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仮装現実  作者: 伊藤 悠
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仮装現実 ~決起編~



ぼくは自分でいうのも恐縮ではあるが、頭がいい。


通信簿は常にオール5。唯一の難点があるとすれば運動がそれほど得意ではないことと、文系が苦手であるということだ。

理系の範囲であれば範囲外のことまで好奇心でどこまでも欲するままにその知識を深めていけるが、文系に関してはどうしても踏み込めなかった。


たとえ話をしよう。

数学とは、答えが一つしか存在しない。

稀に複数個解が存在するものもあるが、あらかじめ決められた答えを導き出すというその理論ロジックに変わりはない。


国語の話をしよう。

こいつは実に不可解だ。

答えが人によって複数存在する。

もちろん誰かが書いた物語であるため、その人物が意図したことが答えではあるのだが、言葉――つまり日本語というのは一つの言葉で複数の解釈を得ることができ、また人の解釈の仕方では”そういう風にもとれる”という曖昧かつ不安定な答えしか存在しないのだ。


そこら辺がどうもぼくとは合わないらしい。

教科書や問題集に出てくる模範解答でしか答えられないぼくは、額面上は5の評価をもらえても、そこには数学や理科とは違いどうしても積極的になれないのだ。


そしておそらくぼくはどこまで行ってもこれらに対して興味を抱くことはできないだろう。

故に授業など聞く必要はない。

そんな暇があるなら、ぼくの中にある知的欲求を満たす方がよっぽど重要だと思うのだ。


最近ぼくが興味を持ったことがある。


それは”オカルト”というも のだ。


これらはなぜか不可解なものとして多くの科学者から倦厭され、それを追求したものはことごとく学会からそっぽを向かれていた。


オカルトとは国語と似て非なるものがある。

答えが決まっていないのだ。


オカルトの様々な現象は人によって解釈が違ったりする。


あるものは科学的な現象だという。

あるものは霊的な心霊現象だという。

あるものは霊長類が持つ不思議な力によるものだという。


だが、そこに一つの現象として存在するのなら、必ず一つの解が存在するはずなのだ。


ぼくは必ずそれを解明してみせる。

それが今のぼくのすべきことだと思うのだ。


だからこの聞く価値など微塵も感じられない国語の授業など聞くくらいならば、校内を散 策していた方がよっぽど有意義なのである。


そう、怪談といえば学校。学校といえば怪談なのだ。

ならばこの学校という建物の中には、必ずオカルトの手がかりが秘められているはずなのだ。


ぼくは一週間前から校内の散策を始めている。

未だ成果が現れたことはない。今日も徒労に終わるのだろうと思っていたその時だった。


丁度図書室を通り過ぎたときに、物音が聞こえたのだ。


この授業中は図書室は鍵がかかっていて生徒は入れないし、教師は授業や次の授業の準備でこんなところで油を売っている暇などないはずだ。


だからこの時間に図書室に人などいるはずがないのだ。


ぼくは確信した。

この中にはオカルトが待っていると。


図書室のドアノブに手をかけると、なんと鍵はかかっていなかったのだ。


鍵のかけ忘れでも何でもいい。

とにかく中に入れる幸運に感謝をして、その未知なる世界へと続く扉を開けたのだ。


そこに待っていたのは――



――三点倒立をしている女子高校生だった。


「・・・・・・」


彼女は何をしているのだろう。


しばらく惚けていると、むくっ、という擬音がぴったりなくらい急に体制を起こした。


長く輝いている長髪の髪。

人間のそれとは思えないほど透き通るほど白い肌。

そして、人間をにらみ殺せるのかと思えるほど鋭い瞳。


とても特徴的で、かつ無類の変人たる彼女――柴﨑 詩杏がそこにはいた。


