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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
85/104

三対一


 三対一。形勢は圧倒的にトヨたちが優位。傍目にも明らかで当人たちは重々に理解していただろう。

 退くべきでしょうね、これは。

 三人の敵意を一身に、ひしひしと受けるノウはそうは思っても、退く素振りは見せていない。

 退くわけにはいかない。

 四面楚歌とでも言うんですかね。それとも孤軍奮闘?

 ノウは一人考える。一人で、独りで。

 もはや、自分だけかもしれない。”使命”を果たすことができるのは。

 目の前にチャンスはある。背後には……自分を騙した仲間。真意も何も分からず、頼るのもはばかられる。

 もしもでも、もはやでもなく、本当に自分だけだ。

 ノウは力強く、妖刀ナマクラの柄を握った。

 闘い、討つしかあるまい、我らが宿敵を。

「どうする、二人とも」

 カタナを構える敵を見て、アーニィが言った。

「む、妖刀を破壊するだけだ」

 トヨがブレない答えをする。質問したアーニィはがたりとその場で崩れそうになる。

「俺は具体的にどうするかって訊いてんの! アレと無策で闘えるわけないだろう?

 アーニィはノウの妖刀が引き起こした摩訶不思議な現象を思い出しながら言う。錆を操るなんて、どう闘えばいいのやら。

「む、そうか?」

 トヨはなんてこそなさそうに言った。

「自分が一度大けが負わされた挙句に閉じ込められたこと、忘れてないだろうな?」

「何があったとしてもやるしかないだろう」

 トヨの言うことももっともである。

「そりゃあ、そうだけどさ」

「何があってもやるしかありませんよ。次は自分もいますから」

 手ごわい強敵から再び頼もしい仲間に戻ったリオ。

 彼女の言うことももおっともだ。

 まだあいつの使う妖刀の全てが、アーニィたちは分かったわけではない。

 とにかく闘うしかない。考えなしで闘うのは危険だが……。

「さあ、いくぞ」

 トヨが発破をかける。

 アーニィも覚悟を決めた。ここで倒すしかない。トヨのためにも。

「余裕そうで羨ましいですねぇ……いつまでもくっちゃべっちゃって」

 ノウが言った。

「あなただって余裕そうですよ。仲間も呼びませんし。あの二人の仲間なんでしょう?」

 リオが問うと、ノウはくくくと渇いた笑いを零す。

「嫌味を言うあなたにいわれたくはありませんねぇ……くく」

 含み笑いが嫌に不気味に響く。

「何か来ますよ……気を付けてください」

 リオが注意を促す。アーニィの顔が一気に引き締まる。いつ敵が動いてもいいように、両手に剣を持って構える。

「なぁ、お前」

 ぴりぴりとした緊張感漂う空気の中、トヨが口を開いた。

 ぴっ、とトヨはリオの持つ二本のカタナを指さして、

「その妖刀、壊させてくれ」

 と一言。

「後でお願いします。今壊されると困るんで」

「そうか。分かった」

 ……。

「お前らさぁ、今から闘うって気を引き締めてるときにしゃべるなよ……」

「アーニィだってしゃべってるじゃないか」

「俺はただ注意しただけだろ!」

 酷い位に緊張感が台無しである。

「余裕そうなのが三人も……相手に恵まれたと思いましょ」

 呆れたようすで漏らすノウ。リオは言い返せなかった。

 がらりと空気が再び変ったのは、ノウが鞘に納めたままの妖刀を振り上げた時だった。

「くくく、余裕に構えていると足元を掬われますよ?」

 海が一層激しく波を立てる。これまでよりも高い飛沫を上げて、港に水の塊をぶつけている。

 波の飛沫はアーニィたちの元にまで到達していた。横からの鉄砲水に、海を見るアーニィ。

 激しく波打つ海面に落ちる雨粒の波紋が広がる。

 一面、濃紺に近い暗い海。殺風景で遮るものはない。遠くを見やれば一面灰色の空とくっついてしまいそうになっている。

 アーニィはハッとした。

 一面の海。

