第二話
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そういうわけで僕の中学校生活が始まった訳だけれど、特に変わったこともなかった。強いて言うなら、僕が部活動に入ったことだろうか。
僕の中学校は部活動が活発で、それゆえ僕も何らかの部活動に入らねばならなかった。
僕は運動がそう得意じゃないから、自ずと文化部に入ることは決まっていたのだけれど、問題はこれからだった。
文化部でも中々にアクティブな部活動が多かったからだ。
文化部は吹奏楽部、絵画部、書道部があった。吹奏楽部は楽器が無理だし絵画部は絵が下手すぎて夏休みの課題の絵は毎回親にしてもらっていたし書道部はそもそもの字が汚いからだめだ。
じゃあ、どうするか? そんなことを思っていたあるとき、学校の掲示板に一枚のチラシが貼ってあった。
「何だろう、これは?」
思わずそんな言葉を言ってしまったんだよ、僕は。
大したチラシじゃないと思っていたが――それはよく見ると部活動勧誘のチラシだった。
読書部。確かそんな名前が書かれていたっけな、ワープロ打ちの堅苦しいものでさ、『部員求む 急募』としか書かれていないんだよ。今思えば非常に胡散臭く感じるだろう? でもね、僕はそこに書かれていた場所に向かったよ。何かあるんじゃないか……そんな甘い期待をしてね。
書かれていた場所は図書室だった。図書室は僕の小学校時代のオアシスだった。マドンナだった彼女と一緒に本の話をしたり本を読んだりするのが楽しかった。流石にいつも虐めてくる子も図書室ではマナーを守るらしく、そこでは虐められなかった。
そんなことに思い耽りながら僕は図書室の扉を開けた。中は小学校のより一回り小さく、しかしその分本が本棚にぎっしりと詰まっていた。真ん中には幾つかのテーブルが置かれており、付随する椅子もあった。
その椅子がたった一つだけ埋まっていた。そこに座っていたのは女性だった。
あの人と出会った時の様子は、今でも明確に思い起こすことが出来る。それくらい強烈で、それくらい極端だった。
「あの」
と僕は言った。
女性は本を閉じ、一つため息をつき、振り返り、こちらへ歩いてきた。
「入部希望なんですが」
そのことだけを告げると至極喜んでいた。女性が言うには部活動はまだ一人しかおらず、僕が二人目の部員だったそうだ。こんな暇な部活動に誰が入るか、ということだったらしいが、僕は暇だからこの部活動に入ったのであって、それを考えると普通とかけ離れた感性であることが嫌でも理解してしまう。
「まあ適当な所にでも座ってくれ」
そう言うとその人はいそいそとさっきの席に戻っていった。
「適当なところと言われてもなあ……」
そんなことを呟きながら、気がつけば僕はその人の前の席に座っていた。
//06//
そんな無言タイムが二十分くらい続いた。女性も僕もずっとどこか遠くを見ているだけ。誰かが入ってくればこの状況も変わらないのだろうけれど、あいにく誰も入ってくることなどなかった。
「……あの」
僕が言うと、女性は僕の方を見た。
「何だ、どうかしたか?」
女性は首を傾げる。
「僕、入部希望で来たんですが……書類やらなんやらは書かなくていいんですか?」
「書類なんて書く必要はない。……名前は?」
そう言われたので僕は名前を言った。平々凡々な苗字に平々凡々の名前が重なったので平々凡々かと言われれば特にそうでもない、意外と珍しい名前。
恐らく平々凡々過ぎて誰も付けたがらないのかもしれなかった。
その名前を聞くと、その人は思わず噴き出した。おかしいかもしれないけれど、初対面の人に笑われるのはとても不愉快だった。
「いやあ……ごめんね。見たことのない苗字と名前の組み合わせだったもんで、ついつい。ところで、君はこの部活がどういう部活が知っていて選んだのかい?」
そう言われると僕は逃げたくなってしまった、だって知らないんだから。読書部という名前からして、本を読むだけの部活かと思っていたんだから。
だけれど僕は人にお世辞をいうのが嫌いだった。苦手なのを隠していただけにも見えるけれど、それはただの言い訳に過ぎないと言われると僕はどうも何も返せない。
「……まあ、それもいいさ。因みにこの部活動は読書部と呼んでいるんだが、特に読書をするためにその部活動を命名したわけじゃあない。いろいろやるんだが、図書室を使うんなら読書部でいいんじゃあないか、というそんな甘い期待を持ってつけられた名前だ」
つまりここが付けられた由来は大したもんじゃあない、っていうことなのか。
「まあ、そんなものはどうでもいい。ようこそ、読書部へ」
そう手を広げて、その人――部長さんは言った。
//07//
部長さんの名前は柊木と言った。結局部員は僕と柊木さんだけになっちゃったので読書部の部員は二名だけということになった。
帰り道も同じというので一緒に帰ったりした。レトロゲームが好きな柊木さんとゲーム合宿と称して一泊二日のお泊まり会をしたこともあった。
――それでも、彼女のことを忘れなかった。
忘れたくなかった、というのが正しいのかもしれないけれど。
//08//
柊木さんとレトロゲーム合宿をしていたある夜のこと。
まあ、レトロゲームとはいえ、僕が小学校の時にやっていたゲームで対戦したりするのである。たまに後輩が来て新しいゲームをプレイするときもあるのだけれど、柊木さんと熱中できるのはどうもレトロゲームにほかならない。
「これをしようじゃないか」
そう言って今日のレトロゲーム合宿が始まった。持っていたのはニンテンドー64のソフトだった。レースゲームだ。
「あっ、君! そこで赤甲羅使うか!?」
「勝てばいいんです、勝てば!」
お化け屋敷のステージはフェンスがほとんどないため池に転落しやすい。柊木さんは赤甲羅からのコラボで池に転落したのだ。
「幽霊っ! 幽霊が怖いぞ!」
「幽霊くらいで怯えてどうするんですか……あっ、一位だ」
というわけでいとも呆気なく、僕はこのコースで一位を取った。柊木さんはそれから数秒遅れて五位という結果に終わった。
次のステージは道が虹色に輝く美しいステージだった。長さはこのゲームの中でも一番長い。それゆえ時間もかかる。
「まだ残っている! コースアウトの心配はないぞ! なにせフェンスがあるからなあ!」
「知ってました? このステージクラッシュの心配があるんですよ」
「えっ」
そんな僕の助言を聞くまでもなく――柊木さんはそのモンスターにぶつかってクラッシュした。
「早く言え! クラッシュしてしまったじゃないか!」
「いや、そういうのって知っているものかと……」
そうして僕らは喧嘩しながらも、このレトロゲーム合宿は夜が更けても進んでいく。
「そういえば、ちょっといいか?」
「なんでしょう?」
柊木さんが僕に質問をしたのは、小腹が空いたので二人で肉まんを食べていた、そんな時だった。
「明日世界が終わるとする。そうしたら、君は明日一日をどう過ごす?」
「どう過ごす、ですか……」
急に言われてもそんなこと決まるわけがない――などと思っていたが、意外とすんなり出てきた。
「彼女と過ごしますかね、カラオケしたりご飯を食べたり……そういう普通なことをしたいです」
「彼女と過ごす、ねえ……」
その柊木さんの表情が少しだけ気になったが――会話がそこで終わってしまったので、それ以上話すこともなかった。