船上の調査
バーバラの見開かれた目は、その濁った瞳に星の瞬く夜空を写していた。
それはさながら、生前に彼女が着飾っていた宝石たちが、目の中に宿っているようだった。
「船長! 俺ぁ目を疑ったんだ! こんなとこでよぉ、人が死んでるなんて信じられねぇだろっ!!」
「最初は酒に酔って寝ちまってると思ったのに……変な臭いがするから……こんな、こんな……」
バーバラの死体を一番に発見したのは二人組の船員だった。
一人は大声を上げて、もう一人は言葉を失ってしまったそうだ。
アーニィたちが聞いたのは、船員の一人が上げた叫び声だった。
「うぅむ……死因はこの胸の短剣で一突きと考えて間違いなかろう……自殺とも考えられない……ということはつまり、したがって……他殺……」
船長ジムの言葉を聞いて、集まった船員も客たちも震え上がった。
「船長さん、そんな怖い事言わないでくれよぉ~。ってことは……誰かがこのケバケバねえさんを殺したってことだろぉ~」
ナンパ男のラーチイの声は恐怖に振るえ上がっている。
それも無理はない。他殺と言うことは、彼女を殺した誰かがいるということ。
その誰かは……まだこの船に残っていると考えて、間違いないだろう。
「なんてことを起こしてくれたんだっ!!! やい船長っ!!! 今すぐワシは部屋にこもるっ!!! 信用のできる船員をワシの部屋の前に配備しろっ!!」
相変わらず偉そうな命令口調で言うのは、商人のポンドだ。
「配備の件は考えておきましょう。なぜならば、お客様の安全を守るためであり、それが私たちの使命だからです。しかし、今すぐにというのはお待ちいただきたい。つまりは、まだ誰が犯人なのか判然としませんので……」
「それは何かっ!! ワシが犯人だとでも言いたいのかっ!!!」
「いえいえ、そういう訳ではなくてですね。つまりは、お客様の安全を守らなければならないわけですから、犯人には目星を付けておかねばなりません。しかし、この殺人はまだまだ不明な事ばかりでして、つまりは、勝手に行動をされてしまいますと、要するにお客様の安全を守ることができなくなってしまいますので、しばらくは我々の言う通りにしていただきたいのです」
「ここにとどまれと言うのかっ!! お前にはワシの身が危険というのが分からんかっ!!! 死んだ女を見てみろっ!!! こいつからは身に着けていた宝石が奪われているのだぞっ!!」
見てみれば、確かにポンドの指摘通りだった。
バーバラは生前、装飾品やドレスにも多数の宝石が付けられていたはずなのだが、指輪、ネックレス、ドレスの宝石、それらが今は一つも見当たらない。
「確かに彼女は乗船の際にも目立つ宝石を付けていたはずでしたな。ということは、つまり……宝石を奪われた、要するに、この殺人は宝石を狙ったものと考えられますな……」
「その通りだ船長っ! 金目の物を狙った犯行となれば、次に狙われるのは金持ちの商人であるこのワシか、貴族のワッツ様のはずだっ!!! さあ、いかにワシがここにいるのが危険か分かっただろうっ!!!」
つまりは早く部屋に返せ、とポンドは主張するはずだったのだが、彼へ出資者である貴族のワッツが、それを差し止めた。
「船長。確かに、私の部屋の前にも見張りを立てて頂けると、私も安心なのでお願いしたいのだが、それはまず、ここの船員や乗船客全員の中に容疑者がいるかどうかを確かめてからにしていただきたい。そうしなければ、おちおち眠れもせんのだからな」
「ワッツ様、あっしもここで待てというのですか?」
「むろんだ」
ワッツの腰ぎんちゃくのポンドは、主人に従う犬のように黙りこくった。
「ここにまだ姿を見せていない、あと二人のお客様は今、私の信用のおける部下に連れてきてもらっています。また、部下たちについてはそれぞれ二人一組で仕事に当たらせていますから、したがって、ある程度はアリバイも信用のおけるものとなろうと言えます」
「ふんっ! どうせ殺し目的は金だ、犯人はどうせ金の無さそうな奴らに決まっているっ! ほれ、そこにいる奴らとかなぁ」
