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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
65/104

船旅の夜

目に映るは空を泳ぐ雲。一面に黒く染まる夜空と同じように黒く染まる雲も、わずかな月明かりと星々の瞬きによって、輪郭を成している。

 そのおかげで同じような色にも関わらず、雲と空とを識別できるのだ。

 泳いでいるのは自分達も同じだ。夜空を漂う雲も、深海のように黒々と染まった海を切るように進む船も、風を動力にしているという点でも同じ。

 船も雲も、果てしなく続く広々とした大海を泳ぎ続ける点でも同じ。

 いやはやなんとも不思議な奇縁だろう。

 ……などと。

 明らかにどうだっていい、それこそ海に生きる魚たちが、空模様を気にしているような、全く持って自分とは無関係なことに感慨にふけっているのは、船の後部の甲板で柵に寄りかかりながら空を見上げているアーニィだった。

 鼻さきをかすめる夜風あるいは海風は冷たく、熱く火照った顔をクールダウンさせるのにぴったりだ。

 少し、肌にしみる。真っ赤な頬にひりりと痛みが伝うのは風に揺蕩う潮の香りのせいか。

「……で、にーさんが旅立つときの話なんですけど、にーさんが師匠、にーさんのお父様に自分がこの世の全ての剣をまとめた辞書を作るんだーって言ったら、もう大反対されたんですよ。師匠もめっちゃくっちゃ怒りまして、もう、げきおこですよ、げきおこ」

 あるいは、一人の少女が意気揚々と語る話のせいで、気恥ずかしく、心の古傷をえぐられているせいか。

 間違いなく後者だ。

 策に寄りかかりながら空を眺めるアーニィの顔が、朱に染まってむっと不機嫌になっているのは他ならぬ、少女リオのせいだ。

 眠たそうな目、ぼさぼさのショートヘアー、アーニィよりも頭一つ分は高い身長。そんな外見上の特徴を持つ彼女はアーニィのことを“にーさん”と呼んでいる。

 他人から見てもアーニィとリオは似ている所がなく、そもそも彼女がアーニィの妹には到底思えない。

 違和感バリバリである。

 話しを聞けばそのからくりはいたって単純なものだった。

 リオは幼いころに両親を亡くして、アーニィの両親が営む剣術道場に引き取られた弟子の一人で、アーニィとは実の妹のように共に過ごしてきた、血のつながらない家族なのだった。

 それを聞けば、ジュリアもトヨも納得できた。

 アーニィにとってもただの妹弟子ではなく、かけがえのない家族同然の存在で、再会は嬉々として受け入れるべくものなのだが……。

 今だけは、ひじょーに存在が恨めしい。

「そこで、にーさんは自分の夢を追うために、お父様にある挑戦を挑んだんです。お父様を倒して免許皆伝と認めてもらうと。お父様にとっては悲願だったんですよ、実の息子が自分の流派の正当な後継者となることがです。道場を継いでもらうのが前提の夢ではありましたが、何しろこれまで免許皆伝に全く興味を示さなかったにーさんが自分からそんなことを言ったんで、お父様はその挑戦に受けて立ったんです」