「・・・・・・授業中になにをしているのだ」


「いや、それはこちらの台詞なのだが。授業中にかつ鍵がかかっているはずの図書室でなぜ三点倒立をしていたのだ」


「・・・・・・鍵は、開けた」


そう言って彼女は図書室の鍵を見せつけてきた。

いや、厳密には違うのだろう。校内の鍵にはすべてどこの鍵かわかるようにタグがついていたはずだ。


「合い鍵か?」


「いいや、以前図書室の鍵を借りた際、外に持ち出し合い鍵を作らせたのだ。先生には鞄に入れっぱなしにしてしまったと嘘をついてな」


いきなりの爆弾発言であった。


「それをぼくにいってしまってよかったのか? ぼくが先生にちくるかもしれないじゃないか」


「いいや 、授業中に抜け出して一緒に図書室にいる君ならば先生に報告などできないだろう。もっとも、そのようなことをする性格には思えないがね」


さらりとぼくも同罪だと脅されてしまった。


「それにしても、君は一体全体ここで何をしているのだ? 今は授業中だろうに。教室に戻りたまえ」


「いや、君にだけはいわれたくないな。それにぼくは今重大な任務に就いているのだ。邪魔をしないでくれ」


「ふむ。それは時間をとらせて失礼したな。存分に続けたまえよ。私は一向に構わん」


もとより貴様の許可を取るつもりなど微塵もないがな。そもそもおまえの図書室ではない。




彼女は柴﨑 詩杏しのざき しあん。校内でも有名な変人だ。

数々の変な噂がつきない変わった女であるが、それは彼女が天才であるが故だという噂もある。

頭脳明晰スポーツ万能。どれをとっても優秀でしかない彼女だが、その無類の変態性のせいか生徒はおろか先生すら近づけないのだという。


だからだろう。

授業中に抜け出して三点倒立をしていても誰にもとがめられないのは。


まあ僕も成績優秀だから別に彼女に対して何も特別な感情は抱かないが。


「君は先ほどからいったい何を探しているのだ」


「どうした急に。おまえは一向に構わんのではなかったのか」


「ふむ。事情が変わったのだ。許せ」


噂に違わず変な女だな。そもそも口調が女のそれではない。まったく かわいらしさも何もないぞ。


「ほれどうしたのだ。私は質問しているのだぞ。それとも貴様は質問に対して何も返答できない人間以下のアウストラロピテクスか」


「面倒な言い方をせずに素直に原人といえばいいだろうに。遠回しにぼくを馬鹿にするな。僕は自分でいうのも何だが成績優秀なのだ」


「ほう。そうか。それは奇遇だな。私もなのだ。存外貴様と私は気が合うのやもしれぬ」


合う気がしないぞ、全くもって。そもそも自分の成績を鼻にかけるやつは気にくわないのだ。


「して先ほどから何をしているのかと問うているのだが?」


「探しものさ。”オカルト”ってやつを探している。お前、見なかったか」


「・・・・・・」


静寂が訪れた。これこそがまさしく 図書室だ。静寂に包まれ唯一の音はページをめくる音だけ。

そうあるべきだとぼくは思うのだが、この女のせいでそんな法則は崩れ去ってしまっている。


「ふむ。それなら私はたくさん知っているぞ」


「何!?」


なんと!! この女、以外にやるではないか。

いや待て、こんな都合のよい話があるのだろうか。

いいやあるはずがない。偶然今日図書室にやってきたタイミングで物音がして、この変な女がいてしかもオカルト知っているだと。

これは罠かもしれぬ。いいや、そうに違いない。


「さては貴様、オカルト研究会の回し者か!?」


「ほう。なぜ私がオカルト研究会のものだとわかった?」


「やはりそうか!! その手には食わんぞ。ほかの馬鹿どもには効いても、 成績優秀であるこのぼくには効かんぞ。かわいい顔をしていたところで、貴様はぼくにとっては所詮モブその1と何ら変わらないのだ!」


「ほう。それはずいぶんな高評価だな。私は貴様のことなどエンディングロールに名前すら出てこない画面から見切れている作画が適当になっている”あれ”としか思えないがな」


