到着
王都は北のサバンナから続く大通り。多くの人々が行きかい、王都と名を冠すだけの盛況さを誇っている。人の流れはまるで川の流れのように流麗で、北へ南へあっちこっちへ進んでいる。
その人の川の真ん中が、突如として左右に引き裂かれた。人の足跡の付いた石畳が空へ向けて晒される。人が避けているのだ。
避けてできた道を北から南へまっすぐに、一台の馬車が通る。二頭の大きな白馬が引く馬車の側面中央部には、下辺の無い三角形を半分に割るように線が引かれたデザインの、エンブレムが付けられていた。十二騎士の一人、エースのエンブレム。
要するにこの馬車は王宮に仕える騎士の所持する馬車。人々が避けるのは道の邪魔にならないようにするためだ。
中には当然、馬車の所持者たるエースも乗っていた。が、彼だけではない。
赤の絨毯、馬車に取り付けるには不釣り合いな、屋敷の調度のような豪奢で柔らかなソファが置かれ、そこに二人は座っていた。
二人。アーニィとトヨだ。
半分以上が白刃となり、残りの半分、ブレイドのしなる背、フォワブルと呼ばれる場所とその周辺を赤さびで覆った大剣エンシェントを向かいのソファとをつなぐ橋のように置き、そのすぐ横に褐色肌の少女、トヨは座っていた。腕を組んで、どっしりと。なおかつ外の様子を見ながら。
彼女の隣には、眼鏡をかけ、八本もの剣を腰に差している少年、アーニィがいた。
しかし、彼はどっしりと座るトヨとは対照的に、背を丸めて顔を両手で覆い、頭を下げていた。
すぐ横の窓に立てかけるように、彼がいつもは背負っているはずの長剣があるのだが、それを眺めるために、頭を下げているのではない。
彼は、顔を隠しているのだ。外から見えないように。
「どうして顔を隠すんだアーニィ」
そんなへんてこなことをしているアーニィを不振がって、トヨが尋ねた。
「俺たちは王都で指名手配されてんだぞ。顔見られたら捕まるかもしれないじゃないか。忘れたのか?」
怯えを隠さぬ震えた声でアーニィが答えた。顔の半分を隠しながら、眼鏡越しの目でトヨを見る。
「む、そうだったか? おかしいな、私は何もしてないぞ。何をしたんだ、アーニィ」
「ほんの数日前の事だろ。なに忘れてんだ。俺達は何もしていない。ムツキさんを殺した疑いがかけられてるだけだ。しかも、無実の罪なのに、ほとんど犯人扱いされてる」
初めて二人でこの王都に来たときのことだ。あれからサバンナを抜け、北の港町で喧嘩と妖刀の破壊をやり遂げ、随分と長い時間を過ごした気もするが、わずか数日の間に起こったこと。
忘れる方が難しい。
「む、そうなのか」
にもかかわらず、トヨはきょとんとしながら、他人事のように言った。
「そうなのかって……そもそも、トヨが妖刀の気配を追ってムツキさんの店に行ったせいで……」
アーニィは呆れながら事の詳細をトヨに教えようとした。もっとも、自分達は無実であり、妖刀のことも知っていた刀匠ムツキを殺した犯人も判明している。純粋に証拠がなく、証明する力を二人は持たないから、疑われていただけであった。
ただ、疑われるきっかけを作ったのはトヨだった。トヨが早朝の内にムツキの店を訪れなければ、自分も疑われることなんてなかったろうに……。
「私も顔を隠した方がいいか?」
トヨは自分がきっかけとなったことなぞどうでも良さそうに、アーニィの話を中断させて聞いた。
「話を聞けよ!」
はぁ、とアーニィがため息を吐く。
トヨは少々、いや随分と考え方がアーニィとはズレている。自分の使命、妖刀と呼ばれるカタナを七本破壊することが最優先で、それ以外の事には無頓着。おかげで、かなりのマイペースだ。
アーニィはそれに振り回されてばかりだった。
しかし、背も自分よりも圧倒的に小さく、幼さもまだまだ色濃く残る彼女に、アーニィはほのかに恋心も抱いていた。
しかも、トヨの態度もこれまでと比べると軟化しているようでもあった。
今回、エースの馬車に乗って王宮を目指しているのも、アーニィの発案であり、妖刀とは全く関係のない事だ。
それにもかかわらず、トヨは素直に同行してくれた。
これはまさしく、アーニィに対するトヨの態度が軟化している証拠ではないか。
もしかして、これはちょっとアリなんじゃないの?
