捜す妖刀
アーニィの父、シヴィル・マケインは二本の剣を腰に差し、柄の上に右腕を乗せながら、庭で空を見上げていた。
ぽつりぽつりと振り始めた雨は、いつしか勢いを増している。無数に降りしきる雨はじきに本降りとなるだろう。
「お父さん、風邪を引きますよ?」
妻、サエ・マケインがシヴィルの背後から声をかけた。振り返らずとも、彼女が中庭に続く戸をあけて、心配そうな目をしているのがシヴィルには分かった。
「ああ」
そっけなくシヴィルが答える。サエが戸を閉める音は聞こえなかった。
変わりに、
「嫌な雨。アーニィとリオは大丈夫でしょうか?」
シヴィルに分かるはずもない問いを呟く声が聞こえた。
「さあ、な」
本当に、嫌な雨だ。あの日と同じ、体温も人の命も奪ってしまいそうな冷たい雨。
ざ、とシヴィルは前に向けて、歩みを進めた。
「どちらへ?」
「出てくる」
元より静かな男だが、長年連れ添ってきたサエには夫のシヴィルがこれから何をしようとしているのか、どこに向かうつもりなのか、言葉を介さずに分かった。
「傘、お忘れにならないでくださいね」
「分かった」
そう言って、玄関に続くドアを開いて、中庭を去っていく。
後姿を見ながら、サエは夫が傘を忘れるかもしれない、と思っていた。
掘り起こした棺桶の中に、一つの白骨体と一振りのカタナがあった。
見下ろしながら、ぷー、とノウは口を膨らませる。雨のおかげで土臭くなって、棺桶に籠った腐臭が少し和らいでいるものの、臭い以外に彼女を膨らませる要因があった。
「この妖刀は手にするわけにはいきませんね。はぁ、もうちょっとここで、エンブを待つとしましょうか。自分で探すよりも待ち人を待つ方が遅いと言うのは、嫌ですねぇ」
それに加えて、本降りになり始めた雨。
体を濡らすのは不愉快だ。
でも、ノウは決して雨は嫌いではない。
「あと二、三日でもしたら、いい錆ができそうです。初めてこの妖刀ナマクラの真価を発揮できるかも、しれませんね」
降りしきる雨を見上げながら、ノウはにやりと笑った。
街の人たちが、走る自分を避けている。
ぼんやりとした意識の中で、リオは右目でその光景を見ていた。当然だ、意識とは無関係にぶつぶつと「お姉さんはどこ?」なんて不気味に呟き、片手に抜き身のカタナを持っている人間は、怖くて仕方がないだろう。
リオは完全に自分の体を何かに乗っ取られ、体力に関係なく走り続ける自分自身にも恐怖を抱いていた。
どうしようもないという諦観。なんとかしなければという気力でさえ、このカタナに乗っ取られている気分だった。
その上、自分の頭の中までも、カタナに秘められた謎の意識にかきむしられていた。
このカタナは”姉”を探している。そして、”姉”の居場所を知っていた。
どこにあるか、初めは漠然としたイメージだったが、次第に明確に墓地の景色が見え、そこに向かって走るよう、体を操縦されている。
しかも、リオ自身の記憶の中にある、墓地へ向かうための道順を思い返されている。
自分が自分でない。きっと普通に生きていれば誰もが知ることのない感覚だ。奇妙で奇怪で気持ち悪い。
それに加えて、最も彼女を不快にさせている気分は、閉じた左目に浮かぶ明確なイメージだった。
墓地。墓地の中でも、隣り合わせの墓。
その墓について、リオ自身が一番良く知っていた。
なのに、一番大切なことが分からない。
その墓はリオの本当の父と母の墓だ。不慮の事故で死んでしまったという両親の亡きがらが眠り続ける象徴。生きていた証。
そこに、なぜ自分を連れていこうとしているのか、そこにカタナの求める”姉”がいるというのか。
分からない。分からない。分からない。
そして、走り続けたリオは。
ついに……。
アーニィは力の限り鈍剣を振り下ろした。
自分の持つ剣の中で、一番破壊力を期待できる武器だから選んだ。
しかし。
がきぃん、と激しい音を立ててトヨを囲む錆の塊にぶつかっても、なんら効果はなかった。それどころか、角にぶつけた刃が欠けてしまった。
「クソッ!!!」
アーニィが悔しがるのは、決して刃が欠けてしまったからではない。平時の彼であれば何かにやつあたりをして、途方もない位に呆然として、悔みに悔やみきれなかったに違いない。
しかし今はどうだってよかった。誰かにとってのガラクタであっても、剣は彼にとっての宝物。
その宝物が欠けようが壊れようが、今は対して気に留めることではなかった。
全く壊れない錆の塊に、トヨを助け出せない自分が、今までに感じたどの口惜しさよりも勝っていた。
どうやったら、トヨを助けられるんだ!!