 つらつらつら~っとリオが語るは、アーニィが自分の故郷、今回の船旅の目的地である西の大都市「ウェスタンブール」を旅立つ直前のこと。

 ほんの数か月ほど前のアーニィの過去の出来事だ。

 昔話というにはいささか直近すぎることではあるが、自身の過去のことを誰かによって自分の知人に話されることほど、恥ずかしいものはない。

 語り手の視点からの感想脚色誇張なんでもありの昔話は、アーニィも遠慮してほしいと思うものに違いはなかった。

 もちろん、アーニィはリオが自己紹介を終えて、夜風に当たりながらアーニィのことをお話しましょうか、なんて言い始めたときには、アーニィも全力でやめてくれと懇願した。

 今こうやってリオによって大暴露されてしまっているということは、それも叶わぬ願いと成り果てた証拠だ。その裏には思いもよらぬ反論があった。

 そんな面白い話、聞かせないなんてありえないわ。

 と、真っ先に反論したのはジュリアだった。彼女はアーニィの過去の話を聞いて、にやにやとしたかったのである。性格が悪い。

 止めて欲しいアーニィは、唯一の味方を得るために、トヨは全く興味ないよな、話してほしくなんて無いよな。

 なんて問いかけたのだが、

 む、聞いてみたいぞ。

 とトヨに真顔で返されてしまった。

 圧倒的賛成者多数のため、アーニィの過去話の大暴露大会は幕を上げたのである。

「にーさんはこれでも、剣術は弟子の中でも一番の腕でしたから、お父様に勝利して、見事に旅立つことを許されたんです。でも、にーさんってば、夢のために旅立つなんて言ってたくせに、ちいっとも準備はしていなかったんです。目下の大問題はお金、旅費を賄ってもらうためにお父様に頼み込んだんですが、あっさり断られまして、可哀そうだからと自分とお母様が旅費を用意してあげたんですよ」

「うわー、なっさけないわねーアンタ」

「……うるせぇ」

 ジュリアがにたにたと笑いながら冷かしてくる。アーニィはむくれて言い返すも火に油。ジュリアはけたけたと声を立てて笑った。

 ただでさえ、過去を暴露されることだけでも恥ずかしいってのに。

 いちばん恥ずかしい、自分でも情けないと思うようなことまでも言われてしまう。

 ジュリアにはバカにされてしまうし、トヨにも知られてしまう。

 どちらも不愉快だが、後者は特に嫌だ。

 好きな相手に情けないだなんて思われたくはないのだ。アーニィもまた、年頃の男の子だった。

「リオ、そろそろ止めてくれよ」

「む、まだ聞きたいぞ」

 アーニィの心情などつゆ知らず、トヨがアーニィの制止を拒んだ。

 なんでお前が反対すんだよ。

 トヨの反応は自分に興味を持ってもらえているようで嬉しくもあるが、

「じゃあ、にーさんが旅立つまでの話は止めて、もっと昔の、子供の頃のお話でもしましょうか。子供の頃の話、がきばなです、がきばな」

 ことごとく、リオが話すエピソードのチョイスはアーニィが特に恥ずかしがるような物ばかりで、そんな話はトヨには特に聞かれたくはないのである。

「リオ、お前なぁ、もうちょっといい話してくれよ」

「メガネ、うるさい。アタシはアンタの情けない話が聞きたいの。もっともっと教えて欲しいわ、昔の話でもなんでもじゃんじゃん言っちゃって」

 ジュリアが早く早くと促す。

 この女、心底楽しんでいる。

 悪ノリだ。悪ノリ女だ。それがたった一人だけならばアーニィの心境もまだまだ穏やかで済んでいたのだが……。

「子供の頃のお話で、とびっきり情けない奴ですね。えっとえっと、結構候補がありますから……」

 一番の理解者かつ長年同じ釜の飯を食べ続けたリオまでもが、ジュリアの期待に応えるように、あるいはただただそうしたいのか、悪魔のノリで愉快に話をしてしまう。

 止めろと言っても聞かないし、別のことをと思っても、周りには海しかないこの船上では、お互いに言葉を交わすことが唯一の娯楽。

 勝手にしろ。

 アーニィはもう投げやりになって、ふてくされるばかりだった。

 着いてほしくはないが、早く船旅の終着点、ウェスタンブールに到着してしまえばいいのに。

 アーニィはそう願うが、船はいくら快調に進んでいても、到着するまでに時間がかかる。あと何日かはリオを含めた四人で、この船に滞在し続けなければならない。

 希望があるとすれば、自分たち以外に乗船している人達が、何か面白い娯楽でも提供してくれて、他の三人がそれに夢中になってくれることだけだろう。

 船員はもちろんのこと、王都からウェスタンブールに行こうとこの船に乗船している人は何人かいた。

 その内の二人が、客室の用意された船室から、ドアを乱暴に開け放って飛び出てきた。

「おい! 船長はどこだあ! ワシのもとに連れて来いっ!!」

 その内の一人、丸々と太った背の小さな商人風の衣装をまとった男が、海上いっぱいに聞こえるような大声で叫んだ。

 思わず、甲板にいた四人も、そちらへ一斉に視線を向けた。

「いやはや私を呼びますのは、ウェスタンブールの大商人、つまりはポンドさんではありませんか」

 船に乗る際にアーニィたちも出会った、屈強な体つきで、長い髪を後ろでまとめた船長、ジムがゆったりとした歩調で、太った商人ポンドへ近寄った。

「ワシを待たせるなっ!! 走らんかいっ!」

「それは危険なのです。詳しく言えば、揺れる船の上で慌てて走るといくら船旅に慣れていると言っても、足元がおぼつかなくなって、したがって、転んでしまい、結果的に怪我をしてしまう可能性が……」

