五人のエリート
「ライオネル!! ナツキ!! 侵入者たちを排除しろッ!!」
金髪の優男、マーブルの号令が洞窟の中に轟いた。
まず真っ先に動いたのが、スキンヘッドの大男、ライオネルだ。並の男よりも身長の高いリオよりも、さらに高い頭上から、ジュリアとリオ目がけて棍棒を振り下ろす。
棍棒の材質は鋼鉄ではない。石か骨に近い材質だ。それでも、頭上に降りかかる棍棒の重量は、迫りくる様子を見ているだけでも鉄以上の重量がある。材質のせいか、あるいはライオネルの腕力の仕業か。
どちらにせよ、リオもジュリアもここは避けることを選んだ。
お互いが別の方向に横っ飛びし、頭から飛び込むように地面に倒れる。
ごうん、と轟音を立て、さっきまで二人が立っていた地面が抉れ、ぱらぱらと小粒の石が辺りにはじけ飛んだ。
「とんだ馬鹿力ですね……」
立ち上がりながらリオが零す。厄介な相手だ。剣を突き合わせることができれば、守りに徹して隙を狙い、なんとか打ち破ることができそうなものを。
最初の一撃ではっきりと分かった。これ以上ライオネルの打撃を剣で受け止め続けることはできない。男女の歴然とした腕力の差にも由来する、落石のような一撃は、剣で何度も防げない。剣を破壊されてしまう。できて受け流す程度だが、力の差がありすぎて受け流す前に叩き潰されるかもしれない。
それならば、別の方向から攻撃を加えるしかあるまい。
リオは両手で剣を抜いた。二刀流で如何にこの窮地を脱するかが問題だ。
ビュッ、と空を切る音が、リオの耳に届いた。
リオは体を背後に回し、刀身の曲がった剣、ショテルを真横に振るった。手ごたえあり。
ショテルで矢をはたき落していたのだ。リオは矢で狙われていたのだ。
それがもう一つの問題だ。遠近で時間差、段階を分けた攻撃はどちらか一方の対処に専念することができない。
これがまた厄介だ。
ただ、リオは一人で闘っているのではない。リオは横目でジュリアを見た。
ジュリアはリオとは目を合わさなかった。リオが自分のことを見ていることにも気付いていなかっただろう。
それでも自分のやるべきことは分かっていた。
ジュリアは立ち上がると同時に走り出し、暗闇の中を凝視した。
彼女の目に、揺らぐ何かが見えた。木と鉄で作られた道具。ボウガンだ。ジュリアはなるほどと思う。隣の部屋の、ちょうどこの部屋にある松明の明かりが届かない場所からボウガンで狙っていたのか。
ボウガンなら、普通の弓矢よりも矢を優れた速度で撃ち出せる。
がこん、とボウガンの装填が終わる音が聞こえた。そして、間をおかずにビュッ、と矢が放たれる。
ジュリアはにっ、と笑った。
奇襲ならともかく、見えていればどうということはない。
手に持った槍を縦に持ち替え、グルリと一回転させる。
タイミングはばっちりだった。矢は回転に巻き込まれるように弾かれ、地面に落下した。自分のやるべきことは他でもない、この遠距離から攻撃をしてくる相手の対処だ。
ジュリアがボウガンの攻撃を軽くいなしたとき。
リオは嫌な予感がした。明確に何かのきっかけがあったわけではない。女性の優れた第六感とでもいうべきものか。それが、彼女の胸の内に警鐘を鳴らしていた。
リオはライオネルに背を向け、とっさに走り出した。ジュリアの元へ。
リオの予感は見事に的中した。暗闇の隣の部屋へ正面を向けた彼女のその背中へ。洞窟の段差とは真逆の方向から、何かが飛んできている。