なんて、顔を隠しながらもアーニィは少々浮かれていた。
一方のトヨは自分の顔を隠そうと手を顔に当てていた。しかし、何か気に食わないことがあるのだろう。何度も手を当て直しては、首をかしげている。
そんな様子も、ちょっと可愛らしいな、とアーニィは思う。
恋心を認めてからは、すっかりと彼女に首ったけであった。
と、そこへ。トヨはアーニィの方を見て、何かを思いついたらしく、「おぉ」と声を洩らした。
次いで、トヨはアーニィのお腹の辺りに顔をぽすん、と乗せた。
「な、何してんだぁ?」
アーニィの心臓がどくりと高鳴った。驚きと急接近に反応して。
心臓をどくどくと波打たせ、アーニィが尋ねる。
「こうすると顔が隠れるだろう?」
トヨは顔をうずめたまま答えた。確かに、そうしていれば外からも顔は見えないだろう。
「ま、まぁ、そうだけどさ……」
普通に顔を隠すだけで良かったろうに。いったい全体、なぜこんな行動に出たのだろう。やはり、トヨの思考はアーニィには分からなかった。
ただ、こうやって誰かに顔やら頭やらを体の一部に付けられるのは悪い気はしない。
むしろ、トヨが相手だから悪い気がしないどころか、いい気になっていた。
なんて、可愛いのだろう。
意図なんてさっぱり分からないが、何やら小動物にでも懐かれているみたいで、アーニィは心底嬉しかった。
そう思っていると自然と手が動いた。アーニィがトヨの頭をなでる。
彼にとって、こんな人の頭をなでることなんて随分と久しぶりのことだった。
ふと、撫でながら思い出すのは大陸西側、故郷の「ウェスタンブール」で過ごしていた時のこと。
幼い頃だけだったけど、こうやって頭を撫でていたことがあったっけなぁ。
「アーニィ」
と、アーニィが昔に思いを馳せながら頭を撫でていると、トヨが顔を上げた。
「あ、すまん。いや、だったか?」
思わず、アーニィは手を止めた。
もしかしたら、頭を撫でられるのは嫌だったかもしれない。そう思って尋ねてみたが、
「続けてくれ。嫌じゃない」
トヨは再びアーニィのお腹の辺りに顔を埋めて、頭をなでるよう促した。
なんだか、トヨからすごく甘えられているような気がして、アーニィは顔をにやけさせた。
そんなこと言うんだったら、もっともっと頭を撫でてやるぞぉ!
「お前、今すぐ下ろしてやる」
そんなアーニィの歓喜の頭なでなでの腰を折ったのは、いちゃつく二人の正面に座っていた、エースだった。
若干、額に青筋を浮かべているような声でそう言われると、冗談を言っている風には聞こえない。
「お、下ろすなよ! 捕まる」
「なおさら下ろしてやる」
エースは本気である。しかも、エースの一声で馬車を止めることだって可能だ。
「た、頼む、頼むから止めてくれ! ほら、トヨも離れろ」
エースをなだめるべき、アーニィはトヨを引きはがす。
「む、離れた方がいいか? 私はこのままがいい」
「俺もこのままがいい……って言ってる場合じゃねえって! 離れねえと俺ら捕まるって」
「む。そうか」
トヨが素直にアーニィから離れた。
「捕まるのはお前だけだ。その子の手配だけを解除してやる」
「そんなことできるのか?」
「俺様を誰だと思っている。それぐらい簡単にしてやる」
「じゃ、じゃあ俺のも……」
「大人しくしていれば、解除してやる」
「わ、分かった」
エースはしぶしぶと言った様子だが、一応は承諾してくれた。ならば、大人しくするのが筋と、アーニィは再び自分の顔だけを隠そうとした。
「アーニィ」
「なんだ?」
「くっつきはしないから、手だけ貸してくれ」
アーニィが承諾する間もなく、トヨがアーニィの片方の手を取る。
そして、彼の手を自分の頭に乗せた。
「む」
それだけで、トヨは満足げに顔をほころばせた。
「……下ろしてやる」
むろん、面白くないのはエースである。
「ま、まった!! 待ってくれって! 俺のせいじゃないって!!」
