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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
73/104

最奥の武器庫


 男が扉を開けた。木製のドアは軋み、皮の靴で足を踏み出すと、石材の床に触れて、ぱぁんと大きな音が鳴った。

 この部屋は最奥の武器庫と呼ばれる円柱状の建物で、ひとたび音が鳴れば、それは幾重にも繰り返し反響する。耳にするのも不快で、鳴らした男自身もしまった、と顔をしかめていた。

 部屋の真ん中に椅子を持ち込み、座っていたクイーンがうっとおしそうに眉根を寄せた。四十を超えてなお若々しく、美しい容貌のクイーンではあるが、士官学校の校長に任命されてからは、眉間にしわが増えていた。それほどに、気に病むことが多いのである。

「おいハゲ、何の用だ」

 クイーンの一言でぴりぴりとした空気が、室内に充満する。

 男、頭のハゲた秘書官モンドは、うやうやしく敬礼をした。その顔には怯えと、また怒っていやがる、と言いたそうな呆れが浮かんでいる。

「はっ。街の憲兵からの定時連絡であります。今現在、ウェスタンブール一帯に憲兵を警邏させておりますが、未だに侵入者らしき怪しい者は発見できておりません」

「だろうな」

 モンドの報告を、クイーンはそっけなく聞き捨てる。

 いつもこうである。何かしらの問題があれば、その問題の解決の指揮を執るのは、ウェスタンブールの軍部で最高位を持つクイーンとなる。

 しかし、クイーンはそんな問題解決にはちっとも興味がないのだ。

 曰く、楽しくないから。

 そもそも、彼女の楽しみは、平和なこの国ではなかなか享受できるものではない。誰かと対等に闘うこと。それがクイーンの至上の喜びなのだが、どこにクイーンと対等に闘える人間がいようか。

 クイーンはこの国で最強と言ってもいい。同じ十二騎士団のキングもエースも、現在どこかにフラフラと旅に出ているジャックでさえも、彼女には敵わないのだ。

 楽しみの無い日々、要はクイーンはひたすらに退屈しているのである。

「早く来てくれないかしら、侵入者たち」

 クイーンは腿の上に肘を置き、頬杖をついた。金色の流れるような長い髪が、腕と腿に落ちる。

 今回の問題に対しては、少々訳が違うようだ。

 数日前。ウェスタンブールの東側。かつては都だったウェスタンブールと、東方にいた民族との戦争で活躍した城壁。街の東側を丸々覆っている壁。今は軍事および食物の流通以外では使用されることのない門となったその壁の、唯一の扉から何者かが侵入した。

 聞くところに寄れば二人組の侵入者たちは、扉を守っていた憲兵たちを全滅させたそうだ。

 クイーンよりもはるかに実力は劣るが、彼らは門番を任されるほどの腕は立つ。そんな彼らを倒せる侵入者たちは相当な実力者と見受けられる。

 その侵入者たちとであれば、もしかしたら自分と対等に闘えるかもしれない。

 そんな淡い期待をクイーンは抱いているのだった。

「侵入者は本当にここに来るのでしょうか」

「来る、絶対に」

 クイーンは断言するが、どうにもモンドには理解しがたかった。

 クイーンは、侵入者たちの目的を一つのことに絞っている。

 ウェスタンブールは、かつての王都。数百年前の大陸を西と東に分断した大戦争の果てに、今の王家が大陸を平定し、王都は大陸の中心地に移されたのである。

 その数百年前の大戦の最中、結成されて敵を打ち払ったのが、十二騎士団だった。

 もっとも、広く知られてはいないが、当時の騎士団は十二騎士団ではなかった。十三騎士団。もう一人、今は位の残されぬ騎士が在籍していたのだった。

 その騎士に関する伝承は数少ない。一つ残っているのが、裏切りを働き、その手にした武器で十二騎士を半壊させたというもの。それが騎士個人の力によるものか、武器のせいによるものかは、語られてはいない。

 しかし、脅威であったことに変りはない。

 そして、その武器は今もなお残っている。

 この、部屋に。

 クイーンの背にある、奥の武器庫のど真ん中に封印されるように置かれている、大鎌「フォーサイス」こそが今は幻となった十三人目の騎士が使っていた、武器そのものであった。

