クイーン出陣
上の階層もな吹き抜けの塔の中。ど真ん中にアートの飾りのように置かれている大鎌”フォーサイス”の前で、クイーンは持ち込んだ椅子にどっかりと腰を下ろしていた。
足をおっぴろげ、一人の人間をそのままプレスできそうな大きさのハンマーの頭を地面に付け、柄のお尻に両手を置いて、さらにその上に顎を乗せている。
女性のする所作とはほど遠くも、彼女の服装は社交界に出るようなドレスに近かった。そのドレスにも肩当、胸当て、肘当てなどのアーマーがところどころに装着されている。美しくもあり物々しい雰囲気を纏う彼女には、いくら秘書官と言えども近寄りがたい。
しかし、仕事は仕事。禿げ頭の秘書官は、てっぺんから真下まで支柱のように通った静けさの中、ぺたぺたと足音を立ててクイーンに近づいた。
「クイーン。件の侵入者が再び我らが軍事施設にやってきたようです。施設中街中の憲兵たちを次々前線に放り込んでいますが、帰ってくる者は一人も……奴らはこの奥の武器庫へ向かって来ている模様です」
秘書官は危機的な状況にも関わらず、落ち着いた口調で報告した。内心では仕事なぞ放り出して逃げ出したいくらいには大慌てだった。この奥の武器庫にまで到達されれば逃げ場はない。クイーンはともかく、自分の命が危ういのだ。
「エリート達はどうした?」
クイーンは目を閉じたまま静かな声で尋ねた。
「部下を一人彼らの部屋に送りましたが、室内はもぬけの殻で。前線にも一人も姿が見当たらないため、勝手な行動を取っているのでは、と」
「やれやれ。どいつもこいつも肝心なときに役に立たない子ばかりね。そろそろ私が直接陣頭に立たなくちゃいけないみたいね。敵はどこまでやってきてるの?」
「それは……」
秘書官が答えようとしたとき、ぎぃ、と扉が軋みながら開く音が塔に響いた。
クイーンが目を開き、重い腰を上げる。
「思ったよりも早いじゃない。まぁ、これだけ強いのが相手なら無理もないわね」
強者は強者を気配や雰囲気、立ち姿などから察することができると言う。クイーンは肌にぴりぴりと感じる痛みに似た空気感から察知した。
前に壁側から侵入されたときには出会えなかった。相当なやり手だとは聞いていたが、伝聞から想像した以上のものを持っている。
近づいてくる足音にクイーンの身が震える。武者震いだ。こんなにも強さを肌で感じられる相手と対面できるのはいったいいつ振りだろう。もう二度と訪れることはないと思っていた。だから、胸いっぱいに湧く感情は不安や恐怖などではなく、全身の血を湧き立たせるような喜びだった。
クイーンはハンマーの柄を掴み、思いっきり横に振るった。ドゴォンと豪快な音を立てて、塔の横っ腹にドデカい穴が空いた。
八つ当たりでも抑えきれない喜びを晴らすためでもなく、ただただ邪魔だったからだ。
「ハゲ。そこから出て行きなさい」
秘書官が。
「はい。では……」
秘書官は躊躇わずに壁の穴に駆けこんだ。死にたくない彼にとってはクイーンの命令はまさに渡りに船。武官でもない自分が役に立とうはずもないし、何よりもクイーンの化け物じみた実力を一番理解している。一人で闘わせても何一つとて問題は無かろう。
秘書官が見捨てるように外へと繰り出したときに、ローブ姿の二人がクイーンの眼前にその姿を表した。
墓場を街の外れに置く意味にはいったいどのようなものがあるのだろうか。死してなお動き出すかもしれない死体を、人の生活空間から切り離すため? あるいは棺の中に入れ、埋めたはずの遺体から立ち上る腐臭やガスなどの臭いを漂わせないため?
どちらにしろ、両方ともであったとしても、その効果はあったのだと言えるだろう。
ノウが足を踏み入れた墓地には死の臭いではなく、潮の匂いで充満していた。大陸の一番角に当たる高台に墓地があるからだ。
「海の傍に埋められる気持ちってどんなモンなんでしょ。ここの人達の考えることは想像が付きませんね~」
それはさておき。
ノウは辺りを見渡す。自信の目的、妖刀を探すために。
しかし。見渡す限りの墓、墓、墓。ここのいったいどこに妖刀があると言うのか。十字にかたどられた墓石の代わりに妖刀がそのまま突き刺さっていれば楽だったろうに。
落胆しようとも見つけるしかあるまい。墓地にあるのは間違いない。その墓地の中に選択肢があるとすれば……土、柩の中だ。
ノウは妖刀ナマクラを鞘に入れたまままっすぐ突き出し、くい、と剣先を持ち上げる。
妖刀の刀身自体が錆びることはないだろう。しかし、湿った土の中に腐臭と共に押し込められている、妖刀の鍔や柄、鞘の先端部分などの飾りの金属が使われている場所であれば……錆びてはいないと断言はできないだろう。
錆びている確証もなかったが、確かな手ごたえがあった。何かが持ち上がり、何かにぶつかる。そんな感触が妖刀ナマクラを通して伝わってくる。
柩の中に押し込められているのは間違いない。どこぞの誰かが遺品として放り込んでしまったのだろう。
まったくなんと面倒なことか。もう少し簡単に手に入ると高をくくっていたノウはややうんざりしながら、場所を特定する。