と言って、ポンドが指さした。
ピンと張った一本の指の先が一直線に向けられているのは、話を聞いて突っ立っていたアーニィ達だった。
周りの人々の視線も指先に従うようにアーニィたちへと向けられる。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんで俺達が疑われるんだっ!?」
「アーニィ、そうなのか?」
「トヨ、お前は黙ってろ」
「お前達は一番質素な格好をしているっ! 金目的に殺しをしそうな奴らだっ!」
根拠もくそもない言いがかりだ。
アーニィはカチンと来た。自分達がバーバラを殺すことなどあり得ない。
動機も何もなく、ここに来てやっと彼女が死んでいると知ったのだ。
質素な服装、というのはあながち間違いではないが、それだけで犯人扱いされてはたまらない。
アーニィは反論をしようとしたが、冷静な声が割って入った。
リオの声だ。
「自分達は彼女を殺しちゃいませんよ。彼女、バーバラさんとは少しだけ言葉を交わした仲ではありますが、彼女を殺す動機なんてありませんし、何よりも、彼女を殺したのは武器を扱うド素人ですから」
リオの言葉に一同が疑問を浮かべた。
「ド素人とは、どうして分かるのだ?」
そう尋ねたのは貴族のワッツだ。
疑問に感じるのは当然自分達とバーバラの関係や動機云々ではなく、最後の一言。
今現在、発言の真意を知る者は、発言者たるリオのみ。
リオはなにげなく説明を開始した。
「まぁ、まずは武器を見れば分かりますよ。ほら、あの武器、かなり装飾がされている武器でしょう? にーさん、あの剣ってなんて言うんです?」
突然話を振られて戸惑いながらも、アーニィはバーバラの胸に突き刺さったままの短剣によおく目を凝らした。
剣の特徴は、ブレードと柄にあるのがほとんどだ。現状、突き刺さったままの短剣は、ブレードはほとんど見えない。
しかし……
「これは、ピロー・ソードだ」
アーニィはあっさりと剣の種類を言い当てた。
「なによ、そのピロー・ソードって」
ジュリアがアーニィに尋ねると、アーニィはすらすらと答えた。
「ピロー・ソードって言うのは、名前の通り枕の剣。王侯貴族が夜中の襲撃に備えて、枕元に置く護身専用に作られた剣なんだ。殺傷能力は見ての通り十分にあるんだけど、王侯貴族が手にする剣ってことで、偉い人らが手にするのに相応しい装飾が施されるんだ。この持ち手や鍔にも宝石や金が埋め込まれているだろう?」
ジュリアも注視すれば、確かにアーニィの言う通り、派手な飾りつけではないものの、小さな宝石が柄にもつばにもちりばめられていることに気が付いた。
「ほんとね。売れたらいい値段しそうな剣じゃないの。もったいないことするわね」
「ってことです。ぶっちゃけ言ってしまえば、王侯貴族が手にするための豪華な剣であって、人を殺す、と言う点においては他に優れている剣がいっぱいあるんですよ。それなのにこの剣をわざわざ使うだなんて、使用者が剣についての知識のない証拠です。自分達はこれでも剣を使うのには慣れてるんです。自分がもしも人を殺すのなら、こんな剣はまず使わないですね」
リオは舌の根の渇かぬうちに、さらに言葉を継いだ。
「さっきそこの、ジュリアさんが言ってたんですけど、この剣は相当な値段がするんですよ。もしも金目当てなら、この剣だって持っていきそうなもんなんですけどね。金目当ての犯行ってことは概ね同意しますが、少なくとも自分や、そこの剣の種類を一目見ただけであっさりと言い当ててしまうろくに役に立たない特技を持った剣マニアのにーさんが犯人って推測は、否定しますね」
リオの推測に、ポンドは悔しそうに黙った。
ついでになぜか馬鹿にされたアーニィもむっとして黙った。
「ねぇ、リオってさ、なんなのよ。探偵でもやってんの?」
ジュリアがむっとしているアーニィの耳元に顔を寄せ、小声で訊いた。
「ただの一般人だよ。ただ、昔にいろいろあったから、人とか物事を観察するのが癖になってるんだよ」
へぇ、とジュリアが声を洩らしたとき、
