出生
三人が通されたのは、王宮の一室だった。
キング、エースはそれぞれ王宮内部に自身の部屋と客室を用意されている。そのうちの尾キングの客室だ。
広く、豪奢なちょうどや絵などが飾っている。客室として最低限を備えただけのような部屋だった。
「なんだ、お前は王じゃないのか」
通されて早々、トヨがキングに向かってこう言った。彼女もまたキングという名前から、王ではないかと連想したのだ。
「お前、何を聞いてたんだよ。さっき違うって話してただろう」
アーニィの言う通り、王宮の入り口でエースとアーニィが話していたのを、トヨも聞いていたはずだった。そう言われても、トヨはそうか? と首をかしげた。
それを見て、キングはふむ、と孫を見るおじいちゃんのような穏やかな笑みを浮かべた。
「うむ。誤解である。吾輩は一兵卒に過ぎんのだ。称号のせいでややこしいだけである」
つまりは、十二騎士の一人に過ぎないということ。アーニィからすれば、それだけでも十分にすごいことに違いはない。
十二騎士になれるのは国中でも精鋭中の精鋭の十二人の兵士だけ。その上、キング、クイーン、ジャック、エースの四人はその中でも頭一つとび越えるほどの実力者だ。
そして、彼らは特別な武器を持っている。
エース・ブレイド「ティルフィング」はこの前アーニィも見ることができた。
アーニィは視線をキングが背負っているランスに向ける。
あれが、キング・ランス「グングニル」なのだろうか。
アーニィは剣に無類の執着心を持っているが、何もそれ以外に興味が無いわけでもない。もしかすると、一生の中でそうそうお目に掛かれない、最強のランスが目の前にあるかもしれない。
アーニィはごくり、と喉を鳴らした。
「そうなのか。王は一番偉い人間なのだろう? それならお前は強いのか?」
むろん、トヨはキングがとんでもない存在であることなんて、ちっとも理解はしていなかった。市井で顔見知りに声をかけるくらいの気軽さでトヨはキングに尋ねる。
そんな子供のようなところも可愛らしいが、怖いものなしにも程があるだろう。
「偉いかと訊かれればそうと答えざるを得ぬが、一番ではないの」
「そんなに強そうなのに、もっと上がいるのか?」
「うむ。左様である。吾輩は二番目に強い」
トヨもトヨだが、このキングもキング。幼げのある少女からの質問に、鼻を鳴らしてふんぞり返って、子供っぽく答える。
「二番目……もっと強いやつがいるのか」
「あんたは違うんだな」
アーニィは隣にいたエースに、皮肉を込めて言った。
「俺はこの国の剣士で一番強いといってやったはずだ」
エースはちっとも悔しさを見せずに答える。
アーニィは面白い反応が返って来なくて、残念、と口をへの字に曲げた。
「うむ。しかし、おぬしが王都に帰ってくるのは久方ぶりではあるまいか。エース」
「一応、アンタにも伝えてやることがある」
エースの答えに対して、キングは視線をアーニィたちへ向けた。
「こちらの客人と罪人にも関わることかの」
罪人、と呼ばれジュリアは眉をひそめた。
「ああ。そいつらの罪状は全部俺が破棄させてやる。いいな。了承させてやる」
と、今度はエースのその言葉に、ジュリアはびくりと反応して目を輝かせた。
「え、マジ? それ超ラッキーじゃないの。どう言ってそんなおいしい条件を納得させたのよメガネ」
「俺は何もしてないって。元々俺達は無実で……」
「うむ、拒否である」
ジュリアが喜ぶのもアーニィが説明をするのもつかの間。即刻キングが却下した。
「ちょ、ちょっと待ってくれよキングさん。俺とこのトヨは無実の罪なんだ。俺達がムツキさんを殺したって言うのは噂だけでああって、事実じゃないんだよ」
慌ててアーニィが事情を説明する。
「おい。それじゃあアタシの罪状だけ消えないじゃないの」
