり、企業、工場の多くがこの辺りに集まっている。というのも、俺がタクシーで今通っている国道の他に、高速道路も通っており、交通の便がとても良い。そんな都合で、須藤工業の命会橋工場もこの東命会橋にある。清流の湯や鬼道法律相談所も、東命会橋の一角に位置している。
そして国道を進み、途中で曲がると命会橋の中央に入ることになる。中央は単に命会橋と呼ばれることが多いが、区別の為に中命会橋と呼ばれることもある。立地的にも、機能的にも命会橋の中心であり、商店の多くと鬼羅商会がここに位置する。
さらに道を進めば、命会橋の東にある地域、西命会橋がある。この辺りは周囲よりも海抜高度が高く、台地のような地形になっている。住宅街となっており、我が家もこの西命会橋にある。鳳天楼も、この西命会橋に店を構えている。
そして、西命会橋のさらに東に行けば、命会橋山がある。これが、命会橋全体のおおよその地理の構図だ。
東命会橋の町並みを眺めながら、ぼんやりしていると、不意にベルが鳴る。鬼羅商会との連絡用に渡されたポケットベルだ。メッセージは簡単な暗号になっていて、それによると、静間君が連絡を求めているようだ。俺は携帯電話で静間君に連絡する。
「もしもし、静間君。何があったんだ?」
「圭吾さん、得南渡のカチコミです。東命会橋で得南渡の輩が数名暴れていたので、鬼羅商会で対処しようとしたんですが。いろいろありまして、今は膠着状態にあります」
「助けは必要か?」
「はい。可能ならば、今すぐ鬼道法律相談所まで来ていただきたいです」
「分かった。すぐ向かおう」
俺は電話を切ると、すぐさまタクシーの運転手に行き先の変更を伝へ、鬼道法律相談所へと向かった。
到着まで、さほど時間はかからなかった。俺はタクシーを降りる。すると、目的の建物の前には何人もの人が集まっていた。服装や顔ぶれから察するに、鬼羅商会の人間。
少し探すと、中ほどに静間君の姿が見えた。
「静間君!」
俺は大きめの声で呼びかけ、手を振りながら近づいていく。静間君は安堵したような表情を浮かべる。
「圭吾さん。ありがとうございます」
「いや、問題無い。状況は?」
「得南渡の奴らが事務所に入り込んで、立て籠もっています。鬼羅商会側の人間には被害も無く、人質も取られていないのですが」
「何があった?」
「実は、事務所に隠れて寝ていたけだま君が残っていたみたいで。彼を人質に取られて、突入すべきか判断を下しかねているといった状態です」
「なるほど」
妖精を得南渡の人間に奪われるわけにはいかない。故に、この場で得南渡の人間からけだまを奪取するのが一番いい。
しかし、そう簡単に取り返せるとも思えない。最悪の場合、得南渡の奴らはけだまを殺すことすらありうる。それを考えると、安易に突入するわけにもいかない。
「難しいところだな」
「はい。人質の交換ができれば、多少の無理な作戦も強行できるんですが」
俺と静間君は顔を突き合わせ、相談する。だが、そこに横から割り込む者があった。
「静間さん!」
それは、鬼羅商会の男だった。比較的若い顔立ちと鍛えられた体躯から、武闘派の若人だと思われる。
「頼んます、自分らに突入させてください!」
男は膝に手を付け、深く腰を折って頼み込んでくる。
「何度も言っているでしょう。けだま君を人質に取られている以上、無理は出来ません。彼の命は我々末端の組員より遥かに重いんですよ」
「そうは言うても、自分らにもメンツっちゅうもんがありやす! これ以上得南渡のアホンダラに好き勝手やらしよったら、親に見せる顔が無うなるっちゅうもんですわ」
「メンツで戦争には勝てないんですよ。今は我慢の時です。チャンスが来れば、必ず動いてもらいますから」
「そらいつの話になるんです! あの妖精がなんぼのもんやっちゅうんですか。自分らには理解出来やせん。頼んます、ここで張らずしてどこで張る命やっちゅうんです。得南渡にええ顔させん為にも、どうか!」
「駄目だと言っているでしょう。貴方や私、若い衆の命がいくら束になっても、けだま君とは釣り合わないんですよ。妖精は今後の命会橋、そして得南渡との抗争で最も重要な存在なんです。そんなに要らないというなら、ここで腹でも切ってみせて下さい」