「だからなんだと言うのだっ!! お前達にはアリバイもなかろうっ!!」
と、またポンドが怒鳴った。
「アリバイって、俺達は四人ともずっと同じ部屋にいたんだ。俺達全員が誰もバーバラを殺してないって証明できる」
「はっ! 全員がグルならば、四人が一緒に居たところでお互いにかばい合うこともできよう! お前達同士の証明など、全く当てにならんわっ!!!」
ポンドはアーニィの主張を蹴散らすように怒鳴り散らす。
耳を貸す気はないようだ。これでは、いくらアーニィたちが何かを言ったところで無駄だろう。
証拠を見せられるか、あるいは自分達が絶対に殺してはいないと第三者が告げてくれれば、客観的事実でポンドを黙らせることができそうだが……。
「……ちなみに、今いる全員のアリバイってどうなってるんですか? 悲鳴が聞こえる前、聞こえた時にどこで何をしていたんです?」
リオがこの場にいる全員を見回す。
ひとまず、ポンドからの疑惑の目を自分達から散らそうと彼女は考えたのだろう。
ポンドの中でいくら有力な犯人候補であれ、本当の犯人を見つけられれば
それで解決。でなくとも、他の候補が見つかるだけでも、疑惑は幾分か晴れるだろう。
リオの問いに最初に答えたのはイリーナだった。
「わたくしと彼、ラーチイさんはずっとロビーにいましたわ。確か、あなたたちがバーバラさんと話しているのも聞こえてましたわ」
「自分達が部屋に帰ってからもずっとですか?」
「ええ。そうですわよね、ラーチイさん」
「そうそう~、ずっとずっとこの子が俺に愛の言葉をささやいてくれてぇ……」
「あら、あなたの耳には説教が愛の言葉に聞こえますのね。いいですわ。またあとでじっくりと説教してあげますわ」
「うげっ!!?」
「……で、それは置いておきますわ。わたくしたち、バーバラさんがロビーにいる間の最後の姿も見ていますの。あの方もしばらくはロビーにいらしたんですの。そこの四人がお部屋に戻ってからもしばらくは、おひとりで煙草をふかしていらっしゃいましたわ。どれくらい時間が経ったのか、正確には分かりませんけど、しばらくしてお部屋に戻られたようですわ。お部屋は、四人とは逆の方、そこの商人さんのお部屋の方でしたわね」
確認するように、イリーナは船長を見た。
「ええ、そちらの部屋で、つまり、あの奥の部屋の付近の一室が、彼女の部屋ですな」
船長のジムが言った。
彼の発言は十分に信用に足る。そこから推測できるに、彼女は自分の部屋に戻って行ったのだろう。
「船長さん、ありがとうございますわ。でも、おかしいのですの。わたくしたち、バーバラさんがもう一度ロビーに来てから外に出る様子は見ていませんの」
「それはどうおかしいんだ?」
アーニィが不思議そうに訊くと、代わりにワッツが答えた。
「廊下の突き当りにポンドの部屋があって、廊下の壁側にいくつか部屋はあるが、階段はないのだよ。間違いないな、船長」
「はい。その通りです。客室付近にある甲板への出口は、ロビーの階段と、彼女らがいる場所とは真逆の通路側の奥にある階段のみです。つまり、甲板へ出るにはロビーか真逆の階段を使わなければなりません。船室はコの字になってもいます、したがって、それらの階段へ辿り着くためにも、一度はロビーには必ず行く必要があります。つまり、そこの士官学生さんが被害者の姿を目撃していないとなると……」
「バーバラはここ、甲板で殺されているのに、甲板に出られたはずがないってことになるのか? 二人の見間違いってことは……」
アーニィの言葉に、イリーナは首を振って否定した。
「それはあり得ませんわ。ですわよね、ラーチイさん」
「おう、俺たちはさぁ~、おっさんの悲鳴を聞いていち早くここに出て来たんだぁ~。それまでずうっとロビーにたしぃ~、俺退屈な話を聞いてたから意識は周りに向けたんだけどさぁ~、誰かが通ったのなら余裕で分かるってぇ~」
余計なことを言ってしまっていたらしく、ラーチイはイリーナにぎろりと睨まれた。それはさておき、イリーナだけではなくラーチイまでもが証言するのなら、見間違いの線はあらかた否定できるだろう。