 ここは港。

 遮るものはない、何も。

 アーニィは思い出す。我が目を疑った異常な光景を。ノウが繰り出した常識はずれの一撃を。濡れた全身に新たに落ちる雨がなことに、アーニィはやっと気が付いた。

「上だっ!!」

 叫び、一斉に空を見上げる。

「くくく、足元よりも頭上を注意した方がよかったかもしれませんねぇ」

 ノウの気味の悪い声と共に、空に浮かべられていた二隻の巨大船が、空を覆うほどの巨大な物が降下し始めた。

「とんでもないことをしでかしますねぇ……」

「む、まったくだ」

 リオとトヨが冷静に言う。訊いている限りだとのんきで他人事の感想のようであった。見上げた二人の目に悲壮の色はない。

「にげ……る気はないみたいだな、二人とも」

 そんな二人の様子を見て、アーニィは否定的なことを言うのも諦めた。

「アーニィ、お前はあいつの相手をしてくれ」

 トヨがノウを顎で指した。

「俺が?」

「にーさんは上のをどうにもできないでしょう?」

 リオが空を指さして言う。そりゃあ、あの落ちてくる船をどうにかする術をアーニィは持っていない。

「そうだけども……」

「私に任せろ」

「自分にまかせてください」

 二人が手にした武器を高々と掲げる。

 大剣エンシェントと一対の妖刀ムラマサとムラサメ。情けない話だが、アーニィは自信ありげな二人を、異常に頼もしく感じた。

 もっとも、自分が何もしなくていいわけでもない。

「分かった。そっちは頼んだ」

 三人はそれぞれに標的を目にして走り出した。

 まず、一方の船の真下に到達したトヨが飛び上がった。

 びしょ濡れの少女は雨が降る前と同様に、自らの大剣を船底に目がけて振り上げる。

 それと同時。

 同じくもう一方の船の真下にいたリオは、右手に持った妖刀を刃を横に寝かせたままで頭上に掲げていた。

 ただそれだけ。

 雨と同等の速度で、雨以上の重さで船は降下する。

 リオの頭上に。

 妖刀に。

 リオの右手に持つ妖刀。名はムラサメ。左手のムラマサとは対を成す一振りである。

 船の底とその妖刀ムラサメが触れ合った。

「これは……なかなか便利ですねぇ」

 呟くリオの手にしたムラサメは。

 巨大な船を受け止めていた。

 まるで紙でできた軽い船でも持ち上げているように、軽々と。

 巨大な物が落下する衝撃はリオの手には伝わっていない。あらゆる衝撃を無にする鉄壁の妖刀。それこそがこのムラサメであった。

 重さも多少は緩和されている。それでもいつまでも持ち上げ続けられはしない。

 リオは左のムラマサを振り上げた。

 トヨとリオ。二人の振り上げた得物は見事にその標的、船を二隻とも真っ二つに切り裂いた。二人して軽くいなすように。

 宙に浮くトヨはさらに。

「うおおおおお!」

 中腹へ飛び込む形になっているがゆえに、中で体を捻って、周りの残骸をも斬る。

 鉄製の錆の付いているようなものに注意を払うのも忘れなかった。樽、イカリ、食器、目に映れば最後、それらを激しく斬りつける。

 宙で片や真っ二つ、片や細切れにされていく船。

「簡単にはいかないもので……二本の妖刀とアレとじゃ、さすがに分が悪いですよ」

 落胆するように言うノウ。

 彼女へ向けて。

 アーニィは一直線に走った。落ちる船の残骸を避け、あるいは斬り、あるときは弾き。血に落ちて跳ねかえる木材、鉄材の破片も、避けて斬って弾いて。

 アーニィはノウに斬りかかるべく全力疾走する。

 あと五秒も経てば到達する、そんな近場まできたとき、

「もう一人いましたねぇ……こっちは大したことないみたいですが」

 気付いた、気付いていたノウがアーニィを見る。

 そのとき。 

 ゴスっ、とアーニィの顎に激痛が走った。下から思い切りアッパーを決められたときのような衝撃、痛み。一瞬、意識が飛んだ。

 くらくらと揺れる頭と視界で目にしたのは、一枚の赤黒い壁だった。

 倒れていたアーニィが立ち上がると、ちょうどアーニィの背丈と同じ位の高さの壁だったと分かった。

 急に壁ができた?