「そら、無駄死にやないですか!」
「無駄死にしてくれたほうがマシだと言っているんですよ。分かったら黙って待機していて下さい」
静間君の無慈悲な説得に、ついに男も折れる。
「わかりやした」
そう言って、引き下がる。しかし表情には不満が見て取れた。
男が去ってから、静間君は俺の方に向き直る。
「圭吾さん、見ての通りの状況です。膠着が続けば、いずれ若い衆が暴走して勝手に突っ込むでしょう。そうなればけだま君の命は保証できません。そうなるまでに、けだま君の安全を得なければなりません」
味方まで敵となっているような状況だ。それでも静間君は、冷静に説明をしてくれた。
「なるほど、これは厳しいな」
「はい。ですが圭吾さんの協力があれば、打開も可能かもしれません」
「俺の?」
俺が問うと、静間君は頷いて説明を続ける。
「人質の交換に、僕を出します。組のトップの孫、しかもインテリ部門の総まとめ役ともなれば、人質交換にも向こうは応じやすいでしょう。僕と交換でけだま君を回収後、圭吾さんに先陣を切ってもらい、真っ先に僕を回収して頂きます。実現可能性と、リスクを天秤に掛けたらこれが最も良い作戦だと思いまして」
どうでしょうか、と問いたげな静間君の視線が飛んでくる。俺はまず頷いてから、言葉を返す。
「それが一番だろう。だが、最悪の場合、君の命は無い。それでもこの作戦で行くのか?」
「はい。けだま君の価値と自分、天秤にかけるまでもなく重要なのは妖精です。それに、僕は圭吾さんの実力を信じていますから。精々怪我をするぐらいで済むと踏んでいますよ」
「そこは無事を保証して欲しかったがな」
俺は苦笑いを浮かべ、静間君はそれを見て面白そうに笑う。
「では、この線で行きましょう。早速、得南渡の人間と交渉に入ります」
こうして、作戦は決まった。静間君は交渉の為、得南渡の立てこもる事務所の方へと向かっていく。俺は交渉がうまくいくことを祈りながら、その背を見送った。
結果的に、得南渡は人質の交換に応じた。鬼道法律相談所の外まで得南渡の奴らを引っ張り出すことに成功。そこで静間君とけだまを交換する。
人質交換の交渉をしている間に、シゲも駆けつけてくれた。シゲもまた、魔法少女となって以降、俺と同様に得南渡との抗争の最前線で戦ってくれている。恐らくは、俺と同じようにベルで呼び出しを受けたのだろう。
「うまくいきますかね」
シゲは不安そうにその一言を漏らす。
「さあ。何にせよ、今は見守る他無いだろう」
俺はそう答えて、静間君の背中を見る。人質のけだまを連れた得南渡の男達と、静間君は一人で向かい合っている。
「約束だ。けだま君をこちらに渡してほしい」
「アホぬかせぃ、交換はおどれが先じゃボケ」
油断なく、要求をする得南渡の男。先にけだまを引き渡せば自分たちの安全が崩れることぐらいは理解しているようだ。
しかし、こちらとしても先に静間君を渡すわけにはいかない。もしも先に静間君が得南渡の手に渡れば、向こうはけだまを返還する理由が無くなる。つまり、約束を破って人質を二人に増やす可能性があるわけだ。
以前からカタギに手を出す得南渡のやり口を見ている限り、素直に返還に応じるとも思えない。やはり、静間君を先に出すわけにはいかないだろう。
「分かりました」
だが、静間君は俺の想像をよそに、得南渡の要求を飲んだ。
「静間君」
「いいんです、圭吾さん。それと、もしもの時の話ですが。突入のタイミングは、はっきり分かる合図があると思うので。そのタイミングでお願いします」
発言の意図は分からないが、静間君の表情には余裕があった。俺は静間君を信じ、ひとまず頷いておく。
「今、そっちに向かう!」
静間君は声を張って宣言し、得南渡の男達の方へと向かっていく。人質らしく、武器の一つも持っていない。得南渡の男達は、警戒を緩めない。きっちりけだまを盾に取りながら、静間君や俺たちにも銃口を向け、威嚇し続ける。
やがて、静間君は得南渡の男達の眼前まで辿り着く。
「約束だ。けだまを開放してくれ」
だが、得南渡は首を縦に振ることは無い。にやりと笑い、銃口を静間君の額に突き付ける。