「うーん、分からんことが増えちまったなぁ~」
余計な事実が一つ増えてしまった。
甲板に出られるはずもなかったバーバラが、甲板で殺されている。
彼女が甲板で死んでいる以上は、彼女がここに出たか、あるいは殺されてから運び出されたか、最低でもそのどちらかは真実となる。
それなのに、その事実の根底を揺らがすような真実がまたもあるとなると……。
「にーさん、それはひとまず放っておきましょう。今は、それぞれのアリバイを明らかにするのが先決です」
考え続けては思考の沼に陥ってしまう。リオはそれよりも先に、犯人と疑わしき人物を洗い出すつもりのようだ。
「つまり、アンタたち二人は悲鳴を聞いた時までずっとロビーにいて、聞いてすぐにここまでやって来たってことでいいわね?」
ジュリアがまとめに、イリーナとラーチイは首肯した。
直後に、「あ」と小さく声を洩らした。何かを思い出したらしい。
「そう言やよぉ~、俺達がここに来たときにはさぁ~、船長さんとおっきな船員さんとよぉ~、そこのおっさんは既にいたぜぇ~」
ラーチイが指を向けた先には、ナイフ使いの大道芸人、アンマナがいた。
「彼と私、あと大きな船員、つまりビッグですね。三人はずっと船長室にいたのです。ええ、客室とは真逆の方にあるんですがね、私たちはそこでアンマナさんのお仕事を、したがって彼の芸をずっと見ていたんですよ」
「船員も船長も気に入った気に入った。だからたくさんたくさん見せた」
状況とは不釣り合いな明るい声でアンマナが言う。船長も苦笑いだ。アンマナも状況ははっきりと分かっているはずだが、空気というか雰囲気を理解しかねているのだろうか。
アーニィ達が甲板にいた時、アンマナはここで芸を見せていた。船長ももう一人の大柄の船員ビッグも、アンマナの芸を大層気に入った素振りを見せていた。
それを理由にアンマナが二人に芸を見せようと船長たちの部屋に押し入ったのも、想像に難くない。
恐らくは、船長は何度も芸を見せられている内にうんざりとしてしまったのだろう。
「じゃあ、悲鳴が聞こえるまではずっと船長室にいたってことですか?」
リオの質問に、船長たちは至極明瞭にその通りだと答えた。
アリバイを聞いていないのは、ワッツとポンドの二人となった。
二人へリオが視線を向けると、もう既に訊かれることは心得ていたようでワッツがすぐに答えた。
「私はずっと自分の部屋におった。いやはや、船旅は初めてでしてな。早く寝ようと床に就いたはいいものの、なかなか寝付けなくて、ずっと目を覚ましておった。もちろん、悲鳴を聞いてから跳び起きたのだが、部屋に居続けたと証明してくれるものはおらんな」
「ワッツ様。それはあっしが証明しますよ。あっしも部屋にずっといまして、悲鳴を聞いてすぐに飛び出し、部屋を出た直後に鉢合わせたじゃありませんか」
「おお、そうだ。ポンドと私は扉を出てすぐに鉢合わせ、共にここまで来たのだった。しかしポンド、それだけではワシもお前もずっと部屋にいたとは証明できんのだが……」
ワッツの表情が曇る。焦りや不安の表れではなく、困っているような表情だ。
「そちらはわたくしたちが証明しますわ。あなたたちが部屋を出てからロビーに来たことは一度もありませんでしたもの」
イリーナの言う通り、彼らが部屋に入ってから一度もロビーに出ていなければ、彼らはバーバラ同様、甲板に出る機会は一度もなかったことになる。
「では、ここにいる自分達以外は、悲鳴があってからしか甲板に出ていないと考えても良さそうですね」
出そろったアリバイを総括するようにリオが呟いた。
それが聞こえたアーニィは「え?」と素っ頓狂な声を洩らし、リオに問いただした。
「リオ、どうして俺達を除外するんだ? 俺達だって誰も部屋の外に出てないじゃないか」
「にーさん。今ここにいる中で、自分達が唯一別の出入り口からも簡単に出られる部屋にいたんですよ。そっちを使えば、ロビーにいたお二人にも見られることなく甲板に出ることができてしまうんです」
