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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
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束の間

 トヨとリオの二人は外出していた。

 一人実家に取り残されたアーニィはうつ伏せで床に臥せている。背中の大けがは一日やそこらで治るようなものでなく、傷も塞がらず痛みも残り、アーニィは立ち上がろうとしても背中に鈍い痛みが走り、満足に立ち上がることもままならなかった。

 ゆえにアーニィは伏せ続けることを強いられていたのだが、表情は落ち着いていた。

 鼻で空気を吸い込めば、心落ち着く匂いが体を満たす。この匂いは自分の、アーニィの匂いだ。

 旅をしている間には全く匂わなかった匂い。自分の匂いなど自分では自覚できず、衣類や布団などに付かなければ自分で嗅ぐこともない。

 しかし、自覚をした自分の匂いは麻薬だ。匂いがここは自分の場所だと主張し、アーニィを大いに安心させていた。

 ぐっすりと眠りつづけられるのも久しぶりだ。歩くこともなく、鐘の心配をすることもなく、何かに出会うようなこともない。

 しいて不満があるとすれば、トヨでもいてくれれば。トヨとゆったりとした時間を過ごすことはほとんどなかった。まぁ、トヨはトヨで目的があって、そればかりを見ているからゆったりとした時間を過ごすのも嫌がりそうだが。

 時間があれば、話したり、トヨが喜んでくれることをしたりできるだろう。アーニィが知る喜んでくれそうなことは、食事だろう。

 トヨの好きな食べ物と言えば肉。肉関係のものはウェスタンブールには少ない。それでも食べられるものはある。今の時期ならちょうどバザーがやっているから、そこで国内外の料理を食べられる。とはいえ、すぐに食べられるような軽食が多いが、中にはトヨも気に入ってくれるものがあるだろう。

 まぁ、アーニィは歩けないのだが想像は続く。

 二人で歩いてってことは、デートっぽいな。二人で食べ歩きをして、トヨの気に入ったものがあれば、珍しく笑顔なんかも見せて……。

 ……。

 …………。

 ………………。

「こんなに落ち着いてていいのか?」

 ヘンな想像をしながら、ふとアーニィの脳裏に過る不安。トヨは妖刀を探している。ウェスタンブールにもう妖刀はない。妖刀がないところには用がない。用がないなら次の場所に向かう。次の場所に向かうのなら、早い方がいい。

 ……アーニィの怪我が完治するにはまだまだ時間がかかる1週間やそこらではまず治らないだろう。

 もし、このまま完治が遅れたら? トヨはアーニィの完治を待ってくれるだろうか?

 もしかして、取り残される?

「やべぇ! ゆっくりしてる場合じゃね……」

 がばっ、とアーニィは状態を起こそうとした。

「ぎゃああああ!!」

 再び床に臥す。勢いよく起こそうとしたせいで、背中の傷がいっとう痛んだ。

「ちくしょう……動けねぇ……」


香ばしい匂いと共に湯気を二つの鼻孔がすぅっと吸い上げる。匂いは腹の中にまで浸透してぐぅと腹の虫を鳴らす。

もう我慢ならん。

剥きだした白い歯が串に刺さった赤い身にがぶっと襲いかかった!

「肉じゃないのか」

咀嚼して口いっぱいに広がる味は、トヨの想像していた濃い油と臭みのある深い味とはかけはなれたさっぱりとしたもの。

「タコです。悪くはないでしょう?」

連れだって歩くリオが言う。そのタコの足を一本刺した串焼きは、リオが買ってあげたものだった。

「肉はないのか?」

「肉はないです」

二人が歩く通りは、ウェスタンブールの中央通り。北の端から南の港まで一直線に通じ、ちょうど半分あたりで士官学校へ続く分かれ道がある通りだ。

元々店の多い通りだが、今はお昼時であり、食材を売っている屋台が通りに出てきてずらっと並んでいる。屋台ごとにそれぞれ独特のメニューがあるが、港も近いゆえかどこも売っているのは魚介類ばかりだ。

「肉はないのか……まぁ、悪くはないからいいか」

好物の肉が無いと言われてがっかりとしてはいたが、串からたこ足を引き抜いて、トヨはぺろりと平らげてしまう。肉程ではないが、満足できる味だった。

「む、アレはなんだ?」

たこ足を食べ終えたトヨが、すぐに別の屋台に目を向ける。

「焼きリンゴです。食べます?」

「どんな味だ?」

「暖かくてすごく甘いです」

「甘いのか……よし、食べるぞ」

はい、と返事をしたリオがかいがいしくすぐに買って戻ってくる。手渡されたこれまた串に刺さった焼きリンゴにトヨがかぶりつくと、口の端から甘ったるい匂いを漂わせる半透明の黄色い果汁を垂らすトヨの目がきらりと輝いた。

「甘い! 焼きリンゴか……気に入ったぞ」

それは良かった。買い与えた食べ物を口にするたびに純粋で新鮮なリアクションをしてくれるトヨを見ると、わざわざ買い与えた甲斐があったものだと、リオも美味なるものを食べているときのようにお腹も胸も満たされる。

