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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
71/104

解決

こんこん、と船の客室の一つの扉がノックされる。

「誰だっ!」

 扉の奥から聞こえる返答は、扉が震えるほどの叫び声だった。

 がちゃり、と戸を開ける。部屋に入ったのはリオだ。

 真っ赤な絨毯が敷かれた客室は、他の客室と違って随分広い。たった一人のために使われるにはかなりもったいない。

 一つのベッドの他には、宝箱のような金庫がある。これらを運び込むのは決して一人きりではできなかっただろう。

 それらはさておき、部屋の主に対して、ぺこりと頭を下げた。

「どうも、自分です。ええと、自己紹介はまだでしたね……」

「そんなのはどうでもいいっ!! 見張りをさせている船員たちはどうしたっ!! なぜ小娘を通したのだっ!!!」

 取りつく島もない様子でリオの言葉を遮るのは部屋の主、ポンド。額に青筋を浮かべて、まったく聞く素振りを見せない。

「相変わらず良く怒鳴りますね……見張りの船員さんたちは本来の持ち場にもう帰りましたよ」

「なにぃ!! ワシが強盗に襲われても良いというのかっ!! あの船長めぇ……」

「いいえいいえ。違いますよ。むしろ喜ぶべきです。見張りの任を解かれたわけですから」

「……なに?」

「犯人が無事に捕まったんですよ」

「なにぃ!! それは本当かっ!!」

 ポンドはリオに詰め寄った。大きく剥かれた目が、リオへ審議を問い詰める。

「ええ。本当ですよ」

 リオが口元に笑みを湛えながら答えた。

「……うむ、そうか」

 今までの怒鳴り声はどこへ行ったのやら、ポンドはぼそりと呟いて、眉間にしわを寄せた。

「おや? どうされましたか? ……ああ、そうですね。あなたは大層疑り深い性分ですから、証拠品が無ければ納得できないんですね」

「あ、ああ。その通りだ」

 ポンドはまごつきながら答えると、リオから離れ、部屋のベッドに腰掛けた。

「証拠品もあります。宝石です。犯人が所持していた宝石を自分達で回収しておきましたから、そちらを見ればあなたもご納得いただけるかと思います」

 ポンドは座り直し、視線を泳がせた。リオはしばらく間が空くと思ったが、ポンドは顔を上げてすぐに口を開いた。

「あ、ああ。さぁ、証拠品を見せてみろっ!!」

「はい……と言いたいところなんですが、何しろ宝石がびしょびしょに濡れてしまっていて、こちらに持ち込んでいないんです」

「宝石はどこにあるのだ」

「船長さんの部屋に置いてあります。いやぁ、それにしても濡れた宝石というのは、なんとも言えない、魔性の輝きを放つものですね。ただでさえ綺麗な宝石ばかりが、あんなにたくさんあるのを見ると、そんなつもりが無くともついつい自分の物にしたくなっちゃいますねぇ」

「……宝石だけか」

 ポンドはぼそり、と呟くように言った。それはただの独り言だったかもしれない。しかし、リオは聞き逃しはしなかった。

「ええ。宝石だけです。間違いなくバーバラさんが持っていた物でしょうね。いくつか見覚えのある物もありましたから」

 先ほどの呟きを疑問と受け取られ、ポンドは片方の眉を上げてリオに顔を向けた。当のリオは何食わぬ顔で説明をし終え、満足げな笑みを浮かべた。

 と、思えばはっ、として手を叩いた。

「あ! そうです。自分がここに来ましたのは、犯人が見つかったことを他の乗船客に伝えるためですから、これから自分は他の方に知らせなくてはなりません。では、失礼させていただきますね」