「例えがわかりにくすぎるっ!!」


全くもって変な女だ。


いやしかし、これはもしかするともしかするかもしれない。

これだけ変な女なのだ。もしかすると自然にオカルト的な事象を引き出す能力を備えていても不思議ではないのだ。

ここは一つだまされてやることにしよう。この女はぼくにはめられているとも知らずにほくそ笑むのだ。

いかん、自然と笑い がこぼれそうだ。だめだ、まだ笑うな。こらえるんだ。


「いいだろう。貴様をオカルト研究会のものだと認めてやろう。オカルト研究会のものならばその証拠を見せろ!!」


「なぜそんな展開になった。貴様と話していると妙に疲れるな」


お前が言うな。


「まあいいだろう。部室にきたまえ。案内しよう」


計画通り!! これでオカルトの真実を確かめてやろうではないか。


授業中ということもあり部室に向かう間は静寂が続いていた。


たどり着いたのは屋上へと続く扉の前であった。


「ここのどこが部室なのだ」


「まあ落ち着け」


彼女はどれ、と鞄の中をあさると複数の鍵がつけられている鍵ケースを取り出した。


「おい。まさかこの学校中のあらゆる鍵をもっているのか」


「当然だ。でなければまともに調査もできないだろう。まぁこの鍵は元々私のものではないがね」


「どういう意味だ」


「これは代々オカルト部の部長に預けられるのだ。私は現在のオカルト部の部長なのだ。まぁ図書室の鍵はこの中にはなかったのでな。自分で調達せざるを得なかったのだ」


まあ当然といえば当然なのだ。

屋上は二年前から立ち入り禁止となっている。

いくら彼女が成績優秀でも、さすがに鍵を貸してはくれないだろう。


そうして彼女は屋上への扉の鍵を開け、ずかずかと立ち入り禁止の屋上へと侵入していく。


「やれやれ」


ぼくも仕方なくそれについて行く。


「さて、さっさとオカルト研究会の成果とやらを見せろ」


「まったく・・・・・・君はどこまで行っても上から目線なのだな」


「ぼくの態度など些細な問題だ。今、目の前にオカルトの秘密があるのだぞ! さぁ! ご託はいいからさっさと見せろ!」


彼女は僕の異常なまでの興奮にあっけをとられたようだった。それもそのはずだ。ぼくもここまで気が高まるとは予想だにしていなかったからだ。


やがて彼女は屋上のフェンスに手をかけ、流れる雲を眺めながらつぶやいた。


「いまはまだ、ない」


「なん・・・・・・だと・・・・・・」


それこそぼくはあっけにとられた。


「どういうことだ! 話が違うではないか!!」


「まぁ待て。落ち着け。今はないだけだ」


「ではそれはいったいどこにあるというのだ」


「ゲー研の部室だよ」


「ん? なぜそんなところにあるというのだ。事情を一から説明してみろ」


「なぜ君はいつも上から目線なのだ。まぁもう触れまい・・・・・・」


そして彼女はぽつりぽつりと語り出した。


彼女は昨年オカルト研究会の部員であった。

当時の部長は彼女の兄であり生徒会長であった柴﨑 しのざき とおる

当時は人数も十近くいて、それなりに楽しく活動していたとのことだった。


しかし、三年が引退し二年がいなかったこともあり次期部長が詩杏に決まった時のことだった。


部員が次々にやめていったそうだ。

そもそもオカルト研究会とは名ばかりでオカルト研究を目的におもしろおかしいことをしでかすのが目的のサークルだったらしい。しかし根がまじめな彼女は部長という任につき、まじめにオカルト研究を始めたそうだ。