「やつらの目的は間違いなくフォーサイス。待っていればそのうち来てくれるわ」

 という訳で、クイーンはこの最奥の武器庫で見張りをしているのだ。

 モンドとしては、万が一にもそうなって欲しくはない。あくまでも最後の牙城がクイーンだと考えている。もし仮に侵入者たちの目的が本当にフォーサイスを奪取することであったとしても、ここまでたどり着かせてはいけない、と彼は考えていた。

 だからこそ、秘書官としてクイーンの代理になって命令を下し、いち早く侵入者を捕えたいのだが、肝心のクイーンが、むしろ私のところに来て頂戴、と歓迎ムード全開なため、非常に憂鬱なのだった。

「ところで、クイーン」

「なに?」

「あの、士官学生のマーブルたちのことなのですが。士官学生たちには万一のことを考え、軍事施設内から外に出ないように言いつけております。しかし、彼らはどうも……」

「守ってくれないと。どうせ守らんだろうとは思っていたが。やれやれ、まとめ役のイリーナがいないだけで、とんだやんちゃ者になってくれるな。あのエリートたちは」

「はい……何かしらの処罰は……」

「構わん。後でいい。何かあれば監督不行き届きとして、責任を取ればいいだけだ」

 クイーンの言葉は、まさにこのウェスタンブールの軍事施設、および軍事学校を束ねる最高権力者としての威厳があった。

 思わず、モンドはじーんときてしまう。

 クイーンの言葉を続いた。

「お前がな、モンド」

「なんですとっ!!? 私が責任を取るのですか!」

「いいじゃないか。お前がいなくなっても、私は一向に構わん」

「構わんとはなんて酷い! クイーン様、私はあなたがこの士官学校に赴任される前から、ずっとずっとあなたにお仕えしていたのですぞ。そんな殺生な……」

「だったら、もっとちゃんとエリートどもを見張っておけ」

「しかし、わたくしにはそんな暇は……はぁ」

 モンドは深くため息を吐いた。これが、上下の人達に挟まれた中間管理職の悲哀である。




 ウェスタンブールの空に晴れ間が見えている。青い空が白い雲の合間から覗いているが、どうにも雲の量が多い。

 今日は一雨来るかもしれない。ならば、船はしっかりと停めておくべきだ。海の傍の悪天候は女性のヒステリーのように局所的に激しく、唐突に来るものだと船乗りたちは知っていた。

 碇をおろし、船頭にロープをくくりつけ、港に打ち込まれた杭に結び付ける。

 大型の船と橋場の間に、渡り板がかけられる。そこをせわしなく、船員や乗船客たちが降りてくる。

「アイアイ、やっと着いたよ~。これでいっぱいい~~っぱい商売できるね~。じゃあみなさん、会えたらまたどこかで~」

 乗船客の一人、武器商人のトン・ウェイがたくさんの荷物を抱えて先に街へと入って行った。

「では、わたくしも先に。学校に今回の件を報告して参ります。はぁ」

「どうしたんだよ~。おれがいるってのにさぁ、そんな暗い顔すんなって~」

 重苦しい表情をしたイリーナを、ラーチイが追いかける。イリーナはうっとおしそうにしながらも、彼が追ってくるのを容認しているようだった。

 港に取り残されたのは、気付けばアーニィたちだけになっていた。

「さて、これからどうしようか」

 と、アーニィが言った。

 ここに来た目的は現時点では二つある。

 一つは、ジュリアをクイーンに会わせること。キングやエースからの命で、これを果たして満足のいく結果、ジュリアがクイーンのご息女であると認められれば、目的達成。

 もう一つは、トヨが妖刀を見つけ、破壊すること。同時にアーニィの目的でもあるが、すぐに見つかるかどうかは分からない。

 どちらにせよ、目的を達成するにはトヨかジュリアのどちらかを優先させなければならない。アーニィはジュリアの見張りの役割を負い、トヨの手助けもしなければならない。同時に果たせるかは、分からない。ただ、どちらかを先に満たすと考えた方が賢明だ。

 と言う訳で、アーニィはジュリアとトヨ、二人の顔を窺った。

 ジュリアの顔を見れば、「何?」と不満そうに言い返された。

 トヨを見れば、なぜだかぼーっとしながら、港の東側に視線を向けている。

「トヨ、どうし……」

 トヨの様子が気にかかり、アーニィが尋ねようとした。

 が、

「さて、にーさん。実家に帰りましょうか」

 横やりが入った。リオだ。アーニィよりも背の高い、義理の妹で道場の妹弟子でもある少女だ。

「急になんだよ」

 アーニィは嫌そうにリオを見た。リオはにこにこと笑ってる。

「俺は実家に帰らないぞ。出るときにもいっただろ。俺は夢をかなえるまでは絶対に帰らないって。そもそも、俺がウェスタンブールに帰ってきたわけは別にあるんだ。な、トヨ、ジュリア」

