限られた時間
そんな香織をじっと見つめていた真冬が
思いつめた表情で口を開いた。
「奥様・・・すみません・・・私・・・五十嵐さんの担当から
はずさせていただきます。」
真冬はそういうと深々と頭をさげた。
「真冬ちゃん 何をいいだすんだ。」
晴彦は驚いて真冬をいさめる。
そんな3人の元へ、一人の男が近ずいてきた。
「香織ちゃん いったいどうしたんだい?」
それは、文哉の同僚の山田だった。
「いえ・・・ちょっと・・・」
香織が口ごもっていると
「悪いけど、そこで少し話は聞かせてもらったよ。」
山田はそういうと晴彦のほうを振り向き、
「田所さんでしたね? 五十嵐の結婚式の時にお会いして以来ですが、
私 会社で五十嵐と一緒に仕事をしている山田です。」
「ああ・・・これは・・・ごぶさたしています。」
山田は、晴彦にあいさつすると、真冬をじっと見つめて、
「それと・・・あなたが・・・噂の真冬さんですか?」
そういって口元を少し緩めた。
山田の言葉を聞いて、
晴彦は少し不思議そうに山田に訊ねた。
「噂って・・・何か文哉から聞いているんですか?」
「ええ・・・昔から噂は五十嵐から色々と
聞かせていただいてますよ。」
そんな会話に割って入る様に香織がとたずねる。
「山田さん どういう事なんですか?
私・・・何も知らなかったのに・・・」
山田はゆっくりと香織に語りかけた。
「実はねえ・・・香織ちゃんと五十嵐が
初めて出会ったコンパあったでしょう?
あの時、文哉はドタキャンした奴の
穴埋めだったんだ。
五十嵐は、いつもコンパに誘っても断ってばかり・・・
本当に付き合いの悪いやつでねえ・・・あの時も
ギリギリまで断ってきたんだけど、
無理やりにつれていったんだ。」
「その後に、香織ちゃんが文哉の事を
えらく気に入ったって聞いたんでね、
みんなで文哉をどれだけ説得したことか・・・
その時、文哉の口から将来を約束した
真冬さんって人がいるって聞かされたんだよ。」
「でもさあ・・・文哉によくよく話を聞くと、
5年間も会ってないし連絡も居場所すら
わからないっていうから・・・
みんなでその真冬って子にも、新しい彼氏が出来てる
だろうし、結婚してても不思議じゃないだろって
話したんだよ。あんまり皆がいうもんだから
文哉もダンダン不安になってきたのか
・・・最後は納得してたよ。」
ここまで聞くと香織は少し困惑気味に、山田に訊ねた
「でも・・・どうして・・・そんなに皆で私たちを?」
山田は一呼吸置いて香織に答えた。
「五十嵐って本当にいい奴なんだよ。
仕事でも皆 どれだけ助けられたか・・・
だから・・・だから・・・みんな 五十嵐には
幸せになってほしかった・・・
あいつは、どこにいるかもわからない
彼女に振り回されているのを、
見てられなかったんだよ・・・」
それを聞いていた香織が突然泣き出した。
「私ってなんだったの・・・いったい・・・
本当は文哉から愛されてはいなかったの?」
山田は慌てて
「そんなことはないよ。五十嵐は、香織ちゃんと
結婚する前に俺に言ってたよ。
香織といると心が落ち着くって・・・
香織と出会って真冬の事も心の中で
少しは整理できそうだって・・・だから・・・
香織ちゃんが愛されていないって事は間違ってもないよ。」
晴彦がそんな2人に語りかける
「今 真冬ちゃんが、担当をはずれたりしたら・・・
文哉は余計に真冬ちゃんの事が忘れられないし、
後悔を残したまま・・・死んでしまうと思うんだ・・・
だから・・・香織さん どうか このまま真冬ちゃんに
文哉の面倒をみさせてほしい・・・」
「そうかもしれない・・・五十嵐の最後の心残りは・・・
真冬さんだろうから・・・」
晴彦の願いに、山田も同意する。
香織は、真冬の前に立つと
「高橋さん・・・いえ真冬さん・・・
どうか主人を・・・文哉の事を
最後までお願いします。」
そういって深々と頭を下げた。
