道中の出会い
王都の港は、本来であれば主に漁港として使われている。王都の主要の食産業が魚であるためだ。
漁船は主に小型船舶だ。三日月のような弧を描く港に、それらがおびただしい数並んでいるのが、平時の光景だった。
今日は違う。日の暮れかかった王都の港に、大型の船舶が一隻ある。
それが、王都と西の「ウェスタンブール」の海上の橋渡し役、定期船だった。
さて、アーニィ、トヨ、ジュリアの三人は王都で食事を取るなどして時間を潰し、定期船のある港までやって来ていた。
「はぁ……本当にこれから帰っちまうのか、西に」
大型船舶、その大きな帆が見えてきた途端に、アーニィはあからさまにため息をついた。
じきに定期船も出発する。そんなときになっても、彼は相変わらず故郷に帰りたくないと思っているようだった。
「なに? そんなに帰郷すんのが嫌なわけ? もしかして、家族と何かしらの因縁でもあんの?」
まるで面白いことを聞き出すような態度で、ジュリアが尋ねた。
「そういうんじゃないけどさ。自分の夢をかなえるって言って出て行った手前だから帰り辛いんだよ」
「へぇ~、それだけ?」
「……それ以外に何があるってんだよ」
「家族以外にも会いたくない人が居たりとかしないの? 幼い頃の片思いの相手、とか、アンタの恥ずかしい事を知っている幼馴染とかさぁ」
「なんでそんなのをジュリアが気にするんだよ」
「だって~、面白そうじゃない。他人の秘密は蜜の味ってね。まぁ、あとは純粋にアンタが帰りたがらない理由がしりたいしぃ~」
「だから、さっき言った通りだって」
「う、そ、で、しょ~?」
「嘘じゃねえっての! ホントにただ帰り辛いだけだって……」
「ムキになるところが余計に怪しいのよねぇ~。ま、今はいいわ。どうせこれからしばらくの間は海の上。聞き出すチャンスなんていっくらでもあるわ。くくく、いつまで隠し通せるかしらねぇ~」
やれやれ、厄介な女の監視を任されてしまったものだ、とアーニィはまたもため息をついた。海上だろうがどこだろうが、当分はジュリアと一緒に居続けなくてはならない。
アーニィが帰りたくない理由も、ウェスタンブールにたどり着けば自然と分かることなのだが、自分の口で説明するのも億劫だった。
「む、この船か?」
一人、先に先に進んでいたトヨが定期船のすぐそばまで来た。
陸へ向けて伸びる船首。左舷が船着き場についており、ブリッジとの間に板、歩み板が渡されていた。
坂になった歩み板を、白いセーラー服を着た船員たちが、木箱のコンテナを持って、頻繁に行き来していた。積荷を運んでいるのだ。
その歩み板の手前に、肌の焼けた壮年の男性がいた。黒い髭を豊かに生やし、長くなった髪の毛を後ろにまとめている。船員に似た白い服を着ているが、少々造りが違い、立場の違いを表している。
アーニィとジュリアがトヨに追いつき、ジュリアが一人先に行って、その男に声をかけた。
「ねぇ、アンタが船長?」
「いかにも船長、もといキャプテンこと、わし、つまりジム・デインだ」
男、ジムは地を這うような重厚な声で答えた。ただ、自己紹介は余計だ。
「いや、そこまで聞いてないわよ。この船、西まで行くんでしょ?」
「そうとも。西、つまりはウェスタンブール、またの名を文化と軍事の都に、この船は今まさに出航しようとしているところだ」
今度はいやに回りくどくジムが答える。とりあえずは、この船で間違いないことがわかった。
「じゃあ、この船に乗ればいいのか?」
早速、トヨが乗り込もうとする。それをジムは制止した。
「いやいや、勝手に乗りなさんな。この船は客船兼物資運搬船、一般人、つまりは乗船券を持たぬものを、要するに許可が与えられていない者を乗せる訳にはいかないのだ」
「話聞いてないの? ほら、王宮から」
「王宮から? ということはつまり、貴方がたが軍、いやエース様がおっしゃっていた、特別な客人か?」
