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最終話

//14//


 それからは他愛もない行動ばかりだ。

 カラオケ店で歌を歌ったときは一緒にマイクをとってデュエットをした。僕が小学校の時にはやったミリオンセラーの歌を歌ったりした。僕がB'zの『いつかのメリークリスマス』を歌ったときは、「椅子のプレゼントでもあるの?」と彼女に聞かれて思わず吹き出してしまった。

 対して彼女は中島美嘉の『雪の華』を歌った。歌い終わって彼女が「雪、降るかな」と訊ねたので僕は首を傾げた。「難しいだろうね」という言葉を添えて。

 二時間で頼んだのだけれどあまりにも夢中になってしまって、一時間延長した。色んな歌を歌った。懐かしい歌を歌った。子供の頃の歌を歌った。今じゃあ恥ずかしいとか思っていた歌も、彼女の前だったら平気で歌えた。まるで昔の様子がそのまま戻ったような、そんな感じだった。

 カラオケ店で出ると、時刻は午後三時を回っていた。

 すると、僕の目の前にちらりと白い塊が降ってきた。



 ――雪、だった。



「雪だ……」

「ねっ、降ったでしょ? 今日は降るって天気予報で言ってたもん」


 天気予報を大方無視している僕にとっては、全く関係ないことだった。


「私、行きたいところがあるんだ」


 続けて、彼女はそう言った。「どこへ?」という僕の問いに、彼女は「ひーみつっ!」とだけ言って人差し指を口の前に置いた。



//15//


 彼女が先導して着いた場所は小学校のグラウンドだった。ただの小学校ではない。僕と彼女が通っていた小学校だ。

 クリスマスイブとなる十二月二十四日には、既に学校が終わっていたらしく校門は閉まっていた。塀を乗り越え、ここまで入ってきたのだ。

 降り始めたばかりなのにもう雪がうっすらと積もっていた。粒が次第に大きくなってきたのも、その理由に入るだろう。


「積もってきたねー」


 彼女が言った言葉に、僕も小さく頷いた。


「そうだっ」


 そう言って彼女は僕に何かを投げつけた。

 雪玉だ。

 冷たい。とても冷たい。

 僕は彼女を見て――どこか懐かしい気持ちになって――。

 気付けば僕と彼女は雪合戦をはじめることとなっていた。



 終わった頃にはすっかり日も暮れていた。まだ雪は止まず、しんしんと雪が降り積もっていた。


「……時間は大丈夫なの?」

「クリスマスなんて恋人と過ごす時間って言うじゃあない?」


 彼女の言葉に、思わず僕は息を飲んだ。


「…………実はさ」

「知ってたよ」


 彼女は、僕の言う言葉を予測していたというのか。


「知ってて、私は今日会うことを了承したの。……だって」



 ――私も好きだから。



 彼女の言葉を聞いたときは、それが本当に真実なのか解らなかった。

 それが現実なのか解らなかった。思わず頬を捻って確認しようと思ったが既のところで踏みとどまる。


「……私も好きなの。なんでか解らないけれど、メールとか繰り返しているうちに……」

「そっか」


 そっか。そうだったんだ。

 僕たちは、もうすでに。



 ――恋人同士だったんじゃあないか。



 気付かないうちに、すれ違ううちに。

 どれくらいの年月が経ったんだろう。


「知らなかったよ、君も私のことが好きだったなんて」


 彼女は微笑むと、僕の手を取った。

 手袋をとって、素肌が触れ合う。寒かった。冷たかった。


「寒くなるよ、手袋をつけないと……」

「いいの」


 彼女は僕の顔を見る。


「別にいいの」

「いいの?」

「うん」


 彼女は僕の顔にゆっくりと顔を近づけ――そして。

 彼女の唇が、僕の唇に軽く触れた。



//16//


 その後。

 僕は彼女に最後まで世界滅亡の件について話すことはなかった。

 コンビニに寄っておでんと肉まんを買った。肉まんは一つだけ買って半分こに分けあった。

 時刻は午後十一時五十五分。色んな場所に寄ったおかげで――実はあのあとカラオケ二次会をしたのであった――こんな時間になってしまった。

 つまるところ、世界はあと十二分で終わってしまうということだ。

 虚しい。

 終わって欲しくない。

 こんな世界、まだ壊して欲しくない。

 だが、あの天の声からすれば世界はただの電子データに過ぎないというのだから、消し去ることに躊躇いなどないのだろう。

 世界は最後まで、罪作りだ。


「……ねえ」


 僕は手をつないでいる恋人――彼女に訊ねる。

 彼女は「どうしたの?」と言って僕の顔を見た。


「もし、あと少しで世界が終わってしまうとしたら、どうする?」

「世界が? 終わらないよ。仮に終わっても、今が一番幸せ」

「そうだね」


 会話はそこで終わった。

 結局僕は最後まで僕だけにしかそのことを言わないまま終わってしまうのだ。

 僕の心は結局小さい。みすぼらしい。

 でも、最後くらい夢を見せてくれた、この世界は――。


「あ」


 思考はそこで中断された。

 彼女が指差した、その方向には。

 妖精が、居た。


「妖精だ……」


 雪が降って、それが明るく弾けて。

 風が吹いて、地面に雪が落ちることなく、空を飛んでいた。

 その光景は――妖精が飛んでいるようだった。


「これが『クリスマスの妖精』だ……!」

「クリスマスの妖精?」


 彼女が訊ねてきたので、僕は昔部長に言われたことを言った。

 彼女はそれを聞いて、一度頬を膨らませたが、すぐに答えた。


「へえ、妖精かあ。いい考えだね」

「そうだね……」


 そして、僕たちは『妖精』をずっと眺めていた。

 日付は変わり、十二月二十五日。

 今日はクリスマスだ。あの天の声が正しければあと七分で世界は滅んでいく。

 だけれど、僕は今幸せだった。ずっと好きだった女の子と一緒になれた。

 それだけで――幸せだった。



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