もう一つの
ミツはエンブの後に従い、もう一人の仲間であるノウのいる場所へと向かっていた。
彼女の居場所はエンブが知っている。妖刀の力とやらで士官学校に潜入する前に教えてもらっていた場所だ。
そこが具体的にどんな場所なのか、ミツは知らないし、知らなくてもいいことだった。
彼女はひたすらにエンブに従うだけ。
人としての個を排除し、ただひたすらに主君に従い続ける存在。それがミツという特別に育てられた少女の個性そのものだった。
今の主君はエンブ。主君が黒と言えば黒、白と言えば白。エンブが妖刀を探し求めるのであれば、彼女はそれに助力をする。命を救ってもらった恩に報いるために。
彼女は疑問も抱かない。なぜ妖刀を求めるのか。妖刀とは何なのか。これも知らないし、知らなくてもいいことだった。主君に従い続けるために疑問は不要だ。
しかし、雨に打たれる家々の屋根の上を渡し船のように飛び越えて一直線に向かっていくエンブの背に、ミツは一つの疑問を投げかけたくなっていた。
自分の行動は一切変えるつもりはない。疑問を抱いてはならないと強く意識する。
それでも未だに疑問を投げかけたいと思う。
それでも未だに胸に渦を巻く後悔という感情を殺せずにいる。
まだまだミツは自分が未熟だと実感する。
取り返せなかった妖刀。リオに奪い取られてしまった妖刀のことが頭から離れない。
それを取り返さなくていいのか?
自分は失敗したはずなのに、エンブは責めもしないし、汚名返上の機会も与えられていない。
自分は失敗を取り返したい。
そうしても辿り着く結果はエンブの求めるものになる。妖刀を一つ集めることができる。
なのに、エンブはそうしろとはミツに言ってはくれない。ただ背を向けて進むだけ。
ミツはエンブから具体的な指令を受けることはほとんどない。そのため、自分が何をするか言われない限りは彼に着いていくことだけが自分に課せられた使命だと考えるしかなかった。
正直、この男が何を考えているのかミツにはさっぱり分からなかった。
けれど自分が決めた主君は主君。
ミツにできることは命令が無い限りはただひたすらに付き従うのみ。それがミツが生まれてから教え込まれた、個を押し殺す生き方だった。寂しいともむなしいとも感じない。
それが自分の生き方だから。
例え親に売られてこの屋根の平たい異国の地に来たとしても……。
エンブとミツは屋根を飛び越えて行くことで、ウェスタンブールの入り組んだ道を使わずとも、最短ルートで墓地にまで辿り着いた。
雨にぬれ、土の匂いが上り、暗雲を運ぶ潮風の臭いと混ざった不愉快な空気が立ちこめる墓地。
ここにノウがいる。もう一つの妖刀を見つけて、エンブ達を待っている。
何もなければさぞ退屈な時間を過ごしていたことだろう。
「……はぁ、はぁ……随分と、遅かったですね……待ちぼうけと重い一撃を食らって待ってましたよ……」
墓場の中央辺りで、ノウは倒れていた。
雨にまみれ、泥にまみれ、一つ大きな傷を負っている。袈裟状の切り傷は深くはないようだが、肩から胸に掛けて斬れた服を赤黒く染めている。
仰向けに倒れたノウの足先に、墓場の入り口、ひいてはエンブとミツに対して背を向けて立っている中年男が一人いた。
短剣とミドルソードを一つずつ片手に持った、二刀流の男。
彼は自分が地面に這いつくばらせた女が、自分とは違う誰かに対して物を言ったのだと気付き、振り返った。
濡れそぼった髪には白髪が混じり、顔に刻まれた皺も深い中年男。
目を細めて眉間を寄せる男の眼光に、ミツは咄嗟に持ち出した武器、大鎌のフォーサイスを構えようとした。
この男がノウを倒したのだと、ミツは瞬時に理解した。状況だけではなく、立ち姿、目の光、纏う雰囲気。その全てが強者のそれだ。
「なんだ、墓荒らしの連れか?」
シヴィルの両手の剣がギラリと鈍く光り、鋭い眼光でギロリと睨めつける。
気が立っているようだ。何者か。なぜここいいるのか。見当は付かないが、我が主君の行く手を阻む障害であれば排除するのみ。
ミツが一歩前に出ようとする。
しかし、エンブは彼女の前に手をかざして、それを制止した。
指示を乞う犬のようにミツが濡れそぼった顔を上に向け、ローブの中のエンブの顔を覗きこんだ。
エンブは顎でノウの方を指し、腕に抱えていた木箱をミツに手渡す。この木箱をノウの元へ届けろ、ということらしい。
にべもなくミツは頷いて、シヴィルには目もくれずにノウの元へと小走りで近寄って行く。
シヴィルの背後にノウは倒れているから、当然彼の脇を通らなければノウの元にはたどり着けない。
目もくれないのは、シヴィルも同様だった。木箱を抱えたミツをむざむざと素通りさせた。
その、直後。