「いいんですか?・・・本当にいいんですか?」
香織は力強く頷いた。
香織のそんな強い態度に、
「五十嵐さん・・・
私なりに精一杯お世話させていただきます。」
-入院してから2週間が経とうとしていた-
「朝の検温です。」
文哉はいつもの声と違う事に少し違和感を感じながら
「あっはい・・・どうぞ」 そう答えた。
文哉の体調も少し思わしくなくなっていた。
黄疸の症状も出てきて、徐々にだが、
ガンが体をむしばんでいるようであった。
「失礼します。」
入ってきたのは高橋ではなく、
若い看護師が入ってきた。
「あれ? 今日は高橋さんは?」
「高橋は本日一日研修に行ってまして・・・
私がかわりに・・・」
「あっそうなんだ・・・」
文哉からすれば、真冬似の高橋の顔を
見ることが、唯一の楽しみであったのに、
その楽しみが今日は我慢しなければ
ならないことに、少し不満げであった・・・
若い看護師はそんな文哉の気持ちも知らず
もくもくと仕事をこなしていく。
「何か?変わったことはありますか?」
文哉はじっと看護師の眼を見て
「あの・・・ひとつ教えてほしいんだけど・・・いいかな?」
「えっ?私の事ですか?・・・」
若い看護師は戸惑いを隠せない。
そんな態度を見て文哉は慌てた。
「違う違う・・・へんな事考えていない?
教えてほしいっていうのは・・・」
そういうと少し気持ちを落ち着かせて、
「高橋さんって・・・結婚しているの?」
入院以来ずっと気になっていた事を聞いてみた。
「えっ・・・個人のプライバシーに関することは・・・
患者さんにもお話しするなってきつく言われてまして・・・」
看護師は申し訳なさそうに答えた。
「あっ そうだね・・・今はね・・・」
文哉は力なく答えた。
そんな文哉の落ち込んだ姿にいたたまれなくなったのか
「高橋さんって・・・あまり私も詳しくは知らないんですが・・・
ずーと独身のはずですよ・・・」
と独り言のように小声で答えた。
「えっ・・・そうなの・・・結構美人なのに・・・もったいない」
「ですよねえ・・・でも五十嵐さん 高橋さんの事
狙っても無理ですよ。」
「無理ってなにが?」
「人から聞いた話なんですが、高橋さんって
昔 結婚を約束した人がいて・・・
その方以外とはお付き合いしないって・・・
なにか・・・おとぎ話みたいな話なんですけどねえ・・・」
看護師の話に文哉はハッとした・・・
そして看護師の両腕を鷲掴みにした。
「ちょっと五十嵐さん・・・何をするんですか?
人を呼びますよ」
突然の文哉の豹変に驚いた看護師が叫ぶ。
「ごめん・・・違うんだ・・・
教えてほしい・・・彼女のフルネームは?」
「高橋・・・真冬先輩ですけど・・・」
「年齢は・・・42歳?」
「私より17歳上なんで・・・42歳ですね・・・たぶん」
文哉は両腕をはなして、看護師に詫びた。
「ごめん・・・ありがとう・・・」
看護師は逃げるように部屋を出て行った・・・
やっぱり・・・あの看護士は・・・真冬だったんだ。
文哉は自然と、両眼から熱いものが溢れだしてくるのを
止めることが出来なかった・・・
やっと出会えた・・・その喜びと
自分の言葉を信じて今でも待っててくれているという
罪悪感に苛まれた・・・
-翌日-
「おはようございます。検温です。」
真冬が入ってきた。
文哉の表情に緊張感は隠せなかった。
目の前には・・・ずっと探していた
真冬が・・・いる。
そう思うと、胸が張り裂けそうになるくらいの
高鳴りを感じた。
真冬にそんな気持ちを悟られないように、
両目を閉じて、大きく深呼吸をする。
そんな文哉の態度に真冬は、
胸騒ぎを感じていた。
「五十嵐さん・・・どうかしました?」
真冬は心配になり、文哉の顔を覗き込む。
文哉は、ゆっくりと両目を開いて
「高橋さん・・・いや・・・真冬・・・やっと見つけた・・・」
そういってさみしく微笑んだ。
真冬は、文哉の思いもかけない言葉に