そんな彼女に愛想を尽かしたのか、彼女が兄のような統率力がなかったのかはわからない。

部員たちはねずみ算式にいなくなり、ついに部員は彼女だけになった。


実質活動ができないと判断されたオカルト研究会は活動停止。

同時期に設立希望が出されていたゲーム研究会に部室を明け渡され、今に至るということだそうだ。


「なるほどな」


「だから貴様の求める資料は現在ゲーム研究会の部室にあるというわけだ。まぁ安心したまえ。資料と取り出すくらいの許可はもらえるだろうから、すぐに私が・・・・・・」


「いや、その必要はない」


「なに・・・・・・? 貴様、何を言っているのだ」


「ぼくが欲しいのはぼくの知的欲求を満たしてくれるオカルトへの追求なのだ。資料がほしいわけではない」


「どういう意味だ。貴様先ほどからいっていることが支離滅裂だぞ。その知的欲求とやらを満たすために資料がほしいのではないのか」


「何をしおらしくなっているのだ変態女。とんだ期待外れだ」


「は・・・・・・」


彼女は目を点にしてあきれている。


「ぼくは決めたぞ。オカルト研究会を取り戻し、オカルト研究に思う存分に活用するぞ!」


「馬鹿者!! それでは私と同じ間違いをすることとなるぞ!!」


「馬鹿は貴様だ! 貴様はオカルトが好きではないのか!? いや、この質問は愚問であったか。好きならば部員どもに愛想など尽かされるはずがない」


「何だと・・・・・・?」


「つまりはオカルト研究会には貴様も部員も含めてオカルトを真に解明しようというものがいなかったのだ。だがぼくは違うぞ! 必ずオカルトのなんたるかを暴いてみせる! そのためにはサークの一つや二つ、安いものだ」


「・・・・・・」


彼女はぼくの演説を静聴している。実にいい態度だ。


「さあついてこい部員Aよ! ぼくとともにオカルト研究会を取り戻そうぞ!!」


「なっ・・・・・・!? 誰が部員Aだっ!! それにオカルト研究会の部長は私だっ!」


「だからそのような些細な問題など捨て置けというに。わからんやつだな」


「うるさい!! 貴様に何がわかるというのだっ! 私は兄にならねばならなかったのだ!! 兄のように皆を引っ張り楽しいことを次々となしていかねばならなかったのだ! そのためなら何でもした。変人と呼ばれようとも構わなかった・・・・・・口調も変え、常に兄のように振る舞い、兄の陰を追うことを強いられてきたんだ!」


「・・・・・・」


「だが結果はこれだ!! 私はどうすればよいかわからなかった。あげくにまじめにオカルト研究などを始めて皆に愛想を尽かされたのだ・・・・・・」


「貴様、先ほど話した内容と違うぞ」


「違わないよ・・・・・・結果的には同じことよ」


「む」


この女、急に口調がおかしなことになったぞ。


「これが素の私・・・・・・兄のように振る舞おうとして引っ込みがつかなくなっただけのただの普通の女子高生よ。私なんて・・・・・・」


「ええい! その変なしゃべり方はよさんか」


「は・・・・・・? あなた話を聞いていた? こっちが素なのよ?」


「貴様こそ先ほどから人の話を聞いているのか? そのような些細なことは問題ではないといっているのだ!」


「・・・・・・へ?」


彼女は涙ぐんだ顔を恥ずかしげもなく上げ、目を丸くしていた。

その瞳からはきれいな水晶がこぼれ落ちたが、気にしなかった。


「普通の女子高生だと? 普通の女子高生があんな変な噂を立てられるか!? 嘘をつくならばもっとましな嘘をつけ変な女」


「なっ・・・・・・!? どういう意味よ! それに変な女って・・・・・・私には詩杏という名前があるのよっ!!」


「では詩杏よっ!! 顔を上げろ! その貧相な胸をはれっ!! 貴様の正体が何であろうと関係ない!! これからオカルト研究会を取り戻しにいくのだ。そのような、なよなよとした女とではできないではないか。いつも通りにしろ。貴様の素がなんであろうと構わん。だがこの学校にいる間は――いや、ぼくとともにいる間は意地でもこの学校にいた柴﨑 詩杏を張り通せっ!」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


屋上に静寂が訪れた。今日はよく静寂が訪れる。


「・・・・・・なによそれ。馬鹿じゃないの・・・・・・フフっ」


「む?」


「フハハハッ・・・・・・ハーッハッハッハッハ」


彼女は腹を抱えて笑い転げた。

実に愉快そうだった。


「ふっ・・・・・・誰にものをいっているのだ貴様・・・・・・オカルト研究会の部長はこの私なのだっ!! 勝手は許さん!」


彼女は今日一番の笑みでそうぼくに訴えた。


「フフフ・・・・・・なるほど全くその通りだな。部長は変人たる貴様以外にはつとまらんだろう。では行くぞ! オカルト研究会を取り戻しに!」


「はっ。誰にものをいっているのだ貴様。さぁ、早速部室に乗り込むぞ」


そうしてぼくと彼女の壮絶な戦いの幕が切って落とされるのである。


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