 さっきまでは何もなく、この先でノウが見えていたのに。

 アーニィは考える。顎にぶつかったのなら、これにぶつかったということ。

 下から、生えてきた? そんなわけない!

 赤黒い壁の材質は目で見ても分かる。

 錆。 

「こいつもあの妖刀で作ったんだが……」

 アーニィはよろめく頭で、無理やり壁の裏手に回る。

 ノウは背を向けて走っていた。アーニィとの距離は再び広がっている。

「近距離は危険なんでねぇ……くくく、さぁ、もう一度……」

 再びノウは振り返って、妖刀を構える。

 アーニィも近づこうとした。

 が、ぐらりと視界が揺らいだ。よろめいて、その場に膝をつく。

「にーさん! 大丈夫ですか!」

 駆け寄ってきたリオが問う。

「どうした?」

 トヨも。

「大丈夫。ちょっとよろめいただけさ」

 アーニィは強がってみるものの……体へ蓄積されたダメージは正直に体をむしばんでいた。アーニィはなんとか立ち上がるとき、また足から力が抜けて、膝をついた。

「無理するな。あとは私が……」

 トヨが頼もしい事を言う。頼りたいが、それは情けない。

「にーさん。トヨさんの言う通りですよ。自分とも戦ったんですから」

「む、そうなのか?」

「ええ。このカタナのせいで。どうも人を操る性質があったようで……ただ、二本が揃った途端に……」

「お前ら、ここで説明してる場合じゃあねえだろ! さっき船を落とされたの忘れたのか!!」

 あまりにもマイペースな二人に、アーニィも突っ込まずにはいられない。

「本気で闘ってる気、あるんですかね。いや……ないでしょう」

 さすがのノウも呆れ返る。

「油断させるとか隙を作らせるとか、立派な作戦だったら脱帽なんですがねぇ……」

「つーかトヨ! 今は質問タイムじゃねえだろ! なんで訊いてんだ!」

「気になったから仕方ないだろう」

「仕方ないことあるか!」

「まあまあ、にーさんもにーさんで話しの腰を折ってはツッコミを始めるじゃないですかあ」

「お前らがそうさせてんだろ! 諸悪の根源と同罪にすんなよ!」

 ……。

「ただの仲良しこよしですね、これは。まったく、何のあてつけなんでしょう」

 友人、交友、親密。ノウに無縁だったものがアーニィたちにはある。

 仲間のあるべき姿のような間柄。羨ましいなどとはノウは微塵も思わない。

 もとより、無くて当然、求めなくて同然のものだったから。

「仲良くしたいなら、一生閉じ込めてあげましょうか」

 ノウが妖刀を振り上げる。

 その途端、かたかたと周りの船の残骸が動いた。

「なんだ?」

 アーニィが辺りをぐるりと見回した直後。

 錆が液体のように、さながら高波のように上がってきた。

 そして、その錆は前にトヨを閉じ込めた時と同じように、四角いボックスとなって三人を覆い隠してしまった。

「さ、これで……」

