ダリアと悪魔の魔法学 二話
空を見ると墨色が広がり、その中を星が瞬いている。
一人草原を歩き、なま暖かい夜風にあたる。
しばらく闇の中を一人歩いていると白くチカチカと輝くものが地面に落ちていた。なにかと近づけばそれはあの毛皮の男が持っていた綺麗な白い杖だった。その綺麗な白い杖は月の光で輝いている。
その白い杖を拾うと杖の先から青白い光が溢れ出し地面に零れた。
あの毛皮の男の真似をして白い杖を振るうと杖の先から地面に零れた光はゆっくりと魔法陣を描き出した。
「そうか、じゃあ、君を・・・・」
ぼそりと隣から声が聞こえた。
そちらに振り向くと毛皮の男が側に立っていて、目が合うとニヤリと笑った。
「これからはお前に僕の-・・・・」
その後の声は大きな「起きて」の声に掻き消された。
そして何度も繰り返す起きての言葉に目が覚めた。
目に飛び込んだのは見慣れない上のベッドの天井とアルダだった。
「あの黒いおじさんが集まれって」
あの黒いおじさんとは黒ローブの男の事だろう。
アルダについてって廊下にでるとやはりあの黒ローブの男が子供達と一緒にいて待っていた。
黒ローブの男といっても今はローブは着てはおらず、白いワイシャツと黒いズボンをはいている。
男の髪は黒いモジャモジャで後ろを一つに束ねていて、顔は目の下にくっきりとした隈に青白い不健康そうな肌で老けて見えた。
子供達みんな集まるのを確認すると「ついてこい」といい歩き出した。
歩いている最中、夢の出来事を思い返していた。毛皮の男と目を合わせた場面が夢なのに妙に生々しかった。
男が子供達を連れてきたところはお風呂場だった。
「入ってもかまわん」
男は男の子達だけその場に残して、女の子達を引き連れて廊下へと出ていった。
お風呂なんて何日ぶりだろうか。黒ローブの男に連れ去られてから全くお風呂に入らせてもらえなかった。
脱衣所で汚い服を脱ぎ捨ててお風呂場へと直行する。
お風呂場はとても広かった。大理石の天井と床に、たくさんのライオンの石像。一つのライオンの石像の口からはお湯が溢れ出してくる。ここにもシャンデリアがあった。大きな窓があり、そこから見える景色は深い谷や森を上から眺めることができ、城が山脈に位置するのだとわかった。
シャワーを浴びてお湯につかり、しばらくその景色を眺めていた。
こんな山頂になんて連れてこられたら逃げ出すことができても生きて帰れないだろう。そんなことをぼんやりと思った。
お風呂からあがり、脱衣所に行くと、あの黒ローブ男が置いていったのだろうバスローブがカゴにあった。
お風呂からあがってきた子供達はそれに腕を通した。
しばらく、部屋に戻るかどうするか脱衣所で話し合っていると黒ローブの男が同じバスローブを着た風呂上がりの女の子たちを引き連れてやってきた。
「ついてこい」
黒ローブの男が男の子達に言った。
次に連れてきたのはこれまた広い衣装部屋だった。
「好きな服を着ろ」
黒ローブの男のそのぶっきらぼうな言葉に女の子達から嬉しい悲鳴が上がる。
女の子達は服に駆け寄り、たくさんある服をどれにしようかと選び始めた。
服は山のようにあり、どれにしようか迷う。
どれも高級な服で、生まれ故郷の貧しい町では一生着られないようなものばかりだ。
「君にはこれがいい」
隣の服と服の間からにゅっと手がでてきて、腕を掴まえられ引っ張られた。
服と服の間をくぐり抜けると毛皮の男がいて、腕を掴んでいた。
毛皮の男は今は毛皮を脱いでいて、刺繍の入った青いローブに、刺繍が入った白いチェニックを着ている。男の体から甘い匂いが漂ってきた。香水でもつけているのだろう。腕を掴んでいる指に大粒の宝石が光っていた。その宝石に目が奪われる。魔法がかかっているのか宝石の中でキラキラ光が踊っているのが見えた。それに目を奪われる。
「さぁ、着なさい」
視界を変わった色の服が遮った。
毛皮の男が差し出したのは見たことのないデザインの服だった。しかも見たことない布でできていて、手をかざすと色がチカチカ光り、色がうっすらと変わる不思議な服だった。
「私が幼い頃着ていた魔導師の服だよ」
魔導師の服。生まれ故郷の島に時折、見慣れない格好をした魔術師が現れるがそれに少しだけ似ている。
