形勢
ただ逃げるだけの闘い。その中で一番ネックだったのは自身の体力の限界だった。エンシェントを警戒しているのか、妖刀に操られたリオはアーニィの元に近づいては行かず、獲物を狙う獣のようにうろうろと行きつ戻りつしながら、アーニィに虚ろな目を向けている。
作戦は失敗したが、怪我の功名とでも言うべきか。体力を回復させるための時間稼ぎができている。あとは消耗した体力を回復させるのみ。意図して可能なことではなく、時間だけが必要だ。
正に今は体力回復の絶好のチャンス。
しかし、アーニィの思うようにはいかなかった。いつリオが攻勢に打って出るかも分からない緊張感。体を濡らす雨水が頬や体にできた傷口にじわりじわりと沁みる痛み。雨宿りも出来ず、防ぐことのできない雨風が奪っていく体温。できているのは息を整えることのみ。
今まで以上に体は疲れやすくなっているはず。いざ闘いが始まれば、これまで通りに闘えるだろうか。
いいや、そんなことを考えるよりも。
アーニィは頭をフル回転させて、リオから妖刀を奪い取る算段を立てはじめる。
せっかく稼げた時間だ。フル活用しなければ。
一度は失敗したが、やはり肉弾戦が有効か。隙が決してない訳でもない。うまく付け入ることさえできれば、リオには申し訳ないが、気絶させることで事なきを得られるかもしれない。
だが、隙があるとはいえ、表に出てくることは少ない。あれもあれで学習してはいるし、何より身体能力はリオそのままだ。
体格的にも、技術的にもアーニィと拮抗している。ほぼ同等だからこそ、闘いは長引く。あの妖刀のせいで体力がどうなっているのかは分からないが、少なくとも痛みや何かでひるんでいる様子は見せていない。
アーニィが思っている以上に、闘いは長期化するだろう。
ならばこそ、今はひたすらに休むことが……。
アーニィがそう思った時だった。
虚ろな目でアーニィの様子を伺っていたリオが、次なる行動に移った。
「……」
黙ったまま、リオはアーニィに背を向けた。
そして、驚くアーニィをそのまま放置して、彼女は走り始めた。
方角は墓場の方。
アーニィはそこに妖刀があることは知っているが、それが”彼女”の目的であることは知らなかった。
だから、突然の行動に頭が真っ白になった。
どこにいく?
逃げる?
まて、どうしてだ?
アーニィがはっと思い出したのは、リオが抑揚の無い声で告げた一言だった。
『邪魔』
リオはそう言った。アーニィに対して。
操られた彼女にとって、アーニィは所詮、行く手に立ちふさがる障害の一つでしかなく、邪魔だったからこそ排除しようと攻撃をしてきたのだ。
ところが今はどうだ?
彼女が何を求めているのか、アーニィには理解できないが、少なくともここを通ってどこかに行こうとしていたのは間違いない。
そして、その目的地は。
考え得るのは彼女の向かう先、墓地。そこにある妖刀だろう。
訳なぞは考える暇はなかった。
「くそっ!!」
アーニィは回復しきらない冷たい体に鞭を打って、リオの背中を追い始めた。
先に走り出したリオとの距離はなかなか縮まらない。タイミングの違いだけではなく、足の長さ、残っている体力の違い、ダメージのある体とほぼノーダメージの体の違いでもあるだろう。
走ればすぐに折角整った息も荒れ始めた。
足が重い、喉が熱い、傷を負い、幾度も地面に打ちつけられた体は悲鳴を上げている。
それでも。
アーニィは気力で体が鳴らす警鐘を押さえ、無理に走った。
落下した船のがれきから離れ、海に沿って湾曲する一本の道に到達したとき、やっとのことで距離が縮まってきた。
しかし、あと一歩には届かない。手を伸ばしても届きはしない距離がある。
無視し続けていた体力も、そろそろ限界だ。
どうすれば止めることができる?