 ノウが静まった錆の塊を眺める。

 その塊が。

 斬! と斬られた。

「自分がいるのを忘れてやしませんか?」

 横滑りに崩れた錆の中で、一人カタナを構えるリオ。

「覚えていますよ。簡単にいってはくれれば良かったんですがねぇ……」

 妖刀ムラマサ。あらゆるものを切り裂くカタナ。これがある以上は閉じ込めることもできない。ノウは内心チッ、と舌打ちした。やり辛い相手だ。

「トヨさん、にーさん。彼女の相手は自分に任せてくれません?」

「む、なんでだ?」

「きっと自分が有利なんで」

 リオは自信ありげだ。

「任せよう。いいか、トヨ」

 アーニィはリオを信じた。彼女はよほどのことが無い限り、強い自信は持たない。それを知っているから、決断したのだ。

「む……アーニィが言うのなら」

 トヨも納得する。

 リオは錆の中から外に踏み出し、走った。

「全く、敵にしたくはないですねえ!」

 ノウが妖刀を振り上げる。

 がががっ、とリオに目がけていくつもの鉄製品が飛んでくる。樽の留め具、食器、船に使われていたであろう釘までも。

 十や二十じゃ足りない、五十にも上るものがリオを襲う。

「大丈夫か?」

 トヨが見守りながら呟く。

「大丈夫さ、リオならあれくらい簡単にさばける」

 先ほどのリオ以上に、アーニィは辞し成下だ。トヨがアーニィを見上げる。

「俺たちは守りの方が有利だからな」

 そのまなざしに迷いはない。まっすぐに実直に、リオを見守っている。

「そうか」

 トヨが零す。アーニィは全く気付いていないが、トヨの声には覇気がなかった。

 なんとなく、トヨは唇を強く噛んだ。

 なんとなく?

 トヨは眉をひそめる。自分の行動に、原因に。

 リオは襲いかかる鉄の風を全て、左右の妖刀で斬り伏せていく。右のムラマサで斬り落とし、左のムラサメで触れた瞬間に、操られていた鉄材は糸が切れたように地に落ちる。

「全くやり辛いですねぇ……」

 ノウは忌々しげに、左のムラサメを見る。ムラマサの何でも切り裂く力も厄介だが、何より厄介なのはムラサメだ。触れた瞬間にノウの持つ妖刀ナマクラの力を完全に打ち消している。斬られただけでは早々減らない手数も、ムラサメに防がれればすぐに無くなる。

 それを知っているのかリオは積極的にムラサメで防ぐ割合が増え始めている。

 本当に、やり辛い。ノウにしてみれば最悪の相性の相手だ。

 飛び交う羽虫を払いのけるかのごとく、リオはあっさりと全てを打ち落としていた。

 そして、勢いを殺さずにノウの元へと駆け寄る。

 至近距離に近づかれたらさらに不味い。相性が悪いのは何もムラサメだけではなく、ムラマサもだ。というよりも、至近距離で闘うに当たってムラマサの能力は史上最強だ。これまでの闘いでも予想は付くことだが、ノウの妖刀ナマクラは遠距離で闘うのが主体の妖刀。近距離で闘う相手には大きく引けを取る。