速度はボウガンから放たれた矢よりも遅い。しかし、それは大きく、静かだ。ジュリアは全く気が付いていない。ボウガンを持った相手を追うことに意識が注がれている。
自分がやるしかない。
リオはショテルを持った腕を全力で伸ばした。走っているだけでは間に合わない。ジュリアは地面を蹴り、飛び込んだ。
リオの剣の前を、それの先が掠めた。
間に合わなかったか。
いいや、ジュリアの背にめがけて迫っているそれは、あくまでも先端だけが通り過ぎただけだった。
それとはいったいなんなのか。
ジュリアの背中を目がけて一直線に空を裂いていたのは、チャクラム。刃物を輪っかのようにし、外側に刃の付いた投擲武器だ。投げた時にはぐるぐると回転しながら進んで行き、人体に突き刺さるときには肉を抉るように突き刺さる。
ここでの肝は輪っかのような形状をしている武器だという点である。回転する刃に、リオのショテルは届かなかった。紙一重で、切っ先が届かなかった。
だが、それでいい。
届くのは、輪っかの中で十分だった。
リオのもくろみは見事に成された。ショテルはチャクラムの輪っかに滑り込み、からん、という軽い音を立てて、その進撃が止まった。
ジュリアが振り向く。その時にやっと自分に降りかかっていた危機に気が付いた。リオがジュリアを守った。
さらにもう一つ。
リオの行動がすてみであったということ。
嫌な予感に駆られ、駆け出し、ジュリアを守った彼女はなりふり構っていられなかった。だからある一つのことにまで、気を向けている余裕などはなかったのだ。
「リオッ!! 避けてッ!!!」
気が付いたジュリアの声が反響する。
しかし、それは無意味だったとジュリアは直後に知った。
体を宙に投げ出していたリオへ、全力で走り寄っていた姿があった。スキンヘッドの大男ライオネル。
走り寄りながらも、棍棒を振りかぶっていた彼の準備はもうできていた。
曲げた腕の力瘤に欠陥が浮かび上がる。
そして。
解放された。
リオにめがけて棍棒が襲いかかる。
血しぶきが舞った。
ジュリアは自分の目から黒や茶色が失って、白目だけになってしまったかと錯覚した。
軽い布きれか何かのように飛ぶリオの体。軽いはずかない。ジュリアが背中から地面に落ちた時に、がつんと固い音がした。
自分に痛みが走ってもいないのに、背中に肉をえぐられるような痛みを感じた。血が失われていくみたいにぞっとした。
ジュリアは槍を握る手に力を込める。体の内側から湧きあがる何かが、ジュリアの皮を筋肉を骨を動かしていた。
ざっ、とジュリアは足先をライオネルに向けた。自然と体と目が彼に向く。
そのとき。
ジュリアの目に失われていた色が戻ってきた。
赤。赤が否応なしに飛び込んでくる。
ライオネルは左手に棍棒を持っていた。では、右手は。
自信の左腕を掴んでいる。五つの指の四つの隙間から、止めどなく血が溢れていた。
「ぐぅ……」
ライオネルが苦悶の表情に見合うだけのうめき声を、唸るように零した。
「どうした! ライオネルッ!!!」
見下ろしているだけの金髪の男、マーブルが叫んだ。
「左腕を、やられただけだ……」
ジュリアはとっさに、ライオネルの言葉がただの強がりだと分かった。
ライオネルは左手から右手に棍棒を移す。その際に見えた傷、傷から溢れる血液の量。血液が川の源のように流れている。
傷は深い! 左腕ではもう棍棒を振り回せないほどだ!