時間はない。しかし、それゆえの一瞬のひらめきが、アーニィに一つの妙案を授けた。
アーニィは腰から長剣を抜いて、最後の力を振り絞って地面を力強く蹴りつけ、背を向けたリオへ飛びかかった。
「うおおおおおおおおお!!」
大声を上げ、リオにめがけて長剣を横なぎに振るう。
機敏な動きでリオが振り向く。
振り向きざまにリオは妖刀をアーニィの長剣に合せるように動かした。
アーニィの長剣が斬られ、ブレードがからんと地面に落ちる。
それでいい。それでいいんだ。
アーニィはリオにわざと気付かせるように叫び、さらに防がれてもいいように攻撃を加えたのである。
こうすることで。
リオはアーニィを再び自身の障害だと見定めた。
リオがアーニィに向けて妖刀を斬りつける。
体力は落ちてはいるが、リオの攻撃を間一髪で避ける。そして再びリオが攻撃をしてくるが、それを後退しながら避ける。
アーニィは次第に後退していき、再びがれきの傍まで来ることができた。
よし、無事にリオを引きつけられている。逃がしはしないが、一旦は再度トヨのいるところまで後退して、もう一度体力の回復に努めよう。
アーニィはそう思って、さらに後退しようと足を下げる。
リオもまだしばらくは追いかけてくるはず。
しかし、アーニィの予想に反し、リオはすぐさまぴたりと立ち止まった。
やがてリオは首をにわかに動かして、背後に注視した。
まずい、また逃げられるかもしれない。
アーニィはこれ以上の後退を諦め、再びリオに迫った。
わざと足音を立て、わざと水たまりに足を突っ込んで、リオに近づく。
しかしそれでもリオはアーニィの方を向かなかった。
警戒が緩んでいるのか?
アーニィは疑問を抱きながらも、この行動がフェイントかもしれないことも十二分に警戒しつつ、かなりの距離まで近づくことに成功した。
まるでアーニィを無視しているかのように、リオはずっと背後を見ている。
これはチャンス、なのか。
アーニィはおっかなびっくりリオに向けて蹴りを放った。
それが、リオの脇腹に命中して、彼女はなすすべもなく倒れてしまう。
「り、リオ?」
あまりにも容易い。逆にアーニィがリオのことを心配してしまうほどだ。
倒れたリオは未だに妖刀を手にしたまま、首を横に回してやはり先ほどまでの彼女の後方、墓地の方を見ていた。
アーニィもリオから妖刀を奪い取ることを忘れ、彼女が見続けている方向に注視した。
激しい雨と荒れ始めた海が高く上げた波が港にぶつかって飛び散る波しぶきが、港から墓場へと続く道に霧のように白く広がっている。
その中でゆらゆらと揺らめく陽炎のような人影が、ぼんやりと浮かんでいた。誰かがいる。
アーニィがそれに気が付いた時、リオが起き上って走り出した。
むろん、向かう先は彼女がひたすらに注視し続けていた墓地の方角、揺らめく人影に一直線だ。
一歩遅れてアーニィも追いかける。すると人影が次第にその全貌を明らかにした。
ローブ姿の女、ノウだ。小脇に木箱を抱えて、びしょ濡れの目の上の髪の毛を払って、彼女もリオとアーニィに気が付いたらしく、目を細めた。
先に走っていたリオは、ひと足さにノウの元へと到達して彼女に向けて妖刀を振り下ろした。
ノウは避けない。
その代わり、驚いて目を丸くしながらも、木箱を頭の上に掲げていた。
木箱に妖刀が斬りつけられる。鉄でも石でも水のように容易く切り裂くリオの持つ妖刀は、木箱に刀身をめり込ませ。
その半ばあたりでぴたりと止まった。
「うわ、いきなり襲ってきますか。私に手を出してくるなんて、どう操られているんですかねこの人は」
ノウは他人事のように呟いてから、木箱から手を離した。
ガシャンと木箱はノウの足元に落ちる。リオは落ちた木箱を追うようにしゃがみこんで、すぐに手を伸ばした。
何が起きているんだ?