「これ以上、近づけさせはしませんよ!」

 ノウが妖刀を振り上げる。

 リオの眼前に、地面が盛り上がるように錆の壁が出来た。

 ごつん、とリオは頭をぶつけてしまった。勢いが付きすぎ、唐突に出来上がった壁にすぐには対処できなかった。

「少し抜けているな」

 遠目で見ていたトヨが零す。

「お前ほどじゃないよ。でも、なんだか心配だ。行くぞ」

 アーニィが言って、駆け足で移動し始める。

「む、私は抜けて等いないぞ」

 トヨも反論を言いつつ、アーニィの後姿を追いかけた。

「いったぁ~~~~。この!」

 片手で頭を押さえつつ、リオは妖刀ムラマサで壁を切り捨てた。斜めに袈裟状に斬った壁は、横滑りに崩れる。

 再び開けた視界の先で、ノウはリオに背を向けていた。

 逃げるつもりか。

 リオはさらに追いかけようと斬り倒した壁を飛び越える。切り捨てた壁の高さは腰丈もない程度。これならばリオも容易に飛び越えられた。

 右足が地面に着地する。

 しかし、リオは右足に違和感を覚えた。平面な地面ではなく、何か別のものを踏みつけたような、具体的には丸っぽいものを……。

 むろん、雨に濡れているこんな場所で丸い物を踏みつければ滑る。リオも術って背中から転んでしまった。背中と腰を強く地面に打ちつけ、いたた、とリオは悶絶していた。

 着地した地点を見れば、そこに丸い錆の塊があった。リオは忌々しげに、ノウの後姿を見る。

「こんな小賢しいトラップに引っかかるなんて……」

「やっぱり抜けてるじゃないか」

 立ち上がろうとしているリオにアーニィとトヨが小走りで近づいてきた。

「抜けてるというか、これは仕方ないんじゃないか?」

「アーニィお前、リオに甘くないか?」

「そんなことないさ、別に……」

「二人とも、自分に任せてくれるんじゃなかったんですか?」

 眉を吊り上げてリオが尋ねる。

「ちょっと心配になっちゃってさ……リオもいいようにやられちゃってるみたいだし」

「心配されるような闘いをしている覚えはないんですが。距離を縮められてないのは痛手ですけど……」

 距離を縮めさせはしない。ノウの小細工までも使った強い意志を感じる。それだけリオの二つの妖刀は脅威なのだと言えるが。

「あいつの術中にハマってるわけだな」

 アーニィの鋭い一言に、リオは黙った。近づけず、一撃も食らわせていない以上、後手に回っているのは確かだった。

 アーニィもそれを理解した上で、

「よし、俺にいい考えがある」

 ぽん、と手を打って二人に提案した。その内容は……。

 逃げていて振り向いたノウが見たのは、三人の中の眼鏡の男、アーニィが自分へ向けて走っている姿だった。

 走っている、それにしては格好が無様だ。時折肩が下がり、重心がぶれている。足ががたついているのだろう。蓄積された疲労に抗えぬ彼など、ノウにしてみれば敵ではない。

 手に持つのもただの剣。他の二人も追ってきてはいるが、アーニィよりも後ろにいる。

 先鋒の彼は捨て石にでもなろうというのでしょうか。それとも、何か裏でもあるのか。

 疑りつつ、ノウは立ち止まって妖刀を振り上げた。

 先ほど、リオに向けてふるった全方位からの鉄製品の強襲。五体満足ではないアーニィに、全てを防げるはずがない。

 事実、そうだった。

 アーニィに降り注ぐ攻撃を、並ぶように走り寄って来たリオとトヨが防ぐ。がきぃん、がきぃんと一つ一つ打ち落としていく。

 アーニィはただ前方の攻撃だけを弾けばいい。そして、そのままノウへむけて一直線に走る。

「一番槍になるにはあなたじゃ力不足ですよ!」

 ノウは再度妖刀を振り、錆の壁を作り上げた。

 ノウは思う。

 ここまでは相手の計算づくだろう、と。

 何か裏がある。そう考えたときから、裏、相手の策を読もうとしたノウ。彼女が思いついたのは、自分が相手の接近を防ぐために、錆の壁を多用するため、相手はそれを念頭に置き、壁で遮られた向うから妖刀ムラマサで壁ごと自分を突き刺すつもりだろう、という予想だった。

 それなら、対して強くも無いアーニィを先頭に出し、後からマサムネを持つリオを付いてこさせれば良くなる。現に生じたことを見ても、そうなのだろうと予測できる。アーニィが愚直にも突っ込んできたのが余りにも怪し過ぎたのが、ノウに勘付かせたのだ。