リオのやつ、やってくれる。あの棍棒に殴られる一秒にも満たない極々僅かな時間に、チャクラムを捕えたのとは逆の剣で反撃をしていたのだ。そしてそれが、ライオネルの左腕の致命傷となっている。
逃すことのできないチャンス。
熱い力が槍を握る手に汗をかかせる。間合いは数歩踏み出せば届く距離。
ジュリアは地面を蹴り出そうとした。
しかし。
耳に飛び込む。空を切る音。
「またッ!!?」
ジュリアはすぐさま背後を見て槍を回す。からん、と矢が落ちた。
「厄介ね……」
ジュリアは呟いて、走り出した。ライオネルのいる場所とは真逆、リオのいる場所へ向けて。たった一人で闘うには厳しい。なんとか、リオを叩き起こさなければ。
ジュリアが走っている途中に、再び矢が放たれた。
今度の狙いは、リオだった。
ただ、その矢を叩き落すのには、十分な猶予があった。楽に矢を槍で叩き落す。すぐさまジュリアはあたりを見渡した。もう一人、チャクラムを投げた人物がいる。つまりは遠距離が二、近距離が一、という敵の構成だ。
警戒を怠らず、ジュリアはリオに向けて言った。
「アンタ、いつまで寝てる気! そろそろ起きなさいよ!!」
「もうですか? 痛いは痛いのでもうちょっと休んでおきたかったんですけど」
むくり、とリオが起き上る。
「アンタの攻撃で、ちょっとは軽減できたんでしょ?」
「ちょっとだけです。まったく、女の子に全力で攻撃を叩きこむなんて紳士的じゃないですよ」
「紳士な敵なんていないっての。いつでも殺してくる気よ。寝てたらまた矢を撃たれちゃうわよ?」
リオがにっ、と笑う。
「その時はまたジュリアさんに防いでもらいますよ。自分達の名コンビのナイスなコンビネーションで立ち向かいましょう」
「勝手にコンビにしないで」
「ええい!! いつまで話しをさせているお前らッ!!!」
二人がのんきに会話をしていたら、マーブルの怒号が飛んだ。
リオとジュリアが背中合わせに立つ。
「彼ら、きっと士官学校のエリートです。兵士になるのが確約されていると言っても過言ではない人らですから、油断しないでくださいよ」
「言われなくても。アンタがぶっ飛んで教えてくれたから」
直後、ライオネルが動いた。ビュッ、と矢の放たれた音が聞こえた。たたた、と軽快な足音が聞こえた。
「そっちは任せるわッ!!」
ジュリアが走り、矢を回した。
「了解しました」
リオは両手に持った剣に力を籠める。
まずは最初に、ライオネルが自信の棍棒が届く距離に到達した。棍棒を右手で振り下ろす。
ジュリアはぐるりと体を回し、左手に持ったショテルを振った。
二つの動きはほぼ同時。
右手で振り下ろされる棍棒。ぐるりと半円を描くように動くショテル。
ショテルという武器。この剣は途中までは刀身がまっすぐに伸び、中腹当たりから三日月状に湾曲し、切っ先はかぎづめのように刃のある内側に向いている。
これまで、リオはこの剣を何かをひっかけるために使って見せてきた。
しかし、この剣の本質は違うところにある。
振り下ろされる棍棒。その速度は、両手で振り下ろされた時とは若干の違いがあった。少し遅い。
そして、ショテルの本質。この剣の本質は、その特殊な形状をしている理由だ。
振り下ろされる右腕の真横に、外側から切っ先が突き刺さる。
ショテルは元々、直線の剣では真正面からの攻撃を盾に防がれるという欠点をカバーするために生み出されたものだった。
だから、真横から何かに防がれることなく、何にも邪魔されることなく攻撃をするのに、最適な形をしていたのだ。
ショテルの刺さったライオネルの右腕が、ぴたりと止まった。
リオはそこで手は止めない。止められはしなかった。即座に足を踏み出し、右手の方へとリオは動き出した。
結果、爪のように突き刺さったショテルの切っ先は、腕を引っかいて皮と肉と血管を切り裂き、ライオネルから離れた。
さらにそれと同時に。リオのもう一方の剣、シュヴァイツァサーベルが彼女に近づいていたチャクラムを弾き飛ばした。