アーニィは今見た光景の全てを一度繰り返すように思い返した。
まず、リオの持っている妖刀が受け止められた。あの何でも切り裂いてしまう妖刀が、だ。何の変哲もないただの木箱にしかアーニィには見えなかった。
いったいアレには何が入っているのか。
そして、その木箱に向けてリオはにべもなく手を伸ばしている。
あの中身にリオをそうさせる何かが入っている。
その何か。
アーニィはあっという間にその何かに勘付いて、再び走り出した。
まずい、それに手を出してはいけない。
きっと妖刀だ。そして、リオはその妖刀を手にするために操られていたはずだ。そうでなければ、彼女が墓場を目指そうとしたことに説明がつかない。
そして、その妖刀を手にしたら何が起こるのか。全く想像ができない。いいことが起こらないことだけはアーニィにも予想できる。
リオが二本目の妖刀を手にするのだけはなんとしても阻止しなければならなかった。
しかし、距離が離れすぎていた。
リオは木箱の中身をもう片方の手で取り出した。
アーニィの予想通り、彼女が持ち上げたのは別のカタナだった。
「あああああああああああああああ!!!」
即座にリオが叫び声を上げた。
ノウはその様子を見てにやにやとしている。
やがてリオは振り返って、アーニィの方へと目を向けた。
彼女の目はこれまでの虚ろな目ではなかった。
決していい目ではない。血走った目をアーニィに向けている。
「くくく……百聞は一見にしかず、ですね。さぁ、これで姉妹妖刀ムラサメ、ムラマサが揃いました! あとは我々の使命のために働きなさい!」
ノウがビシっとアーニィへと指を差し、
「邪魔をする馬鹿物と、邪悪なるミコと呪われし大剣を屠ってしまいなさい!!」
リオに命令を下す。
不意に立ち止まったアーニィへ向け、リオがのそり、のそりと歩き出した。
まるでゾンビのようだ。
ゆったりと歩いて、歩いて、歩いて。
唐突に走り出した。
一直線にアーニィを目指して、リオは走り、日本の妖刀を振り上げる。
空から地面にかけて一筋の亀裂を入れる雷電のごとく、リオは出せる力を振る絞って走る。早さはこれまでの比ではない。
体に疲れもあるだろう。呼吸も乱れに乱れているだろう。全てお構いなし。それこそ酷使される道具さながらに彼女は従い続けている。
何に?
妖刀に、そしてノウに。
二本のカタナを鳥の両翼のように広げ、軽く身をかがめて走り寄る義妹に対し、アーニィは。
即座に背を向けて走り出した。
俗に言う、逃走である。
自らに決断を迫ったのは直感ではなく、経験と思考だった。
自らも二刀流で闘う経験と繰り出される攻撃をシミュレートできる思考。
単純に攻撃が二倍になる。内片方の妖刀は剣を、鉄も石も関係なく、軽く切り裂ける。もう一方の妖刀はどのようなものか全く分からない。
不明、それはすなわち未知数。
避けつつ反撃を狙うには手数の増加は単純に痛く、自慢の武器で防げぬことは回避手段の欠落であり、正体不明の武器を相手にするのは極めて危険。
逃げるしかないだろう。
アーニィの決断は悲壮に満ちた物ではなく、冷静で適切で希望のあるものだった。
彼の頭に妖刀とリオとの闘いも蓄積されている。
明確に分かっていることはただ一つ。トヨが幽閉されている錆の塊の近くには妖刀を持ったリオは近づいてこない。
つまり、そこまで行けば安全圏。
なあに、とりあえずそこまで逃げれば、ゆっくりと対策も立てられるはずさ。
危機的状況であることに変わりはないが、体力を回復する時間稼ぎ程度はできる。
それを求めて、アーニィはひた走った。
リオは足が長く、走る早さもアーニィよりも優れている。
タッチの差ではあるが、先に走り出したのもリオだ。
とはいえ、もとより存在する二人の距離はそう簡単に縮まるものではない。
アーニィ自身、全力で駆け抜けることができれば、リオに追いつかれることはないと確信していた。何事も起こらなければ、何も問題がなければ。
しかし、その問題は突然に、ある意味では必然的にアーニィを強襲した。
走っている最中、アーニィの片足の力ががくんと抜けた。
妖刀のせいなどではない。原因はもっと単純。
今のリオにはなく、アーニィには絶えずあり続けるもの。耐え難い疲労だった。
アーニィは一瞬転びそうになるものの、もう片方の足を踏み出してバランスを保った。