ダッ、とシヴィルが地面を強く蹴り、エンブに向けて駆け出した。およそ年齢からは想像できないような素早さで、シヴィルはエンブに近づいて、両手の剣を交差させるように斬りつけた。
ミツは即座に振り返った。
エンブは。
彼女の主君は。
少女の咄嗟の心配を余所に、シヴィルの一撃を軽やかに避けて、まるで何事も無かったかのようにシヴィルの脇を抜けて前へ、ミツのいる方へと歩き出していた。
シヴィルは剣を振り下ろした格好で制止している。避けられるとは思わなかったのだろう。
エンブは思う。男の攻撃は大したものではなかった。そこそこの腕ではあるが、クイーンには到底及ばない。相手にするまでもないだろう、と。
シヴィルの存在を無視するかのごとく、エンブはほっとしたミツとともにノウに近寄った。
ノウはのそりと体を起こし、ミツから差し出されている木箱に気が付いた。
「なんですか……これ?」
「それにお前の見つけた妖刀、ムラサメを入れて、ムラマサを持っている奴に渡せ」
低い声で通達された命令を聞いて、ノウは顔をしかめた。
「渡す……はは、あなたの思考には全く至りませんなぁ。何のつもりでせっかく見つけた妖刀を手放すのか見当はつきませんが、いいでしょう。せめておっさんを引きつけてて下さいよ。そうじゃないと私にはできませんから」
木箱をミツから受け取って、ノウが立ち上がる。地面をきょろきょろと見渡して、そのうちの一つ、白骨体が雨に濡れている開け放された棺桶に近づいて、その中に木箱を入れ込んだ。直接手では触れずに、掬うようにして中に入っている妖刀を取り出すつもりらしい。
その作業をしている最中の彼女の顔は、どうにも納得がいかないという表情だった。
疑問は抱かないミツも、現状の理解はする。ノウはエンブの仲間ではあるが、完全に信頼している間柄ではないようだ。むしろ、今のエンブの発言に大きな疑問を抱いている。
あるいは、抱かせているのか。
「……ところで、この妖刀は持ち主を操る代物ですよね?」
ノウが箱に蓋をした直後に、エンブに向けて尋ね、
「ああ」
すぐにエンブは答えた。
その答えに、ミツは表情にこそ出さなかったが、心の内ではっとした。
ミツは口数の少ないエンブから、あの背の高い女、リオが手にした妖刀がどのようなものかを聞かされていた。
”一つの目的を果たすまで持ち主を操る妖刀”
ノウは、エンブが口にしなかった”一つの目的を果たすまで”ということを知っているのだろうか。
口ぶりから察するに知らない気がする。それでいいのか。
知らないのなら、教えなければならないのではないか。
ミツは首を左右に激しく振った。
疑問を抱いてはいけない。ノウがどうであれ、自分が従うべきはエンブただ一人。彼が言わないのであれば、自分もノウに伝える必要はない。
ノウが背を向けて去っていく。
それを見届けたあと、エンブは振り返って、先ほど自分に襲いかかってきた男、シヴィルに目を向ける。
シヴィルは、墓場の真横に向けて走り、柵を飛び越えて降りていくノウを一瞥した後、
「お前らはあのカタナがどういう代物か知ってんだな?」
と訊いた。
それに二人は答えない。
「わしは詳しくは知らんがな、一つだけはっきりと言えることがある。あんなモン、あっちゃいけねえものだ。持ち主も周りも不幸にするような武器は、そこのお嬢ちゃんが持っている大鎌だけで十分だ。ったく、そんなもんも持ち出しやがって……」
心底うっとうしそうに呟いて、シヴィルは剣を握った両手に力を込める。
「ちいと本気を出させてもらうぞ」
シヴィルが剣を構える。
それを見て、すぐにエンブはローブの中から鞘に収められた妖刀を取り出した。
「お前も同じモンを……」
シヴィルの舌の根も渇かぬうちに、エンブは不意打ちをかけるように妖刀を抜いた。
「!!!」
突如、シヴィルに襲いかかるそれを彼は自身の目で見て、咄嗟に剣を振るった。
その場で、誰も近づくこともなく、がきぃん! と一つの剣と剣の触れ合う激しい音が、墓場に響き渡った。
シヴィルは立ったまま。傷も何もない。
「……」
あれを防いだ。その程度の力はあるらしい。
「おめえもそれも厄介なモンを持ってやがる!!」
もう一度、その力は使わせまい。
シヴィルはいつ以来かも分からぬ本気で、エンブに飛びかかって行った。
ども、作者です。なんとかギリギリに。
唐突になんですが、小説を作るに際して使っていたフリーソフトが急にクラッシュしてしまいました。
こいつもそのソフトで書いていたのですが、バックアップは一切なし。
幸い、内容の復元は難しくなく、これまで通りに更新はできそうです。
ただ……使っていたフリーソフトがあまりにも使い易かったことが惜しい。。。。。他のフリーソフトと比較してもあれ以上の物はなく、しばらく慣れるまでに時間がかかりそうですねぇ。