どこから飛んできたのか。リオが目をぎょろりと動かすと、チャクラムの穴に意図を通し、いくつも腰に束ねている背の低い少女の姿があった。
彼女だ。さっき走っていたのも彼女だろう。即座に距離を縮めるように走る。
少女、名をジータという彼女はぎょっとした顔をしながらも、冷静にチャクラムを二つ放り投げてきた。それを難なくリオは両手の剣で弾く。
「やばっ、これってかなりダメなやつっぽくね?」
ジータは走って逃げようとする。
背の低いジータは足には並々ならぬ自信があった。
自信はあったのだが、ジータとリオとでは圧倒的に埋められない差があった。
だから、ジータの背後に、リオはすぐに追いつき、
「よっ」
と軽い掛け声を出して、彼女の後頭部に一発蹴りをブチ込んだ。
ぎゃっ!! と潰された虫のような声を上げて、ジータは顔面を地面に打ち付けた。
「ぎゃああああ!! 鼻があああ! 頭があああ!! これ血が出てるやつっぽくね? 頭かち割られたっぽくね? にゃあああああああ!!」
そして、ひたすらにわめく。
「足の長さが違うんですよ、あなたとは」
リオの言葉が届いているのか届いていないのか、ひたすらにわめいていたジータは、わざとらしくばたりとうつ伏せになって、急に動かなくなってしまった。
一方、ジュリアは。
走っていたジュリアは速度を次第に速度を落とし、歩いていた。
それでも、彼女へ向けてボウガンの矢は飛んでくる。その速度は変らない。
しかし、歩いた方がかえってジュリアには楽だった。言わずもがな向かってくるものに自分から向かっていく方が、避けたり防いだりするのは難しいからである。
からん、とまた一本矢をはたき落した。
その後にまるでルーチンワークかのように、足音が響いた。足音は暗闇の中へと遠のいていく。
「アンタも見てるでしょ? 飛び道具はアタシには効かないわよ~。さっさと出て来なさいな、今なら特別サービスで槍で風穴空けてやらないから」
ジュリアが軽口を叩く。
お前が軽口を叩くな! とでも言うように矢が飛んできた。
ジュリアは再びあっさりといなす。
「出てくる気はなし、と」
ボウガンを持った相手、ナツキと呼ばれているそいつは、今は通路のさきの、隣の空洞にいる。闇に飲まれたそこで闘うとなると、ジュリアにとってはいささか不利だ。
それでも、引くことはできない。
ジュリアは暗闇の中に足を踏み出した。
先に進むにつれ、光が次第に届かなくなる。すぐ近くには誰もいなかった。
足音も、矢を装填する人工の音も聞こえない。ついでに言えば、人の生きている証、呼吸のささやかな音も闇の中に飲み込まれている。
いや、闇の中に同化させていると言うべきか。
エリート、だなんて言われているだけはあるわね。不自然なくらい自然の中に溶け込んでる。
ジュリアは静かに感嘆した。
さらに暗闇の中へ入って行く。ついさっきまで、ぼんやりとしていながらも明かりの中にいたために、目は暗闇には馴染まない。
…………。
静かだ。
どこから、いつ、攻撃が来るのか。
暗闇の中では何もかもが分からない。
…………。
ジュリアの胸に懐かしさがふわっと浮かんだ。昔は今と似た経験を何度もしてきた。暗闇の中は身を隠すのにも、奇襲をするのにも向いていた。
あるときは、同業の相手を倒すために。
あるときは、盗みを働くために。
あるときは、狩りのために。
逆もまたしかり。同業に奇襲されそうになったし、盗まれそうにもなったし、夜行性の猛獣に狩られそうになったり。
今は……最初と最後の状況を合せたような感じだ。人間相手に狩られようとしている。
自分はちょうど相手の罠にハマっていったのだ。
むろん、意図的に。
暗闇の中での相手の行動はだいたい予想が付く。何に頼ればいいかもだいたい分かっている。
ジュリアは耳空洞の中に、この場で起きている全ての音を吸いこむように耳を澄ませた。
そして、ジュリアが立ち止まった時。
矢が放たれた音が聞こえた。