「冗談抜かせぃ。独りでに泳いできよった餌が、何を約束やとほざくんじゃ」
「つまり、けだま君の開放は無いと」
「当たり前じゃボケ! お前ら、コイツを捕まえとけぃ!」
得南渡の男の一人が言うと、数人の男が静間君に群がり、腕を取って拘束する。拳銃を突きつけて脅しつつ、自由を奪う。
「これで人質は二人じゃあ。おう、魔女っ子よぉ! 人質の命が惜しいんやったら、おどれでケジメつけてみせんかい! ええ?」
煽るような言葉が、俺とシゲに向かって飛んでくる。つまり、静間君とけだまを助けたければ、俺とシゲに自殺してみせろと言っているのだ。
冗談じゃない。たとえ自殺したとしても、静間君とけだまが開放される保証が無い。どう考えても、言いなりにはなれない。
「どうしたんじゃいゴラ! 男見せんかい、ボケェ!」
「そうは言われても、魔女っ子は女の子だ。見せる男が無い」
「減らず口はどうでもええんじゃい! ええか、次は三十分後や。そんときにええ答え聞かせてもらおうやないか」
男は言いながら、また鬼道法律相談所の方へと引き下がっていく。また立て籠もる算段だろう。俺は事態に歯噛みしながらも、姿を消す得南渡の奴らを見送るしかなかった。
ただ、去り際に静間君が見せた表情は、どこか自信ありげにも見えた。思えば、策もなく得南渡の手に落ちるような男でもない。何か秘策でもあるのだろう、とここは堪える。状況の変化を待つことにした。
しかし、何も起きないまま三十分の時が過ぎた。得南渡の男達が、また姿を現す。静間君とけだまを盾にしながら。
「おう、約束じゃ。覚悟みせてもらおうか、ええ?」
「悪いが今の俺は女の子でね。ブルってしまって言うことを聞けそうにないんだ」
俺は得南渡の要求に、拒否の返答をする。当然だ。ここで自殺することに何の意味も無い。
「そうかい。そんじゃあ、まずは一人、静間っちゅうたか? その男からお別れしてもらおうやないか」
得南渡の男達は静間君の肩を掴み、無理やり頭を下げさせる。そして、その上から銃口を突き付ける。
「どうや、なんか言いたいことはあるか」
「はい」
静間君は、まるで緊張も無い、自然な口調で言った。今にも撃ち殺されそうになっているにしては、冷静すぎる。そこに余裕があるのだ、と気付いて、俺は助けに駆け出すのを止めた。
「けだま君。約束を覚えていますね」
「オウ。最終手段ノコトダロ?」
「ええ。本当にどうしようも無くなった時の、最終手段として話した約束。いえ、契約ですね。それを今、果たしてもらえますか」
「マカセロ! 皆殺シニシテヤル!」
けだまが物騒なことを口走ると同時に、突如静間君とけだまから強烈な光が発生する。そして、何らかの衝撃でも発生したのだろう、二人を捕まえていた男達が吹き飛ばされる。
この光には、見覚えがある。シゲが魔女っ子になった時の光と同じだ。
光は得南渡の男達が持っていた無数の拳銃を呼び寄せ、取り込んでいく。また、鬼羅商会の人間が持っている分まで引き寄せ集める。無数の武器が静間君の元へと集まる。輪郭が崩れて混ざり合い、二つの武器に分離。長ドスとチャカが一つずつ。それが静間君のシルエットと重なり合うと、さらに強い光が弾けた。
すぐに光は収まり、静間君の姿が顕になる。暗い紫色の頭髪に、金色の瞳。服は水色と深い紫の二色の生地で作られた、着物のような見た目のもの。装飾に金糸の刺繍が施されている。
そして、静間君が元々かけていた眼鏡も形を変えていた。肉厚の水色のフレームで出来ており、側面には紫色の小さな水晶が複数個あしらわれている。おそらく、これが俺のガントレットやシゲのチェーンソーについているものと同じ水晶だろう。魔法を使うためのカードをどろーする為の部分に違いない。
「これが、魔女っ子ですか」
静間君は、感慨深そうに自分の身体、そして服装をまじまじと眺める。
「こういう力に頼るのは僕のポリシーからは外れるのですが、得ざるをえない状況でしたからね。そして持ちうる力は全て全力で行使するのも僕のポリシーです」
言いながら、自分の眼鏡の側面に指を添える静間君。
「ドロー、シャドウ!」