 自分の目の前に壁を作った直後に、ノウはさらに後退した。妖刀ムラマサが届かない距離までに。

 ちらりとノウが振り向く。

 きっと、壁からカタナが突き出す頃合い。そう信じて。

 だが、ノウが目にしたのは。

 壁を飛び越えて大きく跳躍し、ノウの頭をも越えて前に出ようとしているトヨの姿だった。

「なんですとっ!?」

「くらえッ!!」

 目を丸くする脳に、トヨは宙に浮いたまま、斜め下に向けて半円の弧を描くように、エンシェントを振るった。

 大剣エンシェント。

 三メートル近い長さ。

 妖刀を問答無用で破壊する。

 ノウはとっさに、背後に大きく飛び退いて、トヨの攻撃を避けた。

 ノウにしてみればそうする以外に避ける手は考えることはできず、事実それは最前の選択でもあった。

 トヨの攻撃を避けるだけであれば、だ。

 ノウが飛んだのは真後ろ。油断していたと言うか、咄嗟の事に気が回らなかったというか。

 ノウの背には自身の作った錆の壁があった。

 あと一歩下がれば、背中にくっつくほどの距離。

 しまった、とノウが気付いたとき既に、彼女の脇腹を鋭いカタナの切っ先が貫いていた。

 口から血を吹く。ノウの予想通り、壁を貫いた妖刀が彼女に突き刺さっている。

「む、上手くいったな」

 トヨが言ったとき、ノウに突き刺さっていた妖刀が抜かれた。

「にーさんの妙案のおかげですよ」

「避けるしかできない相手と闘う苦しみ、思考は身に染みて理解できたからね。怪我の功名とでも言うべきかな。リオの攻撃を避けるために、退くことは予想できたんだ」

 リオとアーニィが壁の向こう側から周ってくる。

「こっちにはトヨもいる。妖刀を壊されないためには、トヨの攻撃も避けるしかないだろうからね」

 アーニィは満足げな顔だった。

「術中にはめられてしまいましたか、最悪に悔しいですねぇ……」

 脇腹を抱えてしゃがみ込むノウが、忌々しげな目で三人を交互に見上げた。口惜しさが血となって溢れているかのように、脇腹から零れる血は止まらない。シヴィルに付けられた傷も合せて、そろそろ気を失いそうだった。

「さぁ、さっさとお前の妖刀を寄越せ。壊してやるぞ」

 トヨがどう考えても従ってくれ無さそうな言い方をし、片手を差し出した。もう片方の手で持つ大剣は下げている。

 敵対の意志が僅かながらも弱まっていると、ノウは目ざとく気付く。

「命位は助けてあげますよ。ついでにあの二人についても教えてくれれば、悪いようにはしません」

 打って変わって、ノウは丁寧に話を持ちかける。

 悪いようには? 差し出せ?

「取引、ですか……」

「ああ。むやみに殺す訳にも……」

 甘い事を言ったアーニィのせいで、ノウの腹の底からヘンな笑いがこみあげてきた。初めは喉でくくく、と鳴らす程度だったが、我慢しきれずに口から笑い声が飛び出してしまう。

「む、何がおかしい」

「何もわかっていませんねぇ。あなたたち、サルを殺したのでしょう?」

 サル、ノウの仲間だった男。妖刀を使ってトヨとアーニィと対峙し、ついには死んでしまった男だ。

 思い出しながら、アーニィは眉間にしわを寄せて異を唱える。

「俺達が殺したんじゃない。自分で……」

 自分で? ああ、サルは自殺したんですか。

 事実だろうとは思う、だからこそよけいにノウの笑い声は高くなった。

「なら、分る筈なんじゃないですかねぇ。あいつは妖刀を壊されて、自ら命を絶ったのでしょう? 私たちの命は妖刀のためにある。命を使うと書いて使命。妖刀を破壊されてなお生き続ける道なぞ、ありはしませんよ」