力強く地面を踏みしめる。それは同時に意図せぬ減速を強いられたも同然だった。
再度走り出す前に、アーニィがリオとの距離を測るべく振り向いたのも悪手だった。
時間にしてわずか数秒。その間にリオはアーニィを妖刀で捉える範囲内に接近していたのだ。
左手の妖刀がアーニィを襲う。
アーニィは咄嗟に避けた。左手の妖刀は全てを切り裂くあの妖刀。
これは何が何でも避けねばなるまい。
身をかがめると頭の先をかすめるかどうかというところを妖刀が通過した。
無事に身をかがめて避けることはできたものの、アーニィは右の妖刀が振り下ろされているのを上目で捉えた。
すぐに足は動かせなかった。
代わりに、条件反射のごとく、短剣を取り出した右手が、振り下ろされるカタナに合せるように動いた。
その間。アーニィは右手の妖刀がどのようなものであるか、などという疑問も何も浮かぶことはなかった。
結果は。
右手に持たれた、ノウの持って来た妖刀が、もう一方の妖刀と同じ効果を持っている……ということは、あくまでも仮定に過ぎなかったのだと、アーニィに実感させる結果となった。
むしろ、その可能性があったことを、アーニィは剣で受け止められるまでには完璧に忘れていた。
がきぃん! と妖刀と短剣が交錯している。
アーニィは驚いて目を丸くしながらも、今目の当たりにしている事象に一筋の光明を見出した。
リオが妖刀を再度振り上げた時、アーニィはすぐさま後ろに跳んだ。
リオの攻撃は空振りする。
片方は受け止められないが、もう片方は受け止められる。
ならば、厄介な妖刀は一つだけとなる。
それなら大丈夫。たった一本の剣を避けて、もう一本を受け止めるだけなら、俺には造作もない事だ。
アーニィはもう片方の手で剣を抜いた。これまでに三本の剣がリオの持つ妖刀に斬られてしまい、八本あった彼の剣も残り五本。
中でも長剣の類が手ひどくやられてしまった。
残っている長剣は、初めてトヨにあったときに、彼女がいらないと言って、折角買ったにも関わらず破棄することになった長剣だった。
それを抜く。これが壊されると長短一対が特徴の自らの構えも崩さざるを得なくなる。
しかし、その心配は無用だ。長剣は斬る能力のない妖刀を受け止めるか、隙を突いての反撃に使うだけに留めればいい。
反撃は剣でするわけにもいかないから、あくまでも避けられるであろう場合に限るが、壊されないように注意すればいいだけのこと。
後は一番大きな隙を作らせて、一撃の打撃を加えて、もう一度全力で逃げる。今度こそトヨのいる元まで。
それが新たに企てた、アーニィの次なる作戦だった。
リオが接近してくる。
最初の一撃は左手の妖刀の振りおろし。
アーニィ横に跳んでそれを避ける。
続けざまに、右手の妖刀がアーニィに突き出される。鋭い切っ先を、アーニィは右手に持った短剣の腹で受け止めた。
すぐさまリオが後退する。アーニィもそれに合せて後退し、待った。
リオは出方を伺っているわけではなく、アーニィに対しての敵対心をむき出しにしている。
ゆえに、自分から打って出る必要はなく、待てばいい。
アーニィの予想通り、すぐにリオは再びアーニィに襲いかかる。
右の妖刀を、自身の体を捻って勢いを付けてから、裏拳をブチ当てるときさながらの軌道で、アーニィ目がけて振るう。防いでもいい妖刀だ。
それをアーニィは長剣で防ぐ。
十字の形を作るかの如く、二本の剣が交錯する。
その瞬間。
リオは自身の脇腹数ミリ隣から、逆手に持った右手の妖刀を、ちょうど背後にいる格好になったアーニィ目がけて突きつけてきた。
避けなければならない妖刀だ。
アーニィは身を捻って、片側の妖刀を受け止めたまま、突き出されたもう一方を避ける。
その最中、アーニィは横目ではっきりと目撃した。
妖刀の刃が内に、リオの脇腹の方、ひいては真後ろにいるアーニィに向けられているのを。
この妖刀は、ひたすらに切れ味が鋭いもの。他の剣、特にカタナはどれだけ切れ味が良くとも、発揮するためには力、勢いが必要になる。
しかし、この妖刀は別だ。
アーニィは咄嗟に地面を強く蹴って、背後に飛び退いた。
手首を返し、リオが妖刀を軽く動かしているのが見えた。ちょうど、アーニィのいた場所の空気を、軽く切るように。
その動きだけで、自分の体が上下に真っ二つになっていたかもしれない。そう思うとアーニィはぞっとした。同時に、ある種の充足感も覚えている。一方を避けて、一方を防ぐ。ただそれだけでも十分に闘えていることへの。後は隙を見つけるのみ。