アーニィたち三人が頷く。するとジムはうやうやしくお辞儀をした。
「おやおや、これは失敬、もとい失礼、いやいや申し訳ありませんでしたな」
「乗っていいのか?」
「ええ。どうぞどうぞ、結構です、つまり、好きに乗っていただいて構いません」
許可を得て、トヨが我先にと乗り込もうとしたとき、ブリッジから港を覗き込むように身を乗り出した船員が、ジムへ向けてこう言った。
「船長~! ダメっす~。あの人全然起きないっす~」
何やらトラブルが起きているような口調だった。
「む、誰か寝ているのか?」
トヨがジムに訊いた。
「いやはや、客室にですな、つまり客人が、ずっと、個々に到着する前から、したがって、朝から寝ていまして、あれから起こし続けているのに、起きんのですよ」
「どんだけ寝てるのよそいつ」
今はもう夕方だ。そこまで寝続けるなぞ、相当な寝坊助らしい。もはや寝坊助という範疇を超える規格外の睡眠魔だ。
「む、起きないのなら放っておけば良いだろう」
至極まっとうなことを珍しくトヨが言った。寝ているだけであれば、さして問題はないはずだ。
困った顔をしたジムがトヨの疑問に答える。
「それがそうもいかなくて……つまり、放っておくことができなく、詳細を付け加えるといびきが非常にうるさくて……要するに他のお客にも迷惑がかかるんですよ」
「寝すぎで……いびきがうるさいと……」
それらの言葉を聞いて、もしや……とアーニィは思った。
どうやら、それらに該当する人物に心当たりがあるようだ。
いやいや、アイツがこんなところまで来ている? そんなわけが……いやいや、そんな予想外なことをしでかしそうでもあるな。
などと、アーニィは頭の中で考える。もう十分に嫌な予感がしていた。
「そのまま出航してアタシらは構わないんだけど……」
ジュリアが言う。もちろん、普通の大きないびきであれば、特段気にする必要もない。
ジムは苦い顔をした。
「一度、客室へ上がってみなさいな。つまり、百聞は一見にしかず、と」
聞いてみなければ分かってはもらえないと、ジムは判断したようだ。
三人は言われたとおり船に乗った。甲板から船内に入って見ると、確かに聞こえてきた。
ぐがー、ぐがー。いびきだ。
ただのいびきではない。船内に入った途端に、耳元で何かが大爆発をしたような爆音のような大音声だ。
思わず、三人とも耳を抑えた。
「む、これは酷いな」
「嘘でしょ……とても人の喉から出てる音だて信じれないわよ」
「……はぁ、やっぱり」
アーニィだけは驚かなかった。
音の元は客室の一つからだろう。廊下を歩くと、ほぼすべての客室の戸は開け放されており、それらの部屋は空室だった。
一つ、戸の締まっている客室を見つけた。
ここだろう。アーニィは真っ先に室内に入って行った。
二人も、アーニィに続く。
客室の中は、ベッドが一台あるだけで、非常に簡素な作りになっていた。
そして、そのベッドの上に一人の女の子が眠っていた。
耳を塞いでも聞こえてくる大いびきを発しているのは、なんと女の子だったのだ。
その彼女の傍らには、二本の剣が立てかけられていた。
やっぱり。
アーニィは改めて嫌な予感が的中したことを知った。こんないびきを出せるのは、この世に一人だけしかいない。
アーニィがベッドの方へずけずけと歩いていく。
「アーニィ?」
唐突な行動に、トヨが彼の名を呼んだ。何をするのか。トヨもアーニィも全く分からなかった。
「おい、そろそろ起きろ。教練の時間だ。一秒でも遅れたら父さんに叱られるぞ」
まるで叱りつけるような口調で、アーニィは女の子へ向けて言った。
すると、いびきが止まり、がばっ! と女の子が起き上った。
「それは勘弁ですっ! にーさん!!」
「にーさん?」
「む?」
波の穏やかな音が聞こえるほどに静かになった船室。
そこで耳にした単語に、トヨとジュリアは首をかしげた。
にーさん? 聞き間違いか? 兄? ということは……つまり?