「ああ。ご苦労だった」

「いえいえ」

 リオはポンドに背を向け、扉を開けて薄暗い通路へと出て行った。

 その背中を、扉に阻まれて見えなくなるまで、ポンドはじっと見つめていた。

 ぱたん、と扉が閉まると、ポンドはベッドから立ち上がる。

 そして、ぐるぐると部屋の中をゆったりとしたペースで歩き始めた。手を顎に当て、足元を見続ける。

 何か、思考にふけっている様子だ。表情も重々しい。

 さらにもう一周、部屋をぐるりと歩いたあとのこと。ポンドは顔を上げ、部屋の壁を見た。そして、その壁に近寄る。まるで、一つの特定の場所に行くように、まっすぐ迷わずに進むと、しゃがみ込んだ。

 壁に手を突く。手のひらで壁を撫で、あるところで爪を立てた。爪は壁に突き刺さる。木の壁に傷をつけたわけではなく、その場所に吸い寄せられるように、爪が刺さったのだ。

 次いで、腕を引いた。ごとり、と音を立てて、壁が開いた。先に広がるのは黒々と広がる夜の海。

 突如として現れた窓は、腕が一本通るほどの小ささで、ポンドはそこへ手を差し込んだ。

 数秒経って、手を引いた。彼の指先には紐が摘ままれていた。細く、ほとんど糸に近い紐だ。それをするすると引っ張ると、部屋の中に両手の拳を合わせたほどの大きさの袋と、それに付随した海水が入ってきた。

 濡れる絨毯に気を留めず、ポンドは袋を絨毯の上に置いた。

 ポンドの胸が高鳴っている。気が付けば、無意識のうちに息を止めていた。

 袋は巾着状になっていて、引き上げるのに使った紐が口を縛っている。その紐をほどき、袋を開いた。

 中には、ずぶぬれになった宝石と金貨がある。

 それを見た途端、ポンドの固い表情が弛緩した。

「……ほっ」

 自分の気持ちがそのまま息になったように、たまりにたまった空気を胸の奥から吐き出した。

 その直後。

 がこん、と大きな音が天井から響いた。ちょうど先ほどまでポンドが座っていたベッドの上部。

 視線を向けると、天井に人が一人通れるほどの穴が開いていた。その角に、天井にハマっていたはずの板の一部が見えている。

 ポンドは固まっていた。そんなポンドを追い立てるように次の事態が彼の目前に訪れた。

 ぼん、とベッドの上に落ちてきた。人が。メガネをかけ、腰に二本の剣を差した、アーニィだった。

「よっと。ああ、こりゃどうも、お邪魔します」

 アーニィは礼儀正しそうにぺこり、とお辞儀をした。

 一瞬、何が起きていたのか、ポンドは受け入れ切れていなかった。

 固まった顔が、次第に怒りに歪み、顔が真っ赤になる。

「なっ!! 貴様っ、どこから……」

「この部屋の天井の羽目板からだよ……いいや、正しくはそこを通って、甲板から入ってきた。みりゃ分かるだろ?」

 と、アーニィは指で天井を差した。

 ここの天井はちょうど甲板の床に当たる部分で、アーニィは船の見取り図を参考にしながら、ついに見つけたのだった。

 甲板から客室に繋がる、もう一つのルートを。羽目板で隠された入り口を。

「んあっ!? あ、ああ……これは驚いたな。ワシの部屋にこのようなものが……」

 ポンドは驚いた風に、天井を見上げた。穴の先には星空が覗いていた。

「それはどっちのことを言っているんですか?」

 と、そこへ別の声が聞こえた。きぃ、と扉が開かれ、先ほど出て行ったはずのリオが、再びポンドの部屋に入ってきた。

「なっ! き、貴様っ、他の部屋に行ったのでは」

「行ってませんよ。それよりも答えて下さいよ。天井のことを言っているんですか? それとも、今あなたが持っている宝石と硬貨の入った、海から引き上げた袋のことを言っているのですか?」