 トヨはああ、と腑抜けた返事を、ジュリアはまあね、とまるで他人事のような返事をした。

 どうも腑に落ちないが、わけを認めたことに違いはない。

「ってことで、俺達は大至急、二人の目的を果たして……」

「アタシは別に急いでないわよ」

「ジュリアっ!? お前何言ってんだ!」

「いーじゃないの。この街に例の人はいるんでしょ? だったら急いだってゆっくりしたって構わないじゃない。それよりも、船旅で疲れたからちょっとゆっくりしたいのよねぇ」

 ジュリアがちらり、とリオに目配せをした。

「ジュリアさんは、にーさんを実家に連れて帰ってからでも用事は果たせるみたいですね」

 まるで、打ち合わせをしていたかのようだ。

 ぐぎぎ、とアーニィは歯を食いしばる。

 あの親父に会いたくなんかない。ジュリアが寝返った以上、頼りになるのはトヨだ。

「トヨ、お前は急ぐだろッ? 早く妖刀を見つけたいだろッ?」

 トヨは自らの使命を果たすことが至上の目的。彼女はいち早く妖刀を破壊したいと思っているはず。それで一悶着あったが、今はそれだけが頼り。

「……」

「トヨ?」

 しかし、トヨはなぜかぼーっとしている。港の東を眺めたり、真正面の北側の町の先に視線を移したり。

「む? ああ、何の話だ?」

 やっと反応を示したが、どこか上の空だ。

「だからさ、お前は早く妖刀を探したいんだろ?」

「む……別に急がなくても、良さそうだぞ」

 と、トヨが再度首を回して東を見た。

「と、トヨッ!?」

「さて、にーさん。お急ぎの用事はどうやらないようですね。お暇でしょうから、自分と一緒に実家に帰りましょうよ」

「い、いやだ!」

「ダメです」

 嫌がるアーニィの腕をリオががっしりと掴む。

 こいつは不味い。逃げ出さなければ、リオに無理やり実家まで連れて帰らされてしまうだろう。

 アーニィはリオの手を振り払おうと躍起になる。もう片方の手で、リオの腕を手を振りほどこうとするものの……。

「おおっと、抵抗しちゃダメよ~。折角の帰郷なんだからさーあ?」

 なんともう片方の腕に、ジュリアがしがみついて来た。

「ジュリアッ! 何をするんだ!! 何の目的があるんだッ!!」

 がっちりとホールドされた腕はもう動かせない。さらに抵抗が弱まったその隙を突かれて、もう一方の腕もリオにしがみつかれてしまった。

「抵抗は無駄ですよ、にーさん」

「さあ、実家に案内してもらうわよ。どんな恥ずかしい話が聞けるのかしらねぇ。楽しみだわ」

「それが目的かお前はッ!! 離せ! 俺は帰らないぞ、絶対、絶対に帰らないからなぁあああ!」

 そう言いながらも、リオとジュリアにがっちり両腕を抱えられ、引き摺られながら街中へと引き摺られていくアーニィであった。

 その三人を、少し間を置いてトヨが追いかける。ぱたぱたと早歩きで歩く際意中、急に足を止めた。

 そして、右側に目を向ける。ウェスタンブールの西側、城壁が取り囲み、建物が並んでいる。さらに視線を引いて、港の西側。そこには倉庫やら木箱のコンテナがある。

 その中の一つのコンテナへ、トヨは穴が開くほど強い視線を向けている。そこに、何かがあるとでも言うような目つきだ。

「ちょっと、チビ~! 早く来なさいよ~!」

 街の方から、ジュリアの声が聞こえた。向き直ればもう随分と遠くにジュリアたちが見える。

「またチビと言ったかアイツ……むぅ」

 トヨは三人を追いかける。もう、右側に注意を配ることもなかった。


 その、トヨがさっき目を向けていた場所。

 その、コンテナの裏に、ぺたりと尻を地面に付けて座る人がいた。

「いやいや、これは絶対に気付かれていましたよね~。うんうん、いきなり襲われなくって良かったですよ~」

 誰かとしゃべるような音声で独り言をする女だった。茶色いローブを来て、フードを頭にかぶっており、その表情は見えない。

 実に不気味な雰囲気を持っているせいか、あるいは大声で独り言をするせいか、荷物を運ぶ船員たちから白い目で見られている。

「一応船を見張っておいて良かったですよ~。“ミコ”の到着に気付けなかったときを想像すると、冷や汗もんですからね~。さてさて、そろそろエンブにも教えて差し上げますか」