ジュリアとトヨがそんな疑問符を思い浮かべながら、顔を見合わせる。
「……あれ、にーさん? にーさんがいます! うわぁ、帰って来たんですかっ!?」
聞き間違えなどではなかった。女の子は紛れもなく、アーニィのことをにーさん、と呼んでいた。
「そうじゃないだろ。周りを良く見てみろ」
「ここ、どこですか? 自分なんでこんなとこいるんですか? イミフです、イミフ」
「ここ、船の中」
「あ、そうでした。自分船に乗って王都に向かってたんでした。王都についたんですか?」
「着いてるよずっと。お前、ずっと寝てたんだってよ」
「自分、寝るとなかなか起きませんから。寝る子は育つですよ、ねるそだ」
「はぁ……」
「で、にーさんはなんでここにいるんですか?」
「それはこっちの台詞だっての!」
アーニィも慣れた様子で女の子と会話する。
ベッドの上に座った女の子は、かなり慎重が高いようだった。あぐらをかいて折り曲げた足が特に長く、立ち上がった時にはトヨは当然、ジュリアも、さらにはアーニィですらも超えるかもしれない。
「……知り合い?」
二人の会話に割って入って、ジュリアはアーニィに尋ねた。
女の子の視線は、ジュリアへと向けられる。眠たげな女の子の目がかっ、と見開かれた。
「うわぁ! 美女! にーさんどういう関係ですか? もしかして、嫁入りに連れて帰るんすでか?」
「な訳あるか! はぁ……ジュリア、トヨ。紹介するよ、こいつリオ」
ども、と女の子、リオが手を上げた。まるで寝癖のようなぼさぼさとした髪で、顔も眠たげではあるが、なかなか綺麗だ。
しかし、アーニィと見比べてみても、ちっとも似ていない。
この二人はどういう関係なのだろうか。ジュリアとトヨはもう一度顔を見合わせた。
と、そうしているとリオはトヨの方を見て、またも声を上げた。
「わぁ、もう一人ちっこい女の子います。二人も連れ帰るんですか?」
「その考えからいい加減離れろ。リオ、自己紹介だ」
「はーい。えーと、自分リオ・シーンです。このにーさんの妹弟子なんですよ。どうぞよろしくお願いします。しくよろです、しくよろ」
えへへ、とリオが笑った。
「船長~、いびき止まったっす~」
「これは、つまり、間違いなく、解決、なのか?」
外でいびきが聞こえなくなったことを確認した船員の一人と船長が喜び合っていた。
「これで、出航できる。したがって、乗客を船内に案内できるというわけだ」
あまりにもいびきがうるさかったため、乗客たちはみな別の場所で待ってもらっていた。
「急いで呼びに行ってくるっす!」
船員が港の方へと歩いていく。
それを船長が見送っている最中。
船長の横をこそこそと歩く一人の姿があった。
そいつは、布きれを頭からかぶって、全身を隠している、見るからに怪しげな恰好であった。
しかし、その存在に船長は気付かなかった。問題が解決した嬉しさからか、乗客を呼びに行く船員を見送るのに、精いっぱいになっているようだった。
今がチャンス、というようにその布きれを被った人物はそそくさと歩み板を登り、ブリッジに上り詰めた。
「……?」
とそこで、積荷を運び終えた一人の大柄の船員が、その布を被った人物を目にした。
彼には人、というよりは丸まった布がそのまま歩いているようだった。それはさささっ、と移動して、甲板に置いてあった樽の裏に隠れた。
あれはいったいなんなのだろう。
確認するために、大柄の船員がその裏を覗きに行った。
そこで見たのは、丸めておかれた布だった。取って見ても、その下には何もない。
布が動いたように見えたが……風にさらわれて、吹き飛んでいただけだったのだろう。
そう結論付けた大柄の船員は、仕事の続きをするために、歩み板を目指して歩き出した。
先ほど、布が置かれていた木箱の裏の裏。つまりは、その真正面。
そこに彼女はいた。
彼女は、見つかったことを悟り、身を隠していた布を置いて、大胆にも大男の接近に合わせて、彼の視界に入らないように移動していたのだ。
木箱をぐるりと回って、近づいてきたときには大男の背後に回る。
足音も気配も感じさせず、そんな芸当をすることなぞ、彼女には朝飯前だった。
本来ならば、処分するところだったが……生憎、彼女は武器を持っていなかった。
ともかく、まずは武器の調達をしなければいけない。
それが、今の自分の使命。恩に報いる唯一の手段。
彼女は、周りに細心の注意を払って歩き出す。
汚れの目立つ白い服が、風になびく。そのうちの片方の袖には腕が通っていなかった。
ども、作者です。この章は新キャラがいっぱいですね。なんでこんなに放り込んだんでしょうか。でも、次の章以降の方が新キャラ多いんですよね。作者は何を考えているのでしょう。