「ええいっ!! 相変わらずまどろっこしい話をするでないわっ!! そんなことよりさっさとワシの言う通りにせんかっ!!」

 ポンドはタコのように顔を真っ赤にして怒鳴る。ほんの些細なことでも気に食わない程に頭に血が上っているようだ。

「言う通りにといいますと。いやはや、私はまだあなたのお話を聞いておりませんで、それはつまり、私は何をすればいいか、単刀直入に言って、さっぱり分からんのですな」

「ワシの部屋を代えろっ!! ワシは突き当りの部屋がいいのだ! 今、あの部屋には変な男がおる! もともとワシはあの部屋で休むつもりだったのだ! 今すぐ部屋を代えさせいっ!」

 ポンドは脂肪をぶるぶると震わせて、ぎゃんぎゃんわんわん叫び続ける。

 少し離れた位置にいるアーニィ達にだって十分にうるさいほどの大声だ。

「あの人、また文句いってますね。悪質クレーマーです、あくまーです、あくまー」

 リオが侮蔑のまなざしを向けながら言う。

「リオ、あいつ知ってるのか? 俺はウェスタンブールにいたときも、あんなやつ見たことないんだけど」

「いやいや、顔見知りって訳でもないんですよ。ただ、自分がこの船に乗るときにもあんな風に叫んでいたんです。確かあの時は……船の出航がちょっとだけ遅れていたことに怒ってましたね」

「船が遅れたの、お前のせいとかじゃないよな」

「にーさん、何を言うんですか。自分は他人に迷惑をかけるようなことしませんって」

 ふふん、リオが胸を張る。

 お前のいびきのせいで、散々船長たちが迷惑していたのは覚えていないのか。

 アーニィがそう指摘をする前に、今度は船長、ジムの声が聞こえた。

「疑問なのですが、つまり、お連れの方も部屋の変更をご希望で?」

 ポンドの背後に立っていた、豪奢な衣装に身を包んだ初老の男は首を振った。

「私は別にあの部屋でも構わん。ポンドとも部屋は別で、そこで満足しておる。しかし、どうにもこいつが部屋に拘るのでなぁ」

「何をおっしゃいますか、ワッツ様。あっしが拘るのは今後の商売のためでもあるんですよ。なんせこの船には、あなたとは身分違いの平民たちもたくさん乗っておるのですよ。あっしが今回の商売のために散々集めてきたお金もあるのです。盗みを働くような輩がいないとも限りません。商売を安全に進めるためにも、資産を守るためにも、あの部屋でなくてはこまるのですよ」

 先ほどまで偉そうに怒鳴っていたポンドが、初老の男に対しては腰を丸めて揉み手をしながら、へいこらへいこらと下手に話し出す。

 絵にかいたような腰ぎんちゃくだ。

「なんだあいつ。変な奴だ」

 それを見ていたトヨが、とても素直な感想を述べた。

「くんくん、きっとあの後ろの男、貴族ね。小さいのはともかく、かなりの金の匂いがするわ。今晩盗みに入っちゃおうかしら」

「ジュリア、お前監視対象の執行猶予の身ってこと、忘れてんじゃないだろうな」

「はいはい、覚えてるわよ。冗談よ冗談、それくらい分かって欲しいわねぇ」

 冗談に取れるわけがないだろう。

「む。貴族が船に乗るのが珍しいのか? なんぜあの太いのは貴族にこびへつらうんだ?」

「それはですね。貴族はそもそも、王都を出ることが少ないことが最初の質問ですね。王都の事業にお金を出していれば、貴族は働かなくともお金が入ってきます。それだけじゃなく、ノルストダムやウェスタンブールで事業をしていたとしても、自分はお金を出せばいいだけです。多分、あの太った商人さんは、あの貴族の人から出資を受けているのでしょう」

