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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
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片腕の少女

 夜風と穏やかな波に揺れる船上で、二本の剣が交わった。

 一方はピーショウ。暗殺に向いた、大陸の剣。

 もう一方は、三日月のようにブレードが曲がった、鍵状の剣。名をショテルと呼ぶ、一風変わった、リオが扱う剣だ。

 構えもしない少女へ横から打ち付けるようにショテルを振るったリオだったが、それをあっさりと防がれてしまった。

「おっと! 早いっ!! やりますね」

 リオの表情に焦りは見えない。防がれたことが予想通りだったように、次の攻撃を繰り出す。

 追撃に使ったのは、もう一方の剣シュヴァイツァサーベル。ブレードの切っ先から三分の一までが両刃になっているサーベルで、刺突戦法に向いてるものだ。

 それを理解しているリオは、切り裂くのではなく、突きを繰り出した。

 しかし、それは少女が後ろに跳び引いたことで、避けられる。

 とん、と軽く船の床を蹴っただけで、一メートルは退いている。かなりの身軽さだ。トヨはかつて、この素早さに苦しめられた。

 ただ、あの時と違うのは船上にランタン、明かりがあることだ。少女の涼しげな顔が見えるくらいには明るい。

「……殺す」

「そんな物騒なことをいうもんじゃありませんよ……っと!!」

 静かに言った少女に、リオは突進する。シュヴァイツァサーベルでの刺突、鎌で草を刈るような動きでのショテルの横なぎ。

 リオ自慢のコンビネーションだった。それらを少女は、避け、ピーショウで防ぎ、一回毎の攻撃に完璧に合わせてくる。

「はぁ……随分とお強いです。うーん、やっぱり……」

 途中、リオは深く息を吐いて、立ち止まった。疲れはまだ見えていない。肩も上下せず、まだまだ両手の剣を余裕で振り回せそうである。

 なぜ、立ち止まるのか。

 彼女の頭を巡る思考が、彼女と対峙して活性化した目が、耳が、感覚が捕えた情報をエネルギーに働き始めた思考が、彼女を止めたのだった。

「隙」

 理由はなんであろうと、立ち止まったことに違いはない。

 それは隙でしかなく、少女からの攻撃を招いた。

 むろん、油断などはしていない。研ぎ澄まされたリオの感覚は、少女の動きに見事に対応して、シュヴァイツァサーベルで、少女の繰り出したピーショウの刺突を受け止めた。

「っと!! 素早さ、力強さ、正確さ。どれを取っても一流ですね。決して訓練だけでは得られるようなものではありません。実戦で随分と磨かれてますね」

「……」

 攻撃を受け止めたリオを少女が睨む。恨めしそうな目は、リオの何に向けられていようか。

 隙を確実に狙ったはずなのに受け止めたリオの腕。あるいは、彼女の薄い唇が奏でた言葉にか。

「そんな険しい目で見ないでくださいよ。結構怖いんですから」

「……」

「さっきからだんまりじゃないですか。話しかけてるんですけど……まぁ、いいでしょう。でも、これだけは答えて下さいよ」

 リオのもう片方の手に持たれた、ショテルが動く。今度は頭上から振り下ろす攻撃。

 それが来ると察した少女は、リオがショテルを振り上げた瞬間には後方へと距離を離していた。

 ショテルを振り上げて、リオがぴたりと止まる。そして、脱力するように腕をおろし、反対の手に持ったシュヴァイツァサーベルを少女に突きつける。

 そして、訊いた。

 これまでに何も言わなかった少女が、真実を口にすることを期待して。

「あなた、本当に犯人ですか?」

 リオと少女の闘いは、船の中腹で繰り広げられている。離れた場所で、客室の上部に当たる船の後方から、アーニィたちはそれを見下ろしていた。

 素早い剣と剣のやり取りを目で追うのはアーニィやトヨ、ジュリアには難しいことではない。

 目が追い付かないのは、船長やビッグと言った船員たちだ。同時に、自分たちが二人の闘いに割って入れないことも、理解していることだろう。

 怯え、立ち尽くす船員。腰を抜かして座り込む船長ジム。

「船長さん。あの子はどこで見つけたんですか?」

