二人の目的
深い深い海中へ、遠い空から一筋の光が降りてくる。真っ暗で冷たかったのに、ぽかぽかと温かく感じる。
深い眠りから覚めた時のイメージはこのような感じだ。それが、目覚めであることにアーニィは気付き、瞼を開ける。
ぽかぽかと温かいのは、陽射しばかりのせいではない。柔らかく厚い羽毛布団が、身を包んでいる。マットレスもふかふかと柔らかく、こんな上等なものに横たわるなんて、アーニィには初めてのことだった。
ぼんやりとした目を顔ごと動かす。すると、ベッドの横にトヨが座っていた。その椅子も銀で縁取られており、豪奢な印象を受ける。それどころか、部屋中が赤や白、金や銀の装飾が目立ち、目に痛いほどにきらびやかであった。
「……アーニィ、やっと起きたか」
と、椅子に座ったトヨが言う。相変わらずの仏頂面で、冷たい表情で言う彼女が、なんだかいつも通りでアーニィは一安心した。
そう言えば、自分はあの時、腹に剣を刺されて気を失ったのだ。アーニィがそれを思い出すと、自分は昏倒していたのだと気付く。
「治療はしてもらえた。あいつ、エースだったか。アイツのおかげだ。町までお前を運び、医者を手配してくれて、部屋まで与えてくれた」
トヨはまるで、アーニィの心を読んだかのように説明してくれた。
「そうか。あいつのおかげか。後で、礼を言わないとな。俺、どのくらい眠っていたんだ?」
「丸一日だ。医者が一日かそれ位で目覚めると言っていたからな。いつ起きてもいいように、待っていたんだぞ」
「そっか。看病してくれてたんだな」
「そうだ。心配してずっと見ていてやったんだ。感謝しろ」
そんなトヨの素直さが、なんだか少しこそばゆい。自分が意識をしていることなど、彼女にはてんで見当のつくことではないのだろう。そのせいで、顔が赤くなりそうだった。
「なぁ、トヨ。妖刀はどうなったんだ?」
話題を変えるために、アーニィが尋ねた。
「壊したぞ」
「じゃあ、あの男、サルは?」
「自害した」
「……そう、か」
アーニィが表情を曇らせる。敵であろうが、人の死を聞くと、気が沈んでしまうものだ。
ただ、トヨはそれを自分が妖刀を壊したからでは、と誤解する。アーニィは剣を愛し、剣を大切にしている。前にも、壊すかどうかで衝突したことがあったから、トヨは余計にそう感じた。
「壊したの……ダメだったか?」
まるで少女のように、いや、少女であるのは間違いないが、トヨはしおらしく尋ねるものだから、アーニィはあまりにも珍しく思い、面を喰らった。
「別に、俺がいいとか、ダメとか言うことでもないだろう? それがトヨの使命なんだから、構わないよ」
そう言って、アーニィはトヨの様子を見る。トヨはうつむき、まだ少し、反省をしているように思えた。
「良くやったな。トヨ」
そんなトヨにアーニィはそんな言葉をかける。褒める、だなんてあまりにもありふれたことなのかもしれないけれど、自分を助けてくれたこと、そして、彼女の使命を一つ達成したことに、その言葉が一番ふさわしいとアーニィは思った。
「……ああ、ありがとう。アーニィ」
トヨが微笑んだ。トヨが笑った顔なんて、今まで見たことがあっただろうか。アーニィはそんなことを思いながらも、可愛らしい彼女の微笑みに、心が揺れ動くのを感じる。とても魅力的で、その表情だけで、心の奥底まで暖かくなる。
―――ああ、やっぱり俺は、トヨのことが好きなんだな。
と、アーニィは改めてそのことを痛感したのだった。
「なぁ、アーニィ」
今度はトヨから話が振られる。
「あ、ああ、どうした?」
アーニィの声が上ずる。改めて意識すればするほどにどっきどきだぁ。一体どんなことを斬り出されることやら。ごほん、とせきをして、彼女の返答に備える。
そんな様子を、トヨは訝しげに眺めていた。
「ヘンだな、お前。まぁいい。ところで、腹は減ってないか?」
「へ?」
「起きた時は腹が減るだろうと思って、飯を用意してもらっていたんだ。ほら、そこに」
トヨが指を差した方には、テーブル一杯に並べられた種々様々な料理が。牛、鳥、豚、羊、などなど肉ばかりなのはトヨの趣味だろうか。
「ま、まぁ……それなりに」
正直、そのまでの空腹は感じていない。が、多少は食っておかなければ傷の治りも悪くなるだろう。しかし、よくもまぁこんな料理を用意できたものだ。当然、これもエースのはからいだろう。もっとも、アーニィのためと言うよりは、トヨのためという意図の方が強そうだが。