「ほう、二人が例の刀匠殺人の容疑者であったか」
「知らなかったんですか?」
「うむ。失態である。吾輩も耳にはしていたが、犯人の捜索自体をすぐに打ち切ったものでの」
「平和ボケめ」
エースがぼやく。
「それはエースも同族である。吾輩が平和ボケをしておるのではなく、この王都の、国中の人々が平和ボケしておるのだ。悪い事ではないのだがの」
キングは困ったような顔をした。平和ボケをしているのはアーニィにも思い至る点はある。
故郷で過ごしていた頃も、そしてこの王都に来たときも。そういえば、自身が殺人犯だと間違われた時も、やじ馬が集まっていたり、貴族の豪邸を通って簡単に抜け出せたりもした。明らかに国民全体の意識として、平穏な日々が当たり前に経過していくと過信しきっているところはある。
「そんなことよりさぁ、アタシらの罪状は消せないの? また捕まるの嫌よアタシ」
「おぬしは無理である。二人の容疑が無実であるのなら、取り消しは可能である。しかし、おぬしはこれまでに多くの罪を犯してきた常習犯だからの」
「ちぇ……」
ジュリアが口を尖らせた。自業自得ではあるが、少々気の毒だった。
「ど、どうしてもダメですか?」
アーニィがダメ元で訊いてみたが、やはりキングは首を振った。
ダメか、とアーニィが肩を落とす。
「なんでアンタが尋ねんのよ」
「いや、ジュリアには借りがあるんだ。このままじゃお前死刑になるんだぞ」
「嘘、それホント?」
初めて知ったらしい。ジュリアはキングに訊いてみると、
「うむ。極刑である」
すぐにそんな答えが返ってきた。ジュリアはあんぐりと口を開けた。
「そんなの、見捨てられるわけないだろ」
アーニィの率直な思いだった。自分が処刑されてしまう。そんな避けることのできない大問題に直面しているときに、優しい言葉をかけられると、思わず鼻の奥がジーンと……。
「メガネ……にしては、アタシのことかばおうとしてくれなかったじゃない」
するわけもなかった。
「だって、お前が悪さしたのは事実だし……この前王都に来たときだって、宝石泥棒してたじゃないか」
「初耳である。これは罪状を追加せんとの」
「ちょ、余計なこと言うんじゃないわよメガネ! せめて嘘つくなり、アタシの美談でも言って刑を軽減してもらえるように便宜を図るとかしなさいよ!」
「そうか、お前死ぬのか。これからは二人での旅だな、アーニィ」
「ちび女! 縁起でもないこと言ってんじゃないわよ! ムカつくわねぇ相変わらず」
「しかし、執行猶予は付けるつもりである」
アーニィとジュリアはキングのその言葉に目を丸くした。
「しっこうゆうよ?」
トヨが首をかしげながら、アーニィに訊いた。
「刑罰を受けるのを延期してもらうことだよ。つまり、ジュリアが死ぬまでの期間が伸びるってこと」
「アタシが死ぬこと前提で話してるわよね、メガネ」
「だってほら、お前の罪は消えないみたいだしさ。もう諦めて……」
「アタシへの借りを返しなさいよ、今こそ!」
「そ、それよりも、執行猶予は付くわけだから、それだけでも……」
「よかぁないわよ! どうせ死ぬわけだし、それまでの間監獄行きなのよ。そんな退屈な生活御免だわ」
ジュリアはうんざりとした様子で肩をすくめた。
そこへエースがキングに向けてこう言った。
「おい、キング。提案してやる。この女の猶予期間、監視役にこの二人を付けさせてやるのはどうだ」
「うむ。理由を」
「この二人やっかいな問題を抱えている。その問題については後で詳しく話してやる。二人は旅を続けて探し物をしていると聞いてやった。その道中にこの女を同行させてやる。この二人は信用してもいいと断言してやる」
アーニィとトヨにジュリアを同行させる。エースからの提案を受けて、キングは一度豊かなあごひげを撫でつけた。
