見張りの見た景色
あれはなんだ、とウェスタンブールの城壁から東方の内陸地を眺める見張り兵が呟いた声は、それに乗るノウには届いていなかったことだろう。
それ。
それは強いて言うなら、オタマジャクシに似ている。
それはオタマジャクシに似ている形の癖に、頭の横に屈強な両手が生えている。
それは両手で這うように進んでいる。
それが一歩進むたびに、近くあった木々がなぎ倒される。
大きさは巨大で、十メートルは軽く超えている。
色は静脈血に似た深い深い赤黒さ。
頭の前面にぎざぎざの大きな口、目のようなものもある。
生き物か。……にしてはおかしい。
それぞれの部分を頭と腕と呼称するとして、腕や体からはおかしなものが生えている。
家の屋根、家の壁、棚椅子机などの家具、緑の生い茂る木。生えているというよりは、巨大な粘度に取り込まれているかのよう。
目を疑った見張り兵は、近くにいた別の兵を連れてきて、見張りに使っていた望遠鏡を手渡した。自分の目におかしなものが映っていただけ。そう信じて。
「なんだ、あれ?」
しかし、もう一人も同様にその巨大な何かを望遠鏡越しにはっきりと目撃した。
望遠鏡を返され、もう一度覗いた。
「生き物……だよな?」
覗きながら、分かるはずもないことを尋ねていた。
「……に見えるけど、でかすぎるだろ。あんなのいたらよ、村や街で噂になってたっておかしくないか?」
生き物であれば、急に巨大化するはずはない。ヘンな生き物がいた。あの生き物はどんどん大きくなっている。いったいどれくらい大きくなるんだろうな。凶暴じゃないだろうな。凶暴だったら兵を送らなくっちゃな……などと、多少は市井の話のタネになっていたはず。
何も聞いていない以上、生き物だとは考えづらい。生き物以外だとすれば……なんだ?
「じゃあアレはなんなんだよ。こっちきてるみたいだぞ」
「生き物なら避けてくれるんじゃないか?」
「おいおいお前、さっき生き物っつった俺の案、否定しただろ」
「そんなことより見てみろよ」
お前が余計なことを言い始めたせいだろ、と文句を言いつつ、見張り兵はもう一人の兵士が指さした方を見た。いつの間にやら肉眼でもはっきりと見える位置にまできていたその巨大なオタマジャクシが、顔の前にあった木に頭からがぶりとかぶりついている。
「ほら、木を喰ってる。俺の言った通りやっぱ生き物だよ」
「だから、お前さっき……」
「どうする、一応報告しとくか?」
「だから! 話を聞いて……」
いいや、これ以上何かを言っても不毛だ。見張り兵はわざと言葉を区切り、報告をすべきかどうかに頭を悩ませることに努めた。未確認巨大生物が現れたと報告したら、クイーンに怒られるかも。そんなどうでもいいことを報告するな、とか。
それも面倒なのに、報告しなかったらしなかったで、なぜそんな面白そうなことを報告しなかったんだ、と言われてしまいそう。
報告に深慮しなければならないとは、兵の仕事は数あれど、見張り兵特有ではないか。
報告をするか否かで悩む。
この見張り兵の行動を一言で言ってしまえば、平和ボケに他ならない。
数百年前に内乱が終え、対外の戦争もないこの国では兵たちが対処すべきは内のわずかばかりの事件。いわゆる賊との戦い。
過去の事例にもなく、ましてや自分自身が経験したこともない状況が目の前に起きていて、とっさに緊張感を持ち、寸分たがわぬ適切な行動ができるはずはなく、目の前の現象も日常の中に現れたちょっと変なことで処理されてしまう。
そういった兵たちだからこそ。
巨大オタマジャクシから目を離してしまっていた。
気付くはずもあるまい。
ソレはかぶりついた木を咀嚼せず、口の中に丸ごと呑みこんでいることに。
呑みこんだ直後、ぷくーと頬を膨らませ、口内に大量の空気を含んでいることに。
そしてそれが、一つの準備だったことに。
プゥッ!! と巨大オタマジャクシが口に貯めた空気を一気に吐き出した。大口を開けず、口を尖らせ、狭めた口先から零れる空気は量、勢いともに増す。
すぼめた口の大きさはちょうど木が通るほどだった。つまり……。
ドォオン!
見張り兵は始め、地響きかと思った。何か大きなものが倒れたか、倒壊したか。
しかし鎧越しに振動が足に伝わってきたとはいえ、音の強弱は上の方が圧倒的に強かった。
音源は上にある。
上? 空以外に二人の頭より高いものは、ウェスタンブールを取り囲む城壁以外にありはしない。
城壁から?
見張り台にいた二人は同時に見上げ、目を丸くした。
木が、石で造られた城壁にぐさりと突き刺さっている。何百年とウェスタンブールを守り続けた鉄壁の城壁は穴が空き、穴を中心に蜘蛛の巣状にひびが入っている。
ただ、根深くは入っていなかったようだ。
二人が唖然と眺める最中、木は重力に引かれるようにがくんと垂れ、それがきっかけとなって城壁から抜け落ちた。
がらがらと周りの石、刺さると同時に砕けた石とヒビの入った石を伴って、地面にまっさかさまに落ちていく。
地面に当たって木片となるまでを見届け、二人は背筋をぞっと凍らせた。
見張り台の真上からはかなりずれたところに刺さっていた。もしも、自分たちの頭上に刺さっていたら……。
いや、それよりもあの木はいったいどこから。
考えるまでもなかった。
二人がもう一度巨大オタマジャクシを見た時、赤黒い生物ではない物体は、プフゥッ! ともう一度口から一本の木を発射していた。
勢いは投石とは比べものにならず、大砲の玉よりも速い。
山なりに飛ぶ木は風の抵抗もものともせず、迷うことなく城壁へと到達する。
今度は下の方だった。
また、別の木を口に含み始めた、謎の巨大物質を見る二人の目の色が変わる。
それが何なのかは一切関係ない。
紛れもない事実を認識する。
敵対の意志アリ。
見張り兵は急ぎ、報告へと向かった。
ども、作者です。
特に名前も性格も決めていないようなキャラクターに視点を寄せて書くのにハマり始めています。