「よし、じゃあ食おう。私はお前が起きるまで待っていたんだ」
「トヨ……」
なんて、いじらしいんだろう。自分のために待っていてくれるだなんて……。
「私が食い過ぎたら、お前の分がなくなるからな」
喜んでいいのやら、悲しめばいいのやら。アーニィは妙に複雑な気持ちになってしまった。
「ほら、早く」
トヨが促すので、アーニィはベッドから降りる。立つことはそんなに厳しくはなかった。歩くと少し、腹に痛みがにじむ。
「大丈夫か、アーニィ?」
アーニィの顔に、苦悶の表情が出ていたのか、トヨがそう尋ねる。大丈夫、と答えようとしたのだが、トヨはアーニィの隣に寄り、肩を貸そうとする。だけど、身長差がありすぎる。
「ありがとう。でも、大丈夫だ。すぐそこくらいまでなら一人で歩ける」
「分かった」
とは答えるものの、アーニィがテーブルの脇にあるソファに到着するまで、トヨは隣を離れずにいた。心配してくれているようで、アーニィは少し嬉しかった。
ぼすん、とアーニィがソファに座る。トヨはその隣に座った。このソファも高級品なのか、かなり大きく、二人で固まって座っていると余っている部分が明らかに広い。
「トヨ?」
「なんだ?」
肩も触れ合うほどの近さだが、トヨは全く気にしていない。逆にアーニィは意識しまくりだった。
「いや、その……まぁ、どうでもいいだけどさ」
「ん? どうでもいいなら、早く食おう。私は腹が減っているんだ」
アーニィもどうしてくっつくのか、とか離れた方がいいのか、とか言える余裕もなかった。照れくさいが、このままでいるのも悪い気はしない。
「アーニィ」
「ん?」
「これも、どうでもいいことかもしれないが、一応言っておくぞ。……生きていて、良かった」
それは、トヨの忌憚ない思いだった。
「……腹、減ったな。そろそろ食おうよ。ほら、これなんて旨そうだ」
アーニィは照れ隠しに、適当な肉を取って見せる。生きていて良かった、だなんて言われたら、どう答えていいか分かるものか。それが自分の好きな女の言葉だから、なおさらだ。
しばらく、二人はもくもくと料理を食べていた。覚めてはいたが、味はいい。相当な金がかかっているのだろうな、とアーニィは思う。
アーニィはそんなにたくさんは食べられなかったが、トヨはがつがつと食べる。ほおばる。飲みこむ。料理の大半を吸いこんでいるみたいだ。
「アーニィ、一つ聞いていいか?」
食べながら、トヨが問う。
「構わないが、なんだ?」
「昨日、どうして私のところへ来ようと思ったのだ?」
「どうしてって、そりゃあ、お前を助けに……」
「聞き方が悪かったな。助けようと思った理由が知りたい」
「その……なんて言うかな……」
好きだから、というのはなんだか違う気がする。気持ち自体は自覚していたが、もっと別の理由がある。
「放っては置けないって思ったんだよ。一昨日と一緒さ。トヨのこと、放ったらかしにしてはいられないと思ったんだ」
その答えは、トヨがあの時、アーニィを助けに行こうと思った理由と全く同じであった。
そうか、アーニィは私と同じことを思っていたのだな。
そう思うと、ふふ、とトヨの口元から笑みがこぼれた。
「トヨ、どうしたんだ。急に笑って……」
「いいや、なんでもない。お前は気にしなくてくれていい」
「そう言われると余計に気になるんだけど」
「気にするな。それより食え。怪我人だろ」
「怪我人だからこそ、もう食えないんだけどさ」
「そんなんじゃ、傷は治らないぞ。私を見ろ。たくさん食うから傷の治りが早い。昨日の傷ももう癒えている」
「それとこれとは関係ないと思うぞ。別にたくさん食べても、体の治癒能力は向上しないはず……」
「そんな訳あるか。現に私は……」
「じゃあ、トヨが特別なの。俺は違う。食べても治らんさ」
「そうなのか? じゃあ、どうやったら早く治るのだ?」
と、トヨが尋ねる。まるでアーニィの傷が早く言えて欲しいと思っているようだ。
「そんなに、早く治し欲しいのか、俺に」
「もちろんだ。お前に早く治ってもらわないと、私が旅に出られない」
「出られないって……そんなに心配してくれるのか?」
「いや、違う」
がくっ、とアーニィは項垂れる。
「怪我人と一緒に旅をするのは苦労しそうだからな」
が、トヨがそう答えると、アーニィは表を上げた。