音が反響している。風を切る音、撃ち出した時の機械的な音、引き金を引いた時のささやかな音。ほぼ同時のこれらの音が、反響の渦に巻き込まれて、混ざり合っている。おかげでどこから飛んできているのか、特定し辛かった。
そのせいか、矢はジュリアの元まで到達してしまった。
どすん、と重たい物が落ちるような音が響いた。空洞の中で反響したその音は、別の二つの穴の中に届いた。
「や、やった?」
可愛らしい声と共に、もぞもぞと何かが暗闇の中で動く。
ナツキは両手でボウガンを抱え、背中に矢をストックした筒を背負っている。髪が長い。おどおどとした様子で、音のした方まで近づいてきた。
あの重たい音は、何かが倒れた音。何か、それは人。つまりは標的であるジュリアが倒れた音以外に他ならない。
倒れたのなら。やった、間違いなく矢が彼女に命中したのだ。
しかし、暗闇の中でずっといて、目が慣れているとは言えども、細かなことまでは分からない。
だから、確認しに行く。
確認しに来る。
確認しに、のこのことやって来たわけだ。
ジュリアの間近にやって来た時に、ナツキは目を丸くした。
「いらっしゃ~い」
ジュリアがにこやかに笑って言った。
そして、一瞬の気が緩んだその隙を狙って、右の拳をナツキのみぞおちに叩きこんだ。
おうっ、とナツキが可愛らしい声で、変な言葉を洩らした。
「残念ね。刺さったと思った? 矢が命中したと思ったでしょ。でも、残念」
あくまでも、位置を特定するのが難しいだけに過ぎなかった。
野生の勘とでも言うべきか、あるいは野生の中で鍛えられた警戒心と聴覚は、並の人間では察知できないようなことでも特定できた。
しかし、ただ矢の放たれる場所が分かってもなんの意味も無い。闇の中で目は役に立たず、ちょろまかと逃げ回る、隠れるのが得意な相手を探し出すのは、かなり骨が折れる。
だから、獲物を捕えた時の習性とでも呼ぶべき行為を利用したのだ。
実際に倒せたのかどうか、殺せたのかどうかを確かめに来る。かならずそうすると、ジュリアは踏んでいた。
矢がからん、と地面に落ちる。
その矢は脇に挟まれていた。飛んでくる矢をジュリアはとっさに脇に挟んで、矢に倒れたように見せかけるために、わざとぶっ倒れて見せたのである。
「案の定引っかかってくれたわね。さ、首を出しなさい? 口と鼻の他にもう一つ、空気の通る穴を作ってあげるから」
お腹を抱え、地面にペタリを座り込んだナツキにジュリアが言う。
「や、やぁ……」
「何? や、って。挨拶でもしてるわけ?」
「穴開けられるの、やぁー……」
「いやって訳ね。じゃあ……」
ジュリアは足を踏み出した。ナツキのお腹を蹴りつけるように。しかし、ちょっと狙いが外れて、ジュリアの靴は見事にナツキの股間の辺りに命中した。
ぐにゃり、と嫌な感触。
「ーーーーーーーー!!!!」
言葉にならない叫び声を、ナツキが上げる。
「う、うへぇ……アンタ男だったの? やだやだ踏みつぶしちゃったぁ……あー、靴越しにも気持ち悪い……」
しばし、ナツキは転げ回り続けた。
両腕から血を流すライオネル、ぐったりと倒れたジータ。ひたすらに転げまわるナツキを放っておいて、ジュリアが元の場所にまで戻ってくる。
「あら、そっちも順調ね」
ジュリアに声をかけられ、リオがにっと笑う。
「ええ。そちらも片付けが済んだみたいで」
「あれくらいどうってことはないわ。さて、残るは……」
「あと一人だけです」
二人は同時に、きっ、と睨みつけた。視線の先にいる金髪の男マーブルが、段差の頂上で不味そうな顔をしながら片足を引く。
「アイツもエリートなんでしょ? 油断しないようにしなくちゃね」
「ええ。司令塔紛いのことをしてるくらいですから、リーダー格なんでしょう。一筋縄ではいかないかもしれませんよ」
二人がそれぞれの武器を強く握る。
さて、一方のマーブルは。
「ふ、ふん。この僕に、じきじきに倒されることを光栄に思うがいい。僕の両親は共に十二騎士団の一員。その血を引く僕は将来の十二騎士団入りが約束されているようなもの。血と将来が僕の決定的な実力を示しているだろう! さぁ、君たちでは到底かなうまい!」