リオの言う通りだ。現に、アーニィ達が今ここに到着するまでに使ったのも、ロビーを通らない出入り口だ。
もし仮に、アーニィ達を犯人だと仮定した場合、そちらを使えば、ロビーにいるイリーナたちに見つからなくとも、バーバラを殺すことができたかもしれないのだ。
アーニィが苦い顔をする。それを見てかポンドは得意げな表情を浮かべた。
リオがそっとアーニィに近づき、耳元で囁く。
「それに、自分達を疑っている人もいるんですから。自分達ばっかりを有利に話を進めると、余計に怪しまれるかもしれませんからね」
それぞれに誰かが一人は、それぞれが犯行を及ぶことができなかったことを証明している。お互いに話を合せている可能性もあるにはあるが、口を合わせるのなら、他でもない自分達の方が優位なのだ。明確に仲間だと判断されている以上は、第三者が無実を証明してくれないと、明確に容疑が晴れることはなさそうだ。
「ごめんなさい。あなたたちが部屋に向かったのはわたくしも証言できるのですけど……それ以降のあなたたちの行動は、分かりませんの」
イリーナが申し訳なさそうに、アーニィ達に言った。
他のアリバイを明確にした結果は、アーニィ達が最も疑われやすい立ち位置にいることを浮き彫りにしてしまっただけとなってしまった。
「ふんっ! 貴様、そいつらをかばおうと言うのかっ!!」
偉そうにふんぞり返ったポンドが、イリーナを怒鳴りつけた。
イリーナはきっ、と目つきを強くして、ポンドに言い返す。
「わたくしは彼らが殺しをしたとは思えませんの。少なくとも、彼らは殺しや盗みをするような輩には見えませんわ。彼らはこれまでにウェスタンブールで対峙してきた悪者たちとは違う目をしてますわ」
ウェスタンブールの士官学生のイリーナの表情は自信に満ちていた。
「いいこと言うじゃない、あの子。いい目してるわぁ」
ジュリアがうんうんと頷く。
「お前が言うなっての」
ジュリアは他でもない盗賊だ。盗みだって殺しだってしてきた人間。
こいつがいるってのに、あんな断言をしてしまうだなんて、
もしかしたら、あのイリーナって子はあまり人を見る目がないのかもしれない。
とはいえ、現状では心強い味方だ。
アーニィが思うに、彼女は士官学校の中でもそれなりに高い成績を誇っている優等生なのだろう。
いくら士官学生だからと言って、町の警護を任されたり、実戦に駆り出されたり、ましてや、町に現れた悪人と出くわすような機会がある人間はそうそういない。
いるとすれば、成績優秀者で、将来の士官候補生だ。つまりエリート。
そんなエリートが見方をしてくれるのだから心強い。
と、アーニィがそんなことを思っていたとき、船室に続くドアが開かれた。
「……船長、連れてきた」
大柄の船員ビッグを先頭に、まだこの場に来ていなかった乗船客を二人が続いて甲板に現れる。
「全く、こんなところに連れて来よって……思考が途切れたらどうする……」
ぶつぶつと言いながらビッグの後に続く、期限の悪い痩せた老人。
「アイアイ……ふわぁ、眠たいねー」
武器商人のウェイ・トン。
以上の二名だ。
いったい何の用かと、ここに連れてこられた理由がさっぱり分からい様子の二人だったが、甲板に集まる客と船員、彼らが集まっている原因であるバーバラの死体を見ると、二人の目の色が変った。
「ふん……殺しか……」
痩せた男はそうとだけ言うと、またぶつぶつと呟き始める。特段、死体に驚きはなさそうだ。
一方の武器商人トンはみるみる目を丸くしていった。
「アイアイ~!! なんてことだよ~~~!!!」
トンは叫んだ。死体を見た人間のまっとうな反応だ。信じられない、ショック、そもそも死体が恐ろしい。混じり合った複合的な感情を表に出しているのかもしれない。
しかし、トンは叫んだばかりではなく、大急ぎでバーバラの死体の元へと駆け寄った。
アーニィは頭を捻った。
トンに彼女に近寄る理由があるのだろうか、と。
トンとバーバラが話す姿は目撃してはいない。自分達が見ていないだけ、ということも考えられるが、それ以上に接点があろうか。
