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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
76/104

二組の二人

 まだ雨が降り始める前に。

 アーニィとトヨと分かれたジュリアとリオの女子コンビの足取りは、ウェスタンブールの代名詞とも言える士官学校を目指していた。

 士官学校とは、端的に言えば王国の兵士になるための学校である。ウェスタンブールでは、街の三分の一程度がこの士官学校、およびそれに連なる軍事施設の敷地として使われており、街と国の発展に寄与してきた。

 その士官学校へ行くには、一度大通りへ出て、大通りの中間あたりにある丁字路で曲がらなくてはならない。

 これくらいの道案内はリオにとっては朝飯前。二人はトヨとアーニィが港に到達するよりも早くに、目的地士官学校の大門の前までやってきていた。

 しかし、

「今は敷地内には見ず知らずの人間を入れることはできない」

 と憲兵に門前払いを食らってしまった。

 ジュリアは、はじめの第一歩で石に躓いたような不満たっぷりな顔で隣のリオを見た。自信たっぷりで連れてきたリオは、相変わらず眠たそうなポーカーフェイスで、ははは、と苦い笑い声を浮かべていた。

「どうすんのよ。っていうか、何が起きてんの?」

 門の前には三人の憲兵が立ち、鉄格子の門の前に鎧の壁を作り、門の奥からは慌ただしい人の声が聞こえてくる。やれ現場に人員を割いてくれだの、街に出ている奴らを呼び戻せだの。一目でわかるパニックだ。

「自分にも想像が付かないですよ。訊いてみます?」

「訊いたって教えてくんないでしょ。あーあ、どーすりゃいいのよ。これじゃアタシの目的果たせないじゃない」

 ジュリアはクイーンに会わねばならない。なのに入り口の前で足止めを食らってしまうなんて、拍子抜けもいいところだ。

 二人は一度その場を離れた。歩くのは少々難航した。門の前にもやじ馬たちがいたからだ。

 リオはやじ馬たちの会話に耳を澄ませる。その中にこんなやりとりが交わされているのを聞いた。

「おい、聞いたか? 向うの通用口だとよ、たくさん人が倒れてたってよ。兵士も一般人も」

「倒れてたって、まさか襲撃されてるってか? じゃあこの騒ぎはよ、施設の中に侵入者がいるせいってわけかい?」

 という具合である。

「内部で起きてる問題って奴は結構な大問題なようですよ」

 歩きながら、リオはジュリアに耳打ちした。

「あちゃー、最悪のタイミングで来ちゃったわねぇ。槍もらっといて正解だったわ」

「ジュリアさん、士官学校に入る気あります?」

「入るったって、入る方法なんてあるの? まさか正面突撃するつもりじゃないでしょうね」

「そんな物騒なことはしませんよ。ついてきてください」

 ジュリアはまだ、入るかどうかの意志表示をしていないのだが。リオはマイペースに人ごみを分けて、別の方向に歩き出した。

 やれやれ。厄介ごとに巻き込まれるのは御免こうむりたいんだけど。面倒なこともさっさと済ませちゃうか。

 ジュリアはあまり気乗りしていない足取りでリオを追った。


 リオに案内されるまま人ごみを離れ、ジュリアは北上して行った。歩きながら道沿いにある壁と、そこからそびえたつように壁の奥にある大きな坂を見上げていた。この坂の内部、そして頂上付近には軍事施設やらなにやらが入っていようとは。

 こんな施設が森の中にあれば山賊たちは隠れ放題ね。なんて、ジュリアはふと思った。

「ねぇ、どこまで行く気なの?」

 ジュリアはリオの背中に投げかけた。道と士官学校の敷地を分ける石造りの壁は、高さが二メートル以上もあり、それが道に沿って延々と続いている。奥の城壁と合せて弧を描くように湾曲しているせいか、道がどこまでもどこまでも続いているのではないか、と思ってしまう。なかなか止まらぬ歩みも彼女の錯覚に拍車をかけていた。

 しかし、目的地がある以上は延々と続く道などはない。

「お、ありましたありました」

 リオが壁の一か所を目がけて駆け寄って、到着すると立ち止まり、その場所を嬉々として見せようと、ジュリアを手招きした。

 何があったというのか。

 ジュリアは早歩きでそこまで行く。

「何よこれ。鎖で巻かれた……板?」

 壁の足元。石造りのそれとは明らかに異質なものだ。高さは女性の膝くらい、幅は男性の肩幅くらいの四角い板がはめられている。はめられた板は何が何でも外させてやらないとでも言うように、鎖でぐるぐる巻きにされ、鎖は穴の開いた左右上下の壁に通され、板が風にも靡かないほどに固定されている。

