プロローグ 「人間をやめた日」
「貴様が我が配下となり、絶対の忠誠を誓うならば、その命、助けてやろう。無様なプライドに任せた惨めな死か、今までの栄華を全て捨て去った屈辱の生か。――さぁ、貴様はどちらを選ぶ?」
暗く、重い空気が流れる。
陰湿とした雰囲気を醸し出しながらも、よく見れば高価なものだとわかる調度品の置かれた床には、いくつもの焦げ跡や血痕、そして無残に殺された死体があった。
お世辞にも心地よいなどとは言えないその場所は――魔王の部屋。
そこで一人の男が、魔王に選択を投げられた。
男は、魔王を倒すために旅をしていた。
1人ではない、仲間がいた。
それぞれ、理由は違えど、魔王を倒すという目的は一致していた仲間たちだった。
幾たびの困難も乗り越え、打倒魔王を掲げ、実際に魔王の配下――使徒と呼ばれる者たち――を倒してきた実力者たちだった。
魔王に苦しめられる人々の希望を背負った彼らは――勇者パーティと呼ばれていた。
そして魔王に敗北した。
1人は、戦闘開始直後に炎で焼かれて灰になった。
1人は、魔王の猛攻に押され、必殺の一撃を放とうとした瞬間、額を撃ち抜かれて死んだ。
1人は、その額を撃ち抜かれて死んだ男を見て発狂し、最終的に仲間の一人に首を刎ねられた。それは恋人だった。
そして最後の1人は、その絶望的な状況の中、魔王に勧誘された。
魔王に勝つ手立てがないことはわかっていた。
今男が選べるのは、二つに一つだ。
潔く魔王に殺されて、先に死んだ仲間の後を追うことか。
たとえ憎んでいた魔王の配下になってでも生にしがみつくか。
そんな男に対して、魔王はさらに言葉を重ねた。
「貴様は、まぁ我には到底及ばぬが、確かに強い。この魔国でも、貴様に勝てるものはそう多くはないだろう。――故に、貴様が我が配下となるならば、それ相応の地位――我の使徒となることを約束しよう。どうだ? 心は揺らいだか?」
しかし、その言葉は男には意味がなかった。答えは初めから決まっていた。揺らぐ心など、問いかけられる前からなかった。
頭に想い浮かぶのは、旅をしていた仲間のことだ。
魔法使いの老人は、いつも男に魔術について教えてくれた。
恋人だった神官が、男に掛けてくれた言葉が頭をよぎる。
大剣を背負った男の親友の、男に向けられた笑顔が忘れられない。
そんな男の心は、答えは――
「俺はあなたの配下として、絶対の忠誠を誓いましょう――魔王様」