アーニィは再び待った。
リオは攻めて来るしかない。それは紛れもない事実。アーニィが攻めに転じない以上は、二人の闘いはリオの攻撃を起点とするしかない。
果たして、リオは攻撃をし始めるのだが、その直前。
雨の中をゆらりと揺蕩うように、妖刀が動いた。
リオが構えを散っている。右手を上に、左手を舌に、そして前方で楕円の瓜の形を作るかのようにカタナの先端を寄せる。
二天流の攻めの構え。アーニィは唾を呑みこんだ。攻撃の構えだ。激しい攻撃が予想される。構えを取った。今まではそうしなかったのに。
リオの得意の構えだ。ただ人形のように操られているだけじゃないらしい。その持ち主の体だけなじゃく、頭の仲間でも上手く操っていやがる。
リオも開放させないと。
アーニィがそう思ってすぐ、リオが走り寄って来た。
左手の妖刀が振り下ろされる。避ける。
右手の妖刀が横から斬りつけられる。長剣で防ぐ。
左手の妖刀が今度は反対の妖刀の逆側からはさみこむように横から振られる。防げない以上は避けるしかない。アーニィは長剣を引きつつしゃがみ込んで避けた。
次は二つの妖刀を同時に、上から斬りつけて来る。ごろごろと転がって、その一撃を避ける。
距離が出来た隙を見計らって、アーニィは立ち上がる。そこに追い打ちを書けるように、今度は先に左、続いて右となるように、位置をずらしながら斜めに振り下ろしてくる。
左手の妖刀は防げそうだが、これも避けるしかなかい。アーニィはさらに後方に下がって避けた。
続いて……。
キリがない。次の攻撃も避けながら、予想通りの激しい攻防にアーニィは辟易し始めた。防ぐことを妨害してくるような攻撃に変わってきている以上、避けるしかないが、守りができないとなると、再びひたすらな体力勝負になってしまう。
この状況はアーニィに不利だ。
無理やりにでも、隙を作るしかない。蹴りでもタックルでも入れられるような大きな隙を。幸い、一方的な攻めの姿勢を見せているリオからは、すぐに守りに転じようとする警戒心はうかがえない。
一度の攻撃でも、隙を作れるかもしれない。
近づいてきたリオが、アーニィに襲いかかる。再び、防御をさせないような二刀流の波状
攻撃。左が先に、右が後に続く。
アーニィは身を捻って、寸でのところで空振りさせた。
リオの右側ががら空きになる。
「うおおおおおおおお!!」
雄叫びを上げながらそこへ、アーニィは短剣を振り下ろす。
左側に攻撃を出せば、なんでも斬られる妖刀で防がれる。右はそうではない。例え防がれたとしても、こちらが不利になることはない。
アーニィはそう高をくくっていた。そして、防がれられば、その瞬間に剣とカタナがぶつかる隙ができる。
そこで蹴りをいれれば……。
アーニィはそう作戦を立てていた。
案の定、リオは右手に持った妖刀でアーニィの攻撃を防ごうした。剣とカタナがぶつかり合う直前にその姿を目撃したから、わざと剣を逸らせることもできたが、アーニィは思い切り、妖刀に短剣を振り下ろした。
がきぃん、と鉄と鉄とがぶつかり合う。
その時の感触に、アーニィは違和感を覚えた。
おかしな感触だ。
衝撃が無い。
ぶつかったことは間違いない、音も聞いた。それなのに、何もぶつかっていないような、空気に手を当ててているかのような無感触。
驚きのせいで、隙を作らせるはずのアーニィに、隙が出来ていた。
リオが体を捻り、裏拳をするのと同じ要領で、左手に持った妖刀をアーニィ目がけて振るった。
しまった。
アーニィは避けようとするものの、間に合わないと瞬時に分かってしまった。
だから、短剣でその攻撃を防ごうとしてしまう。
その瞬間が、アーニィにはスローモーションに見えた。
短剣が斜め下から振り上げられる妖刀に触れた瞬間に、水のように切り裂かれ、そのままの軌道で、アーニィの側頭部に刃が近づいてくる。
まずい、やられる。
背後に体を倒しつつも、間に合いそうもない。
ここで、ここで死んでしまうのか。
アーニィの脳裏にこれまでの事が走馬灯のように浮かんできた。
そして、半円を描く妖刀の軌道は。
わずかに逸れた。
急に上に向けて軌道が曲がり、アーニィの髪の毛だけを切って、振り上げられる。
目を開けたままだったアーニィは、さらに目を見開いていた。
なぜ?