「なるほど。分からん」

「じゃあ聞くなよ、トヨ……」

 アーニィ達四人が話している間に、ポンドは船長ジムに向き直って、またも怒鳴りだした。

「いいかっ!! 何が何でも部屋を取り換えるのだっ!!」

「と申されましても、というのも、部屋の変更は我々としては好きにしていただいて構わないと考えておるのですが、そこで問題が、つまりは、部屋を取り換えるというわけですから、したがって、相手の方がいらっしゃるわけで、要するにその方とお話を付けて頂かないと……」

「それくらい貴様らでやらんかっ!!」

 さすがに、ジムもポンドのその主張には面食らった。

 なんて理不尽なことを言うのだろう、この人は。

 しかしながら、ジムは冷静に対応する。

「いえいえ、こちらはお客様同士の問題ではありませんか、したがって、お客様同士でお話していただかないと……」

「ワシがあの、奇怪で、奇妙で、奇天烈で、不審で、怪しいあの男と話せと言うのかっ!」

 ポンドは自分で話す気などはないようだ。

 というところで、船室へ続くドアが開かれ、またも二人の男が出てきた。

 一人は、大男の船員で、もう一人はテンガロンハットを被って、ポンチョを着て、顔の鼻から下の半分をスカーフで覆った、かなり怪しげな格好の異国風の男だった。

「……船長」

 大男の船員が言葉少なに言った。

「ビッグじゃないか。それに連れているのは……お客さんで、奥の部屋の、ということはつまり、渦中の部屋に滞在している、したがって、アンマナさん、でしたかな?」

 大男の船員、ビッグが頷いた。

「……来た」

「……いや、ビッグよ。それでは分からない。お前はあまりにも寡黙過ぎる。したがって、お前が何を言いたいのか分からない。つまり、伝わらないのだよ」

 ビッグが何を言いたいのかさっぱりわからないジムは訊き返す。

 しかし、ビッグはまたも言葉少なに、何かを言おうとするのだが、それを制止した者があった。

「彼には、そこの、アンマナさんというのかね。彼を連れてくるように頼んで置いたのだ。ポンドはそうはしなかったから、私が勝手にね」

 貴族のワッツだった。

「おお、さすがはワッツ様。あっしの至らないところをしっかりとフォローして下さる。おい! 船長! こいつに言ってやれっ! このワシと部屋を代えるのだと、命令するのだっ!!」

 大声で叫ぶポンドに対して、ジムは心の底から呆れ返った。

 彼のどなる声は、移動を所望する部屋に滞在人、アンマナにも聞こえていただろう。

 わざわざジムが伝え直す必要などあろうものか。

 それにもかかわらず、ポンドはジムが説明するのを今か今かと待っている様子で、ジムの出方を伺っていた。

 こいつは馬鹿なのか。自分よりも立場が下の相手にしか偉そうにできないヘタレなのか。正体不明の相手には腰を引く臆病者なのか。

 あるいは、それらを全て包括したただの愚か者か。

「自分で言えばいいでしょうに」

 ずっと我慢をしていたジムも、さすがに限界だった。

 ついついジムは吐き捨ててしまった。

「キ・サ・マァ……!!!」

 ポンドがわなわなと太った体を震わせる。

 もはや一触即発。次の瞬間にはポンドの怒りが爆発してまた大声で怒鳴り散らしてしまうだろう。

 そんな光景はこれらの様子を見ていた全員に思い浮かんだ。

 顔中を真っ赤にしたポンドが口を開く。

 誰もが耳を抑えようとした、そのとき。

「まぁまぁまぁ、見てごらん見てごらん~」

 怒りの声に変って、たいそう陽気な声が辺りの全員の耳に届いた。

 声の主は、すたすたと歩く。

 誰もが彼へ視線を集中させる。ポンチョとテンガロンハットの怪しい男、アンマナへ。

 アンマナはポンドやジムたちから少し離れると、ポンチョの下に手を突っ込んだ。

 再び手を出した時には、指と指の間に一つずつのナイフが持たれていた。

 掌ほどもない短いナイフ。しかしどれの刃も甲板のところどころに掛けられたランタンの明かりを受けて鈍く光る。切れ味のないなまくらでも、観賞用の模造品でもない、本物の刃の鈍い輝きだ。

