槍
アーニィたちが到着する数分前。
ジュリアがキングより与えられた槍を持ち、穂先を何度も突きつけていた。
雨のような猛攻。
それらを全てキングは自身のランスで弾き、防いでいた。
ジュリアが使用しているのは、ウィングド・スピアと呼ばれる穂先の左右にウィングと呼ばれる短い突起がついている槍だった。
長さは約二メートル。そのほとんどが柄ではあるが、細く持ちやすく、扱いやすい。
ジュリアの持ち味とも言える素早い突きは、そのような武器であるからこそ、実現可能なものであった。
一方のキングの持つランスは、ジュリアの槍よりも二倍近い長さを持っている。それどころか、握り手を保護するパンプレートから穂先までの三角錐のような部分、握り手の下部のフルーティングと呼ばれる短い円柱状の部分。それぞれが太く、見ているだけでも分かるほどの重量感がある。
それを、キングは片手で軽く扱っていた。
お互いの穂先を突き合わせるように、ジュリアの素早い攻撃に容易についてきている。
むしろ、キングの動きの方が早いだろう。
キングは涼しい顔もしているのだ。
圧倒的な実力差。抵抗する術を与えられ、抵抗をしてはみたものの、自分には勝ち目もなにもあったもんじゃないと、ジュリアは悟った。
ジュリアは苦い顔をする。勝つつもりなんてなかったが、ここまで力に差があれば、この戦闘中に逃げ出す隙を見つけ出すことですら、困難を極めるだろう。
動くたびに熱くなる体。しかし、流れる汗は熱を放出するためのものではなく、冷や汗ばかりだ。
とんでもない奴を相手にしちゃったわね……。
ジュリアは自分の不運を呪った。こんな奴を相手取らなければならなくなった自分の運命を。
汗に濡れた手で、槍をもう一度強く握りしめる。
いくら相手が悪いからと言って、彼女は諦めるつもりはなかった。
何とか逃げる隙を見つけてやる。それ以外に、自分の生きる道はないのだ。
ジュリアは、まだまだ、力の限り槍の雨を降らせた。自分のために。生きる活路を見出すために。
「うむ……」
ジュリアの槍をいとも簡単にいなしながら、キングは唸った。
自己流の槍術ではあるが、筋はいい。
他の兵と比べてもはるかに実力はある。それが兵士ではなく山賊をしているというのだから。自身の率いる軍を嘆くべきか、山賊を称えるべきか。
キングには驚くべき発見であった。
発見は、それだけではなかった。
攻撃を幾度も繰り返す女、ジュリアの顔を改めてキングは眺める。
きらびやかに輝くような金髪、そして、目。青く鋭く、圧倒的な実力者があっても諦める気の伺えない、意志の固そうな目。
うむ、やはりこの目に見覚えがある。
キングはそうは思うが、ジュリアとかつてに出会ったことはないのも確かだった。
では、ジュリアの顔に妙な既視感を覚えるのはいったいなぜなのか。
その答えにはすぐに思い当たった。
似ているのだ。圧倒的な強者相手にでも一切引き下がらず、好機を作ろうと躍起になっている、力と意志を兼ね備えた目。
それをかつてにキングへと向けたのはたった一人。自身の弟子であり、今やこの国で一番強い力を持った一人の女性だ。
彼女に似ている。
はてさて、いったいどうしたものか、と攻撃を防ぎながらキングは眉をひそめた。
ただ、似ている。それは偶然か。いやいや、偶然というだけで済む問題ではないだろう。
ならば、一度試してみるだけの価値はあるかもしれない。
ただ似ているだけなのか、それとも、明確な因果関係を見いだせるか。
キングはジュリアの槍の一撃を受けた後、攻撃に転じた。
キングの初めての攻撃だ。ランスを引き、ジュリアの頭部を目がけてランスを刺突する。
「ぬん!」
力を込めた一撃。しかし、動作が長く、遅かった。
ランスの尖った穂先が、まっすぐ自身の頭部を目がけている。
それに気が付いたジュリアは、体を捻ると同時に頭を横にずらした。