なぜそんな服を毛皮の男が自分に選んだのか謎だったが、先程みた夢を思い出した。白い杖を握ってこの男の真似事をしたのをこの男は見ていた。
でも、夢の中の話だ。だけど、この男は魔法使いだから他人の夢に入り込むことができるのかもしれない。
オレは毛皮の男の差し出す服を受け取って試着室へと向かうことにした。
逆らっても怖いだけだ。
試着室から出ると毛皮の男は満面の笑みで出迎えてくれた
「やっぱり思った通り。よく似合う」
そういって男は拍手をする。
毛皮の男が言ったとおり、この服は魔導師用の服だった。触ると温かくなったり冷たくなったり、白い靄がでてきたり、赤い火花が飛んだりした。
「ついてきなさい」
毛皮の男がそういって肩を押した。
あの黒ローブの男の様にそそくさと行ってしまわず、毛皮の男はオレの隣を歩き歩調を合わせてくれた。
しばらく長い廊下を歩くとびっしりと彫刻が入った大きな扉の前に連れてこられた。
毛皮の男は扉を開いて中に入っていった。後ろを続けて入る。
扉をくぐり抜ける時、蜘蛛の糸に絡まった感触がした。あわてて振り払ったがよく見たら蜘蛛の糸なんて見あたらなかった。
中の部屋は割と狭く、大きな宝石が部屋の中央に置かれ、魔法がかかっているのかいろんな光を放っていた。壁際をぐるっとテーブルが囲み、その上には本や書類、宝石や貴金属、不思議な置物がたくさん置かれていた。
毛皮の男は壁際のテーブルにある、大きな金細工の箱へ歩み寄った。箱の上には金のドラゴンが乗っかっている。
そのドラゴンは毛皮の男が目の前にいるとゆっくり動きだし、頭を垂れた。そして勝手に箱の中が開く。
「この子はゴーレムだよ。よくできてるだろ」
綺麗なゴーレムに驚いたがもっと驚いたのは箱の中に入っているものだった。
思わずもっと側により覗き込む。「わぁ」と声が零れていた。
箱の中に入っていたのは魔法がかかったキラキラ光る宝石だった。宝石の中の無数の光の粒達はまるで宇宙を切り取ったかのようだった。
「精霊の力といくつもの魔法をかけてあるんだ。これがあれば魔法をかけやすい」
毛皮の男の声が全く耳に入ってこない程、ゆっくり動く光の粒に見入っていた。
「だけど、これは使える奴は決まっていてね。使えない奴が触れると炎が噴き出すんだ」
毛皮の男はそういうとオレの手を掴んで一番手前にある黒い宝石の指輪へと近づける。
少し触れるぐらいなら大丈夫だろうか。
そう思い、毛皮の男のなすがままになる。
指先はやがてひんやりとした石の感触に触れる。
触れた瞬間、光の粒は爬虫類の瞳の形に姿を変えて驚いた。
触って変化はしたが男の言う、炎が噴き出すということはなかった。
「これは精霊の瞳だよ。閉じこめてある精霊の力の一つだ。君の力を計ったのさ。よかったね。炎を噴き出すことはなかった」
毛皮の男はそう言うと、その指輪を箱から取り出しオレの人差し指にはめた。
「まずはこれからだね。この指輪に宿っている精霊の力と魔法を使いこなしてみなさい」
「え」
突然の話に驚く
「オレが?」
「そうだよ。君には魔術師、魔法使い、魔導師の才能がある」
夢の出来事を思い出す。
「夢であったことは・・・知っているんですか?」
恭しく男に尋ねてみた。
「もちろん。だけどあれは夢じゃないんだ。この子が作り出した空間なんだよ。あそこに僕と君が招かれたんだ」
そういって毛皮の男は懐からあの白い杖を出した。
「この杖には霊獣が閉じこめられているんだ。この子は君をどうやら気に入ったみたいだ」
杖を振ると白い煙がふんわりと出てきて、ドラゴンの形になり霧散する。
「この子はジュビジー。元は白銀のドラゴンだったらしい」
ジュビジーが閉じこめられている白い杖は男の手でゆらゆら揺れる。
「まぁそれはおいといて、これからはたくさん魔法、魔術の勉強をしてもらうよ。まずはこの本でも読んでもらおうかな」
側にあった分厚い本を三冊、毛皮の男から受け取った。
自分の部屋への帰り道、毛皮の男の名を聞くことができた。
男の名はエンペナ。
エンペナは自分の名を聞いてきた。正直に自分の名を名乗る。
「ダリア。綺麗な名前だ。君にぴったしだ」
そう言い、エンペナは微笑んだ。
エンペナは魔法使いで魔術師でもあり魔導師でもあるようだ。エンペナはどうして十六人も子供を攫ってきたのだろうか。全員弟子にするため?気になったが言い出せなかった。