などと主張し始めた。
「じゃあ、さっさと下りて来なさいよ。十二騎士団って言ってもキングほど強くはないでしょ?」
「そんな闘ったことがあるように言わないでくださいよ」
「あるわよ? キングとなら」
「へぇ、良く生き残りましたねぇ」
「いろいろあってね」
「キングやクイーンは頭一つ実力が抜けているとはいえ、十二騎士団は一人一人が精鋭です。その子ですから、油断はしない方がいいですよ?」
「油断なんかしてないわよ」
「明らかに油断をしているじゃないか君たち!!」
痺れを切らしたマーブルが叫んだ。
「いいか君たち。すぐに後悔をすることになるぞ! それでもいいのか、後悔する前に逃げ出せば……」
明らかに小物の臭いがする。油断をするなと言われても口八丁に、どこかおどおどとしている様子。これが意図的に見せているポーズなら、よっぽどなやり手だ。
けれど、決してそんな風には……。
脅しにもならない脅し文句をマーブルが言っている最中、ジュリアがそんなことを思っていた、その時。
ゴォン!! と轟音がどこかから響いた。同時にぐらぐらと足元が揺れる。非常に強い地響きだ。
「ひゃあっ!!」
揺れる足場に驚き、さらに体勢を崩し、マーブルは頂上の端から、下の段差へと頭から落下した。
それはさておき。
「な、何よ今の……」
地響きは一瞬で終わった。
「地震、でしょうか」
二人とも驚きを隠せずに顔を見合わせる。
さらに、二人ともをぎょっとさせるできごとに見舞われた。
「いいえ。おそらくは、クイーンのハンマーが地面に振り下ろされた地響きかと思います」
エリート四人、ジュリアとリオとも違う別の誰かの声。
思わず背筋を強張らせ、リオとジュリアは後ろを見た。
そして、ついでに落下していたマーブルも顔を上げる。
三人が視線を向けたその場所には、一人の少女が立っていた。彼女の声には聞き覚えがあった。二人にも、マーブルにも。
「イリーナ!」
「イリーナさん!」
マーブルとリオが同時に言った。そこに立っていたのは、船で出会った士官学校のエリート、眼鏡をかけた少女イリーナだった。
彼女は腕に、見た目は女の子中身は男のナツキを軽々と抱えていた。抱えながら、辺りを見渡す。腕に傷を刻まれたライオネルも顔を上げて、イリーナを見ている。
「あなたたち、こんなところで何をしているんですか?」
イリーナがぽかんとした顔で訊いた。
「僕らのことはどうでもいい!! イリーナこいつらは侵入者たちだ! 僕らの敵だ!! なのに貴様はこいつらの知り合いだというのかッ!! まさか、ウェスタンブールへの侵入も貴様が手引きをしていたのかッ!!」
問い詰めるように、というよりは自分の考えを押し付けるようにマーブルが叫ぶ。
イリーナははぁ、とため息を吐いた。
「何を言っているんですかマーブル。彼女らは侵入者……今はそうかもしれませんが、あなたの考えているような人とは違いますよ。悪さをするような人ではありません」
イリーナが断言する。
「そうよそうよー」
「ジュリアさん、あなたって確か……」
「それに、こんなところで闘っている場合ですか。マーブル。今の地響きでも分かるでしょう? 今、クイーンが闘っているんですよ」
聞いて、マーブルがハッとする。ジュリアやイリーナには分からないが、何かに気付いたらしい。
「く、クイーンは最奥の武器庫でフォーサイスを守っているはず」
そんなわけはない、とマーブルは頑なに認めようとしない。自分自身の勘違いを。
「じゃあ、最奥の武器庫にまであなたの言う”侵入者”が到達し、クイーンが迎撃をしている最中である、と単純に考えられるのではないですか?」
「ま、まさか、侵入者は既に……」
「わたくしはウェスタンブールを離れていたせいで詳しくは知りません。ですが、わたくしはこの目で、士官学校に侵入しようとしていた、彼女たちとは違う二人組を見ました。その内の一人のせいでしばし気絶していたのですが……わたくしは気付いてから、別ルートでいち早くクイーンにそれを知らせるためにこの空洞を通ることにしたのです」