これでは堂々巡りをするだけだ。エースをなだめようとして、トヨから手を離すも、今度はトヨが「なにをする」と不機嫌になる。
妙な板ばさみに苦しむアーニィであったが、それは長くは続かなかった。
気が付けば、王宮に到着していたのである。
真っ白い石造り。窓が複数あって入り口らしき空洞も三つある。大きさもこれまでに見てきた家々とははるかに差があった。二倍や三倍でも足りない。敷地だけで王都の十分の一は占領している王宮。
その門を前にして、三人は馬車を降りた。
「ここにジュリアがいるのか?」
アーニィがエースに尋ねる。ここに来た目的は、共に旅をした山賊女王ジュリアを助けることだった。
むろん、これまでに犯した罪を考えれば、投獄もやむなしとアーニィは思う。
しかし、彼女のおかげでトヨを妖刀使いの男、サルから助けることが出来たのだ。
このままではジュリアが処刑されてしまう。そう聞いて、義理もあるアーニィが何もせずに引き下がることなどできようもなかった。
「王宮の奥に兵舎と牢獄がある。牢獄にでも放り込まれているんだろう」
「王宮の近くに牢獄があるって、危なそうだ。脱獄でもされたら、王様を人質にして立て籠もれそうだな」
「やる気か? やっぱり手配させたままにしといてやる」
「ちょ、口にしただけだろ! そんなことやるつもりないっての」
「どのみち、脱獄してもすぐにまた投獄させてやる」
自身に満ちた声をエースは発した。この男の実力はアーニィも良く理解している。
名実ともにこの国一番の剣士。
「お前がいるもんな」
こいつがいれば、どんな脱獄犯でも瞬時に再捕縛することができることだろう。
「俺だけじゃない。ここにはキングがいる」
しかし、エースは首を左右に振って否定した。
「キング? 王様のことか?」
キングと聞いて、様式美か何かのようにアーニィは訊いた。
むろん、エースはそれを否定する。
「いや、キングは兵士だ。我が軍の最古参の老兵で、城と王都の警備を任されている。
実力だけなら、この国で二番目に強い」
「に、二番目って……」
相当な化け物だ、とアーニィは思う。
そんな男がこの王都にいただなんて。前に王都に来て、殺人犯と間違われたときにキングに遭遇しなくて良かったと、アーニィは今更ながらにほっとした。
もしも出会っていれば、脱出することもできず、無実の罪にさらされていたのかもしれない。
「もっとも、アイツが出る幕なんぞ、考えてやる必要もない。それだけこの国は平和だ」
そうだといいだけど、とエースの言葉を受けてアーニィは思った。
この国は平和一色だ。山賊も盗人も殺人者などもいるにはいたが、その程度だ。
大きな戦乱も数百年前にあったきりだと、アーニィは教わったことがある。また、海の外の国では内乱、クーデターなどが頻繁に起こっていると風のうわさで聞いたこともあるが、この国ではそれも数百年以上起こっていないそうだ。
今では妖刀、という新たな問題を抱えつつある。しかし、それの影響を受ける人間はそうそういはしない。渦中に入っているアーニィとトヨ、それに関わる人物程度だろう。
それが、これからも続けばいいのだが。
アーニィはそんなことを考えながら、平和の象徴のような豪奢な王宮を再び見上げた。
ちょうど、その時。
王宮の方から、どん、と大きな音が聞こえた。
三人は、びくっ、と反応した。
聞こえてきた音の正体は分からない。しかし、王宮の内部からではないことは確かだった。
「……何かが起きているみたいだな」
アーニィがエースに向けて言った。
「ちっ、確かめてやる」
アーニィ、エース、トヨの三人は王宮へ乗り込んで行った。
ども、作者です。
いちゃいちゃ回。こう言ったお話を書くのはあまり得意ではありません。というか、書くこと自体が得意じゃないんじゃなかろうか、と最近思います。