 リオが指を指す。人差し指の直線状には、絨毯に置かれたびしょ濡れの袋がある。口が開かれ、宝石と金貨を覗かせて。

「こ、これか? これはだな……」

 ポンドが視線を右往左往させ、次の言葉を繋ごうとする。

 それをリオが遮った。

「おや? この部屋には天井以外にも羽目板が作られていたみたいですね。そこから引き上げたのですか?」

「あ、ああ! そうだ。いかにも不自然な壁があったものでなぁ。調べてみたら、ほら、この通り。盗まれていたはずの宝石と硬貨があったのだよ!」

「へぇ。そいつは大手柄じゃないか」

 ポンドは足元にあった袋を取り上げ、中から金貨取り出し、リオに見せ、金貨をしまった後には真っ赤な宝石を取り出し、またもリオに見せた。

「そうだろう! まったく、お前たちが捕まえた犯人とやらは人違いだったのではないか? ほれほれ、ここに盗まれた宝石と硬貨もあるのだ。犯人がこの宝石と硬貨を隠していたに違いないぞっ! まったく、犯人はいったい……」

 止めどなく零れるポンドの声、言葉。叫ばず、まくしたてる。止まっていけないと盛んに動く喉、唇、舌。

 リオはそれらの動きを、止めさせた。

「さすがに苦し紛れが過ぎますよ。犯人、あなたなんでしょう?」

 きりりとした目つきで、ポンドを貫くような視線をリオは向けた。 

 ポンドが飛び跳ねるように一歩後ずさった。

 畳み掛けるようにリオが言葉を継いだ。

「さっき犯人を捕まえたと言いましたが、残念ながら、それは嘘です」

「な、なにぃ!! ワシを騙したと言うのかっ!! ああ、なんと嘆かわしい。ワシは違うぞ、犯人ではないぞっ! これはたまたま見つけたものだっ!!」

「たまたま? そんな訳ないでしょう。自分はさっ濡れた宝石が見つかったと言いましたね。それで大層焦りました。だって、盗んだ宝石はあなたが袋に入れ、紐に括り付けてそこから海に浸して隠しておいたのですから」

「違うぞっ!! ワシは知らんかったのだ。こんなところに外に繋がる風穴が作られていたのも、それに羽目板をはめて見えなくされていたのも、ほんとにさっき気が付いたのだ!! きっと、ワシが部屋を空けた隙に誰かが忍び込んで隠したい違いないっ!!」

 ポンドは必死にまくしたてた。まるで尽きない泉のように、次から次へと言い訳が飛び出てくる。

 はぁ、とリオはあきれ顔になった。

 さらにもうひと押しする必要がありそうだ。

「自分はあなたに二つの可能性を提示してあげたんです。まず一つは、あなたが盗んで、海に隠しておいた宝石である可能性。もう一つはあなたが盗んだ宝石ではない可能性です。分かりますよね。前者は濡れた宝石を手に入れたと報告したこと、後者は架空の犯人を提示し、宝石だけが見つかったと言ったことですよ」 

 ポンドが犯人であれば、新たな犯人が見つかるわけがない。それなのに自分が捕まっていないのに、犯人が見つかったと聞けば、不安になるはずだ。

「それであなたは考えました。自分が隠しておいた宝石が盗まれてしまったんじゃないか、もしくは、隠しておいた宝石をその架空の犯人に奪われてしまったのではないかと、心配だったでしょうね。それこそ、自分が隠した宝石がちゃんと残っているかどうかを確認しないではいられないほどに……」

 だから、ポンドは自分が隠しておいた宝石をわざわざ取り出すことにした。そうリオは推理し、カマをかけたのである。

「ち、違う! た、たまたま見つけただけだっ!」

 まだ、ポンドは否認し続ける。

「それで、言い逃れができるとでも思いましたか? しかしまぁ、あなたはそれだけじゃ納得していないようですが……ヘンなんですよねぇ」

「……何がだ」

「自分はあなたにこう言いました。宝石ばかりが見つかったと。そしたらあなたは、宝石だけか、と。ヘンですねえ。あなたはどうして宝石だけ、と訊き返したんでしょうか。自分たちがアンマナさんのご遺体を検めているときに、ポンドさんはいなかったはずなのに。それどころか。自分達は盗品に硬貨が含まれている可能性がある、と思っていただけでしたのに。アンマナさんから何が盗まれたのか、判別していなかったんですが……それなのにあなたは、盗品に初めから硬貨が含まれていたような口ぶりをされていましたよね」