とまどいながらも、精一杯いつも通りに
接しようとした。
「五十嵐さん・・・何をいってらっしゃるんですか?」
真冬がそう言い返すと、
文哉はゆっくり首を振って
「もういいよ・・・もういいんだ・・・真冬・・・」
そういうと涙がとめどなくあふれ出てきた。
「真冬・・・君に謝らなければならないんだ・・・
俺は・・・君との・・・約束を守れなかった・・・
それなのに・・・それなのに・・・真冬・・・
君は・・・本当にごめん・・・」
涙声で声にならない声で、しかし精一杯の
謝罪をする文哉に、真冬ももう
文哉を騙し続けることは無理であると悟った。
「文哉・・・もういいの・・・もういいから・・・
あなたは、自分の体とご家族の事を考えて・・・」
力なく頭を下げる文哉を見て、真冬はそういうのが
やっとであった。
「真冬・・・君の事は一日も忘れたことはなかった。これだけは
本当のことだよ。この病気になってからも、もう一度だけで
いいから真冬に会いたいと思って、田舎にも探しにいったんだ・・・
でも・・・真冬はいなかった。それがこんなところで、会えるなんて
皮肉なもんだよな・・・」
文哉は力なく笑う・・・
「文哉・・・私も・・・あなたに会いたいってずっと思っていたわ
でも・・・でも・・・こんな所でこうして会う事なんて願っても
いなかった・・・なんで・・・なんで・・・こんな所に・・・」
真冬も涙が溢れ出るのを堪えることが出来なくなっていた。
「うん・・・でもさ・・・これも運命なのかもしれないな・・・
真冬に・・・この20年間
さみしい思いをさせた罰があたったのかなあ」
やさしい笑顔は、昔恋人同士だった頃に見せた
文哉の表情であった。
「バカッ・・・あなたには奥さんと子供さんもいるんでしょ
もっとしっかりしないと・・・」
真冬は、文哉との思い出が走馬灯のように頭をよぎる。
「真冬・・・ひとつだけ・・・ひとつだけ・・・教えてほしいんだ
何で俺にだまって勤めてた病院の寮をでていったんだ?」
文哉は、ゆっくりベットから起き上がり、
真冬に不思議そうな表情で訊ねた
真冬はうつむきながら
「うん・・・こっちに文哉について出てきたけど・・・
文哉とは会えなし・・・知り合いもいないし・・・
文哉に見つけてほしかった・・・のかな?
昔 私に言ってくれたでしょ?
真冬がどこにいても探し出すって・・・あの言葉にかけてみたのかも」
そういうと文哉に背中を向けた。
これ以上文哉を見ていることが、
真冬には辛く思えてきた。
そんな真冬に取り繕うように、
「ごめんな・・・さみしい思いをさせて・・・」
そういって真冬の背中に頭を下げた。
「いいのいいの・・・お互い忙しかったもんね・・・」
真冬は背中越しに答える。
文哉は少し拗ねたように、
「でもさ・・・寮しか知らないのに・・・その寮を
出て言ったら、居場所なんて検討つかないよ・・・」
そう真冬につぶやいた。
真冬は文哉のほうにむきなおして
「でもこの病院はわかるでしょ?
この病院にはずっといたんだから?」
そう反論した。
文哉は真冬の言葉に唖然としながら
「えっ・・・この病院だったの?
俺・・・寮の電話番号しか控えてなかったから・・・」
そうバツが悪そうに答えた。
そんな文哉を見て真冬の口元も緩む。
「もう・・・バカッ・・・文哉って昔っから
いつも肝心な所が抜けているんだから・・・」
文哉は天井を見ながら、つぶやいた
「なんだ・・・すぐ近くにいたんだ真冬は・・・
俺の20年間って・・・」
自分の不注意とはいえ・・・こんな事って・・・
落ち込む文哉を見ながら、
「文哉もう終わったことだよ・・・あなたはまず自分の
病気と精一杯闘って・・・お願いだから・・・
やっと会えたあなたと少しでも長く居させてほしいの・・・」
そういうと真冬は、病室から飛び出していった。
真冬の後ろ姿を見送りながら、
文哉は過ぎ去った時間を悔んだ・・・