妖刀ナマクラをいろいろな方向に掲げ、妖刀の効果の範囲を狭め、どこの墓の下に埋まっているのかを手当たり次第に探る。
そして、ノウはついに妖刀の在り処の目星を付けた。
墓地の中央付近にある、隣り合わせの二つの墓。まるで一生を添い遂げるおしどり夫婦のように墓が寄り合わせて置かれている。下に埋まっている遺体も、夫婦だったのだろう。墓には同じ苗字が刻まれていた。
その内の片方の墓石の前をノウは掘りだした。近くに錆びたスコップでもあれば良かったのに。無いために鞘のままの妖刀を使って湿った土をどんどん掘り返す。
数分続けて鞘の先がこつん、と柩の蓋にぶつかった。そしてさらに時間をかけて周りを掘る。引き続きの重労働に、女にこんなことを任せるなんて、なんてひどい人なんでしょう、とノウは一人愚痴を零していた。
蓋の全てが露わになった。短い四辺と長い二辺の柩。その蓋を開けると土の腐ったような臭いが潮の臭いの中に立ち上って来た。
顔をしかめながらも、ノウは柩の中に手を入れ、白骨化した遺体の真横に置かれていた妖刀の、鞘の部分を手に持って取り出した。
「うっへぇ……こいつはキツイですね」
ノウはより一層顔中にしわを寄せた。臭いばかりのせいではない。鞘を持った手のひらからも伝わってきそうなまがまがしい気配。
「こんなの他の妖刀じゃ感じませんよ……この妖刀はアレに間違いありませんね……。じゃあ、あとのもう一つは……」
ノウは再び妖刀ナマクラを振るった。文字を描くように、指揮者のタクトのように。
奥の武器庫に入り、クイーンと対面したローブの男、エンブ。彼はクイーンに気を向ける前に自身の手を見た。
手のひらをもぞもぞと蠢く、細かな砂のようなもの。じっくりと見ればそれは、何かの金属から剥がしたような赤さびだった。
命を持ったもののように蠢く錆は、掌である形を作った。
それは文字だった。書かれてる内容は、墓地にて妖刀を見つけた、というもの。
ノウからエンブへの連絡だった。
エンブは錆を握り締め、再度手を開くとぱらぱらと錆は死んでしまったように落下していく。次は自分達だ。
エンブは辺りを見渡す。
「ちょっと、このアタシを前にして無視すんのやめてもらえないかしら?」
フォーサイスの前で仁王立ちしているクイーンが、苛立った様子で言った。
しかし、エンブにとって彼女は道に転がった石ころも同然だった。気に留める必要もあるまい。
塔の中にはフォーサイス以外には何もない。武器庫と呼ばれているのに、あるのは馬鹿でかい大鎌だけ。
ただ大鎌だけを保管するために塔を建てるだろうか。
何か秘密を隠していそうだ。
しかし、探そうにもあの女が邪魔だ。
エンブはローブの下からカタナを取り出した。
「へぇ。そんな骨董品を使うんだ」
クイーンがハンマーを片手で軽々と持ち上げる。
臨戦態勢を整える。どうせなら、先に動かしてやろうじゃないの。クイーンは自分の圧倒的な実力を過信し、エンブがカタナを抜くのを待った。
左手で鞘を持ち、右手で柄を握る。
そして、妖刀の赤い刀身が見えたその瞬間。
クイーンはとっさに首を右に倒した。
周りからガガガガ! と石が鉄によって抉れる音が聞こえた。
ガラガラと背後の椅子と、フォーサイスを支えてた木材が崩れる音が聞こえた。
カラン、と小さな金属が床に落ちる音が静かな塔の中で大きく響いた。
クイーンは足元を見る。自分の左耳に付けていたイヤリング落ちている。イヤリングは血で汚れていた。血は、耳からだらりと流れている。耳に焼けるような痛みが走った。
これらを全て一瞬の、カタナを抜いた瞬間に生じさせたのである。
なんなのこれ……。
クイーンは絶句していた。しかし、言葉は喉を上がって来なくとも、胸から湧き上がる赤い感情が頭を満たしていく。
「へぇ……やるじゃないの」
クイーンは右の口角をにぃ、と持ち上げた。
暗いローブのフードの影に隠れ、エンブの表情は分からない。エンブは抜き身になった深紅の刀身に目を落とす。
この妖刀の初撃を交わしたのは、クイーンが初めてだった。
「……ミツ、お前は探せ」
エンブが呟いた。
「御意」
片腕の少女、ミツが頷く。
それを見届ける前に、エンブはクイーンに飛びかかった。
ガキィン!! と深紅の妖刀と漆黒のハンマーの頭がぶつかる。お互いに全力の一撃だった。決して手抜きはしていない。
しかし、細いカタナは刃こぼれもせず、見た目だけでも重量を感じる巨大なハンマーは一寸でも押し返すことができなかった。
こいつ、できる。
クイーンとエンブは同時に思った。
「全力で闘うにはここじゃ狭いわね。アンタもそう思うでしょ?」
クイーンはハンマーを引いて、自分が空けた大穴から飛び出した。
エンブは迷うことなくそれを追いかける。
塔の中に、遠くで二つの大きな力が激突する、爆発に似た音が飛び込んできた。
一人残されたミツはその音を聞きながら、辺りを見渡す。
自分の任務はここで妖刀を探すこと。
彼女の眼がぴたりと止まった。床の上に転がっているフォーサイスに。
ミツは残った左手でその大鎌を手に取り、再度塔の内部を精査し始めたのだった。
ども作者です。
冬の通信障害祭り。一緒や!書いても!