バーバラが彼を金ずるに定めて近寄った? いやいや、お世辞にもトンは儲けのある商人には見えなかった。宝石も何も付けておらず、何より異国風の服装はかなり質素な感じもする。
では、なぜ……。
アーニィが疑問に思っている間に、その答えをトンは叫んだ。
「アイアイ~! この剣、ワタシの売り物だよ~!!」
一同の目がトンへと集中する。彼が注視していたのは死体ではなく、死体に刺さっている凶器、ピロー・ソードだったのだ。
「お前の剣が凶器に使われた!? ってことはつまり、犯人は貴様かっ!!」
ポンドの主張はあまりにも短絡的だったが、トンが叫んだ際に一同の誰もが一瞬脳裏に浮かべた疑惑でもあった。
「は、犯人ってなんだよ~。ワタシ何が何だかさっぱり分からないよ~」
両手をぶんぶんと振るトン。誰がどう見ても慌てている。
「ここで、彼女が殺されてたんですよ。悲鳴が聞こえませんでしたか?」
リオが尋ねると、トンは首を振った。
「アイアイ、悲鳴って、この女の人の?」
「いいえ、男の人の悲鳴です」
「アイアイ、聞こえてないよ~。ワタシ、部屋でずっと寝ていたね~。疲れたからもう熟睡だったんだよ~」
嘘をついてはないだだろう。
リオもアーニィも彼の返答からそう思った。悲鳴が聞こえたことにも気づいていなかった、というのは彼が誰の悲鳴かを聞き返したことからも明らかだ。
聞き返してとぼけようとの魂胆が無ければ、の話だが。
「嘘に決まっておろうっ!! こいつの持ち物が凶器に使われているのだぞっ!!」
「アイアイ!! 違うよっ!! ワタシは武器は売るのが専門だよ~! 使うのは専門外ねっ!!」
一向にトンを疑い続けるポンドがつっかかり、トンも叫んで言い返す。このままでは、二人が取っ組み合いでもしてしまいそうだ。
リオは二人を制するように、間に割って入った。
「トンさん。その剣はあなたの商品で間違いないんですよね?」
そして、まだ比較的冷静さを保っていそうなトンに質問する。
「アイアイ、そうだよ~。名前も分かるよ、ピロー・ソードだよ~」
「そのピロー・ソード、売ったものではありませんよね?」
「そうだよ~。誰にも売ってない、売れ残りの品だよ~」
「じゃあ、その剣はずっとあなたが持っていたもの、なんですよね?」
「そうだよ~。船に乗ってからはずっと部屋においておいたはずだよ~。アイアイ、こんな高級な剣、おいそれと持ち出すなんてこと、できやしないんだよ~。盗まれたら困るからね~。それなのに……」
「盗まれて、しまった……と」
リオが言うと、トンはしょげたように頷いた。
大事な剣を盗まれた自分の管理能力を嘆いてか、それとも、売り物を無残な殺しに悪用されてしまったことを悲しんでか。
どちらにせよ、トンの愁いを帯びた様相を見ては、彼の持ち物が凶器に使われていたという事実を差し引いても、彼の凶行だとは到底思えなくさせる。
アーニィもリオも、トンは違うだろうと思った。
「はっ! どうだか……」
一方、疑い深いポンドはまだまだトンのことを疑惑の目で見ていた。
「トンさん、あんたは部屋からは出ていないんですよね?」
アーニィが訊くとトンはまた頷く。
続けて、イリーナが口を開いた。
「彼が部屋から出ていないことも、わたくしは証明できますわ。そこの眼鏡をかけた方とお話をしていた後に、ロビーのすぐ近くの自室にお入りになってから、一度も外に出られてはいませんわよ」
「アイアイ、お嬢さんありがとうだよ~。ワタシはすぐに寝入って、起こされるまでずっと部屋にいたんだよ~」
今にも泣き出しそうな声で、トンが説明する。
イリーナが証明しているのだから、一応は嫌疑を解いてもいいだろう。
となると、必然的に嫌疑が向けられるのは……。
「私は違うぞ。それより、早く部屋に戻してもらおうか」
痩せた老人は不機嫌そうに言うと、踵を返そうとする。
「ちょ、ちょっと待てよ。あんたのアリバイも教えてくれよ」
アーニィが引きとめようとすると、ふん、と鼻を鳴らして一応は振り返った。