このまま、トヨは閉じ込められたままになるのか。そんなのは絶対に嫌だ。
でも、自分は余りにも無力。
妖刀を使ったノウを追うことも、今すぐにトヨを助け出すことも叶わない。
がく、と足から力が抜ける。
それでも、無理やりに両足に力を込めた。
次は別の剣で試す。それでも壊れなければ、別の剣で。全部がダメだったら、全部の剣が壊れてしまったら……。
後ろ向きな考えだけが頭に浮かぶ。
くそう、ダメだ。こんなんじゃだめだ。絶対に、トヨを助け出してやらないと。
そう考えていた彼の元に。
落下した船の破片が散らばり、雨に濡れている港に。
一人の足音が響いた。
「……リオ?」
港と道の境界に、リオがいた。
「リオ、どうしてここに……」
アーニィは彼女へ近づいた。
ジュリアと一緒に士官学校に行ったはずの彼女が、なぜここにいるのか。
顔に傷が、服が雨だけとは思えない汚れや傷がある。
アーニィは、リオにどんなことが起きているのか、何も知らない。アーニィの頭の中は疑問であふれかえる。
それでも、
「ちょうど良かった。トヨを助けたいんだ。お前の力を貸してくれ!」
アーニィにとってこの世で最も頼りになる義妹の到来は、最高の助けだった。
……はずだった。
「姉さんに会いたい。邪魔、どいて」
「リオ?」
リオの発した言葉に、アーニィは理解が追い付かなかった。
「リオ、何を言ってるんだ」
そこで、はたと気が付いた。
下げた視線に移る、リオが右手に握ったカタナを。
「かた……」
なぜリオがカタナを持っている?
カタナなんて、リオは使わない。他の剣はどうした?
腰にも携えていない。一つも持っていない。
カタナだけを持っている。
その持っているカタナを、リオは左に動かして、
「邪魔」
と言って、振った。
アーニィは咄嗟に後ろに下がりながら、まだ手に握っていた鈍剣で受け止めようとした。
しかし。
ぱきぃん、と音を立てて。
鈍剣が真っ二つに折れた。
「……な!!?」
いいや、違う。
折れたのではない。
斬られた。まるで髪を挟みで切るのと同じように、簡単に、そして綺麗に。
アーニィはさらに後ずさった。
リオはカタナを振った姿で、虚ろな目でアーニィを見ている。
「おい! リオ!!! 何をするんだ!! どうしちまったんだよ!!!」
リオは答えない。
自分に向けられている目は冷たい。
あの眼は、リオの目じゃない。長年一緒にいたアーニィはやっと気が付いた。いつもの義妹の、眠たそうでも冷静で、小さなことも見逃さない理知的な目ではないと。
その目は、害虫でも見つけたときのようだった。
そして、害虫はアーニィだ。
「……どいて」
発する言葉まで、鉄のように冷たく、一言告げた直後にリオはアーニィ目がけて走り出した。
カタナを、妖刀を構えて。
ども、作者です。今年最後の更新でややきりのいいところで終えられて気持ちいいです。
来年もよろしくお願いします。