「ってことは、俺と一緒に旅をするつもりなのか?」
「嫌か? ならいい……残念だが」
トヨは至極残念そうに口を尖らせる。
「まぁ、アーニィは剣が壊されるところ等見たくはないだろうからな。仕方がない、私一人で……」
「別に嫌じゃないよ、そんなこと。さっきも言っただろう。それがトヨの目的なんだから、俺の意見とかはどうでもいいんだ」
それに、とアーニィは続ける。
「俺も、トヨと一緒に旅をしたい。これまではずっと、トヨと一緒にいれば珍しい剣を見つけられるんじゃないかって思ってたんだ。そのためにトヨに付いていた。でも、これからはさ、別の理由でトヨと一緒にいたいって思うんだ」
「別の理由?」
「ああ……その、なんだ」
はてさて、ここで自分の気持ちを打ち明けていいものだろうか、とアーニィは少し悩む。しかし、その後の返答はなんだか想像がつく気がする。どういう意味だそれは、とか、私は使命が大切なのだ、とか。要するにアーニィの望む答えは返ってこないだろう。
「トヨが妖刀を壊す、手伝いをしたい。トヨが使命を果たすのに、役に立ちたいんだ」
それも嘘ではなかった。一番の目的はトヨともっとずっと一緒にいたい。ただそれだけだが、彼女が使命を果たせる日まで、アーニィの望みが達せられることはないだろう。
ならば、その日に近づけるまで、自分が手を貸すのが一番の近道だ。アーニィはそう思って、告げたのだ。
「歓迎する。アーニィがいれば、私も心強いぞ」
トヨはそれを本心と思って受け止める。
「ああ、だが、私はいち早く使命を果たさねばならんのだ。お前の制止を無視することはあると思うが、それは承諾してもらうぞ」
「……法を犯さなければ止めないよ。あと、無茶をしないときも……」
「無茶はお前もしただろう。私がするのも咎められんな」
「いや、さすがにお前が危なくなるようなことはさせたくない。そう思ったら止める」
「むぅ……相変わらず頑固だな」
「トヨもだよ……」
と、二人が見つめ合う。まぁ、そんなところもお互いらしいと思うと、ふふ、と二人とも笑みを零した。
「悠長に飯を食いやがって、俺がいろいろと手配をしてやったのにな」
と、部屋の入口の方から声が聞こえた。見ると、片腕を包帯で釣っているエースが立っていた。
そのまま、ずけずけと部屋に入ってくる。ずけずけも何も、彼の屋敷なのだが。
「あ、ああ、その件はありがとう。おかげで生きられたみたいだ」
「ふん。お前のためにやったんじゃない。俺はそこのお嬢さんのためにしてやったんだ。まぁ、感謝の言葉は受け取ってやる」
相変わらず偉そうな口をきいて、どかっ、と正面のソファに座る。
「お前たちに質問をしてやる。貴様らに仲間がいただろう」
そう言われて、アーニィは思い出す。すっかり忘れていたが、ジュリアのことが残っていた。
ジュリアはサルのことを任せろと言っていた。なのに、サルはアーニィ達の方へとやってきた。ジュリアは結局、サルのことを止められなかったのだ。
「ジュリアのことか? あいつは一体今……」
「やはり、お前たちの仲間はジュリアという女か」
そう言いうとエースはため息をついた。
「何か、知っているのか、エース?」
「知っているも何も……まぁいい、教えてやる。奴は昨日の明朝、お前たちがあのわけのわからん連中と戦っている最中に、俺の部下が捕まえてやった」
「捕まえた?」
「奴は山賊だろう? しかも、それを束ねるボスだったそうだ。だから、捕まえて今、王都へと送ってる最中だ。罪人としてな」
アーニィとトヨが絶句する。自分たちの知らぬ間に、そんなことになっていただなんて。さらにエースは言葉を続ける。
「しばらくは牢獄入りだろう。もっとも、よほどの大物だから、国は処刑をするだろうな」
処刑、という言葉はアーニィの耳に入ると、大きな衝撃を持って理解された。やはり、言葉は何も出てこなかった。
ども、作者です。
もう締めに入りかけている部分ですね。この章の。ええ、未だに分けてはいませんが。
この部分を書いたのは随分前のことなのです。だいだい半月前でしょうか。
その時は女の子のデレをめちゃくちゃ久しぶりに書いた気がしますね。この部では。
しかも、ここから書くことが無くなり始めて、あと2部分の話しどうしようかってちょっと悩んでた気がします。
そのせいで、次から2回分は短くなっちゃいますね。
まぁ、ここで力尽きたということです。




