笹舟さらさら
霜月透子様のひだまり童話館『さらさらな話』に参加しています。
黒い小さな手が笹の葉をプチッと引きちぎりました。
「これで笹舟を作ったら、きっとお母さんは良くなるよね」
子狐のコンは人間の男の子に化けて図書館にお母さん狐の病気を治す方法を調べに行ったのです。
なのに図書館の本はたくさんありすぎて、病気を治す本をコンは見つけることができませんでした。
でも、図書館の一角で行われていたセミナーで良い事を聞きました。
「小川に笹舟を浮かべて、嫌な記憶を乗せて流すのです。そうして心の健康を取り戻しましょう」
日頃のストレスを溜めない為のお話だったのですが、コンにはわかりませんでした。
笹の葉のゲットしたのは良いのですが、笹舟をどうやって作ったら良いのかコンにはわかりません。
だって狐だから笹舟なんか作ったことがないのですから。
「そうか、誰かに聞いたら良いんだ! 笹舟を作って遊ぶのは子どもだよね」
きょろきょろあたりを見渡して、なるべく若そうな人間を探します。
ベビーカーに乗った赤ちゃんに「笹舟の作り方は知りませんか?」と尋ねましたが「ぶぶぶ……」と笹の葉を取られそうになりました。
「だめ、これはコンの!」
コンは慌てて逃げ出しました。
慌てたコンは黒い手だけでなく、ふさふさの尻尾も出てしまっています。
「もう少し大きな人間に聞こう」
何人かの女子中学生が自転車を押して歩いて来ます。
「あのう……笹舟の作り方は知りませんか?」
尻尾のついた小さな男の子に声をかけられた女子中学生は「知らないわ。変な子!」と自転車を押して去りました。
「笹舟を作るのはとっても難しいことなんだ……どうしよう、できるかな? 僕には無理かも……」
だんだん疲れてきたコンの頭からは三角の耳も出ています。
そんな時に向うからおじいさんが歩いて来ました。コンの耳がピンと立ちます。
「おじいさんなら知っているよね!」
狐の世界では長老が一番賢いのです。
「笹舟の作り方を知っていますか?」
おじいさんは耳と尻尾と手が狐の男の子に話しかけられて驚きました。
「知っているよ」
狐の子だとわかってはいましたが、近頃の子どもはゲームばかりしていると腹を立てていたので、笹舟の作り方をていねいに教えてやりました。
「ありがとうございます」
「そうかい、気をつけてお帰り」
気がつくとコンは子狐の姿になっていました。小さな口に笹舟をくわえて森へと駆けて行きます。
「この笹舟を小川に流せばお母さんは良くなる!」
森の小川にたどり着いた途端、ギュと首を噛まれました。
「何処へ行っていたんだ! 心配したんだぞ」
お父さん狐に首をくわえられたコンはジタバタ暴れます。
「笹舟を小川に流さなきゃいけないんだ!」
足元に落ちた笹舟をお父さんが踏まないか、コンはひやひやします。
「笹舟を? 何を言っているんだ?」
お父さん狐にコンは図書館で知った事を話します。
「お母さんの病気が良くなるように人間の町に出かけたのか? 今度からは勝手に行ったらいけないぞ」
やっと放してくれたので、コンは笹舟を口にくわえなおして、森の小川にそっとおきました。
さらさら……さらさら……笹舟は小川を流れていきます。
「お母さん病気が良くなりますように……」
「ほら、家に帰るぞ! コンも今日からお兄ちゃんなんだから、しっかりしないといけないぞ」
「お兄ちゃん?」
コンはびっくりして家まで走りました。
そこには可愛い子狐とお母さんがすやすや眠っていました。
「お母さんの病気もなおったみたいだな」
お父さん狐がポンとコンの頭を撫でてくれました。
おしまい