「まさかとは思うんだけどさ、これ……」

「今から外しますよ。ちょっと待っててください」

 リオはジュリアに背を向け、鎖にまかれた板を彼女に見えないようにし、がちゃがちゃと音を立てて何かをし始めた。

 これはこうで、こっちはこうして、ここはこうすれば……などとジュリアは呟いている。

「ちょっと、こんなの外せるわけ……」

 じゃらじゃらん、と鎖の落ちる音がした。

「外れましたよ」

「うっそー……」

 振り返ったリオは壁に嵌められていた板を手に持っていた。板のあった場所は石の壁が四角く切り取られ、どこぞに続いている真っ暗な洞穴だった。

「ここから入れば士官学校の校舎に近いとこまで出られますよ。ささ、早くは行っちゃいましょう」

 鎖が外せたことに未だに驚いているジュリアをさておき、リオははいつくばって洞穴の中に入って行く。

「……あー、もう! 行きゃいいんでしょ行けばぁ……。はぁ、アイツの妹にしてはやけに行動的ね……」

 リオの足が見えなくなったのを境に、ジュリアもはいつくばって洞穴の中へと突撃した。

 中は真っ暗。しかし、一本の通り道でしかなく、ひたすらに前へ前へと進むだけであった。ずりずりと前方でリオが動く音も聞こえ、ここを通る上ではひとまずの安心を得られているジュリアだった。

「ねぇ、アンタどうしてあの鎖外せたのよ。どうしてこんな通り道知ってるわけ?」

 ジュリアの声が、洞穴の中で反響する。

「昔から良く使っていたんですよ。士官学校の後者から少し離れたところに、この街で起きた事件を記録した書物のある棟があるんですよ。子供の頃からそこに頻繁に通っていて、そのためにここを通っていたんです」

「不法侵入?」

「単純に言えばそうですね。でも、この通り道は士官学校に通う生徒の裏道みたいなもんですから、意図的に残されてもいるんです。もしも問題があれば、卒業生がウェスタンブールに配属された時に埋められてしまってますよ」

「いや、それはアンタの行為を正当化する理由にはならないと思うわよ。まぁ、いいわ。そんなに探りたいことがあったのね、アンタにも」

「ええ。聞きたいですか?」

「教えてくれるのなら、聞きたいわ」

「じゃあ、ジュリアさんがクイーンに会わなくちゃならない理由を教えてくれたら、こちらも教えますよ」

「自分から訊いておいて普通、条件出すぅ?」

「あはは。だって気になるんですもん。で、どうします?」

「パス。そうまでして聞きたいことじゃないわ。アタシに知られたくないことがあるように、アンタにも同じように知られたくないことがあるって覚えとくから」

 ジュリアがそう言った直後に、前方からドスン、と物々しい音が聞こえた。

「ちょ、何? 何が起きたの? アンタ大丈夫!?」

 ジュリアはその場で止まり、狼狽した声で尋ねた。

「ええ。全然大丈夫です。ちょっと進んだ先でその洞穴は終わりなので、気を付けて下さいね」

 気を付けろと言われても。ジュリアは慎重に慎重に、少しずつ前に進んでいると、手を伸ばした先に道が途絶えているのが分かった。

 崖のようになっている。

「そこを下りて下さい」

 リオの注意を受け、ジュリアはなんなくその崖を下りた。下りてみるとどうやら少し開けた場所にでてきたのが分かった。

「洞窟です。ここは脇道ですがほら、あちらを見て下さい」

「あちらってどっちよ……あ」

 ジュリアがきょろきょろと辺りを見渡していると、付近の一部分にぼんやりとした明かりが落ちているのを発見した。

「そこを通れば、明かりのある洞窟に出ますよ」

「まだ洞窟なのね」

 いつになれば再び外の空気が吸えるのか。気の長い道のりにならないことを祈りながら、ジュリアはリオと共に光の見える場所を目指して歩みを進めた。

 光は灯りだった。近づけば隣の部屋が見え、さらに光の方へと進んで行けば、松明の明かりが灯されている一つの大きな空洞に行きついた。

「トロッコでもあれば鉱山そのものね。線路もないみたいだけど」

「あながち外れでもありませんよ。ここも人間が掘った人工の洞窟です。まだウェスタンブールが王都だった時代に街から城壁へ物資を運ぶための運用路だったそうですよ。もしかしたら当時にはトロッコはなにかはあったかもしれませんよ」

「あったとしても、そこのはどうやって登るのよ」

 ジュリアの視線の先には、階段のような段差があった。階段というよりも一つ一つの段が人の背に近い程の高さで、石を切取ったかのようなもの。これに線路をかけてトロッコで持ち上げるよりも、人が個々に運んだ方が早そうだ。

「自分達も登るのきつそうですね」

「アンタは楽でしょ、背高いんだし」

 ジュリアも身長は低い方ではないのだが、男のアーニィよりも頭一つ分背の高いリオと比較すると、ジュリアが子供に思えるほどの違いがある。彼女ならば段差一つに手が届くどころか、水辺から上がるときのように簡単に体を持ち上げられることだろう。