 アーニィがジムに尋ねた。叫び声を最初に上げたのは彼で、彼が少女を船の上で最初に見つけた人物だ。

「あ、ああ、あの、木箱の裏に隠れていたんだ。つまり、身を隠していたという訳だが、手に武器を持って隠れているなんて……」

 ジムが太い声を震わせる。彼の脳裏には突きつけられたピーショウの切っ先が、今でも容易に想像できるのだろう。

「犯人としか思えない。そう思ったのね」

 ジュリアが言った。

 ジムが叫んでいた言葉を思い出す。確かに彼は少女の姿を見て即座に彼女が犯人だと断言した。

「ああ。つまり、奴が二人の人を殺した……」

 今でも、ジムのその考えに違いはない。

 しかし……。

「……のかな」

 ジュリアは首を傾げ、少女を見つめた。少女はリオのショテルの攻撃を防いで、体を翻しながら反撃をしていた。

 反撃はジュリアがもう一方のシュヴァイツァサーベルで防がれた。

 反撃に躊躇いはない。確実にリオの命を奪うため攻撃だ。

「う、疑うのか? 状況的に、つまり、疑いようが……」

 ジムの声を遮ったのは、トヨだった。

「む、アイツなら、人を殺すのは簡単だろう」

 じいと彼女も少女を見つめる。かつて剣を交えた相手だ。

 だから、彼女の実力はよく理解している。

 彼女なら、人を一人こっそりと殺すのは容易だ。

「だろうな。簡単すぎるんじゃないかな」

 アーニィにも想像できる。

 簡単すぎるのだ。あまりにも。しかも少女が手にしているのはピーショウ。暗殺向きの剣だ。

 ピーショウを選んで盗んだとしたら、その理由は間違いなく、誰かを殺すため。

 仮にそうだとしたら、ピーショウが暗殺に向いていると知っているはず。彼女の闘い方、前に出会ったときの戦法。全てが素早く、的確に殺しを遂行するような動きに見えた。

 知っていたとしてもおかしくない。

 だが……、今回の殺しを思い浮かべると、どうにも腑に落ちない。

「簡単、過ぎる? それはつまり……」

 何やら思案顔のアーニィたちに、ジムは疑問を尋ねるが、三人共に返答はしなかった。

 その間に別の声が聞こえた。

「おい! こっちに登ってくるぞ!」

 中腹で闘っていた二人が、剣を交錯させながら動き、身軽に動く少女をリオが追い、二人が船の後方に続く階段を、アーニィ達のいる方とは反対の階段を上っていたのだった。



 剣が交錯する。

 少女は退きながら、リオの曲がった太刀筋と一直線の刺突を捌く。

 たった一本のピーショウで全ての動きに追いつく少女の剣捌き。

 突きを弾き、後退しながら次のショテルの縦斬りを間一髪で避けつつ、彼女の側からも反撃を加える。

 動きの速さ、的確な防御と反撃。

 間に合っている。隙も突いている。

 だが、押されている。

 多彩で手数のあるリオの二刀流に少女は翻弄されていた。一撃を防げば追撃が来る。

 そのわずかな隙を突くためには、回避の動作と攻撃の動作を同時に行わなければならない。失敗すれば、反撃の餌食となる。

 より、確実な狙いの的確な一撃が少女には必要だった。

 リオの命を一瞬で貫くための。

 しかし、こうなるとピーショウが足を引っ張ってしまう。リオの両方の剣とは長さが二倍も違うのである。

 リーチの長さは致命的な弱点だ。この弱点を埋められるのは、少女の素早さのみ。一瞬で懐に潜り込む電光石火。

 身をかがめ、攻撃を避けつつ、心臓にピーショウを突き立てれば勝ち。

 ただそれだけ。少女にもそれは分かっているのだが。

 踏み込めない。隙はある。しかし、その隙に踏み込む瞬間には追撃が来ている。

 リオの攻撃が、少女の進撃を挟む最大の防御となっている。少女の防御も完璧だが、リオの防御はさらにその上を行っているのだ。

 まだチャンスは来ない。

 いや、もしかしたら……。

 後退しながら攻撃を受け続けているうちに、少女は階段を上り、甲板の後方に躍り出ていた。

 リオと少女の攻撃は止まない。二人の後退と直進も止まない。

 そして、命運を分ける一撃が放たれる。

 その瞬間、二人は止まった。

 リオはショテルを左方から振り抜く。

 避けるよりも速く、少女の左手に持ったピーショウが動いた。

 ショテルのブレードの腹の辺りに、少女のピーショウが触れる。