そして、魔法のカードをドローする。それと同時に、魔法の銘を宣言。途端、カードは紫色の光になって弾ける。
が、特に何も起こらない。派手な現象に身構えていただけに、肩透かしを食らったような気分になる。シャドウとはどんな魔法なのか、と俺が思案し出した時、得南渡の男達のうめき声が上がる。
「ぐぅッ、なんじゃあこりゃあ! 身体が動きゃあせんぞ!」
男達は、懸命に力んで身体を動かそうとしていた。だが、まるで何か強い力で抑え込まれているかのように、微動だに出来ないでいる。
「僕の魔法、シャドウは影を操ります。影を固定された人は動くことが出来ない。そして影を伸ばして、こんなことも出来ますよ」
静間君が魔法について語りながら、一人の男の影に手を翳す。すると、影がするすると伸び、男の身体へと纏わりつく。そのまま男の身体を締め上げる。
「ぐぉぉっ!」
「このまま絞め殺すのは簡単ですが、今後のためにも尋問をすべきでしょうね。今は見逃してあげましょう」
静間君は、どこか楽しそうに笑いながら言った。超常の力で得南渡の人間を圧倒するのが、それだけ爽快なのだろう。
「圭吾さん!」
不意に、俺の名が呼ばれる。
「どうした」
「僕はこの場の男達を抑え込んでいます。その間に、圭吾さんとシゲさんで事務所の中に残っている残党の始末をして頂けませんか?」
「なるほど」
役割分担というわけか。静間君はシャドウの魔法を維持するためにこの場を離れることができない。俺とシゲにお鉢が回ってくるのも当然だろう。
「行くぞ、シゲ」
「あい」
俺とシゲはそれぞれの武器、ガントレットとチェーンソーを構え、鬼道法律相談所の中へと入っていく。
内部の鎮圧は、難なく終わった。相手はまともな武装も無い人間が数名。そこに魔女っ子を二人も投入したのだ。結果は日を見るより明らかだった。
得南渡の男達を全員縄でふん縛り、鬼羅商会の人間が連行していく。彼らはこれから、尋問という名目で徹底的な暴行を受けるのだろう。
「お疲れ様です、圭吾さん」
魔女っ子となった静間君が、得南渡の男達の引き渡しを終えた俺の方へ寄ってくる。
「ああ、お疲れ静間君。どうだ、魔女っ子になった気分は」
「思っていたほど、悪い気分じゃないですね」
「そうか、それならいいんだが」
得南渡との戦いのために、人間であることを辞める。魔女っ子になるとは、そういうことだ。状況から察するに、静間君は事前にけだまとよく話し合った上で魔女っ子になっているはず。覚悟の上のことだろうが、それでも申し訳なく思う。俺にもっと力があれば、静間君は普通の人間として暮らせただろうに。俺と得南渡の戦いに巻き込まれたような形で魔女っ子になったようなものだ。
「すまないな、静間君」
「え、はい。いや、いいえ。何も圭吾さんが謝るようなことは」
「しかし、君が魔女っ子になったのは、俺と得南渡との戦いに巻き込まれたからとも言える。それを考えると、君の人間としての一生を歪めた罪が俺にはあるんだよ」
「なんだ、そんなことですか。気にしないでください」
静間君は、軽い調子で笑いながら言う。
「道を踏み外すことぐらい、どうってことありませんよ。そもそも、僕は元からヤクザです。逸れもんです。魔女っ子になるぐらいのこと、大した違いになりませんよ。少しばかり力が得られて、むしろヤクザ稼業のことを思えば都合がいいぐらいです」
「そうか。そう言ってもらえると、俺も気が楽だよ。ありがとう」
俺は、納得できないながらも、静間君が確かに魔女っ子という道を受け入れていることは尊重することにした。あまり謝罪ばかり繰り返しても、覚悟に泥を塗るだけになる。
「では、今日はお疲れ様でした。お二人とも、解散して頂いて大丈夫です」
「ああ。また、何かあれば呼んでくれ」
「自分も、手伝います」
俺とシゲは、最後に静間君と簡単な挨拶を交わし、その場で別れた。
帰宅が少し遅くなってしまったので、魔女っ子姿のまま、素早く街の中を駆け抜ける。ともえが夕食を準備して待っているだろう。みちるも腹を空かせて、俺が帰るまでお預けを食らっているはずだ。早く帰ってやらなければ。早く帰りたい。ともえの料理が、待ち遠しい。