 狂っている。アーニィは顔をしかめて、なおも笑うノウを見下ろす。

 使命がなんだって……、そのために死ぬなんて、理解に苦しむ。

 しかし、なぜだろう。ただ否定することもアーニィにはできなかった。

 アーニィは横目でトヨを見た。

 そのときになって、

「交渉決裂のようです、にーさん」

 リオが促すように言った。

 促すのは非情な選択で、それでいて自分以外には任せたいと思えないこと。しかし、自分でするにも勇気のいることで、やらないと自分達の命に関わる。

 アーニィは躊躇った。ノウをここで殺すことに。

「む、私がやる」

 躊躇いがちなアーニィを見てか、トヨが自ら大剣を振ろうと構える。

 アーニィは一瞬ほっとしてしまった。自分が殺さなくてもいいことに、トヨに任せようとしてしまっていることに。そして、情けなかった。

「……くくく、油断大敵ですよ。私も油断してましたが……あなたたちも」

 ノウは決して焦った様子を見せることなく、トヨが大剣を振り上げた所を見図り、妖刀を薙いで振るった。

「む!?」

 トヨは退いてそれを避けた。

 深い傷を負い、動くとは思わなかった、確かにアーニィたちも油断していた。

「テメェ!」

 アーニィが剣を掴んだとき、ノウが走り出した。二つの大きな傷を負っているものの、その足取りは確か。

 ノウは海に向かっている。

「逃がすなッ!」

「分かってます!」

 ノウがいい、リオが答える。

 アーニィも追うために足を踏み出そうとした。

 しかし。

 足が、動かなかった。

 アーニィもリオも、そして、トヨも同じく。

 足を動かせなくて困惑している。

 一斉に足元に目を向けると、三人の両足が錆の塊に掴まれていた。さながら、地面から生えた手に掴まれているようで、地面に固く固定されている。

「くそっ、今度は直接俺達の足を止めてきやがった!」

 アーニィは言いながら、自分のミドルソードで足首に巻き付いた錆に一撃を喰らわせた。

 しかし、案の樹と言うべきか、錆を剣で打つ衝撃こそ伝わるものの、傷一つ付けられてはいない。

 強烈な頑強さを前に、アーニィの持つ県ではどうしようもできなかった。

「む、当て辛い。いっそ足ごと斬ってしまうか」

 物騒なことを口にしつつ、トヨもエンシェントを器用に錆に当ててはいたが、こちらでもびくともしない。

 抜け出す可能性があるのは……。

「トヨさん、そんなことをする必要はありませんよ」

 リオだけだろう。

 彼女は右手の妖刀ムラマサを錆に突き立てる。頑強なはずの錆に、ムラマサが突き刺さる。リオの手には見ずに差し込むほどの薄い手ごたえしか感じない。

 慎重に慎重に……。

 リオは薄い手ごたえの中、水の中でのように自由に軽く動く妖刀に気を付けていた。

 気を抜けば自分の足を斬ってしまいそう。それほどに抵抗がないのだ。

 切っ先が無事、地面にまで到達する。もう一か所切れ込みを入れるために、反対側にも同様に妖刀を突き刺す。

 これでやっと錆が割れるようにはずれて、足が自由になった。足を挙げて、その様子をアーニィ達に見せびらかす。

「リオ、早く俺達も……」

「分かってます」

 焦るアーニィをなだめ、リオ亜もう片方の解除に取り掛かる。

 アーニィは焦りを帯びた目でノウのいる海の方を見た。

 脳は海に近づき、振り返っていた。

「闘うことも、逃げることも容易じゃありませんねぇ……」

 うらめしげに空とリオを交互に見る。

 雨が降っていなければ。

 妖刀が敵の手に渡っていなければ。

 ここまでの傷を負っていなければ……。

 数多くのイレギュラーさえ無ければ、全てうまく行っていたはず。

 どれだけ嘆いたところで仕方ない。ノウは自分のかれた状況の中で最前の一手を振るう。

 今は無理でも、次につなげるために。

 ノウは妖刀を抜き、空高く振り上げた。

「む……?」

「なんだ、これ……」

 リオが自分の枷を外す最中、トヨとアーニィが見た物は、霧のようなごく小さな何かの粒が立ち上るさま。

 いくつかは雨に当たって落ちているが、そのほとんどは空高く昇って行く。

「これも錆なのか!?」

 アーニィが見上げたときに刃、三人の頭上に立ち上った錆の極小の粒が数多にまとまり始めていた。さながら、空で停止している雹のようだった。

 何が起きるか。

 アーニィはすぐに察しが付いた。

「リオ! 早く!!」

 ちょうどリオはもう片方の錆を外し終えていた。

「ええ、ただちに!」

 リオがアーニィに近づく。彼女はアーニィの枷を外すつもりだった。ノウまでは今すぐには近づくことはできない。それほどの距離が離れている以上、アーニィを助けることを優先すべきだと思ったのだ。