「ふ、袋を開けて宝石と一緒に入っていたのだ! そう思っても仕方なかろうっ!!」

「やれやれ、まだ言い逃れをしようとするつもりですか……では、最後の追い込みです。にーさん」

 リオに呼ばれ、アーニィが彼女に目を向けた。

「天井に羽目板があるなんて、自分達は知りませんでしたよ。にーさん、それはどこに繋がっていましたか?」

「甲板だ」

「……だそうです。そこを通ればいつでも甲板に出られます。誰にも気づかれることなく」

 もう一つ、腑に落ちない点があった。甲板へのルートだ。被害者たちは甲板で殺されていた。その場所で命を絶たれた、という保証はないが、少なくともそこに遺体があったことは事実。

 甲板に遺体も犯人も到達する姿は、誰にも見られていなかった。そこが不明な点だった。

 しかし、この部屋に甲板へ繋がるルートがあったとしたら。部屋の中から出ることができれば、他のルートで誰かに見られることはない。

 逆に言えば、見られないルートがあるとしたら、そこを使えばいいだけ。そして、そのルートはこの部屋にあり、使用できたのはこの部屋の主の、ポンドだけである。

 リオはポンドに一歩近寄った。

「わ、ワシもそんなものがあるとは、今初めて……」

 ポンドが後ずさる。部屋の壁にごん、と背中が付いた。それでもまだ、彼は容疑を否認し続ける。

「知ったわけがないでしょう! あなたは羽目板で閉じられた甲板への通路があると知っていたはずです。だから、この部屋に泊まることに拘ったんでしょう」

「ウェスタンブールから王都に行ったときもこの部屋に泊まったんだよな。アンタも確かそう言っていたし、船長からも確認は取れた」

 まだ事件の起きていない間に、ポンドは船長へ抗議していた。この部屋に泊まらせるように、アンマナを部屋の外に追い出すように。

「むしろ、知っていたと言うより、行きにその羽目板を作ったのはあなた自身なのでしょうね」

「そ、そんなの推測だ! 言いがかりだっ!! 動機はないぞ! ワシは金持ちだぞっ!」 

「……動機だって割れてるんだ。無駄だぞ」

 ポンドははっとした。

「にーさんの言う通りです。ワッツ様からお話は伺いました。あなたが事業で失敗して、他の貴族から手を切られ、出資先を失い、旧知の縁のあるワッツ様を頼ったこと。ワッツ様もあなたに出資をするかどうか悩んでおり、実際の商売を見てから判断するために、あなたが王都まで迎えに来ていたことです。容易に想像できますね。ワッツ様からの出資を見送られてしまえばこれ以上商売ができなくなってしまいます。あなたはお金が必要だったんですよ。だからこんな凶行に及んでしまったんです」

「ち、違うぞっ! ワシはそんなことっ……」

 まだまだ否認し続ける。首を横に振り続ける。

 その必死の否定は、もはやは何の力も持っていない。両足からは力が抜けて、わなわなと床に尻を落ち着けてしまっていた。

「では、部屋を調べましょうか? あなたのではなく、他の全ての部屋を。そうすれば、この部屋以外に誰にも見られずに甲板に出られる手段がなかったことを証明できます。ただでさえ、あなたが自分で隠された宝石や硬貨を取り出して見せたのですよ。もう言い逃れなんてできませんっ!!」

 違う、違うと、ポンドは呪文のように呟き続けた。やっと静かになったときには、船室中を船員たちが漁り、ポンドの隠していた宝石や金貨以外には、盗まれたものが何もなかったと、証明された後だった。



ども、作者です。


一応解決です。ええ、多分。

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