 キィン! と金属音が海上に響き、二人が制止した。

 ショテルの三日月型に湾曲したブレードの切っ先が、少女の右わき腹の寸前で止まっていた。

「その片腕、なくて良かったですね。あったら今頃、剣先が突き刺さっていましたよ」

 少女のかつては右腕があったところへ、リオが視線を向ける。

「……」

 少女は不愉快そうにリオを睨み返した。

「さて、もう一度尋ねますが……あなたは犯人ですか?」

「……」

 少女は動かず、しゃべりもしない。

 リオは口を一文字に引き絞り、少女の目を覗きこんだ。

 それから、ため息を一つ。

「はぁ、やっぱりだんまりですか。じゃあ……」

 リオがもう一方に持った、シュヴァイツァサーベルを少女へ突き出した。

「……!」

 とっさに、少女が動く。

 狙いを付けられているのは、少女の頭部左側あたり。体を右に逸らしつつ、少女は後方に飛ぶように退いた。

 少女が退いた時。

 ショテルを受け止めていた左腕の関節が伸びた。まっすぐに肘が伸ばされ、受け止めていたときの力が抜け落ちていく。

 その瞬間をリオは見逃さなかった。

「引いちゃ、ダメじゃないですかっ!!」

 リオ自身の左腕を引いた。その手に持っているのはショテル。

 ショテルは引かれ、鍵状のブレードの先が、少女のピーショウに引っかかる。

 カラン、と音がした。

 腕から抜けた力。退く体。そして、ショテルの引く動き。

 少女の持っていたピーショウがショテルにかっさらわれたのだ。

 船の床の上に落ちたピーショウはリオの足もとまで滑った。

 少女はそれを取ろうと身をかがめる。

 それを見たリオはとっさに、足元のピーショウを踏みつけた。

「おっと。ダメです……さぁ、これで丸腰ですよ。答えて下さい。三度目の正直です。あなたは……」

 言葉の途中で、リオは少女と目が合った。

 少女は屈んだ姿勢からリオを見上げている。その目の奥に不穏な光をリオは見た。

 ごっ、と軽い音、木と何かが触れ合う音がした。船は木製だ。音の源もそこまで離れてはいなかった。波の音にさらわれそうなほどに小さな音だったが、リオは聞き逃しはしなかった。

 リオは少し顔を伏せた。視線は少女の足もと、かかとの辺りへ。

 少女の素足のかかとが、船の縁にある柵の根本にぶつかっていた。

 これまで、リオは全く気に止めてはいなかった。少女の場所。少女は甲板の後方部、その縁にまで到達していた。

 自然と、自分は追い込んでいたと思っていたのかもしれない。

 リオは歯を噛みしめて、顔を上げた。

 そのとき、少女は床を強く蹴りつけ、跳んだ。

「あ、ちょ、ちょっと!!!」

 リオが声を上げた数秒後には、少女の体は海へと投げ出され、どぼん、と大きな音を立てて、夜闇と同じ色に染まった水の中へと消えていた。

 手すりから身を乗り出して、リオが当たりを見渡す。広がる波紋。少女が海に落ちた跡。そこから、船の進行とともに距離が離れていく。

 少女を追うのなら、船を止めなければならないが……。

「お、おいっ!! こ、これは……」

 少女が飛び込んだのを見て、アーニィ達もリオの近くへやってきた。

 遠ざかる波紋に、一同からため息が零れた。

「逃げられちゃったわね」

「もうちょっとだったのだが……ううむ、これで犯人は……」

 船長のジムが船員ビッグに支えられながら、顔を顰める。

「……」

 リオも黙りこくって、顔を顰めていた。

 そんな顔をアーニィが覗き込む。

「どうした、リオ。そんなに浮かない顔してさ……」

「いえ、ちょっと……。にーさんはあの子についてどう思いますか? どうやら、面識があったみたいですけど」

 リオがぼーっと視線を落としながら訊いた。

 どう思うか。

 冴えない表情から告げられたその問いに、アーニィは素直に答えることにした。

「ああ。前にちょっとな……。でも、だからこそ思うんだよ。俺はあの子が犯人じゃないってさ」

「……自分も同意です」

「な、なんだとっ!?」

 アーニィとジュリアの出した結論に、ジムがまるで信じられないと驚いた。

「アタシも、あの子が犯人だとは思えないわ。これまでの殺しは、お金を目的にしてたんでしょ? あの子がそんなもののために殺しを働くだなんて、考えられないわ。アンタも、そう思うでしょ、チビ」

