ウェスタンブールの雲行き
大陸西部の大都市、ウェスタンブール。文化と軍事の都として栄えるこの町は、西部には大きな港があり、東部にはサバンナと分断するように、高い城壁が気付かれていた。
その城壁の内側には軍事施設があった。
軍事施設のうちの一つ。ウェスタンブール士官学校。
ここは兵を目指す若者たちが通う、この大陸唯一の軍事学校だった。
その軍事学校の屋外訓練場。訓練場とは名ばかりで、平たく言ってしまえばただっぴろい開けたグラウンドだ。
「ひ、ひえ~、お、お助けを~」
「こ、校長! こ、これ以上はおやめください~!」
グラウンドに情けない男の声が響く。若い男の声だ。
彼らは生徒だ。手に剣を持ってはいるが、勇ましさなどは微塵に感じない。それどころか、背を向けて逃げ始めていた。
そして、彼らが背を向けている方角には一人の女が立っていた。
鎧を着こんだ女。その手にはハンマーの柄が握られていた。
女は逃げる生徒たちを追った。
ハンマーの大きさは、柄だけでも二メートル近く、槌頭に至っては五十センチ四方の面を持っている。紛れもない大槌だ。
女は走る。がしゃんがしゃんと鎧が音を立てる。
生徒たちも鎧を着ていたが、彼らが着用しているのは最低限の急所を隠した軽鎧。
一方の女の鎧は、関節部以外は全て鋼で覆っているような重装甲の鎧だった。
それにもかかわらず、女は生徒たちに追いつく。
そして、ハンマーを一人にめがけて振るう。
「ぎ、ぎゃあああああああ!!」
打たれた生徒が吹っ飛んだ。
「ぐわあああああああああ!」
続いてもう一人。
「がはああああああああ!!」
おまけにもう一人。
あっという間に、生徒たちは全滅してしまった。
グラウンド中には三十人は余裕で超える数の生徒たちが、ぐったりと伸びていた。
「ふん。戦いの最中に諦めるとは、軟弱者どもめ! これだから男は……」
全滅を確認した女が憎々しげに呟いた。
亜麻色の髪をなびかせる妙齢の女性。
この人こそ、クイーンズ・ハンマー「ミョルニル」を受け継ぐ、十二騎士最強の騎士、クイーンだった。
「ひゃ~、全く手加減がないんだから、この人は……」
と、グラウンドの端で一人の男がぼやいた。彼は文官で、曲りなりにも軍事学校の校長をしているクイーンの補佐を担当している。見るからに細い、戦いには向かなそうな弱弱しい男だった。
「何か言ったか?」
「い、いえ! 何も言っていません!!」
見た目通り、男はすぐにその言葉を撤回した。グラウンドの端から真ん中あたりにいるクイーンにまで声が届くとは、とんでもない地獄耳だ。
「やれやれ、今は男も陰口を叩くようになったか。もっともっと女の我慢強さと力強さを見習うがいい」
「それはアンタだけでしょうに」
「何か言ったか! 貴様の根性、このクイーンが叩き直してくれようか」
じりじりとクイーンが文官に寄る。
鎧を着ていないのに、そんな一撃を食らったら死んでしまう!
命の危険を感じた文官であったが、彼が彼女のハンマーの錆になるのは、どうやら今ではないらしい。
「く、クイーン様!」
グラウンドの中に、慌てた様子で重鎧に身を包んだ兵士が入ってきた
「なんだ! 今は訓練中だぞ!」
クイーンに怒鳴られるが、兵士はそのまま走り、クイーンの目の前で敬礼をした。
かなり、慌てている様子だ。
「と、取り急ぎのご報告を! 緊急事態です! し、侵入者です!」
「侵入者だと……取り乱すことでもあるまい。海上からの侵入者など、何も珍しい話ではなかろうぞ」
「それが、海上からではなく、城壁側からの侵入者なのです」
城壁側。城壁から入るには一か所の大きな扉を通り抜ける必要がある。
しかし、その扉はクイーンの許可なしで開くことはない。
許可を出すためにも、見張りの兵士は数人、しかも万一に備えてそれなりの精鋭を揃えいるはずだったのだが……。
「何? 見張りはどうした」
「ぜ、全滅です」
兵士が重々しく口にした。
全滅。見張りの兵が、全員。しかも精鋭だ。そう簡単にできることではない。
ということはつまり、その侵入者とやらは……。
思わず、クイーンは口元に笑みをたたえた。
「……ほう、なかなかに骨のある奴が現れたようだな」
「何を嬉しそうな顔を……ど、どうすればよろしいのでしょうか」
「見回りを強化しておけ。それから、”アレ”も見張っておけ」
「アレ、ですか」
「ああ。どのみちこの街へ侵入する目的などたかがしれている」
「それが、”アレ”なのでしょうか?」
「明言できるものか。しかし、恐らくは……。警備の兵を動かしておけ。街の警備にはこの学校の生徒を当たらせる」
「は、はい!」
命令を伝えると、兵士は走り去っていった。
クイーンがこの町で軍事施設の指揮を取り始めてから早十年。
今まで、見張りを突破して城壁から侵入してくる者などいなかった。
海上からの侵入者、外国の海賊たちが来ることはあったが、その全ては自らの力であっけなく倒せてしまった。
さて、今回の侵入者はと言えば……、初めて城壁で見張りをする精鋭を突破してきた侵入者だ。
クイーンの胸が高鳴った。
あまりにも退屈な日々で、忘れかけていた感情だ。
「どんな顔をしているのか。どれほどの実力を持っておるのか。くくく、楽しみにしておるぞ、賊どもめ」
ども、作者です。
これでやっと一区切りですね。少しずつトヨとアーニィを取り囲む状況が変りつつあるんじゃないかな、と思います。
次回からは、結構退屈かもしれませんね。それでもよければお付き合い下さい。