「旅。ふぅむ。それは僥倖である。このおなごにも執行猶予の条件として、西に旅立たせようと考えておっての」
「西? なんでアタシがソッチいかなくちゃ行けないのよ」
西と言えば、アーニィの故郷「ウェスタンブール」がある、というよりも、この大陸に西と言えばだいたいそこを指している。
ジュリアを「ウェスタンブール」に行かせて、いったいどんな意味があるのだろう。
ジュリア自身にも全く見当もつかないその答えを、キングは重々しげに告げた。
「おぬしの、母に会わせるためである」
「母? ジュリア、お前って」
ジュリアの過去を知るのは、本人を除いてアーニィのみだ。
その過去は、赤ん坊の頃に山で捨てられ、一人の山賊の頭に拾われた、というもの。
母親がいるとすれば、それは彼女を山に捨てた張本人だろう。
ジュリアは一つ、大きなため息をついた。
「アタシはねぇ、捨て子なのよ。母親がいるかもしんないけどさぁ、会う気なんてさらさらないわよ。それにアンタ、アタシの母親に心当たりでもあんの?」
顔も名前も覚えていない、いや全く知らないと言っていい母親。
それを自分と全く接点のない古強者が知っていると言うのだ。ジュリアには彼の言葉がにわかには信じきれなかった。
「うむ。お前の母親は……」
「キング。そいつはまさか……」
エースが割って入った。彼もまたキングの放ったことは思いがけないことであると同時に、ジュリアの母親に思い当たる人がいるようだった。
同じ人物を想像しているのだろう。キングがエースに頷いた。
「うむ。明察である。捨て子と聞いてもはや確信も持って言えるの」
「誰なのよ、それ」
「十二騎士のクイーンである。吾輩たちのなかで最も強い騎士であり、現王の姉である」
一同が言葉を失った。
あまりにも思いもよらない返答だった。
アーニィが沈黙を破る。
「……嘘だろ。ってことはつまり、ジュリアは……」
現王の姉の子、ということは王と同じ血を引いている人間だ。
ジュリアも理解できないことではなかった。
しかし、冗談でも言っているのかと、ジュリアは頭を振った。
「アタシが王族ってわけ? 馬鹿なこと言わないでよ。訊くけど、王族の子供がどうしてあの山の中で捨てられなくちゃいけないのよ。この国じゃ跡目争いですら、何百年もないんでしょう?」
平和なこの国で、王族が我が子を、しかも赤子を捨てるとは、想像できない。一切の理由がジュリアには思い浮かばなかった。
「俺が教えてやる」
エースが説明したことには、以下のようであった。
現王の姉、今では十二騎士の一人に名を連ねるクイーンと呼ばれる姫に、今から二十年前にとある縁談があった。
その相手は海を越えた先にある大国の第十五皇子。いわゆる政略結婚だった。
クイーンにそれを断る道理はなく、二人はめでたく結婚をした。
しかし、二人の間には大きな問題があった。
一つは、第十五皇子は皇位継承からもはるかに離れた、皇帝の血は引くものの、その存在を忘れられたような存在であった。それにも関わらず、甘やかされて育ち、政はおろかその他の教養ですら足りない、とんでもない愚か者であったこと。
一つは、クイーンの性格があまりにも勇猛、強気、高圧的であったこと。
愚かな皇子はクイーンの尻に敷かれ、あまりにも不憫な扱いを受けていたのだ。
血を絶やさぬために、義務よろしく子を成したはいいものの、二人の間に愛情などは生まれはしなかった。
そして、ついに自身の扱いに耐えかねた皇子は、王宮を抜け出した。まだ乳飲み子だった我が子を連れて。
子がいるというだけで、彼は皇位継承に有利になるとでも思ったのかもしれない。
だから、子を連れて祖国へ帰ろうとしたのだ。
しかし、愚かな皇子のこと。土地勘もなければ、方角を理解するだけの学もなかった。これまで人に頼り続けた罰でもあるのか、皇子の行方はそれ以降、一切判明しない。