 一体何をするというのか。

 一堂に浮かんだ疑問に答えるように、アンマナはそれらのナイフを自分の頭上に投げ始めた。

 ナイフはぽんぽんと中へ浮かび、弧を描いて反対の手へ。反対の手へ治まったナイフはまた逆の手へ。

 一本のナイフだけならなんてことないが、合計八本ものナイフを矢継ぎ早に手から手へ投げ渡していくその様子は正に達人の妙技。

 彼はいわゆる大道芸人だった。

 ポンチョの裏に隠したナイフを使って、国から国へと旅をし続ける大道芸人。

 その特技がこのナイフジャグリングなのだ。

「おお!」

「……お!」

 誰もが彼に注目する中、ジムとビッグが拍手をした。自然と顔も穏やかな笑みを湛えている。

 拍手は次第に波及していき、船員たちはおろか、遠目で見ていただけのアーニィやリオ、ジュリアも拍手をしていた。

 トヨだけは、何をしているんだ? あれはなんだ? と疑問を浮かべるばかりだったが、さして大きな問題ではないだろう。

 アンマナはジャグリングを止めてナイフをポンチョの内側に納め、一礼する。

 またも大きな拍手が甲板中に鳴り響いた。

「……ご、誤魔化されてなるものかっ! いいかっ! 船長! あいつに部屋を代えろと……」

 みんなが忘れかけたころ、怒りまだ冷めやらぬポンドがついに叫び始めた。

「いいよいいよ~」

 しかし、そんな怒りもあっさりと鎮火された。

 アンマナにも話はよくよく通じていたようで、彼が部屋の取り換えを認めたのである。

 実に軽く承諾してしまったので、ポンドも拍子抜けしたのか、言いかけた言葉も出し忘れて口を大きく開けっ放しにしてしまっている。

「それよりそれより~、気に入った気に入った?」

 アンマナには、どうやら部屋代えなどは取るに足らないことだったらしい。

 そんなことよりも、自分の芸を気に入ってもらえたかどうかが気になって仕方ないようだ。

「あ、ああ。かなり良い芸でした。ということは、つまり、気に入ったと」

「……うん、うん」

 中でもとりわけ、大男のビッグは彼の芸が気に入ったらしく、大きな頭が取れんばかりに首を縦に振っていた。

「じゃあじゃあ、これも見てごらん見てごらん~」

 アンマナは今度はポンチョの裏から果物を取りだし、ジムの頭の上に置いた後、少し離れて、びゅっとナイフを投げて見事に命中させた。

 ジムはポンドの問題のせいの疲れか、それとも的に使われたせいか、あるいはその両方か、心なしか顔をげっそりとさせていた。

 ビッグは芸にまたも喜び、アンマナは喜んでもらえていることが相当嬉しいらしく、次々と芸を披露していく。

「なんだか、この船には変な奴らばっかり乗ってるな」

 一連の騒動を目の当たりにして、アーニィが独り言のように呟いた。

「……くしゅんっ! なぁ、寒くないか?」

 トヨがくしゃみをした。彼女の格好はワンピースの裾を、お腹を出すようにして肋骨の下あたりで縛った上と、下はホットパンツ。寒さがじかに伝わる地肌が大きく露出している。

「そういや、もう随分と冷えて来たな。そろそろ船室に戻るか」

 それもそのはず夜も深い時間。海の上ということも合わさって、肌を撫でる夜風もしんと冷えていた。

 アーニィの提案に、三人は頷いた。

「じゃ、部屋に戻ってから、またメガネの恥ずかしい話の続きね」

「にーさんのどの話がいいですかねぇ~。とびっきり恥ずかしい奴を思い出さないと……」

 船室へ向けて歩き出すジュリアとリオ。そういえば、ここでそんな話をしていたのだった。

 騒動が起きてくれたおかげで難を逃れていたと言うのに。

 余計なことを言ってしまった。もうしばらくここに残っていようか。

 アーニィは後悔しながら、そう思っていた。

「アーニィ。戻らないのか? 風邪ひくぞ」

 先に歩いていたトヨが振り向いて、アーニィに言った。

 そんな格好のお前が言うなよ。

 とは思いながらも、心配しているようなことを言われては、何もしないではいられない。

「分かった。今行くよ」

 アーニィは三人を追って船室へと向かって歩き出した。



ども、作者です。文字数が異様に多くなった回です。

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