「待て、俺より……」

 言いかけた途中。

「さあ、”今できる”最高の錆を味わってくださいな」

 ノウが妖刀を振り下ろした。

 合せて、錆の塊が振り始める。

「む、不味いな……」

 トヨはエンシェントを見やり、それを寝かせた状態で頭上に掲げた。屋根に、あるいは傘にでもするように両手で錆の付いたエンシェントを持ち上げると、トヨは寝かせた刀身の下にすっぽりと収まった。

 これなら雨でも錆でも防げる。

 ひとまず、トヨの安全は確保された。

 それを確認したアーニィは自分の安全を確保しようとする。錆が落ちるまで数秒、リオはアーニィに近づいて、方針を改めた。

 錆を破壊してアーニィを自由にする前に、アーニィを守ろうと。

 二人に錆の塊の雨が遅いかっかる。

 屋根が無ければ雨も雹も雪も防げぬのは当たり前の事。二人は頭上に落ちてくる錆を防ぐために、両手に持った剣を使うしかなかった。

 それらで、錆を弾く。

 まだ善戦している方だ。片方で防ぎ、片方で弾く、両手の剣のコンビネーションはほぼ完ぺきだった、ほぼ。

 しかし、完全に等防げはしない。

 いくつかの錆が、片や頭に命中する。

 降り注ぐ錆は尖り、重量感もあり、石つぶてが降り続いているのと変らない。頭から血を流し、肩の肉も抉れる。

 しかし、手は休められない。休めれば全てが自分に命中する。

 その最中、アーニィの片膝ががくんと折れた。

 疲労が膝に蓄積されていた。一瞬のすきに錆のつぶてがアーニィの腕に当たった。

 腕もかくん、と下がる。このままでは次の錆を防ぐこともできない。

「にーさん!」

 それを目にしたリオが、アーニィの頭上で妖刀を振るった。一直線にいくつかの錆を払い飛ばす。

 だが、錆の雨はまだ続く。

 リオの守りが手薄になっている。

 一本のカタナでは到底間に合うはずもない。

 リオも覚悟はしていた。しかし、それにすぐ気が付いたアーニィは、咄嗟に手にした剣を捨てて、リオを引き寄せた。

「!?」

 驚くリオを腕で上から押さえつけ、アーニィは彼女に覆いかぶさった。

「にーさん! なにをっ!!」

 錆の雨は。

 アーニィの背と後頭部に容赦なく降り注ぐ。

 リオは無事だった。アーニィがかばってくれたから。

 わずか数秒で錆の雨が止んだ。

「にーさん!」

 アーニィは全身から力が抜けているのか、覆いかぶさったままリオにのしかかっている。リオは彼を起こしながら、彼の様子を伺った。

「無事か?」

 憔悴した顔でアーニィが言う。

「でも。にーさん……」

 アーニィは力なげにリオにもたれかかる。抱きとめたリオはアーニィの背中に目が言った。

 服が破れるほどの錆が打ちつけられ、背中は血まみれだった。

 痛ましい姿に、リオは沈痛な面持ちになる。

 かばってくれた。守ろうとしたのにそれが却って……。

「にーさん、なんてことを……」

「礼くらい言ってくれよ……。俺、今日は何にもできてなかったんだぜ……」

 アーニィはトヨもリオも自分の手ですくえなかった。そんなことが後に後ろめたさにかわり、リオをかばおうとしたのだろう。

「今、外します」

 リオはアーニィの枷を切った。ぐったりとアーニィはさらにリオにもたれかかる。

「……トヨも」

「分かってます。今から外しますから」

 リオはアーニィを肩で支えてトヨの方に近づいて行った。

「アーニィ、お前……」

 トヨは険しい目でアーニィを見ていた。

 非難したいのか、あるいは別の胸に渦巻く感情をやつあたりしたいおか。しかし、その複雑な心情をどうこうするより、今はアーニィがただただ心配だった。

「俺はいい……少し休めば回復するから……それよりも……あいつを追わないと……」

 トヨが首を振った。

「いいや、もう手遅れらしいぞ」

 そう言って、トヨが海の方を見た。二人もそれにならう。

 ノウの姿は今はどこにもなかった。

ども、作者です。


やっと戦闘中の掛け合いができるようになって一安心でした。

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