「私はずっと部屋で本を書いていた。学者なのでな。悲鳴も聞こえたが、私には関係のないことだ。無視して書かせてもらっていたよ。全く、私のじゃまをしおってからに……」
それだけを伝えれば十分とでも言うように、学者の男はまたも背を向けようとする。
実に自分勝手な男。見た目も態度もいかにも怪しいのだが、こうまで無関係を装い続けられると、逆にすがすがしく、本当に関係ないのではないか、と思えてくる。
「彼も部屋に入ったままでしたわよ。そこの武器商人さんに怒鳴って、それからずっと部屋にいらしたようですわ」
そっとイリーナがリオたちに告げ口した。
「これで私のアリバイは成立だな。では、部屋に戻らせてもらう」
危険があるにも関わらず、学者の男はさっさと船室に戻ってしまった。
まだまだ十分に怪しい態度ばかりを取る男だが、イリーナの言葉に偽りがなさそうなのも確かなこと。
「……となると、この中でアリバイを示せなかったのはお前達だけだっ!! つまり、お前達が……」
結局、明瞭なアリバイを示せなかったのはアーニィたちだけになってしまったわけで、ポンドはここぞとばかりに自分の意見に確固たる自信を持って主張しようとした。
「まぁまぁ、それは早急ですよ」
リオに怒鳴るのを差し止められ、ポンドは眉間にしわを寄せた。
「この殺しが、金目のもの目的、彼女の宝石を盗んでいるはずです。だったら、持ち物に宝石があるはずじゃないですか」
「そうだろうなぁ。ということはつまり……」
「持ち物検査をすれば、すぐに犯人は割り出せると思いますよ」
アリバイ以外に証明できるものは、もはや物的証拠しかない。バーバラから宝石が奪われているのなら、その奪った宝石が証拠となる。
当然自分達は宝石など持っていないから、これは確実にアーニィたちの無罪を証明できる。
さて、そんなことをされて面白くないのはポンドだ。
「などと言って! 自分達が持っている宝石を捨ててしまおうという魂胆じゃなかろうなっ!!」
ポンドはまたも言いがかりを付けてきた。
「ああいえばこういうだな、あのおっさん」
アーニィはうんざりと肩を落とした。もううんざりとする以外の気力も湧かない。
「にーさん。そんなおじ様を黙らせるいい手があるんです」
アーニィへリオが言うと、続けざまにそのいい手を、周りの人達に聞こえるように言い放った。
「その荷物検査を、自分達に任せてほしいんです」
「お、お前達にか!? そんなの……」
真っ向から反対するポンドを、ワッツが手を出して差し止めた。
「私は任せてもいいと思うぞ。船長、なんなら彼らに見張りを付けた上で、荷物検査をこちらから依頼をしたい。できれば船長が見張りについて欲しいが……」
恐らくは、ワッツにも荷物検査の有用性を理解し、なおかつ自身がそうでないと証明できるのであれば、誰の手であろうとも借りたいのだろう。
「わ、ワッツ様……」
さて、ポンドはワッツが口を挟めば、それに従わざるを得ず、面白くなさそうに黙るばかりだった。
「ええ。いいでしょう。ですが、私が見張りをするのは遠慮したい。つまりは、私が見張りにつくよりは、腕っぷしが船員の中でも一番良く、何より欲に無縁なビッグを見張りに付けた方がいいでしょう。したがって、そちらの方が安全なんですな」
「私は構わん。他に、異を唱えるものはいるか?」
他に意見は出てこなかった。
「じゃあ、自分たちが持ち物検査をすることに、同意していただいたと考えてよろしいですね?」
リオはふっと満足げに笑った。
そんな彼女に、声をかける者があった。
武器商人のトンだ。
「アイアイ、持ち物検査ならまずワタシ荷物を検査して欲しいよ~。ワタシの荷物から絶対に宝石は出てこないはずだけど、自分の商品が使われてしまったからには、もしかしたら何かしらの痕跡が残っているかもしれないからね~。それに、君たちの次に疑われているのはワタシみたいだからね~」
「分かりました。まずはトンさんの荷物から検査をすることにしましょう」
リオはトンの提案を受け入れ、アーニィたちを引き連れて、トンの部屋へと向かって歩みを進めた。
ども、作者です。
なげぇ。