 と、女が言ったとき。

「……ノウ」

 少女が女、ノウの名を呼んだ。

「うわっ!? あなた、いつの間にここに来ていたんですかぁ!?」

 白い服を着た、片腕の少女だった。少女がいつの間にやら、コンテナの横、ノウの左斜め後ろに立っていた。

 少女は他でもない、サバンナと船上でアーニィ達と対峙した、あの少女だ。

 海に落ちてから、船の壁をよじ登り、アーニィ達に気取られぬようにウェスタンブールまで付いて来たのである。

「まぁ、そういうことですよね~。ミコがここまでたどり着いたってことは、あなたがミコの始末に失敗したってことですもんね」

「……任務、失敗」

「まぁ、きっと大丈夫でしょう。むしろ、そのおかげで私たちも妖刀を見つけられるかもしれませんから」

 少女が不思議そうに首をかしげる。

「叱ら、ない?」

「ま、叱りませんよ、このくらいでは。さて、私は一人で行動するので、エンブに合流してください。多分、そっちの方が役に立てると思いますよ~。あ、エンブにはこちらから連絡しておきます。そこの大きな道をまっすぐ進んで、途中で曲がれる一番大きな通路を行けば、エンブはいますから」

「わかった」

「では、これで」

 ノウが言うと、少女が走り出した。しゅばば、と素早い動き、軽やかな身のこなしで、あっという間に見えなくなる。

「さぁて、エンブに連絡しましょうか……」

 ノウは自分のローブの中に、手を差し込む。

 ローブの中に隠したそれに手で触れた。

「ええと、ミコが現れました。あの女の子もここに来ています。あなたと合流するようい言っておきました、そこから動かないでください、でいいですかね~」

 傍目に見れば誰に言っているのかさっぱり分からない。何をしているのかも、とんと見当がつかない。

 果てしなく、ノウはその場で、不気味で不可解な存在だった。



 ウェスタンブール、士官学校および軍事施設の正門前。そこには大きな通りがあった。その道は長く伸び、ウェスタンブールのメインストリートと丁字に交わっている。

 そのうちの正門側に限りなく近い、隣り合わせの二つの家の隙間。

 人ひとりは容易に通れるだけのスペースがあるその路地に、ローブ姿の男、エンブが立っていた。

 エンブは、自分の掌に視線を落とす。

 ただ、ぼんやりと掌を眺めているわけではなかった。目が走る。まるで、何かの書に早く目を通しているときのような、目の動き。

 手相を読んでいる訳ではなかった。

 ほんの数秒、そうして掌を見続けると、急に顔を上げた。

 手をおろし、長いローブの腿の辺りで、掌を拭う。そして、通りの方に躍り出た。

 道の人通りは、なかなかに激しい。商人風や、踊り子風の人もいる。楽器を演奏している男もいた。

 騒がしい通り。それは、この街が栄え、今もなお人々が居ついている確固たる証拠だ。

 ゆえに、身を隠しやすくもあった。

 通りに出て、エンブは士官学校の校門に目を向ける。そこには門の両端に白銀の鎧を着た二人の兵士がおり、頭を左右に振り動かしている。視線を巡らせているのだろう。このエンブを、侵入者を見つけるために。

 しかし、兵士たちはエンブが人ごみに紛れているせいで気付きはしない。

 いや、気付いたとしても特に問題はなかろう。

 そのときは、消せばいいだけだ。

 そして、そのときはもうすぐ訪れる。

 エンブは門の先、軍事のための土地に目を向けた。そこは城壁の中腹あたりから、通りの方に緩やかに向かう、緩やかな坂になっていた。その土地はフルで活用されている。表面はもちろんのこと、坂の内部にもありの素のように、空間が作られている。

 そのどこかにあるはずだ。

 エンブは士官学校や軍事施設を見ながら思う。

 妖刀は必ずここに封印されている、と。


ども、作者です。


やっと次のお話かつ、物語を大きく進められるお話です。

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