どこかで野垂れ死にした、というのが国が出した公式の見解だった。
連れ去った娘と共に。
「最後に立ち寄ったのがどこか、てんで分からなかったが、あの山にたどり着いたのなら、死体がどこにも見当たらないのも納得してやれる。皇子が王宮を逃げ出したのが十七年前。お前、年齢を訊いてやる」
「アタシは、十七だけど……」
「うむ。合点がいくの」
二人はクイーンの子がジュリアであると確信したようだった。
「そんな上手い話、あるもんですか」
ジュリアが吐き捨てる。一番信じていないのは当人の彼女であった。
「俺もキングの推測を推してやる。言われてみれば、お前は確かにクイーンに似ている」
「うむ。髪の色は父親の遺伝であろう。おぬしと同じ金髪であった。よく覚えておるの」
「……」
口々に二人が同意する。ジュリアはそのクイーンも旦那だった皇子の顔も知らない。
それほどにまで、似ているのだろうか。
しかし、自分が王族だなんて、信じられるわけもなかった。
「信じられぬのも、無理はないであろう。だからこそ、実際に会って確かめる必要があるのだ。王族の子と分かれば……」
「取り消してもらえる?」
ここぞ、とばかりにジュリアは自分の罪を消してもらえるかどうかの交渉を始めた。
「それは……うむ……」
キングは苦い顔をした。厳正な処罰をするのが道理である。特例を認めてしまうことにキングは気が引けていた。
「クイーンも、現王もお前の罪を消させると、俺は推測してやる」
エースは別だった。苦々しい顔でキングはエースに目を向ける。
そうするには仕方がなかったと言いたげに、エースは鼻を鳴らした。
「……もしも、王族じゃなかったら」
ジュリアが尋ねる。その可能性はまだあった。だいたい五割程度だろうと彼女は踏んでいた。
「その時は猶予期間を終えて、処刑である」
キングの返答は厳しく、無常だった。
「はぁ、つまり、アタシは西に行く以外に延命もできないし、不自由な生活から逃れるすべはない、と。分かったわ。アタシの母親が誰だとかは、どうだっていいわ。それよりも、自分の命と自由のために従ってあげる」
ジュリアはとうとう観念した。そうする以外に、自分の未来を確保する方法が一切ない。
ジュリアはアーニィとトヨの方を見た。
「ってなわけで、西まで案内してくれるかしら?」
「お前達がこいつを案内することを罪状取り消しの条件としてやる」
ジュリアの頼みにエースが条件を付け加える。
「うっへぇ……」
「また連れていくのか」
二人とも少し嫌そうだった。
助けるは助けるつもりだったけど、折角の二人っきりの旅が台無しになるじゃないか。
アーニィが嫌がる理由はただそれだけだった。
「嫌そうな顔しないの~。そもそもね、アタシがいなくちゃ……」
ジュリアが明るく話しかける。衝撃的なことを告げられていても、彼女の調子は普段通りのようだった。
ジュリアとアーニィが話しだしたタイミングで、エースがキングにこう言った。
「キング、少し時間を貰ってやる」
「うむ?」
「さっき言った問題のこと、俺達とも無関係ではないように思ってやっている。少し、席を外させてやる」
「うむ。了承である。客人たち、しばし待たせるの」
客室に三人を残して、二人が出て行った。
一体何を話すのだろうか。
アーニィは妖刀のことだろうと、察した。
二人が出たことで、しばしの沈黙が流れた。
アーニィがジュリアに向き直ると、彼女は眉をひそめて険しい顔をしていた。
先ほどの明るさが嘘だったような表情。
やはり、自身の母のことを、自分を捨てた相手のことを聞いて、何か思うことがあったのだろう。
アーニィはしばし、どう声をかけたものか、と考え始めた。
ども、作者です。
キャラを登場させたときからずっと書くつもりだった話をかけて、まぁまぁ満足です。