口元を汚くしながら焼きリンゴをじゃくじゃく食べるトヨの幼い姿は、まるで歳の離れた妹か子供のよう。リオは子供の世話に満足を覚える大人の気持ちが、分る気がした。

「あれもうまいのか?」

リンゴをかじっている最中にも関わらず、トヨの興味がまたも新しい食べ物に向けられる。指を差しているのは……。

「人によります」

トカゲのヒモノだった。

「人によるのか……お前はどうだ?」

「私は苦手です。苦いので」

「む、苦いのか……じゃあいい」

トヨは再び、リンゴをかじりながら屋台に並ぶものを眺めはじめた。こうして食べたいものを強請るのだ。おかげでなかなか前に進めない。

しかし、それはリオにとっては好都合だった。

この二日間、リオはトヨを連れだって士官学校の、さらに奥にある軍事施設の一部、ジュリアが投獄されている牢獄を尋ねつづけていた。

それにもかかわらず、二人はジュリアとの対面がかなっていない。どれだけ事情を話しても、門前払いを食らってしまうのだ。

せめてクイーンに会えれば、とも思ったのだが、こちらもどこの誰とも分からない人間とは面会は許可できない、の一点張り。こちとら命の恩人なのに。二日前の事件が、士官学校の警戒を厳にしているせいだろう。

ジュリアに会えていないことは、アーニィにも話していない。話せば心配するだろうし、大けがを負った身の上で余計な心配もさせたくない。アーニィには治療に専念してもらいたいとのリオの心遣いだ。

かといって、家に居続ける訳にもいかないし、すぐに帰れば何か尋ねられて返答に困る。だからこうしてトヨに好き放題食べ物を買い与えているのだった。

時間つぶしができればそれでいい。

最初はそうとだけ思っていたのだが……。

「なんだ? そんなにじろじろみて。お前も食いたいのか?」

リオははっとして苦笑いを作る。

食べている姿があまりにも可愛らしくて、ほほえましくてついつい見とれていた、といえばトヨは不機嫌になるだろうか。

「いいえ……あ、口元汚れますよ」

「む、すまんな」

トヨが服の襟を引き上げて口元を拭おうとする。

「待ってください。それじゃ服が汚れますから」

リオはポケットから取り出したハンカチでトヨの口を拭った。トヨは顎を撫でられる猫のように目を細める。うっとしがっているのか、気持ちよさげなのか。

どちらにしろ、手がかかる。

「これじゃ、ねーさんじゃなくて妹ですねぇ……」

ぼそり、とリオが呟いた。

そう思うともはや妹にしか見えない。いや、妹よりももっと……。同時に一つの疑問がリオの頭をよぎる。なぜ自慢の兄の惚れた女性が、このタイプなのだろうか。あえて言うなら、歳の離れた手のかかる妹タイプ。あいにくなのか、うれしいことなのか、リオはどちらかといえば手のかからない妹だった。

「私に姉妹はいないぞ?」

トヨにはその呟きの意味がぴんと来ない。

「いつかできますよ」

「む、そうなのか?」

多少の含みを籠めてリオは言うも、やはりトヨにはピンときていなかった。まぁ、遠い将来ではないだろうし、その時に教えてあげればいいだろう。新たな姉に。

再び歩きだし、時にトヨに食べ物を強請れれながら、数分間が経った。

「む?」

トヨの眉間がぎゅっと引き締まる。

「どうしました?」

他に美味しそうな物を見つけた時とは違う、神妙なトヨの顔つきが、尋ねて覗き込んだリオの目に映った。

一呼吸で、今まで体の中を満たしていた緩んだ空気が全て抜け出る。

代わりに肺にたっぷりと収まったのは二人の間にだけ漂う痺れるような空気。

「気配がする。壁の向こうからだ……近づいてきている」

トヨが首を回して、壁の方に目を向ける。

「妖刀のですか?」

リオも同じように目をやる。あの奇妙なカタナの気配を感じることは、アーニィからも説明してもらった。

不思議な……というと妖刀と呼ばれるカタナもだが、まだあの二本の妖刀を手にしているリオにしてみれば、はぐれても見つけてくれる便利なものとしか思っていなかった。

つい、さっきまでは。

同じように妖刀を持っている何者かが、再びウェスタンブールに近づいてきている。

何者かは、二日前に出会った男か女か。

「……彼女でしょうか……」

その二人のどちらかではあろうが、リオはなんとなく妖刀を持った女、ノウが来ているのではないかと思った。特に根拠のない、女の勘で。

「どうやったらあの壁を越えていけるんだ?」

トヨが壁を見上げながら訊く。

壁の向こうに行くには、士官学校を通らなくてはいけない。軍事施設からのルートしかないが正面から入ることは不可能。

リオの知る、この前使った洞窟を通るルートを使うべきか。

そう思って、トヨを見る。

いや、トヨには無理だ。彼女が背負った大剣エンシェントが邪魔で、最初の狭い道を通ることが出来ないだろう。

普通に門を通るのはダメ、裏道もダメ……ともすると、できることは限られてくる。

「正面突破、しちゃいましょうか」

リオは腰に差した妖刀に手をかける。

「いいのか? 遠慮はせんぞ?」

「ええ、全力で行きましょう」

覚悟が二人の目に映る。歩みを早め、通りを先へと歩き始めた。もう、周りの店店に気を取られることはなかった。


ども、作者です。


週2更新にはしてみたものの、いつどのタイミングで更新するかは決めあぐねています。

しばらくは定期更新でありながら時間帯は不定期で、良さそうな時間を探してみます。

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