「む? 金うんぬんは知らんが……奴は腕が立つ」

 ジュリアの問いに、トヨは波にのまれて消えてしまった、波紋のあった場所を見る。

「腕が立つから、なんだと言うんだ?」

 ジムが訊いた。それにはトヨは答えず、アーニィが答えた。

「……あいつがピーショウを盗んだのは間違いないだろうけど……それはきっと、あの剣が殺しにぴったりだって知ってたからなんだろうな」

「つまり?」

「ピロー・ソードを使って殺したって事実と、相反するんですよね、にーさん」

 リオが継いで答えると、ジムが納得したように頷いた。

「なるほど……」

「もしも、あの子が犯人だったら、最初からピーショウを使っていただろうし、剣を残して証拠が残るようにするとも思えないんです。なんなら、即死を狙って首を掻っ切っていたかも」

 相変わらず、リオは柵から乗り出していた。船が水面を割って進むように、海は白い泡で航路が作られている。

 リオの目がかっ、と見開かれた。

「……ふぅむ。となると、犯人はまだ……」

「ええ……、残っているでしょうね」

 リオは膝を付き、体を床に伏せるようにして、柵の合間からその先へと視線を向ける。そのままでリオはジムの推測に同意していた。

ジムの表情は苦々しく歪む。

「リオ、さっきから何見てるんだ?」

 アーニィが言った。

 その間に、リオは立ち上がって深く身を乗り出していた。

「危ないぞ。落ちるぞ」

 アーニィにそう言われても、リオは止めない。それどころか、目をかっと見開いて、しばしそのままの状態で一点を見つめていた。

「おい、何してるかくらい……」

 とん、とリオが船の床に足の裏を付けた。

「ちょっと、気になるものを見つけまして……分かりましたよ、にーさん」

「いや、一人で納得するなよ。何を見つけて……」

「にーさん。ちょっと確かめたいことができました。ちょっと手伝ってください」

「ん? ああ、いいけど……」

 アーニィはリオが未だに何を考えているか予想もできていない。

 いったい、何をするのだろうか。

 そう思って見ていると、リオは手すりに登った。手すりは細く、足場にするにはあまりにも心もとない。

「おい、なにやって……」

 アーニィが止めようとすると、リオが振り向いた。リオは自分の口元に、立てた人差し指を当てている。

「にーさん、今はちょっとお静かに。それから、ちょっと足を持っててくれますか? 何があっても離さないで下さいよ」

 小声で頼まれたことに、何が何やらと思いながらも、アーニィは言われたとおり、彼女の足を掴んだ。

 両手でしっかりと、リオの細い足首を掴むと、リオはそのまま身を乗り出して、海の方へと体を投げ出した。

 びりり、と腕が引っ張られる。いくら女の子だとは言え、自分以上の身長があるリオの体重は、決して軽いわけではない。リオは船の壁に手を付けながらゆっくりと降りているが、ほぼすべての体重が、アーニィの腕に掛かる。

 リオはぐんぐんと降りて行き、それに連れてアーニィの体勢も変わっていく。初めは体を起こして足首を持っていたのだが、気が付けば、手すりが下腹部に当たっていて、体をくの字に曲げていた。

「り、りお……」

 お腹に二人分の体重がかかる。アーニィの声も悲痛なほどに掠れていた。なんとか下半身で踏ん張って落ちないようにしているが、それもいつまでもつことか。このままでは二人とも海へどぼんだ。

「もうちょっと、がまんですよ、にーさん」

 リオも姿勢が姿勢なだけに、頭に血が上りそうになっていながらも、頭の先に手を伸ばしていた。

 掌は中指の先までピンと伸ばされたり、閉じられたりを繰り返している。

 一回、二回……何回かその動きを繰り返し、ついに……。

 それに触れた。細い、紐だった。

「これは……。なるほど。にーさん、上げてください」

 大きな声ではなかったが、それが聞こえてすぐにアーニィは体を起こそうとした。

 結局、一人ではリオを持ち上げることはできず、ビッグや他の船員たちの力を借りて、リオを引き上げた。

 はぁ、はぁ、と息を上げるアーニィの前に、リオが立ち尽くす。リオは空の手、指先をじっと見ながら、先ほど手に触れた感触を確かめていた。

「船長さん船室内の見取り図ってあります?」

「もちろんあるが……」

「ありがとうございます。これできっと、犯人を追いつめられますよ。ところで、にーさん。もう一つ頼まれごとをしてはいただけませんか?」

 アーニィは少し休ませてほしいと思いながらも、リオの言葉に耳を傾けた。


ども、作者です。ひさびさのバトル回。

これを書いた時はもう随分と前なのですが、今の今までバトルの描写はどうすればいいのか、どうすればうまく描けるのか、今一つ分からなくなっていますね。

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