理由を知るのは妖刀を操る張本人以外にいない。
アーニィは疑問をたたえたままの目で、リオを見た。
目が合う。
血走った目、異常な目、赤く充血している。ただ目で見て分かることだけがアーニィの頭に刻み込まれる。
これで何が分かろうか。
アーニィは理解を諦めようとした。
が、リオの顔がにわかに動いたのが、新たにアーニィの双眸に飛び込んでくる。
くい、とかすかに顎を上げる動作。
その仕草は、アーニィには顎で何かを指し示しているように見えた。
後ろに。
そして、声が聞こえた気がした。
まともに考えれば幻聴。
しかし、アーニィはまさか、と思う。もしも、そうであったなら。
アーニィは振り返り、全力で走り出した。
背後に禿げいい足音が続く、背は完全にがら空きだ。
隙だらけのままでもアーニィは走る。追いつかれでもしたら……いいや、自分の予感を信じよう。
アーニィは走り、そして。
トヨのいる錆の塊に近づいてきた。
十メートル、五メートル。少しずつ少しずつ接近する。リオの足音は響き続けている。
四メートル、三メートル。まだ来ている。
二メートル……聞こえる足音に、アーニィの予感は確信に変った。
そして、到達したときに。
アーニィは振り返り、横に飛び退いた。
一瞬、彼の視界にリオの姿が映る。
右手の妖刀を振りかざした彼女は確かに笑っていた。
振り上げられた妖刀は狙いを定めて寸分も狂うことなく斜めに一直線に振り下ろされる。
なんでも切り裂く妖刀。
その餌食となったのは、山崩れのごとく斜めにずり落ちる、赤黒い四角い塊。避けたアーニィのすぐ後ろにあった、錆の塊だった。
少し、眠っていたらしい。ふいに右腕が軽くなる。雨雲の分厚いねずみ色を投下して降り注ぐ僅かな明かりを頼りに見ると、右腕にのしかかっていたものが縦に割れて、崩れるところだった。
体温は随分と低い。血液までもが真水になったみたいだ。
そう思いながら、のそりと体を起こす。周囲に木材のがれき、倉庫、錆の板のような塊に、どろどろに服を汚したアーニィの姿を見とめて、
「すまない、少し寝ていた」
そう、解放されたトヨが言った。
アーニィはほっとしたのか、その場で力が抜けたようにしゃがみ込む。
トヨはさらにきょろきょろとあたりを見渡す。妖刀の気配を身近に三つ感じる。その内の二つが固まっている方向を見れば、リオがいた。
両手に妖刀を持っている彼女は、トヨの記憶の中にある彼女と全く同じ様子で、眠たそうな目を温厚そうに細めている。
「何がどうなっているんだ?」
何が起きているのか、トヨには到底わかり得ない。
尋ねられたアーニィも、何をどう答えたらいいのやら。説明をしようにも理解できていないことも多いし、伝えようにも答えに困る。
ただ一つ、明らかになっていることは、
「リオが助けてくれたんだ。それだけは感謝してやれよ?」
直近で起きたことで、はっきりとわかることはそれだけだ。
「む、そうなのか?」
トヨが言って、リオに目を向ける。
「いいえ、自分なんかに感謝するよりも、この妖刀を二つとも揃えてくれたあの人に感謝してくださいよ。揃ったおかげで解放されたんですから」
アーニィ、トヨ、リオの三人の目が一斉にノウに向けられる。
ノウは歯を力強く噛みしめていた。
「……どういうことですか。あの妖刀は操る力もあるのでは……くぅ、謀りましたね……エンブ」
悔しがるノウ。トヨが立ち上がる。
形勢は逆転した。今闘うべき相手は、ノウだけだ。
ども、作者です。
熱い展開にしたい。そうは思っています。