「じゃ、じゃあ、こ、こいつらは……」
「どうしてこの道を知っているのか、ここを通ろうとしていたのかは知りませんが、少なくとも彼女らに構っている暇はありません。クイーンが相手をしているのですから、我々が心配をしても無意味でしょうが、敵は二人組です。何が起こるのかも分かりません。わたくしたちも一早くクイーンの元に馳せ参じましょう」
「く……わかった」
マーブルが悔しそうに言った。そこでやっと二人の話しが終わり、イリーナは待ちぼうけを食らっていたジュリアとリオを見る。
「お二人ともそう言う事情です。あなたたちがどうしてこの通路を通っているのか、どうして知っているのか、訳も目的も存じ上げませんが、今の士官学校は危険です。今すぐに立ち去ってください」
イリーナはきりりと言い放った。
「だそうですよ。ジュリアさんどうします?」
「どうするったって、ここから出るの面倒じゃない」
「では、一度上に出てから、すぐに立ち去ってください」
イリーナが代案を立てる。
「それも嫌。せっかく辿り着いたのに引き返すのも面倒じゃないの。アタシ、クイーンに用があるの。なんだったら、クイーンの加勢をしてあげてもいいわよ?」
「しなくても結構です。むしろ、加勢は邪魔です。彼女に近づいた方が危険です。クイーンの闘いに巻き込まれたら死にますよ」
そんな冗談を、と言おうとしたジュリアだったが、イリーナの目は真剣で言い返すことができなかった。
「どんだけ化け物なのよアタシの母親は……」
ジュリアがぽつりとつぶやく。
一瞬、辺りの空気がしんと静まり返った。
「母?」
イリーナが言った。
「母、親ぁ?」
ぐったりとイリーナの腕に抱かれていたはずのナツキが言った。
「母、母さんっぽい?」
倒れていたジータが顔を上げて言った。
「母……なんと」
両腕から血を流して膝をついているライオネルが言った。
「ははぁ、そういう訳があったんですね」
リオは恐ろしいまでに冷静に言った。
「は、ははは、母親!? つ、つまり、あ、あなたはクイーンの、ご、ご息女!?」
マーブルだけは大慌てだった。
「まずっ、言っちゃった。まぁ、そんなワケがあるのよ。いいでしょ、クイーンに会いに行っても」
ジュリアは飛んだ失言をしてしまったと思いながらも、すぐに切り替えてイリーナに頼み込む。
イリーナははぁ、とため息を吐いた。
「そんな馬鹿なこと……」
彼女は信じていないらしい。
「アタシだって信じちゃいないわよ。あくまでも可能性があるに過ぎないって、キングとエースに言われて、確かめにここに寄越されたってだけなの。確かめないとアタシの首はない。その辺のことは割愛させてもらうわ。でも、一早く会わなくちゃいけないの」
「きき、キング!? え、え、えエースぅ!!?」
思わぬ名前が飛び出たためか、マーブルが変な声を上げた。ずざざざ、と大慌てでジュリアの傍まで駆けより、地面に膝をついて頭を伏せる。
「く、くく、クイーンのご息女であられましたか。ここ、このたびは大変な失礼をば致しました」
「うるさい。黙りなさい」
「は、はいぃぃ!!」
マーブルがひれ伏した。さながらしつけを十分にされた犬のようである。
「ご命令が板についていますね、お姫様」
リオが茶化すように言った。
「慣れてるだけよ、命令するの。つーかアンタまで姫様言うな。で、どうするの? アンタが断ってもアタシは勝手についていくわよ」
ジュリアにはちっとも折れる気はない。素性も完全に知らぬ相手であれば、無理やりにでも追い返そうとしただろうが、面倒な事情を効かされてしまった以上は、無視をするわけにもいかない。
クイーンが今にでも、あの侵入者たちを撃退していてくれればいいのだが。
「分かりました。気は進みませんが、この先はわたくしが案内します」
ども、作者です。
キャラを唐突にたくさん作ると長くなって大変なことになる、その典型的な例です。