ランスがなびくジュリアの金髪を貫く。はらりと数本が切られたが、多くは残り、ランスの錐の形に合わせて、円を作るように動いた。
キングの刺突の回避に成功した。
今しかない。
ジュリアは捻った体を元に戻す勢いを利用して、槍を突き出した。狙うは、同じくキングの頭部。
その瞬間。キングは見た。
ぎらついたジュリアの目。一度のチャンスを逃さず、何が何でもとどめを刺してやる、と言わんばかりの猛獣のような目。
間違いない。この目は同じだ。あの女と、この山賊の女は同じ目をしている。
キングはそれに気が付き、頭を動かした。ジュリアの攻撃は外れる。槍のウィングがキングの髪を切ったが、掠めた程度であった。
お互いに武器を引き、構え直す。
「ちっ、折角のチャンスを棒に振っちゃったわね」
ジュリアは歯噛みした。
「いやはや、どうしたものかの」
一方、キングはそうつぶやくとランスを持たぬ手で、髭を撫でた。
自身の実力を見て、びびっているなどとジュリアは思わない。どうしたらいいか、などと呟く理由は彼女には分からなかった。
まぁ、いいわ。次のチャンスこそ絶対にモノにしてやるんだから。
ジュリアが再び、槍の柄を強く握って、じり、と両足に力を籠める。
「キング、そこまでだ」
ちょうど、その時だった。ジュリアにも聞き覚えのある声が、中庭に響いた。
見てみると、キングの後方。先ほど二人が出てきた扉の方に、エースが立っていた。
「……うむ、幸運である」
キングがランスの切っ先をジュリアから空に向け直した。
戦うのを止めた? 幸運? どういうことなのよ……。
突然のことにジュリアの頭はぐちゃぐちゃと混乱してきた。
そこへ、
「ジュリアっ!」
エースの背後から、またも聞き覚えのある声が聞こえた。
そして、声の主はすぐに現れた。
アーニィだ。それから、彼に続いて憎たらしいチビ女、トヨの姿も見つけた。
「メガネ、そんでチビ女も」
「む、私のことか」
トヨが自分がチビだと言われたことにやっと気が付いた。どこまでマイペースなんだか。
ただ、相変わらずの彼女の様子に、ジュリアも緊張の糸が解けた。
「どうしてここに……ううん、アンタ達、あの妖刀は?」
ジュリア訊いた。なんだかんだ言って、気にはなっていたのだ。
「もう破壊した。私を誰だと思っている」
トヨが当然、と言わんばかりに目を細める。
「そう。で、なんでここにいるのよ」
「お前が捕まったって聞いてさ」
今度はアーニィが答えた。ジュリアはつい呆れてしまった。見てみれば、アーニィの顔色はあまり良くない。しかも、ほのかに消毒液と血の臭いもする。
あれからアーニィは無事にトヨのもとにたどり着くことができたようだが、かなりの大けがを負ってしまったのだろうと、ジュリアにも推測できた。
それなのに、自身の安静ではなく、特に大きな関わり合いもないジュリアのもとに駆けつけようとは。
余計にジュリアは呆れ返ってしまった。
「全く、アンタときたら……」
ただ、悪い気はしなかった。自分も甘くなったのかもしれない。自分のもとに来てくれた二人に対して、感謝の言葉を口にしてしまいそうだった。
「うむ。彼女らはおぬしの客人か、エース」
と、キングが新たにやってきたトヨとアーニィを見ながら、エースに尋ねた。
「まぁ、そんなところだ」
「しかし彼女は……」
今度はジュリアの方を見た。
続く言葉は、罪人であろう、とかなんとかだろう。
トヨもアーニィも無実の罪を被ってはいるが、罪人などではない。自分とは違うのだ。
しかし、実のところキングはそれ以外の言葉を言おうとしていた。
「ひとまず置いておけ。俺が詳しく教えてやる」
その言葉はエースが遮った。
ともかく、ジュリアとキングの不毛な戦いは三人の登場によって閉じられたのであった。
ども、作者です。
唯一のバトルシーン。ちょっとたんぱくですが。