「っていうか、あっち進まなくちゃいけないの?」

「はい。ここは坂の内部ですよ。士官学校の設備は頂上、建物で言うと屋上に当たる部分にあるんです。登らなくっちゃたどり着けませんよ」

 はぁ、とジュリアは深いため息を吐いた。

「ずっとあんなの登らなくちゃいけないって言うの~。門の前で騒ぎが収まるまで待ってた方が楽だったかも」

「心配無用です。途中からは梯子になりますから。むしろ梯子の方が長いくらいですよ」

「それはそれでやだ~……」

 しかし、文句を言っても何も始まらない。リオに至ってはもう先へ進み始めている。ジュリアはできることなら後戻りしてしまいたかった。戻るための道があるのは真っ暗。おいそれと戻ることが簡単にできるものではない。

 もう、前に進むしかないのだ。またもやうんざりしながらリオの後を追う。

 その時だった。

 かちり。静けさが溶け込んだような闇の中で音がした。ささやかな、屋外であれば気付かないような音。聞こえたのは右側、ちょうど二人がやってきた隣の部屋に続く通路の側からだ。

 同時に。

 段差に向かって近づくリオが唐突に立ち止まった。顔を左に向ける。彼女は驚き、松明の炎の灯りに赤く染まっていた。

 その二つの事象に気付いた直後に、始まった。

 ビュッと風を切る音が聞こえた。その音を発したものは自分に接近している。ジュリアは途端にその場を離れた。

 彼女がさっきまで立っていた地面に、矢が刺さっていた。矢が放たれていたのだ。

 攻撃だ。何もかによる攻撃がなされていた。

 馬鹿な。誰が。なぜ。

 矢継ぎ早に脳裏に浮かぶ疑問が一瞬で途切れた。

 顔をあげたジュリアの視界に、剣を抜いたリオが、リオよりも背の高い筋肉質の男が振り下ろした棍棒を受け止めている光景が飛び込んできたからだ。

「むう!!」

 筋肉質の男は、スキンヘッドの頭に血管を浮かび上がらせ、リオを剣ごと押しつぶそうとしている。

 リオはそれをすぐに察し、剣を引くように後退し、軽やかに力の流れを受け流す。

 支えを失った棍棒は地面に直撃し、ごうん!! と轟音を洞窟中に響かせ、地面の砂や石を巻き上げた。

「なんなのよこいつら……」

 リオの元に合流し、ジュリアが言う。

「一人じゃないみたいですね。どうやら彼らは士官学校の人間みたいですよ」

 筋肉質の男は青を基調にした軍服に近い、士官学校の制服を着用している。この町に住んでいる経験がある人間なら、誰だって見たことのある服装だ。

「なんでアタシらが狙われなくちゃいけないのよ!!」

 八つ当たり気味に叫んだジュリアの声が、洞窟内で反響する。

 彼女の声が遠くなったころに、

「フハハハハ!!!」

 とお手本のような高笑いが響き渡った。

 リオたちが進むはずだった先、石の段差を四つ越えたこの場で最も高い場所。

「ほうら見ろ! やはり僕の推測は正しかったのだと証明されたのだよ! フハハハ!! 侵入者たちよ。君たちがこの通路を通ることは、この僕、マーブル・ローブが見越していた! さぁ、お前達。奴らを捕まえて手柄を立てるぞ!!」

 そこに立った、きざったらしく笑う金髪の青年が、ひたすらに叫んでいた。



 言わずもがな、ウェスタンブールの軍関係者が”侵入者”と呼んでいるのは、エンブ、ミツの二人である。

 ローブ姿のエンブはもう軍事施設の頂上と言える、坂の真上に到達していた。街の外周の半分を覆う、十数メートルはあるはずの城壁が、わずか二メートルほどしか見えていない。それを見ればのんきな人間であれば、こんなにも高いところにやってきた、とわくわくするような感慨に浸っていただろう。

 しかし、エンブにそんな感性はない。彼が歩くのと同時に、がしゃん、と鎧姿の兵士が一人、首元から血を流して倒れた。

 兵士の傍には、別の兵士から奪い取った剣を、残った手で持っている片腕の少女ミツいる。彼女がやったのだろう。

 エンブがミツを見ると、ミツは頷いた。

 ここだ。

 エンブがミツの隣にそびえたつ、円柱状の塔のような建物を見上げる。

 ここに違いない。

 何かの根拠があるわけではなかったが、ここにしかないだろうとの確信を彼は持っていた。

 塔の入り口を目指し、エンブが大股で歩く。

 彼らの目的を、彼らの求める物を、妖刀をこの手に掴むために。

ども、作者です。


なんかサブタイトルが微妙です。

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